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前哨戦

「わりい、遅くなったな」

「お師匠!? ま、待ってましたぁ!」

「お、おう?」


 ソウ達三人が飲み物を抱えて戻ると、ツヅリはさっきまでの浮かない表情を捨て去って、縋るように言った。

 周りの目や、いつもは変にお姉さんぶっているフリージアの視線も気にしないほどの、切羽詰まった顔である。

 ツヅリはそのまま立ち上がりソウへと一目散に駆け寄ると、怯えるようにソウの背中に周る。どうやら、それまで話していたフィアールカから距離を取っているようだ。


「なんだ、どうしたお前?」


 とりあえずフィアールカに近寄りながら、ソウは手に持った飲み物を一つツヅリに渡した。ツヅリは若干震える手で、そのジュースを受け取った。


「ほら、落ち着いて飲めよ。で、何があったんだ?」

「……フィアが、私を辱めようと」


 ぐっと涙ぐんだ目でツヅリが訴える。

 フィアールカはその言葉に、心外だと首を振った。


「辱めようだなんて、ただ簡単なゲームをしていただけですのに」

「ゲームねぇ」


 その言葉自体におかしなところはない。ないのだが、フィアールカが言っているとなんとも危険な匂いがしていた。

 ソウは視線で、ツヅリへと説明を求める。


「……お師匠を待っている間、バーテンダーらしい遊びをしようって」


 ポツポツと語り出したツヅリから、説明を聞くとこうだった。

 フィアールカが持ちかけたのは、カクテルの知識に関する遊び。二人交互に『カクテル名』か『カクテルのレシピ』を出題するというものだ。

 カクテル名の場合はそのレシピを、レシピの場合はそのカクテル名を答えるという簡単なゲーム。

 単純だが、それ故にお互いの知識の共有もできて、暇つぶしには悪くない。


「で、それがどうして辱めるだなんて話になる?」

「そう、そうね。ただでゲームをやるのも詰まらないので、賭けを持ちかけたのだけれど……あら、これ美味しいわ」


 怯えているツヅリとは対照的に、いつもの微笑を絶やさぬフィアールカ。受け取ったミックスジュースに舌鼓を打ちながら、余裕の態度である。


「賭けって、金か?」

「ええ。基本でしょう?」


 常人よりもずっと金に近い場所にいるフィアールカらしい、堂々とした答えである。

 しかし、賭け事をするというなら、二人の知識量の差が問題になるだろう。


「……レートは?」

「ハンデありで、私は五倍よ」


 涼しい顔で、フィアールカは言ってのけた。そのレートを聞くと、それまで呆れていたソウも、ほんの少し弟子に小言を言いたくなる。


「……つまりお前は、フィアールカの五倍以上は負けたってことか?」

「うっ」

「どうなんだ?」

「それは、その」


 そしてツヅリからもたらされた答えはこうだ。

 始めは銅貨一枚の賭けから始まったのに、気付いたらツヅリの負けは銀貨二十枚に膨れ上がっていたという。

 銀貨二十と言えば、多少無理すれば、人が一ヶ月は暮らせる程度の金額だ。

 フィアールカのミスは数個に対し、ツヅリのミスは数え切れぬほど。そのミスを取り戻すために掛け金を増やし、その度にツヅリの負けがかさむ。

 で、気付いた時にはにっちもさっちもいかなくなっていたという。


「で、でも最初は良い勝負だったんですよ! 私の方がちょっと勝ってたし!」

「お前なぁ……そんなもん、わざとに決まってんだろ?」

「え?」


 ソウは変な所で頭の固い弟子と、その弟子を思い通りに罠に嵌め、ご満悦なフィアールカを見比べてため息を吐いた。


「典型的なギャンブルの負けパターンに入ってんだよ。フィアの奴、始めはわざとミスしてお前に勝てると思い込ませたんだ。で、途中から本気を出して逆転する。お前は最初の甘い蜜を知ってるから、取り戻そうと躍起になる。しかし、あいつのが実力は数段上だから勝敗は思いのままだ。気付いたらお前は取り戻せない負債を背負ってた、違うか?」


「…………」

「人聞きが悪いわ。戦略と言って欲しいものね」


 顔面蒼白のツヅリに対して、フィアールカは相変わらず顔色一つ変えない。


「それに私だって鬼じゃないわ。掛け金が払えないのなら、代わりのモノでも良いと言っているのに」


 にこりとフィアールカが微笑めば、ツヅリはビクリと肩を震わせる。それが最初の辱めとやらに繋がるのだろうと、ソウは頭を抱えた。


「代わりってのは?」

「ツヅリさんの身柄とか、初めてのキスの味とか、初めてのヌードとか、色々提案してあげたのですけど、どれも拒否するのよ」

「頼むから、リーの教育に悪そうな話は他所でやってくれや」


 言ったソウは、いつの間にかごくごく自然にフリージアの耳を塞いでいるのだった。

 フリージアは不思議そうにソウを見上げるが、ソウは首を横に振る。まだだめだと。


「まぁ、ツヅリの身柄はどうでも良いとして、なんでこいつは俺に縋り付いてくるんだ?」


 さっきまでの話であれば、結局負債を負ったのはツヅリなわけで、それをソウがどうこうする権利はない。

 ということは、ソウができることは何もない。意見としては正しい。

 しかし、そんなこととは関係なく、ツヅリはソウの言い方が気に入らなかった。


「ど、どうでも良いって何ですか!? 弟子が辱めを受けても良いって言うんですか!?」

「ああ? 女同士で何を失うってんだよ。良い経験だと思って体験すりゃ良いだろ」

「非道いです!」


 ギャーギャーと騒ぎ立てるツヅリの声に顔をしかめるソウ。

 しかし、その最中であってもソウはツヅリに目もくれず、フィアールカの表情を見ていた。

 彼女の顔が、問いかける。



 本当にどうでも良いの?



 身柄という先程の言葉が、何を暗示しているのか。

 ツヅリには適当なことを言っているが、ソウが流石に気付かないわけは無かった。



「だいたいお師匠は、いっつもいっつも私を女として見なさすぎなんですよ! 私がどれだけ年頃の女の子として気を使って──」


「ああもう分かったよ! 弟子の責任は師が取りますよ」


「──いると、え?」



 ソウがあまりにもあっさりと折れたことに、ツヅリはきょとんとする。

 いつもだったら、どれだけ言っても最終的には煙に巻くのだ。だというのに、こんなに早く、ツヅリを庇うのはむしろ不自然であった。

 そんなソウの奇行に、ツヅリは目をパチクリさせてしまう。


「変な顔すんなよ。いつも言ってるだろが、フィアには借りを作るなって。お前が借りを作ると、俺まで被害が出んだよ」

「……あ、その、はい、すみません」

「だから、お前のゲーム、俺が引き継いでやる」


 そして、ソウはフリージアの耳からようやく手をどけた。

 さっき任せると言ったからだろうか。我関せずの態度で午後のお茶を楽しんでいるアサリナに軽く睨みを入れてから、ずいっとフィアールカの前に出る。

 テーブルを挟んで向かい合う形で、眠そうな目と、微笑が交錯する。

 まるで最初からこうなることを望んでいたような少女の笑み。いや、実際にこうなることを望んでいたのだろう。

 ツヅリを担保にされたときにソウがどう出るのかを、見るつもりだったのだ。


「ルールは同じで良いんだろ?」

「ええ。掛け金は攻防が一巡する度に設定します。一応説明をしますと、オリジナルは禁止です。一度公的な記録として残った『レシピ』のみに限ります」


 ソウは頭の中で何冊ものカクテルブックを広げた。自作や他人のオリジナルは基本的にNG。ただし、公的な形で一度でも周知されたものは認めると。

 少しひっかかる部分も、ついでに尋ねておく。


「揺れについては?」

「なるべく広くとりましょう。疑わしきは正解です」

「ま、お遊びじゃそうか」


 金がかかっているとはいえ、これはあくまでお遊びである。これから出版する為のカクテルブックを作るわけでもない。

 だから多少適当でも、ニュアンスがあっていれば正解。例えば【カミカゼ】のレシピなんて、正確に一つに決められるわけもないのだ。


「ハンデはどうする?」


 最後にソウはそれを尋ねる。ツヅリとフィアールカがやっていたときには、フィアールカのリスクは五倍だったという。

 その設定も引き継ぐのかと尋ねられたと思い、フィアールカは流石に微笑を崩す。


「ソウ様相手にハンデなど付けている余裕は」

「あー、違うそうじゃない」

「はい?」


 そこでソウはちっちと指を振った。恐らくフィアールカが、そういう勘違いをするものと最初から思っていたように、にやりと口角を上げた。



「ハンデはどれくらい欲しいかって聞いたんだよ。お嬢ちゃん」


「っ!」



 ソウのあからさまな挑発に、フィアールカは分かっていても少し苛立つ。

 正直に言えば、さっきの揺さぶりをかけた段階で、ソウの本心は垣間見えた。その時点で、彼女の目的は達せられたと言っても良い。

 それ故に後は、適当に流して終わらせるつもりだったが、気が変わった。


「結構です。ハンデなんて必要ありません」

「本気か?」

「前哨戦と行きましょう。ツヅリさんの負債をとことん膨らませてあげますわ」


 にっこりと、とても可憐に笑いながらフィアールカが言った。その声に、情け容赦の類は一切含まれていなかった。

 師の挑発でフィアールカが明らかに雰囲気を変えたことに、ツヅリはおろおろする。

 だが、ソウはそんなツヅリに何も言わず、ボスっと頭を叩いて落ち着きを促した。


「では、最初はどうします? 一応、ツヅリさんが尋ねられる側でしたが」

「そのままで良いぜ。掛け金の設定だったか」


 ツヅリのゲームを引き継ぐ形。ソウはそこでほんの少し考える。

 そして、手っ取り早く勝負好きのフィアールカを乗せる為に、涼しい顔で言った。



「んじゃ。手始めに銀貨二十枚からはじめるか?」



 それは、ツヅリが負った負債額と同額であり、同時に挑発でもあった。

 フィアールカも、それが分からないほど鈍感ではない。



『俺が二十枚賭けるって言ってんだから、お前も当然応えるよな?』



 そんなソウの声が、その場の全員に聞こえるようであった。



ここまで読んで下さってありがとうございます。


ここのとこ毎回遅れて申し訳ありません。

一応の補足ですが【ダイキリ】は有名なレシピが複数あるために、どのレシピが正解というものは基本的にないと思われます。


※1027 表現を少し修正しました。

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