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ソウの悩み



 フィアールカがいきなり混じってきたことを除けば、昼食は平和なものであった。

 特にフィアールカは、これでフリージアと仲が良い。悪く言えば手懐けられているとも言えるのだが、フィアールカ自身にフリージアをどうこうするつもりはなさそうだ。

 それこそ、ツヅリとは違う『年上のお姉さん』の役割を、楽しんで引き受けているようにも見える。

 ソウとしては、フィアールカとはあまり近づくなと言いたいのだが、悪影響を受けない限りは経過を見守ることにしていた。



「んー、なんか、食後の飲み物でも買ってくるか。リーは何が良い?」


 昼食も一段落ついたというところで、ソウが立ち上がり言った。丁度、食後に何か一服したい頃合いになっていた。

 流石にバーテンダーの合同訓練なだけあって、飲み物の種類は豊富そうだ。

 尋ねられたフリージアは、食後とは思えぬ元気の良さで、ばっと立ち上がった。


「あ、私も一緒に行く!」

「お、そうか? じゃあ一緒に行くか」

「うん!」


 フリージアの申し出を、ソウは無下にすることなく笑って受ける。

 それからちらりと、立ち上がる気配の無いアサリナに目を向けた。


「アサリナ。お前も行くぞ」

「え? なんでかしら?」

「財布持ってんのお前だろうが」


 完全に食後のまったり感を楽しんでいたアサリナは、言われて逡巡する。

 そして、苦渋の色に満ちた表情で一つ提案した。


「財布渡すから買ってきて貰うのは?」

「俺は良いけど、お前は良いのか?」

「はい?」


 ソウの発言の意味をいまいち理解できず、アサリナは問い返す。

 ふむ、とソウは唸ったあと、悪そうな笑みを浮かべてフリージアに言った。


「よしリー。どうやら金に糸目をつけずに買ってきて良いみたいだぞ」

「え? え?」


 告げられたフリージアは困惑したようにソウとアサリナの顔を交互に見た。だが、ソウはポンとフリージアの肩を掴み、アサリナに背を向けさせる。


「せっかくだ、うんと高いのを──」

「やっぱり私も行くわよ! もう!」


 そのあたりで、渋っていたアサリナもようやく重い腰をあげたのであった。

 いつもやり込められているアサリナを軽くおちょくり気分の良いソウは、それからフィアールカに視線をやった。


「で、フィアはなんか飲みたいのとかあるか?」

「そう、そうね。ソウ様が作ったお手製のカクテルを」

「お前、話の流れ分かってる?」

「冗談です」


 にこりとフィアールカは笑うが、彼女の言葉が全部冗談でなかったとソウは思う。

 もちろん冗談で提案したのだろうが、ソウが作ったカクテルが飲みたい、の部分は本音だろう。


「適当で良いな?」

「はい。お任せしますわ。信じております、ソウ様」

「たかが祭りの飲み物くらいで、プレッシャーかけんなよ」


 フィアールカの言葉を適当にあしらってから、ソウは次にツヅリへと尋ねた。


「で、ツヅリは?」

「…………」


 しかし、尋ねられたツヅリは、深刻そうな表情で下を向き、無言であった。

 昼食を食べている間も、彼女はどこか気が気じゃなさそうに、もそもそと口を動かしていた。口数も少なめだ。


「おい、ツヅリ!」

「え? あっはい! 美味しいです!」

「なんの話をしてんだお前は」


 ソウが大声で呼びかけると、ツヅリはバッチリな笑顔でトンチンカンな受け答えをした。

 はぁ、とため息を吐いて、ソウは優しい声をかける。


「なんか、心が落ち着くお茶でも持ってきてやる。それで良いな?」

「ええっと、はい、大丈夫です……」


 自分が何か変なことを言ってしまったと気づき、ツヅリはしょんぼりと下を向いた。

 そんなツヅリの様子に、ソウはボリボリと頭をかきつつ、声をかけることはしない。


「んじゃ、行ってくる。フィア。変な奴に絡まれたりしたら適当に頼むぞ」

「おまかせ下さい。不埒な輩はさっくりあの世に送って差し上げます」

「そこまで物騒なことを頼んじゃいねえよ」


 もちろん冗談だとは思うが、しっかり否定しとかないと、やりかねないのがフィアールカの怖い所でもあった。

 しかし、今のツヅリに比べれば多少は役に立つのも事実であろう。

 ソウは面倒くさそうに息を吐いてから、フリージアとアサリナを伴ってその場を去るのであった。




「ソウ。ツヅリどうしたのよあれ?」

「さあてな。緊張しているってのは間違いなさそうだが」


 往来を行く人々をやり過ごしながら、アサリナはちょっと不安そうにソウへと尋ねる。

 今日のプレッシャーがどの程度の物かは分からないが、それにしたってアサリナの目には、ツヅリの緊張具合は度を超えて見えた。


「ツヅリさん。具合悪そうだったね」

「具合が悪いっていうか、まぁ、なぁ」


 本当に具合が悪いだけならば、休ませれば済む。しかしそうではないだろう。

 彼女の口数が減った理由は、少なからず自分との言い合いもある気がしてソウは言葉を濁す。また、フィアールカの存在もそれに輪をかけている様子であった。

 しかし、そんなツヅリの様子がおかしいせいで、周りまで変に気をやってしまうのであれば、それはツヅリの責任とも思えた。

 特に、応援に来てくれたフリージアを心配させるのは、流石に格好悪い。

 ソウはフリージアにかける言葉を悩み、保留するためにとある箇所を指差す。


「……お、リー。アレはどうだ? 南国のミックスジュースだってよ」


 フリージアは、素直にソウの指を追い、そのカラフルな店舗に目を輝かせた。


「え? わぁ! あ、アサリナさん!?」

「はいはい、どうぞ。慌てて転ばないでね」


 いつもは比較的落ち着いているフリージアだが、今日はお祭りということもあってテンションが高いようだ。ツヅリの話よりも、目先のカラフルに気をやった。

 アサリナから代金を受け取ると、やや弾む足取りで店へと向かって行った。


「……リーも、随分元気になったもんだな」

「……そうね。あんたが連れてきた当時とは別人みたい」


 彼女の後ろ姿を、ソウは眩しげに見つめた。出会った当初の感情を押し殺して生きていたようなフリージアは、今ではほとんど見れない。随分と年相応に丸くなったものだ。

 とはいえ、年不相応の大人の空気を読む部分があるのは、変わってはいないのだが。

 隣のアサリナも同じような慈愛の表情を浮かべている。それを見て、ふとソウは低い声で言った。


「……いま俺ら、中年臭い顔してないか?」

「……やめましょうか。まだ若いんだし」


 まるで年頃の子供を持った親みたいな顔をしていた二人は、揃って頭を振った。

 そして、フリージアをゆっくり歩いて追いかけながら、ソウは真面目な声音で言う。


「で、お前をわざわざ連れ出した件なんだが」

「やっぱり。ツヅリの話かしら?」

「ああ」


 ソウの言葉にアサリナも真剣な表情で返した。ソウがアサリナを誘ったのはいささか強引であった。故に、ソウが何か話したいことがあるのだと、彼女も気付いていた。

 そしてそれが、ツヅリについてだろうことも、薄々と。


「以前言ったな。ツヅリには才能がある。そしてそれは、今日の今日まで、ほんの一部にしか露呈しちゃいない」

「……それが、あんたの望みだったわよね」

「ああ。あいつが一人前になるまでは、その実力と、判断力をつけるまでは、俺が面倒を見るつもりだった」


 アサリナは、ソウの珍しく真面目な顔に気を引き締める。

 普段はやる気無さそうに、目を半開きにしている男だ。だが、その姿はこの男の一側面に過ぎない。

 奥の部分は、もっと思慮深い。何もかも見透かすような、そんな深い目をする男だ。


「……それが、今日の合同訓練を渋ってた、本当の理由ってわけ?」

「……まぁな。こんな場に出たら、アイツの本当の素質が露呈する。そしたらもう、俺がどうこうできる話じゃなくなるかもしれない」


 これまでも、ツヅリと実際に顔を合わせてきた人間なら、ツヅリの素質に気付く者も居ただろう。

 だが、それも対面での話だ。他の協会に属する若手がいくら凄かろうと、殊更に喧伝することなどあるまい。

 しかし、今日の舞台は話が別だ。

 彼女がのびのびと戦うというのであれば、それは見物に来ている全ての関係者に、ツヅリの実力が露呈するということ。

 それまで守ってきた少女に、様々な悪い手が伸びてくる可能性もあるということだ。


「……考え過ぎじゃないかしら?」

「かもしれねえな」


 ソウはあっさりとその心情を吐露した。

 最終的に、ツヅリのやりたいようにやらせてやるのが一番だと思っている。その結果『瑠璃色の空』を去る事になるのであれば、それもまた良い。

 しかし、未熟な才能を、未熟なまま放り出すのは、心苦しい。


「あと三年、いや、せめて一年あれば、ツヅリは優秀なバーテンダーになる」


 それまで、できればそっとしておいて欲しいと思うのは、贅沢なのか。


 ソウは普段は見せない迷った表情でアサリナにそう問いかけていた。

 言われたアサリナは、はぁ、とため息を吐いた。それから、じとっとした目つきで、まったく優しくないことを言う。


「あんた、ちょっとおかしいわよ」

「……おう?」

「いっつもいっつも、自分のことしか考えて無いようなあんたが、いきなり人のこと気にするとか、似合わないって話」


 それから、アサリナはソウに少し寄って、鋭い目で睨みつける。


「そもそもこっちはね。あんたに隠蔽されてツヅリの実力を知ったのなんか、最近もいいとこなのよ? そんな大それたことしときながら、今更なにを迷ってるっていうのよ?」

「……あー。いや、それはそうなんだが」


 ソウは何かそこで複雑そうな表情をするが、アサリナはびしりと指を突きつけた。



「問答無用。どうせこっちが何言っても聞かないんだから、あんたがやりたいようにやりなさいよ」



 きつく睨みつけるアサリナ。しかしそれは彼女の優しさだ。

 下手な同情が欲しくて、ソウが話したわけでないことは分かっている。ならばアサリナは、自分らしく意見を述べるしかない。

 そんな彼女が出した結論は──弟子のことは、自分で責任を取れ。それだけだ。


「……それで良いか?」

「『瑠璃色の空』は、師弟関係を大事にしてんの。そりゃ、もっと人員は欲しいけど、だからって今の関係を疎かにされちゃたまんないわよ。だから、任せるわ」


 そこで、それまで睨みつけていた目を、ふっとアサリナは緩める。

 柔らかい表情になったアサリナは、いつもよりずっと、魅力的に笑った。

 ソウはらしくなく悩んでいた自分を吹っ切り、ふっと笑みを返す。



「よし分かった。じゃ、俺が何やっても『瑠璃色の空』からはお咎め無しってことだよな?」

「……え?」



 ソウの口から出てきた言葉が、アサリナの想定とちょっと違っていた。

 さっきまでツヅリの才能の話をしていたと思っていたのに、何故お咎めがどうのという話になるのか。


「いやー。良かった良かった。これで遠慮なく、やりたいようにやれるってわけだ。悪評とか気にしないで良いんだな」

「……んん?」


 そんなソウの変わり様に、アサリナは自分が何か決定的なミスを犯したのではと、心配になる。

 しかし、ソウはさっさとアサリナとの会話を打ち切り、フリージアに手を振っていた。


「ちょっとソウ、あんた何か企んで」

「さて、いっちょ頑張りますかー」

「…………」


 それからアサリナがそれとなく色々と尋ねてみても、ソウが何かを漏らすことはなかった。

 さっきまでの弱気すら、本当はただの演技だったのではと、アサリナは疑うが、真相はどこにもなかった。


 ただ、この男が『頑張る』などという殊勝な言葉を吐いたことが、アサリナにとっては不気味で仕方なかった。


ここまで読んで下さってありがとうございます。


遅れてしまい申し訳ありません。

明日も平常通り更新の予定です。

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