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謝罪

「何か問題起こしてないでしょうね?」

「開口一番にそれかよ」


 ソウが不貞腐れたように言うと、穿った目をしていたアサリナは素直に謝る。


「……確かに悪かったわね。ただ、あなたが何か問題を起こしたような気がして」


 その余りの信用の無さに、ソウは一人ため息を吐いた。

 彼らが合流したのは、飲食店など様々な店が集まっているエリアの入り口の一つだ。昼時になるのは分かっていたので、あらかじめ待ち合わせ場所を決めていたのである。


 見渡す限りの人波。幾つかに枝分かれした通りには、様々な料理を並べた出店が軒を連ねている。

 その内容もバラエティに富んでいて、肉や野菜は当然、果物やデザートなども揃っていて目移りしてしまいそうである。食べ歩きをしている人々の顔を見るに、中々味も良いようだ。

 もちろん飲食店だけではなく、バーテンダーらしいポーション関連の売り物が並んでいるのも、特徴的である。


 そんな中で、それらに目を向けることなく、謂れの無い非難に対して愚痴を零すソウ。


「そんなに心配なら、俺じゃなくてフィアールカの方を警戒しとくべきだったな」

「……どういう意味?」

「……後でな」


 ソウは、フィアールカの思惑によって『瑠璃色の空』の名前が悪目立ちしてしまったことを、この場で説明する気にはなれなかった。

 それをしたところで、何故か文句を言われるのは自分だと気付いていた。

 そんな話は、落ち着いたところでゆっくりすれば良いのだ。

 彼はアサリナから目を逸らし、キョロキョロと周りを見ている少女に声をかけた。


「どうだリー? どこか気になる所はあるか?」


 ソウに声をかけられ、フリージアがハッとソウを見上げた。

 アサリナと一緒に応援にかけつけた彼女は、ソウ達と合流してからも、出店を興味深そうに覗いていた。お腹が空いているのだろう。

 そんな自分の態度が恥ずかしくなったのか、フリージアは少し早口で答える。


「あの、ん、えっと。大丈夫だよ!」

「そうか?」


 フリージアが遠慮がちに答えたのに、ソウは少し考える。それから、わざとらしくお腹を押さえてフリージアに言った。


「でも俺は、腹が減って死にそうだよ。ご飯にしないか?」

「そ、それじゃ。あそこ! 美味しそうだよ!」


 ソウの演技に、フリージアは隠し切れていない喜色を浮かべながら言った。

 それからフリージアが指差したのは、小麦粉の生地を焼いた物に、様々な具材を挟んで売っている店だ。野菜や肉など、好きな具材を選んで注文できるらしい。


「おう。じゃあ、あそこにすっか」

「うん!」


 ソウが頷くと、くいっと自然にソウの手を取った少女。その仕草に、ソウは柔らかい表情を見せた。

 それから、先程のソウの思わせぶりな台詞に固い表情のアサリナへと向かって言う。


「まずは飯にしようぜ。腹が減ってはなんとやらだ」

「……はぁ。まぁ、良いわ。領収書落ちるかしら……」

「出店に何を期待してんだよ」


 こんな時でも金勘定か、と呆れるソウに、仕方ないでしょ、とアサリナは早口で返した。

 相変わらず『瑠璃色の空』の財政は、それほど余裕はないようである。

 それからフリージアを先頭に、ソウ、アサリナが続こうとしたところで、ソウは一度振り返る。

 そこには仏頂面のまま、考え事をするようにぼーっと立っているツヅリの姿がある。


「ツヅリ。いつまでへそ曲げてんだよ。行くぞ」

「……はぁ」


 心ここにあらずといった、ツヅリの返事だった。

 先程の言い争いから始まって、ツヅリはまだほんの少し機嫌が悪いままだ。

 少なくとも、ソウの目には一応、そういう風に映っていた。


「……たく。ツヅリ、早く来ねえとお前の分も食っちまうぞ」

「……はぁ……え? あ、ちょっと待って下さいよ!」


 そこでようやく、ツヅリは自分が置いて行かれていることに気づいた。


「良いから早く来いよ」


 そんな言葉を残してスタスタと歩き出すソウを、ツヅリが慌てて追いかける。

 しかし、それでも彼女の表情はあまり晴れてはいないようだった。




「で、なんでお前がここに居るんだ?」


 出店エリアに併設された食事用の広場。バーテンダーらしい集まりや、見物に来た観客達でがやがやと賑わっている場所。

 数人がけのテーブルらしいものがたくさん用意されていて、青空の下で気軽に飲食が楽しめるようなスペースだ。

 そんな和気あいあいとした空間において、剣呑な表情をしているソウ。

 それにのんびりと、その銀髪の少女は返した。


「よいではありませんの。敵同士になるのはもう少し後なのですから」


 昼食用の食べ物を買い込んで、テーブルに着いていた『瑠璃色の空』の面々の隣に、もの凄く自然に割り込んできたフィアールカである。


「お前、さっき自分で『ここから先は敵同士』とか言って去って行ったよな?」

「そんなこと言いましたっけ。では今だけは休戦致しましょう」

「…………」


 ほんわりと、悪気一つ無さそうに笑ってみせたフィアールカに、ソウは頭を抱えた。

 そこでひとまず了承を得たものとフィアールカは判断したのか、ソウ以外の面々にもにんまりと笑ってみせる。

 それから、この場では一番権力を持っているはずのアサリナに、まっすぐ視線を向けた。


「というわけで、相席させていただきますね」


 相も変わらず、疑問ではなく断定の発言である。


「……はぁ。まぁ、私としては構いませんが」

「ふふ。ありがとうございます」


 アサリナは雰囲気に押されるように、すんなりとその状況を受け入れた。

 そんなアサリナを見て、ソウはおい、と低い声を出す。


「なに簡単に受け入れてんだ。説明しただろうが。諸悪の根源はコイツだってな」

「え? あ、そ、そうです。サフィーナさん。一つ説明していただきたいことが」


 ソウの呼びかけで、アサリナは『瑠璃色の空』が受けたという『特別待遇』の話を思い出した。

 フィアールカは、それまでの緩い表情をきっと引き締めて、言った。


「お聞き致します」


 他の協会は、事前に説明を受けていた形で合同訓練に参加しているのに対し、『瑠璃色の空』だけは、事情が違っている。

 理由に関しては、一応理解したが、それでも納得できないこともある。

 それほど怒っているわけではなくても、それはしっかりと言葉にしないといけないことだ。それを言う責任は、アサリナにあった。


「事前に説明をいただいた以上の、特別な事情がおありでしたら、それが決まった時点で説明があってしかるべきではないでしょうか。組み合わせに関しては確かに当日発表という話ではありましたが、それにしてもこちらの事情を軽視しすぎているように思います。これでは、私達の協会が軽く見られているようで、不快です」


 面と向かって『瑠璃色の空』の代表の意見を述べたアサリナ。

 要するに、そっちの事情は分かるが、巻き込むのならばちゃんと説明しろ、ということだ。

 それに対して、フィアールカは綺麗な封筒を差し出しつつ、静かに頭を下げた。


「それに関しては、こちらの事情を押し付ける形になってしまい申し訳ありません。謹んで謝罪致します。こちら、正式な謝罪の文書と、ささやかな謝罪の気持ちになります。どうかお許し願えませんか」


 差し出された封筒を、アサリナはおずおずと受け取る。

 アサリナは封筒の中身を確認することなく、丁寧に言葉を返した。


「……いえ。正式な謝罪を頂けるのなら、問題ありません。今後ともよろしくお願い致します」

「はい。こちらこそ、今後ともよろしくお願い致しますわ」


 ふぅ、と重い息を吐く二人。

 嫌な雰囲気になりはするが、それはしっかりと通しておかなければいけない筋だ。

 規模の違いはあれど、バーテンダー協会は対等である。一方が一方に不義理を働いたのならば、それを正す必要がある。


 今回『瑠璃色の空』は一方的に『練金の泉』の事情に巻き込まれた。であるならば、それに関しての『何か』がないと、協会同士の関係は破綻する。

 今回は、それほど気にすることではないとはいえ、それを無闇に認めてしまうのは、今後の関係に悪影響が出る恐れもある。言うべき事は、言っておく必要がある。

 昔は仲の良かった協会同士が、今では犬猿の仲というのも、良くある話なのだ。


「ところで、こちらの中身は?」


 受け取ってから、アサリナはさりげなく尋ねていた。

 ソウが少し顔をしかめつつ諌める。


「おい、行儀悪いだろ。帰ってからで良いだろ」

「そ、それもそうね。失礼しました」


 アサリナが恥ずかしそうに頭を下げるが、フィアールカは気にした風でもなく笑った。


「いえ。気になるのは当然です。ただ本当に大したものではありませんわ」

「おほほ。そうですよね」

「ええ。少ないですが、今回の謝罪金ざっと金貨五十枚分の小切手です」

「そうそう、五十枚程度の──金貨!?」


 アサリナは思わず、手に持った封筒を落としそうになる。しかし、はっと我に返り、慌てて封筒をきつく握りしめた。

 しかし、その金額に関しては隣で聞いていただけのソウも、目を丸くしていた。

 金貨一枚は、だいたい人間一人が一月に稼ぐ分の金額と考えて良い。

 となると金貨五十枚は、人間一人が四年かかって稼ぐ程度の金額だ。それを、謝罪感覚でぽんと手渡す『練金の泉』の財力は、さすがだと言わざるを得ない。


 ……なのだが、それを見ながらソウは一人思う。随分と準備が良いな、と。

 断りを入れる暇もないくらい急な話なら、正式な謝罪を用意している暇もないのではないだろうか。

 とすると、ここで謝罪を入れることすら……何かの作為があるのでは。


 そんなソウの目の前で、フィアールカはなんの裏も無さそうな、神妙な顔で静かに言う。


「そう、そうね。今後はこのような事がないように、気を付けます」


 言われたアサリナは、少しばかり目をさまよわせながら、ぼそりと返す。


「あ、そのー。よろしかったら今後も、少しくらいならこのようなことがあっても」

「おいアサリナ」

「じょ、冗談です!」


 ほんの少し、金に目をくらませていたアサリナだが、ソウに声をかけられて正気に戻る。

 だが、おほほと取り繕うアサリナの周りには、若干寒々しい空気が残っていた。


「……お話は終わった?」


 そんな中、少女の問いかけの声が上がった。フリージアである。

 彼女はテーブルに広げた昼食を前に、じっと我慢していた。お腹を空かせて仕方ないにも関わらず、大切な話をしていると、食べずに待っていたのだ。

 そんな彼女を見て、それまで金に目が眩んだり、邪推したりしていた大人達は慌てて話を打ち切った。


「悪い悪い! さ、食べよう!」

「ええ。冷める前に頂いちゃいましょう!」


 ソウとアサリナが大きな声で言えば、フリージアはパッと目を輝かせる。


「よーし! リーはどれが良い?」

「えっと、ソウさんが先に選んで良いよ?」

「良いんだよ。俺はリーが好きなのを食べてくれた方が嬉しいんだ」

「じゃ、じゃあ。これ」


 ソウの言葉で、フリージアは少し悩みながら、卵と野菜の包みを選ぶ。遠慮がちに手に取って、勢いで食べてしまいそうになるのをぐっと堪え、待つ。

 そんな健気な少女に頬を緩ませつつ、一同はようやく昼食を始めたのだった。



「…………」



 ただし、フィアールカが現れたことで、ツヅリだけはぎこちない笑みを浮かべていた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


遅れてしまって申し訳ありません。

今回の内容、もしかしたら会話内容などを微修正するかもしれません。

大筋は変わりませんのでご了承ください。


※1023 表現を少し修正しました。

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