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ティストルの学友

 午前中は打ち合わせと準備に時間を目一杯使い、午後はいよいよ本番に備える形になる。

 若手達は与えられた作戦に思う所はありそうだったが、基本スペックは優秀な人材だ。数時間の訓練で、ある程度のところまでは達してくれた。

 少なくとも、相手を見ながら次弾を装填できるくらいにはなった。



 昼食のため、一度若手達と分かれたソウとツヅリ、それに付いてきたティストル。混雑の酷い大会場の前をどうにか抜け、少しだけ人波が落ち着いたところでソウは尋ねた。


「ティスタはこの後どうするんだ? 俺達はアサリナと合流するつもりだが」


 ソウの予定では、この後は遅れて見学に来る手筈になっているアサリナ、フリージアと合流することになっていた。

 そのときに『瑠璃色の空』の特別待遇に関して何か言われるかもしれないが、知らぬ存ぜぬを貫き通す覚悟はできていた。


「あ、私は、友人達と約束があります」

「友人?」

「はい。今日の魔道院からの参加者は、結構私の知り合いが多いので」


 ティストルは言ってから、背伸びをして周囲をキョロキョロと見渡す。

 本日、合同訓練に参加することになっている魔道院側からの参加者は、そのほとんどが現役の魔道院生である。そして、無用な混乱を避けるためにも、彼らは本日、ティストルがそうであるように地味な魔道院のローブを着ている。


 だから、集団でいるのであれば、見つけること自体は難しくはないはず。

 しかしソウの目には、その動作が原因で周囲の探索が難航しているように見えた。


「おいティスタ。多分それ逆効果だぞ」

「はい? なぜですか?」


 ソウは少し迷ったが、親切心で教えてあげる。


「お前が背伸びする度に胸がダイナミックに揺れてて、人の壁ができるばかりだ」

「へぁっ!?」


 そう。彼女が背伸びをして探そうとすればするほど、その動きに合わせて胸が揺れるのだ。背伸びは文字通り、背を伸ばす行為。それは、胸を張るのとほぼ同義である。

 地味なシャルト魔道院のローブの中からでも存在を主張するティストルの胸は、彼女の背伸びに合わせて強調されてしまう。

 そんな彼女に目を引かれた老若男女が思わず彼女に集中してしまい、ティストルの人探しは思うように進んでいなかった。



「セクハラ!」



 と、ソウはあくまで親切心で言ったにも関わらず、隣に居たツヅリは、ソウの足を思い切り踏みつけようとする。


「おっと」

「あっ!」


 だが、ソウはそれを、相変わらず見もせずに避けた。

 ぐっと悔しそうに呻いたツヅリに、ソウはため息混じりに言った。


「お前も学習しない弟子だな。そんな見え見えの攻撃を、この俺が食らうかっての」

「学習してないのはお師匠の方ですけど! デリカシーとか!」

「じゃあお前が教えてやりゃ良かったじゃないか。でけえ胸揺らしてると人目が集まるばかりだぞって」

「言い方!」


 ツヅリが目をキッと細めて、ソウに攻撃を試みる。だが、ソウはそれをことごとく避ける。傍から見れば、それは子供をあしらう親のようですらあった。


「……いや、悪い悪い。確かにお前じゃ言い辛いよな。お前がしないのは学習じゃなくて、成長だったな」

「ぐぎぎ! ちょっと何処見て言ったんですか今!?」

「言わなきゃ分かんねえのか貧乳」

「それもう言ってますよね!?」


 若干涙目で攻撃を続けるツヅリに、面倒くさそうに対応しつつ口撃を叩き込み続けるソウ。唐突な師弟喧嘩が始まり、その場には微妙な喧騒が生まれていた。

 隣に控えていたティストルは、訳も分からぬまま責任感から二人を止めようとする。


「あの。二人とも落ち着いてください」


「ああ待ってろティスタ。良い機会だからこの弟子に『おっぱい』のなんたるかを教えてやる」

「これだから変態師匠は! どうせ私やティスタのことも『おっぱい』しか見てないんでしょうね!」

「違う違う。貧乳は『おっぱい』なんて言い方しねえんだよ、まな板」

「な、誰もがティスタみたいな『おっぱい』になれたら苦労しないんですけど!?」


「……あぅ」


 しかし、その喧嘩によって一番被害を受けているのは、言葉の飛び火で羞恥を募らせるティストルであるのは間違いなかった。

 その騒ぎを聞きつけて、ティストルの学友が彼女を見つけたとき、彼女の顔はこれ以上無い程に真っ赤であったという。





「いやー、見つかって良かったよ。あはは」

「うん。ごめんなさい」


 ティストルと同じシャルト魔道院のローブを着た黒髪の少女は、快活そうに笑った。

 さっきまで喧嘩していたソウとツヅリは、お互い気まずそうに目を逸らしながら彼女を見る。その視線に気付いたティストルが、黒髪の少女を紹介した。


「彼女はミルラと言います。私の学友で、いろいろと相談に乗ってもらってる友達なんですよ」

「ティスタにそんな風に言われると照れちゃうなぁ。始めまして、ミルラ・ストリクです。いつもティスタがお世話になってます」


 元気そうに頭を下げたミルラ。

 自己紹介をされたところで、ソウは姿勢を正す。普段仕事で依頼主にそうするように、少し真剣に挨拶を返した。


「御丁寧にどうもありがとうございます。自分はソウ・ユウギリです。隣に居るのは弟子のツヅリ・シラユリ。二人ともバーテンダー協会『瑠璃色の空』所属のバーテンダーです」

「よ、よろしくお願いします」


 常に比べて大分丁寧なソウの名乗りに、ツヅリとティストルはそれぞれ面食らった。

 しかし、その名乗りを正面から受けたミルラは、少し耐えたあとに、あはは、と声をあげて笑った。

 彼女が笑った理由が分からずにやや困惑するソウ。そんなソウに謝りながらミルラは言った。


「す、すみません。ティスタから聞いていたあなたと、あんまりに違うのでおかしくて。かしこまらなくても大丈夫ですよ。ティスタから普段のソウさんの話は聞いてますから」


 ソウはティストルに視線を飛ばすが、ティストルは顔を背ける。どうやら、美化しないありのままの姿がミルラに伝わっているようだった。

 ソウはよそ行きの態度を改めて、素の自分で行くことにした。


「そうか。じゃあ俺も普段通りに行かせてもらう。よろしくなミルラ」

「はい、よろしくお願いします」


 ミルラは笑ったせいで少し溜まっていた涙を拭い、ソウに握手を求める。ソウもそれに躊躇なく応えた。

 がしっと握った手の感触に、ミルラは少し感心するように唸った。


「やっぱりバーテンダーの手は、固くて力強いんですね」

「ん? 悪い、痛かったか?」

「いえ、ちょっとだけ安心しました」


 安心した、というのはまた妙な表現だとソウは思った。

 通常、バーテンダーと魔法使いは仲が悪い。正当な魔法の行使者たる魔法使いと、邪道の魔術を用いるバーテンダー。そこだけを取り出してみても、仲が良いとは思えないだろう。そんな相手に、安心したとはどういう意味か。

 とはいえ、今日はバーテンダー主催の会だ。そこに自ら志願してくる以上は、それほどバーテンダーに敵意を持っているわけではないのだろう。


 そこまでは理解できるが、それでもミルラほど熱心に観察してくる理由にはならない。

 となると、バーテンダーというよりも、ソウ個人に何か興味があるのだ。ソウはそういう結論に至った。

 至ったところで、だから何をするというわけでもないのだが。


 握手が済むと、ミルラはソウを値踏みするように、ジロジロと見る。


「なんでそんなに見てくる?」


 流石に少し居心地が悪くなったソウが聞いた。

 それにミルラはハッとし、すかさず言い訳をした。


「あ、いえ……あれです。ソウさんカッコいいなと思いまして」

「ありがとう。よく言われるよ」

「あ、普通に流すんですね」


 照れることも誇ることもなく、ごく普通に礼を言ったソウに、少しミルラが怯んだ。

 だが、彼女はううんと首を振ってから、真っ直ぐソウを見つめ直し、聞いた。



「それでソウさん。ぶっちゃけ巨乳ってどう思います?」

「はぁ?」



 流石に即答しきれずに、ソウは質問の意図を尋ねるように聞き返した。

 しかしミルラがそれに答える前に、横合いに居たティストルがミルラの手を掴んで、ぐいっと引っ張る。


「ちょっとミルラ。いったい何を聞いているんですか?」


 口調は穏やかだが、ティストルの目は全く笑っていなかった。そんな彼女の圧力を感じ、ミルラは少し怯えた顔で素直に答える。


「なにって。えっと、感想?」

「だ、だから、どういう意図のある行動なのですか?」

「決まってんじゃないすか。この人が本当にティスタに相応しい相手か──」

「わー! わー! わー!」


 しかし、最終的に慌てることになったのはティストルであった。彼女は咄嗟にミルラの口を塞ぐが、それだけで終わりではない。

 さっきの羞恥プレイ以上に顔を赤くし、恐る恐るソウへと尋ねる。


「ソウさん。何か聞こえました?」

「そうだな。お前にとって都合の良い方を選んで良いぞ」


 ソウの返答に、ティストルはしばし沈黙する。その言葉の意図をようやく掴んだところで、彼女はあわあわと口を開いては閉じる。


「あ、あの、ミルラの言葉の意図は、その」

「聞こえたことにしとくのか?」

「き、聞かなかったことにしてください!」


 ティストルは咄嗟に言い切ってから、キッとミルラを睨んだ。


「……もう良いですよね。行きましょう」

「えー、私はもう少しソウさんとお話が──」

「行きましょう」


 ティストルはどうやら、ミルラの返事を求めているわけではなさそうだった。

 ミルラの意見を封殺して、また後で、と頭を下げるティストル。そのまま、他の学友達と合流するためにスタスタとミルラを引きずって去って行った。


 妙に早足であったことにソウは気付いたが、指摘するつもりはない。

 言葉通り、聞かなかったことにしてあげようと思った。


「さてと、こっちもさっさと合流すっかね」


 嵐のようなやり取りの後で、ソウはふわぁ、とあくびを噛み殺しながら言う。

 そんなソウに、ツヅリがじとっとした目で返した。


「なんですかさっきのよそ行きの挨拶。お師匠らしくない」

「うっせえな。あんまりティスタが悪い連中と付き合ってるって思われたら、可哀想だろ」

「いや、さっきの喧嘩見られてる時点でもう遅くないですか?」


 微妙に棘のあるツヅリの言葉である。どうやら、さっきの喧嘩の熱をまだ引きずっているらしかった。それに、ミルラとやや親しげにしていたソウへの、なんとなくの不満が加わっているのだろう。

 つまり、ツヅリは不機嫌なのであった。

 そんな弟子の姿を見て、ソウは一度ため息を吐いて、降参と手を上げる。


「しつこい奴だなぁ。分かった分かった。良いよ俺の負けで。お前は巨乳です。良かったね」

「そんな話はしてないっていうか、それはそれでなんかムカツク!」


 ムキーっとツヅリが声を上げ、地団駄を踏んだ。

 すると、ツヅリの胸に偽装してあるテイラの魔石は、彼女の意思に応えるかのように上下に揺れる。

 先程のティストルほどではないが、それでも多少の人の目は集まったような気がした。

 それを見たソウは、唐突に優しい顔になる。


「ふっ、揺れてるぞ。やったな」

「……やっぱり馬鹿にしてますよね?」



 ツヅリの言葉に、ソウはただ優しい顔で首を横に振ったのであった。

 その目にあった感情はどう見ても同情であったが、ツヅリは何も言えずにただ歯を食い縛っていた。



※1020 誤字修正しました。

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