若手の任務事情
それから、ソウは一通り若手達のカクテルの様子を見た。流石と言うべきか、若手と言えどそこは『練金の泉』。訓練漬けの日々の成果だろうが、皆が技術は及第点である。
しかし、技術以外の面。特に精神的な部分での実力不足もやはり見えた。
良く言えば真面目、悪く言えば柔軟性にかける、といった感じだろうか。
咄嗟の判断や思考のスピード、そして集中を欠いた場合の動きに難点が見え隠れしていた。
訓練場の一画を陣取ったまま、ソウはツヅリとティストルを含めて作戦会議を始めることにした。
「まず、第一の疑問だが、お前等の中で実戦を経験してるのはどれくらいいる?」
ここに居る若手七人に尋ねる。
男五人に女二人、それにソウとツヅリを足した九人が外道チームのメンバーだ。
ソウの質問に、果たして手を挙げたものは一人も居なかった。
「だろうな。分かった。じゃあ質問を変えるが、戦闘訓練──特に実戦形式のそういったものは、どれくらい行われているもんだ?」
「……その、実戦形式というのは?」
「だから、決闘じゃない形式での戦闘訓練ってことだよ」
一人から出た疑問に答えて、ソウは再び返事を待つ。しかし、芳しい返事はこない。
少し頭を抱えたくなりつつ、ソウはまた質問を変えることにした。
「じゃあ、お前等って普段どんな訓練してるんだ? 『練金の泉』って、若手には何をさせているんだ?」
そして帰ってきた返事はこんな感じであった。
基本的に、最初のうちはひたすら勉強。もともと最低限の知識があることを前提に、バーテンダーとしてやっていく分に必要な知識を新たに身につけさせる。
それと同時に、協会内での雑用。先輩バーテンダー達の世話などが入ってくる。
少し毛色は違うが、専門的な色の強い学校のような感じなのだろう。あるいは、軍隊の指導にも近い。
とにかく、入ってすぐは知識と、技術を磨くことに費やす。最初に基礎をドンと固めてから、応用に入っていく。それが『練金の泉』の教育スタイルらしい。
師匠と弟子のマンツーマンである、少人数の協会とはそこが大きく違う。
始めから学校的な教育をしている、三大協会の一つ『翼の魔術師団』とも共通するところがあるかもしれない。
「じゃあ、任務には全く関わらせて貰えない感じなのか?」
話を聞いた後、ソウが何気なく尋ねると、一同は揃って難しそうな顔をした。
暫く待ってみるが埒が明かない。ソウは焦れて、一人に名指しで尋ねる。
「リミル。お前は、特に成績が良いらしいじゃないか。任務への参加の誘いとかはなかったのか?」
「……それは、その」
「それは?」
視線をさまよわせるリミルをじっと見つめるソウ。ややあって、リミルは言いにくそうに答えた。
「……総合支部から任務が回ってきて、希望者の参加を募られることなどは、ある」
「……で?」
「……俺達は『練金の泉』のエリートなんだ。そんな、しょぼくれた依頼で初陣を飾るなんて──」
「百年はええよ」
なんとなく途中で話が見えた気がして、ソウは最後まで聞かずに突っ込んでいた。
その淡々とした、温度低めの台詞に、若手達はぐっと唾を飲む。
「つまりあれか。せっかく用意して貰った経験を積むチャンスを、お前等は揃いも揃ってふいにしてきたのか」
「……だが、待ってくれ! 俺達にだって言い分はある!」
「ほう?」
健気に言い返してきたリミルに、ソウは興味深げな声を漏らした。
リミルはぐっと拳を握り込み、それまでに比べても力強く言った。
「俺達は、氷結姫に憧れて、バーテンダーになったんだ」
「……ふむ」
今更聞き返すまでもなく、それは周知の事実である。
この時期に『練金の泉』に所属した若手達は、多かれ少なかれフィアールカの影響を受けている。
しかし、それが任務となんの関係があるのかと待っていると、リミルは少し憧れで曇った目を輝かせた。
「知ってるか? あの人の初陣は、魔獣討伐だったんだぜ。あの人に憧れる俺達が、野犬の駆逐なんて任務で満足できる筈が──」
「それ多分嘘だぞ」
「へっ?」
ソウがはっきり言うと、リミルだけでなく、うんうん頷いていた後ろの若手達も揃って目を丸くする。
そんな彼らの熱中ぶりに水を差すのは、とは思う。思うのだが、あんまり寝ぼけたことを言われても話が進まないので、ソウは淡々と告げる。
「あのなぁ。いくらあいつが天才だろうと、いきなり魔獣討伐なんかに参加させて貰えるわけねえだろ。それは広報用のデタラメだよ。大きな戦果を挙げたのがソレってだけで、本当の初陣がそれなわけねえだろ」
「で、でも、確かに記録では」
「記録ねえ……」
あからさまに狼狽えるリミルの言葉に、ソウは半目を開く。
そんな純粋な子供達にむしろ感心しながら、ソウはツヅリへ話題を振った。
「ツヅリ。お前、フィアの初陣の話とか聞いたか?」
「へ? あー。はい。聞いてます」
「魔獣討伐って言ってたか?」
「……そのー」
若手一同の期待の目が、瞬く間にツヅリに集中した。
ツヅリはとても言い辛そうに頬をかきながら、渋い顔で言った。
「えっと。公式記録として『練金の泉』の任務に参加したのは、確かにそれが初まり、っていうのは間違ってない、らしいです」
所々言葉を濁しながら、それでもツヅリは一応の肯定を返した。途端、ホッとした雰囲気が若手達に広がり、先頭のリミルはぱっと顔を輝かせる。
「だ、だよな!」
「ただ、その」
「……なんだよ?」
「それはあくまで、公式記録として残っているだけと言うか」
そしてツヅリは、実際にフィアールカの口から語られた彼女の新人時代の話をした。
フィアールカが『練金の泉』に入ったのは、僅か十二歳のときだ。
入って早々に圧倒的な才能の片鱗を見せた彼女だが、当初は年齢のこともあって、それなりの扱いを受けていたらしい。
メキメキとついて行く実力と、それに反する扱い。自分よりも劣る人間が、自分を差し置いて選ばれるという屈辱。
フィアールカが『練金の泉』の庇護を捨てる決断をするのに、そう大した時間はかからなかったという。
既に教官から学ぶことはないと、彼女は勝手に総合協会の門を叩き、目に入る依頼を片端から受けていった。
途中で他のバーテンダーと組む機会もあったが、そこは実力至上主義の世界である。彼女は銃一本で、その身に向けられる諸々をねじ伏せていった。
そして、成果を盾に正当な待遇を『練金の泉』に求めたのが十四歳。しかし、その時点ではまだ『練金の泉』の上層部は彼女を認めなかった。
業を煮やしたフィアールカは、ついに反旗を翻す。
『練金の泉』が請け負った魔獣討伐の任務に、無断で参加し、誰にも文句を言わせぬ成果を叩き出した。十四歳の少女が、魔獣を仕留めてみせたのだ。
上層部はその勝手な振る舞いを糾弾したが、現場のバーテンダーは擁護に回った。既にフィアールカが、第一戦で活躍できる実力であることは疑いないと。
それから紆余曲折があり、最終的に『練金の泉』の公式記録として、それがフィアールカ・サフィーナの初陣ということになったのだという。
「──と、いうことらしいよ。ね? ティスタ?」
「……はい。彼女は確かに、そう言ってましたね」
ツヅリの言葉に、ティストルは補足することもないと頷きを返す。
ソウは詳しく聞いたことはなかったが、彼女の性格からしてまともなルートを通っては居ないとだけは思っていた。よって、衝撃はそこまででもない。
それに絶句したのは、夢見がちな若手達である。
自分たちが憧れていた氷結姫の壮絶な過去。しかも、自分たちが心の拠り所としている『練金の泉』にあっさり歯向かう暴挙。
美しき才姫の苛烈な本性にほんの僅かだけ触れ、面々は放心していた。
ポンポンとソウは手を叩いて彼らの注意を引く。餌に釣られた魚のようにそちらを向いた若手達へ、なんでも無さそうに話を続けた。
「というわけでだ。君達の見ていた氷結姫は幻だった。だから、君達も変な幻想を追うのは止めにして、現実の話をしようか」
フィアールカのショックから未だに立ち直れていなさそうな若手達だが、ソウの言葉には素直に頷いた。
むしろ、そうすることが現実逃避に繋がるとでも言いたげな表情である。
「はっきり言うとだな。お前等は技術があるだけで、実戦じゃ使い物にならない。これを使い物にする為に、経験を積ませる時間は圧倒的に足りない。ならどうするかだ」
はっきりと言われて、流石にいい気持ちはしない。
放心状態だった若手達は、怒りに少しだけ自分を取り戻す。
しかし、ツヅリとリミルの決闘の顛末を見て、反論する気にはならない。だから、文句を呑み込み『練金の泉』の若手たちはソウの言葉を待った。
「実戦で一番重要なのは早さだ。動きの素早さってわけじゃない。判断の早さだ。相手の行動に対して正しい対処法を考えても、それが遅けりゃ意味がない。実戦では迷った奴から命を落とす。訓練だろうが、それは一緒だ」
それは多分にソウの主観の入った意見ではある。
相手の行動に対して、何も対策できないようでは論外。
かといって行動を選択するのに、一秒の思考は致命的に長過ぎる。
相手の行動を見たら、条件反射レベルで次の行動を起こせるのが最低ライン。
相手の行動を見る前に何パターンもの想定をして、それらの対処法を考える。加えて、想定外だった場合の動きも事前に考えられて、ようやく一人前。
それがソウの求める心構えであり、自分に課している課題でもあった。
しかし、それを実戦経験の無い若手達に求めるのが酷ということも、理解している。
だからこそ、ソウは彼らに与えることにした。
一瞬の判断で迷わなくて済むようになる、バーテンダーとしては外道の作戦を。
そしてそれ故に、この場にあってはこの上なく有効な作戦を。
※1018 誤字修正しました。