八対二
向かい合った状態で、睨み合うツヅリと、リミル。
それを遠巻きに見つめている、ソウとティストル、そして『練金の泉』の若手達。
ティストルは中央の二人を見て、少し不安そうにソウへ尋ねた。
「ソウさんは。この『決闘』をどう見るんですか? 私は、バーテンダー同士の決闘を見るのは初めてなので、なんとも」
身に纏う雰囲気ならなんとなく分かる。お互いにいい具合に緊張していて、適度な自信も窺える。
リミルの方も口だけではないようだ。ことカクテルに関しては、言うだけの技量は持っているのかもしれない。
対するツヅリも、決闘前の緊張っぷりが嘘のように、銃を持ち対峙している状態では研ぎ澄まされている。昔、ツヅリと一緒に戦った時の、彼女らしい力強さだ。
そこまではなんとなく分かる。しかし、ティストルは魔法使いなので、相手の外見や態度でバーテンダーの実力を見て取るのは難しい。
そんなティストルの疑問に、ソウは少し真剣な顔で体感の話をした。
「俺の見立てでは、八、二ってところだな」
八、二という言い方で、ティストルはほんの少し安堵した。
「ということは、ツヅリさんの勝ち、が八割ということですか?」
身内のツヅリと、敵対するリミルであれば頭に来るのは身内の方であろう。
そう思ったティストルだったが、ソウはのんびりと否定した。
「いや、ツヅリの勝ち、は二割のほうだ」
「え?」
その、あまりにもあっさりとした言葉に、ティストルの顔が青くなる。
しかし、理由を尋ねるよりも早く、向かい合っていたツヅリとリミルから、共に声が上がっていた。
「では、一杯目だ」
「よろしくお願いします」
二人は声をかけあってから、さっと腰のポーチに手を伸ばした。
カクテルという魔法は、一般的には一発二発、という数え方をする。しかし、こと決闘においては一杯二杯という独特の呼び方をするという。
その一杯目。ツヅリは師の言葉を信じて、腰のポーチから弾薬を選び出す。
……一応今度は、相手の手元は見ない様にしながら。
(えっと、最初は……)
師の言葉を疑うわけではないが、その選定基準はいまいち分からなかった。
最初の一杯として指定されたのは【ウォッカ・トニック】だ。
水の属性を持つウォッタ弾を使った初歩的なビルド。しかし初歩を選ぶのであればもっと基本的な【ジン・トニック】──もしくはウォッタなら【スクリュー・ドライバー】という手もある。
だというのに、なぜ【ウォッカ・トニック】なのだろうか。
その理由を尋ねても、ソウは相変わらず楽しそうなニヤニヤ笑いしかしてくれなかった。
(ま、良いけど)
カクテルの前に雑念は不要。
ツヅリは躊躇うことなく、頭の中で材料を揃え、カクテルを作り上げる。
ベースになるのはウォッタ──それにカットしたライムを添えて、トニックウォーターでアップする。
グラスへと敷き詰めた氷に当てないよう、注意深く炭酸を注いでやれば、喉に爽やかな甘苦いカクテルの完成だ。
【ジン・トニック】と比べて、かなり癖が少なくマイルドな味わい。それでいて、固有の酒っぽさがあり、総じて飲みやすい一杯である。
その味わいを思い出して、少しだけ炭酸な気分に浸りながら弾薬を銃へと込める。
シリンダーを戻し、手の中のズシリとした感触を確かめてから、改めて前を向いた。
相変わらず、リミルの方が準備に少し時間が掛かっているようだが、今回はなるべく見ない。
そして彼が前を向いたところに合わせて、銃を構えた。
お互い、睨み合い、間を計って、宣言する。
「「基本属性『ウォッタ45ml』、付加属性『ライム1/6』『アイス』、系統『ビルド』、マテリアル『トニックウォーター』アップ」」
宣言しつつ、ツヅリとリミルは揃って目を丸くした。
放とうとしたカクテルが、全く一緒だった。
リミルはそれをただの偶然と捉えたようで、すぐに表情を改めた。しかしツヅリは、そこで師の目論みに気づき、呆れた。
そして、二人の声が再び揃う。
「「【ウォッカ・トニック】」」
銀と白金。二つの銃から同じように現れたのは、圧縮された水の魔力。
それは渦の形を取ってお互いを呑み込まんと、競り合った。
ザザと不快な音を立ててお互いを喰い合う魔力は、やがてその拮抗を崩す。
ツヅリの放った水の魔力が、相手の渦を押しのけてリミルの眼前に迫った。
「なっ!?」
しかし、それが襲い掛かることはない。
もともと喰い合いで威力が削られていたそれは、リミルに当たる直前で掻き消えた。
この場に満ちる【シンデレラ】の魔力が、そうさせたのである。
「……馬鹿な」
リミルは驚愕の表情で、呻いた。
彼の頭にこの状況はなかった。
いくら若手であろうと、リミルもまた『練金の泉』に認められた存在だ。とくに、ことカクテルの技量であれば、同期の中でも五指に入る。
教官には格好付ける癖を指摘されこそすれ、完成度にかけては一目置かれていた。
なにせ、彼は教わった以外にもずっと練習を欠かしていない。自分の時間を見つけては、憧れた『姫』の得意とするカクテルに、力を注いできた。
それが、こんな名も知れぬ協会の、それも同年代の少女に押し負けるなど、誰が思うだろうか。
「……こんなのは何かの間違いだ」
リミルはぐっと食い縛り、ギロリと目の前の少女を睨んだ。
きっと、心の中で慢心があったのがいけないのだ。それを排すれば、負けはない。
そう信じて、さらに強く手の中の銃を握りしめた。
続く二杯目の勝負は、リミルの勝ちだった。
二杯目に競い合ったのは【グレイ・ハウンド】。自身の意のままに動く氷の狼を生み出すウォッタ属性のカクテル。
普通【グレイ・ハウンド】はこういった決闘ではあまり用いられない。相手のカクテルの競い合いという形となると、単純な攻撃でないために評価し辛いからだ。
しかし、彼はかつて『氷結姫』が、決闘で【グレイ・ハウンド】を用いたというのを聞いて憧れていた。相手の魔法を搔い潜り、自身が倒れるよりも早く相手に襲い掛かって、勝利をもぎ取ったという逸話だ。
しかし、ツヅリが放ったのもまた【グレイ・ハウンド】。となるとその勝負は、必然的に氷狼同士の格闘戦になる。
両者の氷狼の能力はほぼ拮抗して見えた。だが、術者自身の格闘センスに差があった。
ツヅリは氷狼を操って、格闘させることに慣れていない。その経験の差が勝敗を分け、ツヅリはあっさりと敗北したのだ。
「はっ、少しはやるようだが、やはりこの程度か」
勝ち誇りながら、自信満々に言ってみせたリミル。
ツヅリは僅かに唇を噛みつつ、くーっと悔しそうに唸る。
自分の苦手分野だとわかってはいたのだが、それでも師の言うことに従ったのはツヅリ自身だ。それが嫌なら、種類を変えるなりして対応すれば良かっただけのこと。
ここで師に責任を押し付けるのは、無責任すぎるだろう。
そんなツヅリの反省をよそに、リミルは調子に乗った様子で言ってのけた。
「これではやはり無名教会の程度が知れるな」
「……どういう意味?」
ツヅリが温度の低い目で睨みつけるが、彼はそれをまっすぐ睨みかえす。
「どういうつもりで同じカクテルをぶつけてくるのかは知らないが、もう底が知れたってことだよ。今ので手応えは掴んだ。もう負けはない」
「それは、やってみないと分からないんじゃない?」
「分かるさ。弟子がこの程度なら、その師も程度が知れる。慢心しなければ、やはり俺が負ける筈はない」
その言葉に、ツヅリはカチンと来た。
押し負けたのは自分。だから自分が馬鹿にされるのは、まだ良い。しかし、そこから先は許せない。
自分の愛する『瑠璃色の空』も、尊敬する師も、決して馬鹿にされる謂れは無い。だというのに、リミルはその一線を踏んだ。
それに苛立つし、その言葉を許してしまった自分の不甲斐無さには、もっと腹が立つ。
ツヅリは二杯目の負けをきっぱり割り切って、前を向いた。
「三杯目、いきます」
「せいぜいあがけば良いさ」
リミルの、既に勝ち誇ったような顔にかちんときつつ、ツヅリはふーっと息を吐いた。
ここから挽回すれば良い。いつもそうだった。追いつめられた時こそ、落ち着いて考えなければ生き残ることはできない。
いつも通り、冷静に、ただできることをやれば良い。
一度目を閉じ、頭の中で呪文のように何度も唱え、そしてツヅリは目を見開く。
そう、ここから先は、いつも通りだ。
「ど、どうしましょう? ツヅリさんと相手の方、やっぱり互角みたいですよ」
二回の手合わせをすませ、一対一の状態にあって、ティストルがソウへと不安の声をあげていた。
ティストルの目から見て、戦況は五分五分。ソウの最初の言葉を信じるのであれば、リミルの方が上手ということになる。
当事者でもないのに、自分のことのように焦るティストルを見て、ソウはふっ、と面白そうな笑みを浮かべた。
「落ち着けよティスタ。大丈夫だって、別に負けたって死ぬわけじゃねえんだぞ」
「で、でもソウさんが最初に、ツヅリさんの勝ちは二割だって」
「おう。その通りだな」
ソウはそこで、決して自分の言った言葉を曲げはしない。だというのに、その落ち着きようはティストルを混乱させた。
そんな彼女を見て、ソウは最初に自分の言った言葉を説明する。
「確かにツヅリの勝ちが二割って言ったが、ツヅリの負けが八割とは言ってねえぞ」
「……え?」
ソウの言葉に、ティストルが目を丸くした。
では残りの八割はなんなのか。
ソウはティストルの素直な反応を楽しむように、ニヤリと口角を上げた。
「ツヅリの勝ちが二割で、ツヅリの圧勝が八割だよ」
呆気に取られ、何も言えなくなっているティストルの目の前で、三杯目の競い合いがまさに始まろうとしていた。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
すみません、ちょっと感想の返事が遅くなります。