決闘の作法
自分の代わりにツヅリを決闘させる。
というソウの意見に、まずツヅリが声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいお師匠。なんで私なんですか!」
それまで黙って聞いていたツヅリだが、これには流石に声を上げずには居られなかった。
ツヅリに同調するように、リミルもまた抗議する。
「そ、そうだぞ! 俺との決闘がそんなに怖いのか!?」
少年少女の当たり前の言い分。
それらを涼しい顔で聞き流した後に、ソウはまずリミルに言う。
「じゃあ言ってやる小僧」
「小僧じゃない!」
「うっせえガキ。お前じゃ力不足だって言ってんだよ。俺と戦いたいってんなら、せめて俺の弟子くらい倒してからにしろ。そうじゃなきゃ時間の無駄だ」
ソウの歯に衣着せぬもの言いに、リミルはカッと頭に血を上らせた。
明らかに表情を険しくして、ソウに噛み付く。
「この俺を侮辱するつもりか!?」
「おういくらでもしてやるぞ」
「貴様! 無名協会の分際で!」
再三の挑発の言葉。
ソウはいい加減うんざりして、少しだけ強く、リミルを睨みつけた。
瞬間、その場の温度が五度は下がったような猛烈な寒気が、少年の背筋を駆ける。
ソウはそこでふぅ、と息を吐いて、少し強い口調で言った。
「そもそも決闘を挑むってんなら、相手を対等くらいに思えよ。てめえがどこに所属してようが、てめえの強さは変わんねえだろ。こっちが無名ならそっちも無名だ。勘違いしてんじゃねえぞ」
何か言い返したい。
そう思って、リミルは足に力を入れて、声を上げようとする。
しかし、それが出来なかった。舌を動かそうにも、どうにも動いてくれない。
代わりに、屈辱に耐えつつ、目線を逸らして下を向いた。
「な、分かったんならまずはって話だ。俺の弟子くらい倒せるようになったら、改めて話を聞いてやる」
さっきまでの態度が嘘のように、ソウはにやっと笑ってみせる。
それから、真っ先に声を上げてきたツヅリにもゆるりと目を向ける。
「そしてツヅリ。お前の言い分だが」
ソウに声をかけられ、じっと成り行きを見守っていたツヅリも思い出したように口を開く。
「あっ、そうです! なんでいきなり──」
「弟子は黙って師匠の言う事を聞け。以上」
「…………」
ツヅリが言い終わらぬ内に、適当に会話を打ち切られてしまった。そして、その時点でツヅリには分かった。
何を言っても、聞き入れてなど貰えないことが。
微妙な沈黙が、その間を埋める。
その緊張状態に耐えかねたように、ツヅリはちらっとリミルの様子を窺い、控えめに尋ねた。
「で、あの。戦いますか?」
「……あ、ああ」
最初は威勢の良かったリミルが、おずおずと頷いた。
この微妙な雰囲気で戦うのか、とツヅリもまたとても微妙な気分になったのだった。
場所は変わって、大会場の地下に存在する訓練施設。もともとは、上の会場での決闘前に最終確認などを行うところ。石造りで無骨な、とても広い殺風景な空間だ。
光源の魔法で照らされてなお薄暗いその場所。その片隅の一画でその二組は対峙していた。
片側は、リミルを筆頭とした『練金の泉』の若手集団。もう片側はソウ、ツヅリ、そしてティストルという『瑠璃色の空』の関係者。
移動中にリミルは元気を取り戻したのか、二十メートル程度の間を設けた先で、若手集団とヒソヒソ語り合っている。
そんな様子を横目に見つつ、それまで蚊帳の外だったティストルがソウに言った。
「どうしてこんなことになったんでしょうか?」
「さあな。その責任もフィアにあり、って感じだ」
ソウはややぶっきらぼうに、その場には居ない銀の少女に軽く悪態をついた。
そのあたりが、本当に何から何までその通りな気がして、ティストルは苦笑いを浮かべる。
そんなティストルの表情から何かを読み取ったのか。ソウはそれ以上聞かずに、落ち着かず自身の銃と弾薬の確認を行っているツヅリに軽く声をかける。
「ツヅリ」
「は、はい!?」
「おう。落ち着けよ」
師からの軽い声かけにビクリと反応するほど、ツヅリは緊張していた。
ツヅリはこれまで、実は師以外とまともに試合形式で戦ったことがなかった。
ソウに連れられて方々任務に回っていたことも理由の一つだ。単純に縁がなかったというのも、やはりあるだろう。
それが、今のツヅリを無駄に緊張させている由縁だった。
その緊張っぷりに、ソウはぷっと馬鹿にしたような息を吐く。
「なにお前どんだけ緊張してんの? 笑える」
「だ、だってですね。わ、私ぶっちゃけ決闘の礼儀作法とか全然知らないと言いますか」
「あー? 礼儀作法ねぇ。そういや教えてなかったか」
バーテンダー同士の決闘には、大抵の場合なんらかのルールがある。
それには幾分か儀礼的な意味が含まれていて、ソウはそれが苦手だった。
しかし、今の時点で教えないというのも、ツヅリが恥をかいて可哀想だ。そう思って、ソウは記憶の中から、儀礼的な決闘の作法を引っ張り出してくる。
「まず。一番重要なところだが『略式』とかは使うな」
「……え? なんでですか?」
ツヅリはキョトンと問い返していた。戦いであるならば、先手必勝。カクテルを作るスピードは何よりもまず重要な要素だ。
その気持ちを察しつつ、ソウはため息混じりに答えてみせる。
「あの小僧の求めているところの『決闘』ってのはな。お互いが示し合わせたように『カクテル』をぶつけあって、どっちが強いか、みたいなのを競うことなんだよ。だから、相手に攻撃される前に攻撃する、みたいな戦いじゃないわけな」
バーテンダーの儀礼的な決闘。
それは、相手を倒す戦いではなく。相手の『カクテル』を上回る戦いなのだ。
お互いに、思い思いの『カクテル』を完成させ。それを同時に放つ。時には同じ『カクテル』を作り、それを競わせたりもする。
言うなれば『カクテル』の腕前を見せる儀式であるのだ。
「一般的には、三組の競い合いが多いな。『ビルド』『ビルド』『シェイク』の基本形か、『ビルド』『シェイク』『ステア』の発展形だ」
「うへぇ。私まだ『ステア』苦手なんですけど」
「ん? あー……多分大丈夫だろ」
ソウは無根拠に言ったあと、遠くにいるリミルへ声を張った。
「おい! 一応聞いとくが、決闘の形式は『基本』で良いのか!」
「……ふん。当たり前だ。無名協会に『発展形』など期待していない」
「あっそ!」
元気よく素っ気ない返事をして、ソウはツヅリに向き直る。
「らしいから、心配すんな」
「わ、分かりました」
ツヅリは師の言葉に頷いて、もう一度、神経質そうに弾薬の確認をする。
ポーチに入っているのは、いつも通り『ジーニ』『ウォッタ』『サラム』をバランス良く。『テイラ』は少し控えめだが、これはツヅリ自身の持つ特殊事情ゆえだ。
ポーチ内の残弾や、銃に装着するカートリッジに関しても問題無い。ソウに言われた通り、偏らせることなく用意しているので、一応どんな状況にも対応できるはずである。
「そ、それでお師匠。その、決闘では一発目はどんな『カクテル』を撃たなきゃいけない、みたいな決まりとかあるんですか?」
「決まり? 特にはねえけど……あんまり、局地的な『カクテル』は使われないとか……いや、待てよ」
ツヅリの不安そうな顔に、んー? と唸った後だった。
何か、面白いことを考えた顔でソウはにやりと笑った。
「ツヅリ。今から俺の言う『カクテル』にしろ。それでも良いか?」
「へ? 別に構いませんが……」
いきなり何でも良いと言われても困る、と思ったのでツヅリとしては渡りに船。最初なので、師の言う通りにするのも悪くない。
のではあるが、師の何か企んでいる顔に、一抹の不安を覚えもするツヅリであった。
それから、お互いに準備を終えてツヅリとリミルは対峙する。
二人の表情は対照的だった。
リミルは勝利を確信しているような余裕のある表情。反対にツヅリは、勝手の違いに戸惑い、緊張の表情だ。
「ルールを確認しておくぞ無名教会。使用するカクテルは三つ。『ビルド』『ビルド』『シェイク』の順だ。最初の【シンデレラ】には特殊条件は無し。問題ないな?」
「えーと、多分問題ありません。よろしくお願いします」
「ふん、よろしく頼む」
ぺこりと頭を下げるツヅリと、ふんと尊大な態度を取るリミル。
そして、二人はお互いに距離を取って最初の『カクテル』を用意する。
決闘用の儀礼的なカクテル──【シンデレラ】だ。
このカクテルには、殺傷能力自体はない。己の魔力でもって、魔法での戦いに制約を課し、決闘で命を奪わずに決着を付けるという効果のカクテルである。
ツヅリは頭の中で何度も確認した材料を、瞬時にポーチから抜き出す。
このカクテルに基本属性となる『属性弾』は要らない。使う材料は『オレンジジュース』『レモンジュース』『パイナップルジュース』と『氷』の四つだけだ。
愛銃『ニッケルシルバー』のシリンダーをスイングアウトし、さっと弾薬を込め終える。
そして、いつでも詠唱ができる状態になったところで、
ツヅリは戸惑っていた。
理由は分からないのだが、ツヅリの目の前のリミルが目線をツヅリから逸らして、ポーチの中を確認しながら弾薬を取り出していた。
しかも、ツヅリから目を離したまま銃に弾薬を込めていて、それが終わったところでようやくツヅリの方を向いた。
既に準備を終えて待機していたツヅリに気づき、感心したように少年は言う。
「……ほう。準備だけは早いんだな」
「え、あ、どうもです」
褒められたので素直に礼をしながら、ツヅリは今すぐ師に確認したい衝動にかられていた。
もしかして、決闘では、弾薬を込めている間は相手を見ないのが礼儀なのか、と。
ツヅリがソウに師事してから教わったことの一つ。
ポーチから弾薬を取り出し、銃に込めるという一連の動作は素早く。それも決して敵から目を離さずに行うこと。
戦闘中は、いつ敵が想定外の行動を取ってくるか分からない。だから、戦闘中にはどんなことがあっても敵から目を離してはいけない。
その重要性は、ツヅリ自身が一度、死のギリギリで実感したことでもある。
二頭の魔物に挟まれる形での戦いとなったとき、後ろに迫っている魔物との距離は想定よりもずっと短かった。頭の中の想定と、実戦での相手の動きは常にずれるものだ。
だからこそ、戦闘中にポーチを確認する余裕も、銃のシリンダーを眺める余裕も存在しない。戦闘中に敵から目を逸らすというのは、自分から敗北に近づくこと。
それを基本として学んだツヅリなので、リミルの行動に度肝を抜かれた。
どうしてもという時には、一瞬だけ確認することはあるが、ああまでポーチの中を凝視することはない。怖くて出来ない。
しかしすぐに、それが決闘での礼儀なのではと思い直した。
相手の放つ『カクテル』がなんなのか、確認しないようにするほうがお互いフェアだったりするのかもしれない。
「何を惚けている、早くやるぞ」
「え、あ、はい」
ツヅリ一人だけ、思い悩んでいたのだが、リミルは意に介した様子もなくさっさと宣言に入ろうとする。
それにツヅリも慌てて追従した。
「「基本属性『(ヴォイド)』、付加属性『オレンジ20ml』『レモン20ml』『パイン20ml』『アイス』、系統『シェイク』」」
二人の宣言が重なる。
魔法での詠唱に相当する、カクテルの素性の宣言。これから放つ『カクテル』の存在を形作る、要素の集合。
その後に、二人は銃を緩やかに振る。銃の中に自身の魔力を送り込み、それと材料とを混ぜ合わせるその作業。
シェイクと呼ばれるカクテル作成手順の一つ。
ツヅリはここ、というタイミングで緩やかにシェイクを終え、リミルもまたシェイクを終える。
しかし、ここで終わりではない。決闘用の【シンデレラ】には、この先がある。
リミルは、ツヅリに確認を取るでもなく、詠じはじめる。
《待宵の鐘、鳴らすは、二本の針》
《夜の誘い、掻き消すは、一つの声》
リミルの詠唱に続けて、ツヅリもまた詠じる。
基本的な決闘であれば、これで詠唱は終わりだ。その意思を受け取ったかのように、お互いの持つ銃が鈍く唸った。
その唸りを、名前を添えて静かに解放する。
「「【シンデレラ】」」
お互いの銃口から放たれた魔力は、相手めがけて奔ることはない。周囲に拡散し、特別な魔力に覆われたフィールドを作り上げる。
これによって、致命傷となる攻撃を防ぐのが、この魔法の効果だ。
「では、はじめようか」
「よろしくお願いします」
ツヅリとリミルの二人は、お互いに声をかけた。
戦いの緊張が、その場に満ちるのであった。
ここまで読んで下さってありがとうございます。
少し遅れてしまい申し訳ありません。ちょっとだけ長くなってしまいました。