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走馬灯の影

 勝算と言えるほどの物はなく。

 頭に描いた微かな道筋に、ただ、縋りながら。ツヅリは少年の元へ駆ける。


「ルキ君!」

「!?」


 ツヅリの叫び声で、ルキとモスベアー達がツヅリの存在に気付いた。

 熊の動きが一瞬止まるが、ツヅリは止まらない。


「銃を!」


 ツヅリは叫びながら、ルキに向かって手を伸ばした。

 僅かに戸惑うも、ルキはツヅリに向かって銃を投げる。

 距離はおよそ五メートル。

 銃は空中をくるりくるりと回りながら、



 ツヅリの手の中に収まった。



 勢いを殺すように足を滑らせつつ、ツヅリは二頭の内の一頭に狙いを定める。


「基本属性『ウォッタ30ml』! 付加属性『アイス』! 系統『ビルド』! マテリアル『オレンジ』アップ!」


 ルキに内容の確認もしないまま、ツヅリはレシピを確信して叫んだ。

 ツヅリが知っている、ルキに教えた『オレンジ』を使うカクテルは、これだけだ。

 しかも、通常のレシピではなく、『ウォッタ』を減量した、簡易レシピ。


 充分だ。

 殺さなくてもいい。行動不能に追い込めればそれでいい。

 果たして、持ち主の元に戻った白銀の銃は、喜びに震えるように鈍く唸る。

 ツヅリを脅威と判断した魔物は、既に走り出している。

 苔むした地面が沈み、凄まじい運動エネルギーとなって、向かってくる。

 だが、遅い。


「【スクリュードライバー】!」


 放たれた水色の弾丸は、正確に魔物の元へと吸い込まれて行く。

 目的地に辿り着いた水塊は、その爆散の力に指向性を持って、爆ぜる。

 ツヅリが確認したのはそこまでだ。


「ポーチを!」


 少年を見もせずに、ツヅリは次の指示を叫ぶ。

 伸ばした左手に、慣れた感触。ツヅリは咄嗟に銃を上方に投げ、空いた両手で受け取ったポーチを装着。緑色の弾丸を左手に、投げ上げていた銃を右手で掴む。

 背後に迫りつつある、もう一つの脅威に抗するべく、薬莢を排出。風の魔力を秘めた、衝撃の力を銃に込める。

 そこで初めて、後ろを振り向いた。



(近いっ!?)



 ツヅリの想定以上に熊は近くに来ていた。

 その距離は二メートルもない。時間にして、もはや一秒ない。

 予備動作も無しに銃を向け、銃に魔力を送り込む。

 魔力の充填を確認する間もなく、音を確認することもせず、


「『ジーニ』!」


 叫んだ。

 その瞬間に、自分が犯したミスを痛感する。


(オレンジのカートリッジが──ッ!?)


 薬莢を排出する際に、一緒に取り外すべきだったカートリッジが──『オレンジ』の詰まったそれが、まだ装填されたままだった。

 銃口から風の魔力が放たれるが、定義されることなく付加されたオレンジのイデアが、その力を削る。純粋な魔力に、意味のない制約を課していく。

 せめてツヅリが、その組合せで完成するカクテル【オレンジブロッサム】を知っていれば、また結果は変わったかもしれない。


 放たれた風の魔力は獣に直撃するも、強風程度の力しかなかった。


 それによって僅かに熊は勢いを緩めるが、止まらない。

 その巨大な腕を振り上げ、ツヅリへと襲い掛かった。


「くっ!」


 勢い自体は削いだことで、咄嗟に避けるのには成功する。爪は腹の脇をかすり、皮一枚のスレスレを通り抜け、弾薬の詰まったポーチの紐を引きちぎった。


「しまっ!」


 咄嗟に手を伸ばすが、間に合わない。ポーチは弾薬をばらまきながら散った。

 掴んだのは、そこから撒き散らされた弾薬。『ウォッタ弾』ただ一つ。


 だが、それに呆然とする暇すらない。勢いある攻撃を外されたにも関わらず、熊は驚くほど短い制動距離で体勢を立て直しつつあった。

 ツヅリは必死で飛び散った筈の『ジーニ弾』を探すが、手の届く範囲にあるのは、『レモン』『ライム』『サラム』『アイス』くらいだ。

 熊は既にこちらに向き直り、突進のモーションに移っていた。


(ここまで……か……)


 頭の中で呟くと、驚くほど簡単に、絶望的な状況を受け止められた。

 なす術もなく、眼の前に脅威が一つ。

 ここからでは、どうあっても自分のカクテルでは間に合わない。

 手に持った『ウォッタ弾』も、地面に落ちている『サラム弾』も、『ジーニ弾』のような時間稼ぎはできない。当たり前の手段で打ち勝つことは、不可能だ。

 それを自覚した瞬間、ツヅリの頭の中に、走馬灯のようなものが走り始めた。


(そういえば走馬灯って、頭が必死に生き残る術を探しているんだって聞いたっけ)


 限りなく凝縮されたコンマにも満たない時間で、人生が流れる。十七年の人生で、ここまで危険だったことなど一度もない。それなのに、どんなヒントがあるというのか。

 呆れにも似た感傷の中、そこにある人物が浮かんだ。


(……お師匠……!)


 記憶の中に、尊敬する人が現れる。

 そして彼が、いつもそうするように。


 口を開く。


 気付けばツヅリも、引き摺られる。

 それが唯一の、生きる術だというように。


 叫ぶ。



「略式!」



 イメージする師と同じように、気付いたらツヅリも叫んでいた。

 頭に浮かべるのは決して自分ではない。自分が作るカクテルでもない。

 師が作る、師の作り出す、記憶の中で最高のカクテルだ。


 永遠のような一瞬だった。命を諦めた瞬間から、コンマ一秒と変わらない。

 未だにクマは突進を開始してはおらず、まだ十分な距離がある。

 地面に散らばった銃弾の中から『アイス弾』を拾い上げ、一分の無駄もなく、手の中の銃弾を込める。


 命を刈り取る脅威が迫るが、そちらにほとんど意識を割かない。

 死の淵にあるはずなのに、不思議なほどの集中力。

 今まで見てきた師匠の動きを、トレースする。


「『ウォッタ』『オレンジアップ』」


 経験ではなく。

 感覚。

 心を乱さず。

 魔力を込める。

 ただただ、イメージする。

 花開くような甘さ。

 舌を撫でるような酸味。

 仄かに残る苦み。

 そして、それを作ってくれた、あの人の顔。

 あの人の銃から放たれる、力を。



 ツヅリの銃が、応える。



 牙を剥く脅威がほとんどそこまで来ている。

 もう一メートルもない。

 だが、遅い。



「【スクリュードライバー】」



 銃口から、水色の魔力が放たれた。

 イメージの中のそれに比べて、大分小さく、弱々しい。

 だが、確かにそれは『カクテル』の形を取っていた。

 手を振り上げ、体を晒していた獣に、その魔法は突き刺さり。


 その力を存分に振るった。


 自壊することなく目標に辿り着いた水塊は、まずその形を変える。

 例えるなら水鉄砲。もっとも、その威力はおもちゃの比ではない。

 幾重にも束ねられた水流は、自身に込められた魔力を起爆剤として、次々と爆発。

 誘爆でも引き起こすかのようにまとまった強烈な水圧が、目標を吹き飛ばす。

 それは、屈強なはずの魔物から意識を刈り取るには余り有る力だった。



「…………」



 至近距離で爆散した水を顔に浴びながら、ツヅリは立っていた。

 熊がその動きを止め、この場の勝敗がついに決したと理解した瞬間。


「……ぅあー」


 トランス状態が切れて、体がくずおれた。

 手どころか体全体がガクガクと震え、興奮と恐怖とその他諸々のミックスが体中を駆け巡って行く。気付いたら、特に意識もせずに涙さえ溢れていた。


「っしゃー! 勝った! 生き残ったあああ! 私は天才だぁあああ!」


 体に残る熱を全て吐き出すように、ツヅリは叫んだ。

 そうしないと、一歩もそこから動けない気がした。


「……あー、ルキ君……無事?」


 その段になって、ようやく少女は少年の方を向く。

 少年はただひたすらに目を向いて呆然としていたが、話しかけられたことがきっかけとなって、滂沱の涙を流す。


「ご、ごべんなさい! お姉ぢゃん、あ、あああああああ!」

「良いってことよ。でも、本当にもう勘弁してよぉ?」


 抱きついてきて涙を流す少年の頭を撫でてやりながら、ツヅリは体中から溢れる倦怠感のままに言った。


「もう本当に、これっきりにね……」


 泣きじゃくる少年は返事もなく。

 その呟きに応えるものは、誰もいなかった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


転生もしないファンタジーのお話ですが、内容は通じているでしょうか。


この作品は、基本的な設定を作者の他の作品から引き継いでおりますが、独立しております。

差異が気になる場合でも、その内に説明が入ると思いますので、一度忘れて気長にお待ちいただけると幸いです。

※0916 誤字修正しました。

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