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特殊事情


「どういうことか説明してもらおうかフィア」

「ふぅ。まるで私が仕組んだみたいな物言いですね」


 大会場の控え室。石造りの建物のその一室。そこが『瑠璃色の空』が指定された、関係者との顔合わせの場である。

 明かりに照らされた薄暗い部屋に、ズカズカと不機嫌な足音で立ち入るソウ。それにおっかなびっくり付いて行くツヅリ。

 その場には当然のように、涼しい顔をしたフィアールカの姿があった。

 フィアールカの周りには、彼女と同い年か少し若いくらいの『若手バーテンダー』が整列している。

 男女比は、男が八の女が二といったところである。


「まるでもクソもあるか。お前が仕組まない限り、こんな愉快な組み合わせになるわけないだろうが」


 バンと壁を叩きながらソウは言う。

 様々なバーテンダーが協力して行う筈の模擬戦。しかし蓋を開けてみれば、その登場人物は身内とくれば、誰だってそう思うだろう。


「確かに、仕組まれたことに関しては否定しませんけれど」


 そう涼しげな顔で言ってのけたフィアールカ。しかし、その言葉にはへんな濁りがあった。自分が仕組んだのではないと言いたげだ。


「……誰にだ?」

「そろそろ、来ると思いますわ」


 そうフィアールカが零した後、ソウの耳には遠くからバタバタとかけてくる足音が聞こえてきていた。

 足音は、ソウ達の居る部屋の前で止まり、コンコンと控えめなノックをする。


「遅れて申し訳ありません。人質役の魔法使いです!」


 それもまた聞き覚えのある声だった。

 その段階で、ソウはフィアールカの言っていた『仕組まれた』の理由を理解した。

 正確には、どこの思惑が絡んでいるのかを理解した。

 ソウは疲れた声で、扉の向こう側の少女の名を呼んだ。


「入って良いぞティスタ」

「は、はい」


 扉を開けて入ってきたのは、案の定ティストルであった。人質役だからだろうか、いつにも増して地味な服装だが、地味であるほど胸部の膨らみだけが目立つ。

 ここまで来たにも関わらず、その場に居るのは代わり映えのしない面々だ。


「……ほ、本日はどうぞよろしくお願いします」

「よろしくなティスタ。で、フィア、一応説明して貰っても良いか」


 諦めた表情で尋ねたソウに、フィアールカは淡々と事情を説明したのだった。




 フィアールカの口から語られた理由はこうだった。

 もともと、今回の話はティストルを添えつつ、シャルト魔道院の協力をもってまとまったものらしい。


 そんなティストルのたっての希望である模擬戦で、彼女を除外するのは考えられない。しかし、彼女は同じく人質役となる他の生徒に比べて、能力が高過ぎる。

 しかもバーテンダーそのものの知識も豊富であり、今回の模擬戦では人質として規格外である。極論を言えば、逃げ出すだけならば彼女一人でも可能かもしれない。

 足手まといになるはずの人質が、しっかりとした戦力になるのでは、たまったものではない。という話だ。


 だから、ノーゲーム扱いとなるように魔道院から要請があり、『練金の泉』は身内を基本にしつつ調整を行ったという。




「というわけで、私の思惑ではなく、これは魔道院側からの要請でもありますわ」

「……なるほどな」


 フィアールカの説明を聞き、ソウは一応納得の顔をしてみせた。

 それが一応筋は通しただけの、まったくのデタラメだということには気付いている。

 説明を終えると、フィアールカはにっこりとソウに笑顔を向ける。


「それですのでソウ様。特殊事情はございますが、本日はこの私『フィアールカ・サフィーナ』がお相手させて頂きます」

「……は? お前が?」

「はい。通常はウチの新米に熟練バーテンダーが補助に入る、という組み合わせなのです。しかし、特殊事情でこちら側には補助がない。とあれば私が入るのも仕方の無いことですわ」


 ソウはちらりと、集まっている若手に視線を飛ばした。

 確かに、若手の実力がどの程度かは知らないが、感じる気配からそれほど強いとは思えない。

 であるならば、ソウ達に対抗する分の戦力を投入するのは、分からなくはない。

 分からなくはないが。


「……はぁ。まぁ、良いけどよ」

「ま、まぁまぁお師匠。気を落とさずに」


 ソウとて、別に今日をそこまで楽しみにしていたわけではない。しかし、それでもやることが身内同士の争いとなれば、単純にやる気も削がれる。

 ソウは明らかに大きなため息を吐き、それからぐるりと周囲を見渡す。

 フィアールカに従っている風の『練金の泉』の若手と、見知った三人娘。

 さて、感じる気配は、それで終わりであろうか。



「……ソウ様。もしかして、簡単に私に勝てるおつもりですか?」



 ソウの意識の先が部屋から出ようとしたところで、少し苛立たしげに目を細めたフィアールカが言った。

 明らかにソウのやる気がなくなったのを見て、フィアールカの身から年齢不相応の圧力が漏れ出していた。


「そう、そうね。確かにソウ様の得意分野であることは変わりありません。しかし──」


 ひと言ずつ、圧力を増すような物言い。言霊一つ一つから冷気を感じるような重さで、フィアールカは、ニコリと笑う。



「舐めているようでしたら、ぶちのめさせていただきます」



 当初の思惑とは大分外れてしまったが、そう敵意を剥き出しにされるとソウの方にもむくむくと対抗心が湧き出してくる。


「面白えじゃねえか。遭遇戦、しかも狭い室内。てめえの得意な物量攻撃には向いてない舞台だと思うが?」

「私のことを、物量一辺倒だと思っているのでしたら、その考えごと訂正させてあげます」


 さっきまでのやる気のない態度から一変、その場には今すぐにでも戦闘の始まりそうな緊張感が溢れていた。

 それを如実に感じるツヅリとティストルは、ひと言でも口に出したら何かに巻き込まれる気がして迂闊に言葉も出せない。

 ジリジリと距離を詰めながら睨み合うソウとフィアールカ。

 その間に、ぽんと無造作な言葉が投げ込まれた。



「姫。えっと、話はいつまで続くのでしょうか?」



 その緊張を感じているのかいないのか。

『練金の泉』の若手の中の一人、ツヅリよりも若干幼そうな少女が、生真面目な顔で尋ねていた。

 フィアールカはその恐れ知らずな少女に毒気を抜かれ、さっきまでの圧を戻して淡々と言った。


「…………いえ。連絡事項は以上です。何か質問はありますか?」

「いいや、ありませんよっと」


 相手に合わせてソウもまた、普段通りの声音に戻る。

 そこでお流れかと思ったところで、ツヅリがバッと手を上げた。


「はい、ツヅリさん」

「ちょ、ちょっとフィア。少し外に出てもらえる?」


 ツヅリは言ってからやや強引に銀の少女を連れて外に出る。その際、師に付いてくるなという意味の視線をしっかり送った。

 そこから少し視線を流して、ティストルに足止めよろしくの意味も忘れずに。




 一度控え室から通路に出て、扉から充分に離れたところで、ツヅリはフィアールカに問いつめた。


「フィア? な、なんでわざわざお師匠を焚き付けるようなことを言ったの?」

「……はい? なぜとは?」

「だから! 眠らせるのが目的なら、お師匠のやる気の無い方が簡単でしょうが……」


 ツヅリはさっきまでのソウの顔を思い出す。


 特例で身内同士の争いだったと納得した時は、明らかに『若いのに適当にやらせて、少しくらいは手伝うか』くらいのものだった。


 それが、フィアールカの挑発によって『売られた喧嘩を買う趣味はねえが、憂さ晴らしにやってやろうじゃねえか』な顔へと変わっていた。


 最初の目的の難易度を、フィアールカが悪戯に跳ね上げたようにしか思えなかった。


「あら、そんなことですか。もちろんわざとです」


 対するフィアールカの答えは、あまりにもあっさりとしたものだった。

 つまり、フィアールカにとってはあの状態こそが望むべきものだということだ。


「わざと? なんで?」

「だって、せっかくソウ様と戦える機会だと言うのに、本気を出して貰わないでどうするのですか」

「……えっと?」


 ツヅリは少し考えを整理したくなった。

 フィアールカの目的は、ソウを眠らせること。そのために、こんな大掛かりな催しを用意して、戦闘で強制的に眠らせる舞台を整えた。

 その戦闘で勝つ為に、ツヅリやティストルまで抱き込んで計画を立てている。ソウに勝つための、あらゆる手段を行使するつもりである。


 だというのに、その肝心要のソウ本人には本気を出してもらいたい。


「もう、めちゃくちゃだよ……戦いたいのか、勝ちたいのかどっちなのさ?」

「どっちもです。本気のソウ様に勝ちたい。私が弄してきた策はひとえに、ソウ様を本気にさせて、その上から勝つためのものです」


 そう語るフィアールカの瞳は、陶酔するようにキラキラと輝いている。

 ことここに至って、ツヅリもなんとなくフィアールカの持つ『面倒臭さ』の本質に近づいた気がした。


 彼女は、目的に至る道筋が簡単になることを好まない。簡単に手に入るものには、興味がない。

 困難なものを、より困難な形で打破することに快感を覚える人種なのだ。

 彼女にとって今日の目的は『ソウに勝つ』ことだとしても、その過程が『本気のソウ』でなければ、面白くないのである。


「お話は終わりでしょうか? あまり外に出ているとソウ様に怪しまれますわ」

「……うん。分かった。もう、しょうがないか……」



 そのしょうがない、という言葉には、いくつもの意味があったのだが。

 当然、そんな含みはフィアールカには届いていないのだった。



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