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誰かの描いた組み合わせ

「人多いな」

「多いですね」


 時間にして午前八時といったところ。ぼんやりと師弟が呟いた。


 合同訓練と言っても、実態は祭りのようなものだ。

 それを理解していた筈の二人だが、実際にその光景を見ると圧倒されるものがあった。

 見渡す限りに人の群。郊外の会場には、ゴタゴタと大量の人が、蟻のように群をなしている。

 それは全てバーテンダーというわけではない。訓練という名の祭りが始まれば、ここに集まっている人間は、観客と演者になる。


 ソウが事前に説明を聞いていたところ、この会場は大きく三つに分けられる。


 一つは、今ソウ達が集められている、大会場。


 訓練という名の見世物の一つである、バーテンダー同士──あるいはバーテンダーと魔法使いの決闘が行われる場所だ。

 丸いコロシアムの中に、四角いフロアが複数用意されていて、まさしく闘技場といった風だ。観客席は外周にぐるりと付いている。

 開始の挨拶もここなので、ソウとツヅリはバーテンダーでごった返す会場の隅っこに並んでいる。

 郊外にあって、屋根もないにも関わらずそれなりに綺麗なのは、恐らく『練金の泉』の管理が行き届いている証拠だろう。


 そしてこの会場を抜けたところでずーっと広がっているのが第二のエリア。


 エリアというか、要するに商業ゾーン。この合同訓練を祭りたらしめている部分だ。

 どこから集まってきたのか、バーテンダー用の道具を扱う店。それに加えて飲食物を扱う店。その他もろもろの良く分からない店。

 要するに、普通の祭りの出店ゾーンとでも言うべきか。

 さりとてそこはバーテンダー。カクテルを体験できるゾーンなんかも作ってあるのが侮れない感じである。

 そして、今日の売り上げの何%かを『練金の泉』は徴収するのだろうが、それはソウには関係のない話である。



 そして最後が、今回の目玉イベントである、模擬戦ゾーンだ。


 ここは特に大掛かりな施設になっており、施設自体も特殊である。

 中心部には、突貫工事で作られたであろう『外道側』のアジトがある。

 アジトのコンセプトは古びた別荘のようで、庭は大きな庭園、背後は森といった風情だ。

 アジトの内部も基本的には屋敷な感じで、ちょっと違うのは人質用の地下牢獄が存在すること。

 原則として人質はその牢獄に居なければならない。



 ルールは単純。

『外道側』は、決められた制限時間の間、アジトを死守して人質を逃がさない。

 設定としては、時間になったら仲間達が現れて、人質を引き渡すという手筈なのだ。

『連合側』は、その時間内に人質を救出してフィールドから出せば勝利だ。


 また、双方共に敵側を全滅させても勝利となっている。


 それ以外の所では、ルールとして細かいところは記載されていない。

 要するになんでもありというわけだ。ただし、相手を死に追いやる行動は禁止である。

 それがソウの知り得る情報であり、それ以上のことは当日になるまで参加者はみな分からない。



 ある少女の企みに関わる、ごく少数の例外を除けばだが。




「……俺だったら、引き渡しの瞬間を狙って少数精鋭で行くけどなぁ。大人数で襲撃し、警戒させるなんてもってのほかだ。無事、取引が済んだと気が抜けた瞬間が一番狙いやすいんだよ」

「……いやお師匠。なにナチュラルにルール外の方法考えてるんですか。そもそも私達『外道』側ですし」

「ククク。俺を外道呼ばわりとは、良い度胸だぜ」


 ソウとツヅリは開会の挨拶が始まるまで、そんな雑談を繰り返していた。

『瑠璃色の空』がエントリーしたのは、先程のメインイベント、模擬戦のほうだ。

 決闘の方にエントリーすることも出来たが、ソウの「あれはつまらん」の言葉で、しなかった。

 基本的に午前中は『決闘』がメインだ。午後も行われるが、飛び込み参加も兼ねたレクリエーションマッチになる。ちなみに参加費用もかかる。


 というわけで、ソウとツヅリの目下の疑問は、チーム分けだ。

 自分たちが『外道側』であることは分かったが、一体他にはどんな人間と組む事になるのかは当日まで分からないのである。

 ……というのは建前で、ツヅリはフィアールカから既に聞いているのだが。


『お集りのみなさん、御機嫌よう』


 ガヤガヤとしていた会場に、魔法で拡声された声が響いた。集まっていた人間達は声に引きずられて会場の中央に目をやった。

 大会場の真ん中。そこに一人の少女の姿。

 いつもの戦闘用ドレスではなく、更に華美なドレスに身を包んでいる銀の妖精。

 ソウとツヅリに聞き覚えのあるその声は、案の定フィアールカのものだった。


『本日はお集りいただきありがとうございます。と、長々とした挨拶をしても仕方ないので、さっさと話を進めます』


 こういう偉い場所では、相応の振る舞いをするのかと思えば、フィアールカはフィアールカである。

 しかしここに集まっているのはだいたいがバーテンダーかそれに類する人物だ。どちらかと言えば、大雑把なほうがそんな彼らに合っているのかもしれない。


『今回お集りいただいたバーテンダーの皆様には、あらかじめ整理番号をお渡ししています。その番号に合わせて、今から第何試合なのかをお知らせしていきます。あとで掲示板にも張り付けますので、居眠りしていても結構よ』


 周りが聞いているのか、いないのかすら構わず、フィアールカは淡々と決められた番号を読み上げていった。

 まずは、午前の決闘の組み合わせ。トーナメント方式ではなく、完全にばらけさせた東西戦。といっても、実力を鑑みて、組み合わせを決めているらしい。

 こちらの参加者は、総勢で百人強。複数のブロックで同時に戦うとなれば、時間はそれほど掛からないだろう。


 それが済むと、今度は模擬戦の組み合わせだ。

 こちらの場合は『外道側』と『連合側』でそれぞれ所属協会ごとにまず分かれている。

 協会を実力で分けつつ、足りない所に『練金の泉』が数を合わせる。

 と、事前の説明では聞いていたのだが、ソウにとって驚くべき事態は、最後にやってきた。



『そして最後の組み合わせですが。少し事情がありまして特殊な分け方となります。『連合側』──『練金の泉』。以上。『外道側』──『瑠璃色の空』『練金の泉』。以上。となります』



「はぁ!?」



 ソウの口から、呆れとも怒りとも取れない声が出ていた。

 今フィアールカは、確かに『瑠璃色の空』の名を出した。しかし、同時に『瑠璃色の空』以外の名前はなかった。


 つまり、他のバーテンダー協会との関わりはなく『練金の泉』の身内試合に組み込まれたような形だったのだ。


 異常な事態に、ソウ以外の場所からもざわざわと戸惑いの声が上がっている。その大半は「『瑠璃色の空』とはどこだ?」という疑問のようであった。



『以上をもちまして、退屈な組み合わせの発表を終わりにします。各自、最初に指定した場所にて顔合わせを行って下さい。最後に、今回ご協力いただいたバーテンダー総合協会の会長の挨拶と、シャルト魔道院の学院長の挨拶になりますわ』



 大衆のざわめきにを意に介することもなく。

 そうやって、開会の挨拶はつつがなく進行していく。

 しかし、その時間に取り残されたような気分のソウは、ろくに挨拶も聞かないままに、怨嗟たっぷりに呻いた。


「……喜べよアサリナ。この上なく、浮きまくった上に悪目立ちしてるぜ」


 そのアサリナは、本日は雑事のために午後からの到着である。フリージアと一緒に来る予定なので、なんとか試合には間に合わせると言っていた。

 師が隣でクククと悪い笑みを浮かべているところで、ツヅリは恐る恐る呟いた。


「と、とにかく、まずは事情を聞いてはどうでしょうか?」

「……ああ。どうせまた、ろくでもねえ事情なんだろうがな」


 ガックリと肩を落としつつ、怨嗟の炎を目に滾らせるソウ。

 そして心の中で、はっきりと理解していた。



 何を企んでるのかは知らねえが、随分と舐めた真似してくれるじゃねえか、フィアールカ・サフィーナ。



 心の中で、ソウは寸分違わずに首謀者の名前をはっきりと浮かべていた。

 そのときのソウの顔は、ツヅリからすればどこからどう見ても『外道側』で間違いのない、邪悪な笑みであった。


※1002 誤字修正しました。

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