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いつもと違う二人きり

「今日もありがとうございました」


 日も暮れかけた夕暮れ時。

 ティストルが『瑠璃色の空』本部の玄関口で、ペコリと頭を下げる。それにアサリナは申し訳なさそうな顔で首を振った。


「こちらこそ、大したお返しもできないのに、手伝って貰って助かるわ」

「いえ、私がお願いしていることですから」


 ティストルは、ソウ達と知り合った一件以来、ここで様々な『バーテンダー』の勉強をしている。

 それは単純に『カクテル』の話に留まらず、バーテンダーの仕事の体系、内容、魔術師との違いや、その他雑用などなど。それまでティストルが、全く知らずに育ってきた様々な種類の勉強だ。


 もともと彼女は『カクテル』に頼らずとも、己の力で魔法を扱える『魔術師』である。そしてその勉強をするために『シャルト魔道院』という院に通っている身でもある。

 有り体に言えば、彼女がわざわざ『バーテンダー』の勉強をする必要は、どこにもないのだ。


 そんな彼女に仕事を手伝わせる。ということに、アサリナは感謝すれど微妙な申し訳なさも抱いていた。

 しかしティストル本人にとっては、せっかく知った『バーテンダー』という存在をもっと知りたい。そしてその過程で得た人との繋がりを大切にしたい、という至極個人的な理由があるのだ。


「でも、こんな日に限ってソウとツヅリも任務で」

「良いんです。分かっていますから。流石に私も付いて行くわけにはいきませんし」


 流しつつ、ティストルはほんのりと寂しそうに笑う。

 本日、ソウとツヅリは本部で待機の予定であった。ティストルが来る日は、なるべく二人の待機に合わせているのだ。


 しかし、緊急の依頼が舞い込んだ。

 待機とは当然、そういった緊急の事態に対処するため。ティストルとの挨拶もそこそこに、二人は任務へと向かった。

 そしてティストルは今日一日、アサリナやフリージアと三人で、淡々と雑務をこなしたというわけだ。


「ま、私個人としては、あのクズが本部でダラダラしてると皆に悪影響だから、あいつが待機の日にバンバン依頼来ないかな、と思ってるんだけど」

「……えっと、アサリナさんはソウさんのことが嫌いなんですか?」

「人間的に好きになる要素が、あまりないわね」


 それは遠回しに嫌いと言っているのでは、とティストルは思ったが流石に口には出さない。出さなかったのだが……。



「つまり嫌いってことじゃねえか。ってティスタが心ん中で突っ込んでるぞ」



 そんな彼女の心の中を、後ろからの声があっさりと言ってのけた。

 ティストルが慌てて振り返れば、見知った無精ひげの男の顔があった。今日はいつもの部屋着ではなく、銃やポーチ、それに外套を纏った任務用の服装である。


「あらおかえりソウ。随分と早かったじゃない」


 さっきまで悪口を言っていたとは到底思えない笑顔でアサリナが言う。

 それにソウも特に何も言わず、淡々と返した。


「何が緊急だ。行ってみりゃただの迷子探しじゃねえか」

「緊急でしょ。魔物が出るって噂の森も近くにあるんだから」

「迷子が森に入ってりゃな。バーテンダーの仕事じゃねえぞ。たく」


 言いながら、ソウは不機嫌そうに大きなため息を吐いた。ふとティストルがソウの後ろを気にするが、見知ったもう一人の姿がない。

 ソウがその仕草に気付くと、補足するように言う。


「ああ。ツヅリなら後処理をぶんなげてきた。あいつもそろそろ、俺無しで手続きの一つもできねえとな」


 言った所で、本部の中から『リリリ』という音が聞こえてきた。続いて、中でトタトタ走る足音。暫くして、十代前半に見える少女──フリージアが玄関から顔を出す。

 彼女はソウの姿を認めてちょっとだけ嬉しそうな顔をしたあとに、続けて言った。


「ツヅリさんから。手続きが終わったので、アサリナさんに確認お願いしますって」

「分かったわ。ちょっと待って貰って」


 ツヅリへの伝言を受け取り、フリージアは本部の中へと戻って行った。

 アサリナは、ふぅ、と息を吐いてソウに向き直る。


「とりあえず事情は分かったわ。あの子でも問題は無さそうだし、今日はもう上がって良いわよ。ティストルさんも、改めてお疲れさま」


「あいよ」

「はい。お疲れさまです」


 ソウとティストルの返事を聞いてから、アサリナもそそくさと中へ入って行った。

 その場にぽつんと、二人が残される。

 その状況で、思わずティストルは無言になった。

 日々の手伝いや勉強でソウと二人きりになることは良くある。だが、こうして仕事の無い時間に、というのは珍しい。


 珍しいと思うと、途端に何を言って良いのか分からなくなる。


 軽い世間話をするべきなのか、それともあっさりと帰るべきなのか。どうすれば良いのかが分からなくなる。

 一体、なんと話題を振れば良いのか。魔道院の友人の言葉を思い浮かべてもまるで正解が見当たらず、頭がグルグルしていたところで。


「あーティスタ?」


 突然のソウの声。


「は、はいっ!」

「お、おう。元気いいな」


 ソウからの声に思いがけず大きな声が出て、ティストルはカーッと赤くなった。

 それにソウもやや困ったように頭を掻いてから、うむと頷いた。


「この後、少し時間あるか?」

「じ、時間ですか? 大丈夫です、その、門限も」

「じゃ、リーとちょっと話してくるから、少し待っててくれ」

「は、はぁ」


 ティストルはぽかんとしつつ、静かに頷く。

 それからソウは本部の中へ入り、ほんの数分で外に出てきた。そして、ティストルに向き直り、さらりと言う。


「じゃ、行くか」


 それだけを告げて、歩き出そうとするソウ。それにティストルは慌てて声をかけた。


「あの、どこへですか?」

「どこが良い?」

「えっと……?」


 ティストルは事態に付いて行けずに、頭の上に次々と疑問符を浮かべる。

 その様子を見て、ソウは少し悩んだ後に、ああ、と納得した。


「悪いな。うっかりツヅリと同じ感じで言ってたわ。そうか、ちゃんと説明してやんなきゃだめか」

「あ、はい。お願いします」


 自分がツヅリと同じ扱いを受けていたと知って、嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちになるティストル。

 だが、そんなモヤモヤは次の瞬間には吹き飛んでいた。


「せっかく時間空いてんだ。たまには二人で食事でもしよう。奢ってやるからよ」


 単純な食事のお誘いであったが、ティストルは更に混乱する。

 そんなことをソウに言われたのは初めてであった。


「……え、え? えっ!?」

「嫌か?」

「い、嫌じゃないです!」

「なら行くぞ。いつも手伝って貰ってて、なんもお返しなしじゃ悪いしな」


 そしてソウはまた、一人で歩き出してしまう。

 それに慌てて付いて行きつつ、ティストルはちらりとソウの顔色を窺う。


「あの、やっぱり奢ってもらうなんて」

「気にすんなっての。普段のお礼みたいなもんだ」

「そんな、私からお願いしていることなのに、申し訳な──いたっ」


 思わず謝ろうとしたところで、ソウはいつものようにティストルの額にデコピンをかました。

 少し涙目になるティストルに、ソウは言い聞かせる風に言葉を選ぶ。


「ティスタ。ご馳走になるってときに『すみません』はねえだろ。そういう時は『ありがとう』だ。そっちのが、奢る方も気分が良い。な?」

「は、はい。ありがとうございます。ご馳走になります。ですか?」

「おう任せろ。あ、でもあんまし高いのは勘弁してくれよ? 給料安いからな」

「ふふ。なんですかそれ」


 気取っている癖に無駄に格好付かないソウの言葉に、思わずティストルは笑ってしまう。

 その笑顔を見て、ソウもうむと満足気に頷いた。


「あ、それとツヅリには内緒にしとけよ。後処理押し付けて帰ったあとに、ティスタと飲んでた、なんつったら拗ねっからな」

「分かりました。内緒ですね」

「じゃ、行くか」



 それから、ソウはまた勝手に歩き出す。

 そのあたりでティストルは気付いた。振り向かない癖に、歩くスピードはいつもよりやけにゆっくりだと。


 内緒、という言葉を、心の中でもう一度ティストルは呟いた。

 ほんの少しだけ頬が緩くなっているのを自覚しながら、ティストルは早足でソウへと追いつき、並んで歩くのだった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新大幅に遅れて申し訳ありませんでした。

今後はまたペースを戻せる予定ですが、たまにお休みを頂くことがあるかもしれません。

その時は、ごめんなさい。

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