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再び森の中へ

「遅いなぁ」


 ツヅリは一人、居間で少年が戻ってくるのを待っていた。

 メイド長と話をしてくるというので、五分や十分程度では戻ってこないのは分かる。

 だが、出て行ってから、既に三十分が経とうとしていた。


「ちょっと様子を見てこようかな」


 心配になってツヅリは少年を探すことにした。

 ただ、探すとは言ってもこの屋敷はあくまで人の家だ。あても無く探すには広すぎる。

 そう考えて、ツヅリはまず、ルキと最後に会ったはずのメイド長を探すことにする。


 道行く使用人たちに尋ね、メイド長は今現在、裏庭で頭を抱えていると知った。

 加害者意識が少し足を鈍らせるが、ツヅリはそれを踏み越え、メイド長の元に向かう。


(そこにルキ君が居たら心配ない。でも、居なかったら……?)


 心にのしかかる不安を考えないようにしながら、ツヅリは裏庭に辿り着く。


「あら、どうしたのかしら? 犯人は現場に戻るというアレですか?」


 そこに居たのは、未だに少し機嫌を崩したままのメイド長、ただ一人だった。


「あの、そのことはもう反省していますので、ほんとすみません」

「ふふ。冗談ですよ。何か御用ですか?」


 再びの謝罪に、笑顔で答えるメイド長。

 しかし、その答えが、ツヅリの危機感を否応なく煽った。


(機嫌を崩してない……って、ことは……)


 冷静であろうと拳を強く握りしめながら、尋ねるツヅリ。


「すいません、ルキ君はどこですか?」

「え?」


 おかしなことを尋ねる、とメイド長は顔をしかめる。


「ぼっちゃまは、あなたが一緒に居たんじゃないの?」

「……と言いますと?」

「あなたがどうしても銃を返して欲しいってことで、ぼっちゃまがご機嫌取りに来たから。その後、あなたの元に向かったのでは?」


 ドクン。心臓が、嫌な感じに跳ねた。

 不安と焦燥感に逸る鼓動を感じながら、ツヅリは冷静に詰める。


「それは……いつくらいの話ですか?」

「そうね、二十分前くらいだと思うけど」


 頭に手をあて、のんびりと思い出すメイド長。それとは対照的に、ツヅリは背筋に鳥肌が立つ感覚を覚えている。嫌な予感は、もはや確信と言っても良い。


「ルキ君は『銃』を取りに来たんですよね?」

「ええ、それで『銃と弾』を持って行ったわ」


 瞬間。ツヅリは自分の愚かさを悟った。


(どうする? どうする? どうしたら?)


 頭の中に後悔の念が渦巻く。のんびりと待っていた自分に対する怒りが沸く。


「あの、どうしたのかしら?」

「すいません! ありがとうございます!」


 心配顔で声をかけたメイド長に、叫ぶように返し。

 ツヅリは足を全力で動かして、弾かれるように屋敷から飛び出していった。




 一人の少女が、舗装された綺麗な山道を駆ける。

 次第に道が険しくなることは分かっている。だから今の内に走らなければ。

 通り過ぎる森林の景色や匂いには、目もくれず。上がる息も、自身の無防備さも、意識せず。師から言付ことづかった任務をただ、頭の中で繰り返す。


『あのボウズから目を離すな。また、勝手な行動を取るかもしれない』


 ソウは確かにそう言った。


『お前が、ボウズを危険から守ってやるんだよ。それがお前の今日の仕事だ』


 自分を信じて、そう言った。

 自分にはそれができると、信頼して言ってくれた。

 ツヅリの頭の中に、自分の都合などはどこにもない。あるのは、尊敬する師の言葉と。

 目を離してしまった少年への心配だけ。


(お師匠の信頼を裏切ってしまった……私が──油断して、目を離してしまった!)


 ツヅリには、少年がどこにいるのかは分かっている。自分の銃を、魔物に対抗する術を手に入れて山に向かったのだ。雑談の中で何度も聞いた母のために。


(迂闊だった。あれだけカクテルを説明しておきながら……ルキ君には使えないという根本的な部分を説明しなかった……!)


 それが、少年をこんな無茶に駆り立てた最大の要因だった。

 カクテルは、誰にでも扱うことのできる魔法である。レシピさえ覚えれば、比較的楽に定められた現象を引き起こすことができる。

 ただし、それも『修行すれば』の話である。


 銃弾を活性化させるに必要な魔力は厳密に定められ。少なすぎると魔法は発動せず。多すぎると、暴発や意図せぬ魔法への変化もある。

 説明を聞いた程度の少年が扱える代物ではないのだ。


(だけど私は……誰にでも扱えるという観点で語りすぎた)


 その熱意が、少年には間違って伝わっているとも知らずに。

 しばらく走れば、舗装された道の終わりが見えてくる。踏み固められた土の道から、物好きが行くような獣道へ。荒れ果てた地面と、罠のような自然の数々。

 武器は無く、装備も充実しているとは言い難い。だが、責任だけはここにある。

 道の境で大きく深呼吸をし、少女は再び走り始めた。




 何分走っただろうか。

 流石に無視できなくなってきた荒い息を吐きながら、ツヅリは自問する。

 少年との時間の差は二十分ほど。

 いくら女とはいっても、旅慣れた自分だ。少年の足に追いつけない筈はない。

 だが、道に入ってからかなり走っても、少年の姿が見当たらなかった。


(一度、どこかに登って手がかりでも探そう……)


 そう判断して、ツヅリは足を緩め、少し高くなっている盛り上がりに登った。

 深い緑に覆われた森林だ。視界を阻む植物が生い茂っていて、目は頼りにできない。

 ツヅリは耳をすませる。

 ドクンドクンと邪魔をする心臓の音。鳥のさえずりや、遠くを川が流れる音。


「!」


 その音に混じって──聞こえた。

 少年の、息の詰まるような嗚咽の声が。


「どっち!?」


 拾った音を逃さずに、注意を傾ける。道に沿った方角ではない。道から外れた、木々に覆われた森林の中からだ。

 その視界の端、深い緑の隙間に一瞬、金属の──『銃』の光沢が見えた。

 ツヅリは迷わずに、そちらに向かって道なき道を駆け出していた。

 進むこと数十秒。少し開けた視界にルキの姿を捉えたツヅリ。


(見つけた! ──っ!)


 だが、一瞬の判断で、ツヅリは飛び出しかけたその身を引いた。

 状況は、ツヅリの想定よりも悪かった。

 ツヅリの隠れた地点からおよそ十メートルの、少し開けた場所。

 そこに転んで地面に倒れ込むルキの姿。その手に持つ銃にはオレンジのカートリッジ。

 そして、それを挟み込み、怯えるのを楽しみながら迫る、モスベアーが、二頭。


 ルキが道に沿って逃げなかった理由はこれだ。挟み込むように現れた二体のモスベアーに、引くも進むもいかなくなったのだ。

 だが、それが幸いもしたのだろう。絶体絶命の状況にありながら、二体が互いを牽制しあうことで、ルキは辛くも生きながらえている。もっとも、それも長くは続かない。


(どうする? どうしたら!?)


 ツヅリの頭の中で、ルキを救うにはどうするべきかと目まぐるしく意見が交わされる。

 この場をどうにかするため、まずはルキの持つ銃が要る。

 どう考えても、それは最優先事項だ。


 だけれども、一頭ならまだしも、ここに居るのは二頭のモスベアー。

 自分ではどれだけ早くカクテルを作ろうと、二頭目を倒す前に、殺されてしまう。

 風のジーニ弾で吹き飛ばし、時間を稼いでやっと、勝算が僅かにあるかないかというところだ。持てる技量を振り絞って、ギリギリ間に合うか。


(こんなとき……お師匠だったら──!)


 今は居ない、師の姿を思い浮かべるツヅリ。

 自分の師であるなら、この危機的状況をなんとかしてしまうのだろう。

 いや、師にとっては、この程度の状況は危機ですらないのだろう。


(でも、今の私じゃ──っ!)


 悩んでいられる時間は、唐突に終わった。

 魔物たちの相談は済み、二頭のモスベアーは一度間合いを取る。

 同時に襲い掛かって、速いほうの獲物ということに決めたのだろう。



(今しかないっ!)



 自分の中で答えが出ていないにも関わらず、ツヅリは少年のもとに飛び出していた。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


今日は二回更新の予定です。

次の更新は二十時頃になります。

※0916 誤字修正しました。

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