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残った謎


 あの夜から、数日が経った昼下がりのことだった。

 アカシアが自身のデスクに座り、次の企画に悩んでいたところで、直属の上司から声がかかった。


「アカシア君。君にお客さんだ」

「はい? 分かりました」


 今日は特に誰かの取材の予定は無かった筈だ。アカシアは悩むが、すぐに考えるのを止めた。

 書類が山になったデスクが連なる部屋を出て、上司に案内されるまま応接室に向かう。

 応接室の前で、上司は立ち止まり、アカシアに言い含めた。


「アカシア君。くれぐれも粗相の無いように。彼女は君と二人きりで話したいらしい」

「……はぁ」


 いまいち要領の得ない上司の指示に首を傾げつつ、アカシアは応接室に入った。

 そして、ソファに座って待っていたその相手を見ただけで、相手がいったいどこから来た人間なのか分かった。

 なぜなら、そこにいた女性は、いつか見たのと似たような仮面を付けていたのだから。


「こんにちは。アカシア・レミセスさんですね? どうぞ座ってください」

「は、はぁ。こんにちは」

「あ、お茶は大丈夫です。用件をお伝えしたらすぐ帰りますので」


 仮面の女性は、やたらとマイペースに言ってのけた。

 そんな彼女の対面にアカシアは座り、そして一応、自分からもう一度名乗る。


「えっと、私がはい。アカシアです。よろしくお願いします」


 そう言って、癖で手を握手するように差し出すアカシア。

 対する仮面を付けた女性は、その手を取りながら自分も名乗りを上げた。


「初めまして。私はリナリアス・クガイです」

「え? クガイ……って!」

「はい。ソウヤ・クガイの義妹いもうとです。結構大変ですよ、優れた兄を持っていると」


 そういって、リナリアスは人懐っこそうな声で笑う。

 しかしすぐに、穏やかな気配を一変させて、責任ある立場としての硬質な声になる。


「まずは謝罪を。情報が行き違いになり申し訳ありません。通常『ソウヤ』関連については丁寧に扱っているのですが、説明が行き届いておりませんでした」

「い、いえ。その件については、もう謝罪を頂いてますし」


 アカシアが恐縮すると、リナリアスはまたころっと気配を変えた。

 今度は年頃の女性のように、少しイライラしたように吐き捨てる。


「フォックスさんですよね。私関係ないのにあの人にめっちゃ怒られたんですよ。義妹だからってひどくないですか?」

「え、ええ」


 アカシアは、既にリナリアスのペースに乗せられている自分を自覚しはじめていた。

 このマイペースな感じは、普通のバーテンダーとはまた違う。

 あえて似た例を挙げるとすれば、同じくらいかそれ以上にマイペースだった『ソウ・ユウギリ』くらいだ。

 ……いや、しかしそれは、やはりどうあっても考え過ぎであろう。


「で、謝罪ついでに、アカシアさんから提供していただいた『証拠写真』のお礼も兼ねて、あなたの気になっているであろう事柄を、伝えに来たんですよ」


 アカシアがまた、答えの見えない疑惑に足を突っ込もうとしたところで、リナリアスがマイペースに話を続けていた。

 しかし、記者としてのアカシアはその単語に興味を引かれる。


「気になっている事柄、ですって?」

「ペディルム家暗躍に関する、色々な進展についてです。聞きたくありませんか?」


 尋ねてきたリナリアスの声は、何かを企んでいるように弾んでいた。

 アカシアはその誘いに、是非も無く首を縦に振った。

 アカシアの身を乗り出すような勢いに、ふふ、と声を出してリナリアスは笑う。それからなんと、自身の付けていた仮面を外してみせた。

 声の印象とまったく遜色のない、綺麗な女性の素顔がそこにあった。


「なっ、え?」


 その行動にアカシアは言葉を失う。ただ、脳裏に最初に浮かんできたのは『秘密を知ったから消される』という短絡的なものだ。

 だが、仮面を外したリナリアスは苦笑いを浮かべ、アカシアを宥める。


「大丈夫ですよ。私達だって四六時中仮面付けてるわけじゃないですし。これはあれです。今から話すことは『賢者の意志』としての、公式な話じゃないですって意思表示です」

「……えっと、一応理解したわ」

「良かった。あ、仮面外してるときは、リナリアで通ってるので、よろしくですねー」


 そう言ってマイペースに笑った彼女に、アカシアは乾いた笑いを返す。

 当然、リナリアはそんなアカシアの理解を待たずして話を始めていた。


「さて、まず肝心なところから。今回の件でパフィオ・ペディルム、及びペディルム家は完全に失脚しました。今後、彼の管轄には国から代理の者が入ることになります」

「……妥当な所なのかしら」

「まあまあですかねぇ。五年前に比べれば、国だって随分と優秀な人材を取り戻して来てますから」


 ひとまず、パフィオが居なくなることでの混乱は、最小限に食い止められるらしい。それを聞いてアカシアは少しホッとしていた。


「次に『豪腕のボリジ』に関しては、我々としても不本意ながら『賢者の意志』の手柄になってしまいました」

「……それは、ちょっと酷いんじゃないかしら?」

「ですよねえ。ですので『賢者の意志』の方から、彼にはとある贈り物をすることにしまして、まぁ、それはまた今度『ソウ・ユウギリ』に直接って話ですね」


 また、と言っているところで少し引っかかった。


「あなたは、ソウ──ユウギリさんと面識が?」

「あいや。鋭いですねぇ。まあ、いわゆるズブズブの関係ですよ」

「…………」

「冗談です。それなりには面識があります」


 冗談が笑えないところも、なかなかにソウに似ているな、とアカシアは思った。


「あとはまぁ、裏の繋がりとかのゴチャゴチャしたことは良いでしょう。とにかく、今後あなたが危険にさらされることは無いはずです。ご安心ください」


 リナリアは人を安心させるような、にっこりとした笑みで言った。

 そう言われると、アカシアの中で意識していなかった緊張が解けて行くようだった。知らず知らずの内に、自分がそういう不安を抱いていたのだと思い知らされる。


「さて、肝心な話は以上でしょうか」

「ええ。ありがとう」


 話が終わり、少しだけ沈黙が挟まる。

 ここで少し雑談でもしたほうが良いのかしら、とアカシアが悩みはじめた頃。

 リナリアは少し遠くを見るようにしながら、呟いた。


「話は変わるのですが、アカシアさんは『オリジン』と呼ばれる『ウィスキー』をご存知ですか?」

「……『オリジン』?」


 唐突になんの話が始まったのか、アカシアは不意を突かれた気持ちで続きを待つ。


「『オリジン』は、まだ『オールド』の名称に区分が無かった時代に生み出された、世界最古の『ウィスキー』──『オールドポーション』だと言われています。バーテンダーの間でも都市伝説扱いの代物ですね」


 アカシアは、その説明を聞いて少し整理する。バーテンダーの事情は知らないが『オールドポーション』といえば、様々な『ポーション屋』がしのぎを削っている分野だ。

 純粋な効果の追及のみならず、嗜好品としての『ポーション』の中でも群を抜いて複雑で、ポーション屋ごとに独自の味の違いもあり、愛好家が多いと聞く。

 そして『オリジン』とは、その名の通り『原初のオールドポーション』ということらしい。


「だいたい分かったわ。それでその『オリジン』がどうしたの?」

「悪党の妄言として聞き流してくださいね。どうにも、パフィオとボリジ達は『オリジン』の取引を行っていたらしいんです」

「……それが、あの日ってこと?」

「はい。あの日パフィオが出向いていたのは『オリジン』を直接確かめるためだとか」


 あの日の夜。

 確かに、アカシアも不思議に思ったのだ。なぜ、パフィオ本人がわざわざ出歩いているのだろうと。

 リスクを考えれば、自ら赴くというのはおかしい。しかし彼はそれをした。それをしなければならない理由があったのだ。

 疑り深いという、彼の評価を思い出した。

 彼は『オリジン』を自分の手で、直接引き取りたかったのだろう。


「ですが、私達が現場をいくら見回しても『オリジン』はありませんでした。その場にあったのは、破砕したポーション瓶の破片と、零れた液体くらいです」

「……それって、戦闘の余波で?」

「ええ。ソウが敵をぶっ飛ばしたせいですかね。『オリジン』の真相は土の中です」


 やれやれ、とリナリアは手を上げる。


「しかし、不思議なこともあるもんですよねぇ」

「……何がですか?」

「協力者こと『ソウ・ユウギリ』の行動です」


 ぼそりと漏らされた言葉だが、アカシアには意味が分からない。

 それが何故おかしいのか、それは、その後の言葉に続いていた。



「だって、あの人。私達がアジトを襲撃する予定があること、知ってた筈なんですよ。そもそも、アジトの場所を教えてくれたのがあの人なのに。どうして自分一人で突っ込んだんですかねぇ」



 そう言ったリナリアは、アカシアを試すようにニヤニヤとした笑みを浮かべていた。





「ツヅリ、頼むから、な? ちょっとだけだから」

「駄目です」

「ほんと、さきっちょ、さきっちょだけで良いから」

「わざわざ変な言い方に直さないでください、セクハラ師匠」

「ちっ、ドケチめ」


 そう言った直後、ソウの腹の虫がぐーと唸った。

 現在地は、王都内にある喫茶店の一つである。時刻はお昼を回り、人が少なくなりはじめるころ。

 二人はボックス席で隣り合わせに座り、待ち合わせの人物を待っていた。

 ただし、ツヅリがお店自慢のホットドッグを齧り、ソウはおかわり自由の水をとにかく腹に流し込みながらである。


「それどうせ経費じゃん。少しくらいさぁ」

「駄目です。アサリナさんの命令です。お師匠は暫く経費には一切触らせませんから」


 ソウの要求をピシャリと断ってから、ツヅリはホットドッグにかぶりつく。

 こんがりと焼けたパンに、シャキシャキのキャベツ。そしてパリッとした皮に包まれた肉汁たっぷりのソーセージ。

 味付けは胡椒、ケチャップにマスタード。程よい酸味と塩気がたまらない。

 シンプルでありながら完成された、こだわりを感じさせる一品である。

 そんな絶品に舌鼓を打つツヅリを睨み、ソウが恨めしそうに言う。


「ちっ。ちょっと本部のポーションちょろまかしたくらいでよ」

「前科があるから厳しくなってるって、分かってます?」


 ソウがなぜ、経費を自由に扱えないのかと言えば、そういうことだった。

 届け出のない備品の無断使用。しかもその用途が『酔っぱらって使った』というのだから、アサリナの堪忍袋はあっさりと崩壊した。

 もともと届け出さえあればそれなりに自由に使っても良いのだが、ソウは無断使用の前科があった。

 よって、軽い罰として、一週間ほど任務中の経費の利用を禁止されたのだった。

 ツヅリとしても、ソウの酔っぱらった醜態に関しては色々と思うところがあったので、今回は全面的にアサリナの味方をしていた。


「お前が二つ食べたってことにしとけばいいじゃんかよ」

「そんなに食べたいなら、自腹で頼んでも良いんですよ?」

「いま金欠なんだよ」


 ソウが苦い顔をしたところで、ツヅリはその理由を思い当たった。

 二週間くらい前に聞いた話が、脳裏に過ったのである。


(……いい女とデートですか、そうですか……)


 ツヅリはその面白くない理由に奥歯を噛む。

 ソウはまた腹の虫を鳴らし、それから、あっと思いついた顔をする。


「なんならツヅリが貸してくれれば──」

「死んでも貸しませんから」


 ツヅリは師の提案を一切の躊躇無く切り捨てて、再びホットドッグを齧った。

 そうしていると、店内に来店を告げる鐘の音が響く。店員の歓迎の声が続いた。

 パタパタと一人のウェイトレスが入り口に向かい、案内している声が聞こえてくる。


「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「いえ、待ち合わせなの」

「あ、それでしたら」


 店員は朗らかに言って、その女性客をソウ達の席にまで案内した。


「ご注文、お決まりでしたらお呼びください」

「分かったわ。ありがとう」

「ごゆっくりどうぞ」


 ウェイトレスが去って行くと、ソウ達の席に着いた女性が軽く挨拶をした。


「今日はよろしくね。自己紹介は必要かしら?」

「したけりゃしてくれ」

「じゃあ、一応ね」


 女性は行儀良く座り直し、凛とした声で名乗る。


「私は、王都中央出版に務めている、アカシア・レミセスよ。今日は取材に応じてくれてありがとう。『瑠璃色の空』のお二方」



 その自己紹介は、ソウやツヅリが以前聞いたものと、字面は似通っている。

 しかし、その声音は以前よりもずっと優しいものであった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。


幕間その一は、次で完結です。

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