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己の正義


 倉庫の中には、保存食を詰めたような木箱や、芸術品らしき品物が並んでいた。

 ソウはそれらにほとんど目もくれず、迷う素振りも見せずにスタスタと倉庫を歩く。

 アカシアが急いで付いていっている中、ピタリと動きを止めて、ソウが声をひそめて言った。


「隠し扉だ」

「……どこ?」

「この床だ」


 一見するとそこはなんの変哲もない石の床であった。

 そんな疑問を抱いたアカシアに、ソウは補足する。


「良く見ろ、土埃が変に途切れてる。それに上に乗ったときの音が微かに違った」


 ソウが指差した方を注意深く見れば、確かにそれは分かった。線のように埃が途切れたような箇所がある。

 しかし倉庫なのだから、木箱の一つでも乗っていれば埃が途切れることはよくあるのではないか。

 アカシアが疑問に思った直後には、その床に把手を見つけたソウが地下に続く階段を暴き出していた。


「……なんで分かるのよ」

「……ま、蛇の道は蛇ってな。ああいう連中の作るモノってのは、どこか似てくるから分りやすいんだよ」

「あなた本当は悪党なんじゃないの? ねえ?」

「しっ。声が大きい」


 声量には注意を飛ばすが、ソウは質問には特に否定を返さなかった。




 薄暗い階段を降りると、またしてもごみごみとした空間が広がっていた。

 その一画にはぼんやりと光源が灯っていて、そこにあるものが何であるのかを見せつけてくる。

 魔石やポーション、武器の類。およそ、一介のバーテンダー組織には似つかわしくない量の、準備である。

 他にも、数十人分の椅子や机の類、武器の整備を行う器材など、バーテンダーに必要な様々な要素が一箇所に集まっている。


 そして、その場所には一人分の人影があった。

 空間を照らす明かりの前に見張りが立っていて、見張りは堂々と降りてきたソウ達に最初は気付かない。そんな見張りに、ソウは音も無く駆け寄った。

 ソウの動きに、見張りはようやくそれが仲間ではないと気付くが、


「……ん? だ、だれ──」

「寝てろ」


 ソウにみぞおちを殴られて、あっさりと意識を落とした。

 その見張りもテキパキと拘束し、ソウは空間の奥にある控え室のような部屋を睨む。

 その段階で、隠し扉近くで固まっていたアカシアがおずおずとソウに近づいて尋ねる。


「あの。私はあと、どこに隠れていれば?」

「……んーじゃあ、あん中」


 ソウが指差したのは、椅子や机が連なっている区画の、ちょっとしたロッカーだ。

 だが、この男所帯のロッカーである。

 理屈で分かっても、生理的な理由で少しだけ躊躇った。


「……えっと中に?」

「尻がデカくて入れねえか?」

「……馬鹿にしないで」


 この状況にあっても、ソウはいつもの調子を崩さない。

 しぶしぶとアカシアがロッカーに入っていくのを見定めてから、ソウは扉に近づき、ココンと軽快にノックした。

 すると、部屋の中で身じろぎの気配がし、ついで声が帰ってくる。


「なんだ?」


 神経質そうな男の声だ。どことなく線が細い印象である。

 ソウはその問いかけに、少しも考えることなく答える。


「へい! 女が捕まりやした! ボスが旦那を呼んでこいって話です!」

「……そうか」


 そして、男が立ち上がった気配が続いた。だが、それで終わりではない。男以外の気配が複数湧き上がり、扉に迫ってきていた。

 それから数瞬の後、ソウは危険を感じて扉の前から思い切り飛び退る。

 その直後、扉の向こうから鋼の切っ先が勢い良く伸びてきた。

 間一髪でそれを避けたソウは、焦った様子の演技をまだ続けた。


「なっ!? なにすんですかい!」

「とぼけるな。扉越しで私を呼ぶときは合い言葉。それがルールだ」


 男の声が聞こえた直後、扉を勢い良く開け、がたいの良い男が三人ほど部屋から飛び出してくる。揃いの短髪に、すっと背筋を伸ばした姿勢。そして全員が剣を装備している。まるで、騎士のようだった。

 その三人に守られるようにして、ゆっくりと男が姿を現した。

 三十前半くらいの、やせっぽちの男だ。ぎょろりと鋭い目をしていて、静かにソウを睨みつけている。


「……バーテンダー共はどうした?」

「給料安いから実家に帰るってよ」

「……使えん奴らだ」


 それだけで、なんらかの形で無力化されたことは分かったのだろう。

 男は静かにため息を吐いた後、三人に鋭い声で指示を出した。


「殺せ」

「……良いのですか? 素性など」

「どうせ女のグルだ。話は女から聞く」


 それきり、男はソウから興味を失った様子だった。だがソウの方は、代わりに前に出てきた三人から意識を離すわけにはいかない。


「護衛が居るなんて聞いてないぜ」

「…………」

「だんまりかよ」


 今度の相手は、言葉による揺さぶりは通用しなさそうだ、とソウは早々に判断した。

 しかし、挑発目的の言葉とは違う、純粋な疑問も湧いていた。ソウは、このタイミングで護衛が付いているとは、本当に思っていなかったのだ。

 男達の連携の取れた動きを睨み、常より低い声で尋ねる。


「てめえら、騎士か?」

「……答える義理はない」

「民を守る王の剣が、どうしてこんな穴蔵で、クソ貴族を守ってんだ?」

「……っ、だから答える義理はない」


 ぎりっと奥歯を噛みしめながら、三人のリーダーらしき男が言った。口ひげを蓄えた、男臭い顔つきをしている。年は四十前くらいだろうか。

 この年で独身、というのはあまり考えられなさそうだ。

 洗脳か、あるいは……。


「……は、最近国が『賢者の意志』を重宝するわけだ」


 ソウは誰にも聞こえないような小声で、吐き捨てるように言った。

 そして、先程ボリジ達と戦ったその時より、遥かに鋭い目つきになる。


「今の俺は機嫌が悪い。死んでも文句は言うなよ」


 そして、静かに銃を構えた。

 だが、その言葉は精一杯の虚勢と取られた様子で、男達も静かに答える。


「……ああ。悪く思うな」


 そして、お互いが臨戦態勢に入る。

 ジリジリとした緊張が部屋に満ちる。

 永遠とさえ錯覚されるような、一瞬の間がその場に幾重にも積み重なり。

 そして、弾けた。

 ソウは神速の早さでポーチから弾薬を抜き取りつつ、大きく後ろに跳んだ。

 その直後に響いたのは、ソウの宣言──いや、詠唱であった。



《悪花幻光。夢幻に揺蕩たゆたう、我が黒白の輪廻》



 詠唱に構わず、男達は連携の取れた動きで距離を開けたソウへと詰め寄った。

 この距離であれば、いかに詠唱を早く終えても、動く自分たちに照準を合わせることなどできないという、合理的な判断であった。

 それくらい彼らには、技量に対する自信があった。バーテンダーと戦った経験もだ。

 対するソウは、酷く暗い目で彼らを睨み、欠片も慌てず銃を自分へと向けていた。


「【────────】」


 放たれた黒色の弾丸は、静かにソウの身体に呑み込まれて、


 そして──。





「……馬鹿な」


 その後の戦闘を理解できたものは、その場には誰も居なかった。

 呟きは、顔面を蒼白にしたパフィオの口から漏れたものだ。

 彼の目の前には信じ難い光景が浮かんでいた。


 一人は地面にうつ伏せに、一人は椅子を蹴散らしながら壁に磔にされ。

 そして一人は、倉庫にあったポーション瓶を派手に粉砕し、仰向けで倒れている。

 三人の護衛が、パフィオが瞬きする一瞬のうちに全滅したように見えた。

 もちろんそれは体感であって現実ではない。それでも、心情的にはさして変わらない。

 それくらい、一瞬で、あっけなく、三人の精鋭が蹴散らされていた。

 何より、それをした男は大きく肩で息をしているが、全くの無傷である。


「あー。久しぶりにやると、死ぬほど辛ぇわこれ」


 ソウは肩をゴキゴキと鳴らしつつ、パフィオをきつく睨んだ。

 護衛に囲まれていたときの威勢はどこへ行ったのか。ガクガクと震えながら辺りをキョロキョロと窺っているパフィオ。

 だが、どれだけ探したところで、もう戦える護衛は残っていない。


「で、後はお前だけだけど、どうする?」


 ソウは肩で息をしながら、言葉だけは余裕を崩さずに尋ねた。


「な、ば、馬鹿な。お、お前は私が誰だと思って」

「知らねえって言ったら、教えてくれんのか?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべ、ソウは言った。


「そ、それは」


 もちろん、そんな質問に素直に答えるわけにはいかない。

 彼は公的には、屋敷の外を自由に出歩ける身分ではない。それが今こうして、外道バーテンダーのアジトに居る。

 しかも、本来ならここに呼べる筈も無い騎士を、三人も護衛に付けた状態でだ。

 もし名前を出したりすれば、非常に都合が悪いのは明白である。


「なんだ? 自分の名前も分かんないのか?」


 しかし、ソウはそんな事情を考えながら、知ったことではないとパフィオへと近づく。

 じりじりと距離を詰めてくるソウに、パフィオが叫んだ。


「ま、待て! わ、私は貴族だぞ! 私に手を上げるということは、多くのものを敵に回すことだ! 分かっているのか!」

「ああ、知ってるよ」


 基本的に、貴族と呼ばれる連中はごちゃごちゃと繋がりがややこしい。

 それはソウ自身、嫌というほどに知っている。

 だが、ソウの足は決して止まることはない。

 もう少しで、パフィオへと拳が届く距離まで来ている。


「と、止まれ! せ、正当な理由なく暴行を働くことは、何人にも許されない!」

「……法律では、そうかもな」


 そう呟き、ソウはパフィオの目の前で立ち止まった。ぐっと拳に力を込めるが、それを突き出すことをしない。

 それを好機と見たか、パフィオは捲し立てる。


「そうだ! 法律に基づいた正義の名の下に、私への暴力は決して──」


 続く言葉を遮るように、パフィオの顔面にソウの拳が刺さった。


「あがぁああっ!?」


 鼻の骨が折れた感触の後、悲鳴を上げながらパフィオがのたうち回る。

 ソウはその動きを足で踏みつけて強引に止め、またがってもう一発を頬に叩き込んだ。


「ぎぃいい!? ば、ばがなぁ? せ、正義がぁああ」

「ごちゃごちゃうるせえんだよ、クズ野郎が」


 ソウは汚物を見るようにパフィオを見下しながら、吐いた。


「俺の正義は俺が決めることだ。お前が決めることじゃない」


 それはひどく独善的な言葉であったが、同時にこの場においてもっとも強制力のある言葉でもあった。

 パフィオは涙目になって、震える声で抗議する。


「お、おうぼうだぁ」

「殺さないだけ、ありがたく思え」


 その言葉のあと、ソウはとどめの一発をパフィオの顔面に放った。


「ぐぴっ」


 悲鳴とも呻きとも取れる奇妙な声を上げ、パフィオはその場に白目を向いて倒れた。

 ソウはふーっと息を吐いて、ぼやく。


「鼻血と鼻水ついてやがる。汚ね」


 激しい戦闘のあった後の空間には、あまりにも似つかわしくない独り言であった。

 ごしごしとパフィオの服でそれを拭き取り、ソウはロッカーに向けて声をかける。


「アカシア。頼むから暴行シーンは撮らないでくれよ。俺のクリーンなイメージに傷が付いちまう」

「……そんなイメージ無いけど、分かってるわよ」


 アカシアはロッカーの中から出てくるが、ソウに近づくことはしなかった。

 酷く疲れた様子で近くの椅子に腰掛け、頭を抱える。


「ほんと、意味分からないわ。バーテンダーって」



 その呟きは、実際に目にしてなお信じられない『バーテンダー』という人種についての嘆きであった。

 アカシアを嘆かせている張本人は、鼻歌混じりでその場に倒れている人間たちを拘束しているのであった。


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