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『豪腕のボリジ』

「言ってくれるじゃねえか。てめえまさか、このボリジ様に勝てるつもりなのか?」


 集団のボス──ボリジは、屋根の上に立っているソウを睨みつけた。

 ソウはむき出しになった敵意を涼しい顔で受けながら、残っている四人を見る。

 お手本のような装備をした典型的なバーテンダー。唯一、一回り気配の濃いボリジだけが、他の三人にはない威圧感を備えている。

 だが、他の三人は寄せ集めたような『普通のバーテンダー』である。警戒する必要はそれほどないだろう。

 情報分析をしながら、ソウはほとんど無意識で軽口を返す。


「ボリジ様とか言われたって知らねえよ。芸人かなんか?」

「……このボリジ様を知らねえだと? Aランク協会『爆王連』に所属していた『豪腕のボリジ』って言えば、聞いたことくらいはあるか?」


 にいっと歯茎を向いて、ボリジは言った。残ったバーテンダー達も、ソウの狼狽える様を想像してか、ニヤニヤと様子を窺う。

 それに対して、ソウは悩む素振りすら見せずに返す。


「いや、知らん」

「っち、素人か」


 ボリジは軽く舌打ちをしてから、更に言った。



「そんな無知なお前に教えてやる。俺はなぁ、あの『ソウヤ・クガイ』と戦って、引き分けたことがあんだよ!」



 かっと目を開き、ボリジは言葉の後にソウの様子を窺った。


 たとえ自分を知らなくても、バーテンダーで『ソウヤ・クガイ』を知らない人間はいない。そして『ソウヤ・クガイ』の対外試合の記録はほとんど残っていない。

 つまりそのひと言は、たとえ嘘だとしても相手を萎縮させ、動きを鈍らせる効果がある。

 それがボリジの、常套手段であった。


 だが、それを聞いたソウは僅かに顔をしかめただけで、平然と返した。


「さっきから良く喋るゴリラだな。だからお前なんて知らねえし、興味もねえよ」

「なっ、誰がゴリラだ!?」

「確かに……ゴリラっつうか、ゴリラの進化前みたいな顔だな」


 その安い挑発は、ボリジの虚を突きつつ、彼を激情させる。

 みしりと、ボリジの握った銃が悲鳴を上げた。


「てめえ……俺を怒らせたな?」

「怒るとなんだ? 今度は筋肉自慢でも始めるか? やめてくれよ、俺は男の裸には興味ねえんだ」


 くっくっく、と薄い笑みを浮かべて挑発しながら、ソウはタイミングを計っていた。

 全員がはっきりと、こちらに注意を向けている。『カメラ』という、最高の目眩しが活躍する今この瞬間。

 静かに息を吐き、ソウはその『カメラ』を強く握る。


「さて、お前らはこの『カメラ』が欲しいんだろ?」


 それから、これ見よがしに『カメラ』をもう一度掲げた。

 全員の視線は、その右手に集中した。

 その間にソウは、さりげなく左手で、ポーチから必要な弾丸を抜き取り終える。


 そして。


「くれてやるよ!」


 ソウはカメラを、屋根から思い切り投げた。


 ボリジ達の視線が、すーっとカメラに引かれていく。

 その先を追う無意味さに気付くのが遅かった。

 その愚に、もっとも早く気付いたのはボリジだ。


「しまっ! 目を逸らすな!」


 ボリジが慌てて視線を戻した時には、既にソウは柔らかく地面へと着地していた。

 ソウは音も無く四人のうち最も近い一人に忍びより、その顎を銃で殴り飛ばす。その段階で、ようやく事態に対応すべく、ボリジ達が動く。

 ボリジが一人、他二人がまとまってソウから左右に分かれた。その陣形を取ってから、彼らは銃を構えようとソウに照準を向ける。

 しかし既にソウはその場を離れ、走りながら宣言を始めていた。


「『テイラ』『シロップ1』『オレンジアップ』」


 動きながら宣言するソウに、三人ははっと驚愕の表情を浮かべる。その驚きで宣言がワンテンポ遅れた。


「っ! 『ジーニ』『カットライム』──」

「【アンバサダー】!」


 相手の詠唱が完成するよりも早く、ソウの銃口から黄色い光が迸る。それは着弾地点から石の柱を勢い良く打ち出す魔法【アンバサダー】。

 それをソウは、詠唱を始めたのが最も早かった一人に向けていた。狙いは、男の斜め後方。とある一点だ。


「ぐぁ!?」

「がっ!」


 狙われた男は振り向くが反応できず、身体をくの字にして吹き飛ばされる。ソウの狙い通り、もう一人を道連れにしながら、ソウの方へと吹き飛んできた。

 間髪を入れず、ソウは道連れにされた男の意識を刈り取るために、その頭を思い切り蹴り飛ばした。


「【スクリュードライバー】!」


 直後、左から聞こえてきた威勢のいい声に目線を向けることもなく反応し、ソウはその水色の光弾を避けた。ソウの居た地点に水の爆発が起こり、その場に倒れていた二人は吹き飛ぶ。

 残りは一人──。


「死ねやあぁああああ!」


 言葉と共に、銃ではなく腰の剣を抜いたボリジが真っ直ぐに突進してきた。

 ソウはその一撃を銃でいなしつつ、更にステップで距離を取る。

 ボリジはソウを追いつめるように、鋭い剣撃を繰り返しながら攻めて来る。


「くそっ! ちょこまかと!」


 ボリジがいくら攻めても、ソウはひらりと攻撃を見切り続け、まるで当たる気配がない。

 時に躱し、時に銃でいなす。ただそれだけのことをソウは的確に行っている。

 相手が冷静であればもう少し苦労したかもしれないが、怒りと状況による焦りがボリジの判断力を奪っているのだ。

 そんな状況であるが故に、ボリジの攻撃は単調になり、ソウはますます避けやすくなる。


 数十秒の激しい運動にボリジの息が軽く上がるが、対するソウは涼しい顔のままだ。

 その段階からさらに、おちょくるような声音で、ボリジを煽る。


「お前『蒼龍』と引き分けた割に、銃使わねえのな。使えねえの?」

「馬鹿か! 接近戦で銃なんぞ!」


 銃は近づかれると途端に扱いが難しくなる。

 遠距離から中距離は魔法具である銃が、近距離では剣が有利なのは、戦闘の基本だ。

 ソウはじりじりと後退しつつ、ポーチから弾薬を抜いて手に持つ。しかし、それを銃に込めている隙は流石にない。

 一種の膠着状態にあり、どちらかの体力が尽きるまで戦闘は長引くかに思えた。


 だが、ボリジは気付かなかった。ソウがただ後ろに下がっているのではなく、ゆっくりと円を描くように、緩やかに移動していることに。


「なっ!?」


 ソウがひらりと躱した突き。その先には、先程ソウが生み出した【アンバサダー】の石柱があった。

 ボリジの剣は見事にそれに突き刺さり、動きが止まる。

 その結果を見越していたソウは、即座に用意していた弾薬を銃に込める。


「っらぁあああああああ!」


 ボリジが苦し紛れに突き出した拳は、ソウの頬をかすって抜けた。

 その拳と入れ替わるように、ソウは銃口をボリジの顔に押し当てて、静かに宣した。


「『ジーニ』」


 決着であった。

 それはカクテルになる前の『風の魔力』の塊。それでも、零距離から放たれれば、普通の人間の意識を刈り取る程度の衝撃波を生み出せる。

 頭から吹っ飛んだボリジは、そのまま白目を向いて倒れ込んでいた。

 その場に意識ある者は、ソウ以外残っていない。


 いや。もう一人、居た。


「……出てきて良いぞ」


 ソウの呼びかけに、それまで物陰に隠れていた女性が姿を現した。


「……七対一で勝つって……何者よ」

「普通のバーテンダーだっての」


 アカシアは、自分の声が震えていることを自覚している。

 バーテンダーの本気を見たいと思って、付いてきたのは嘘ではない。そして、ソウの妙な凄味もまた、嘘ではないと思っていた。

 それでも、数の上では明らかに不利な状況を、あっさりと覆したのには言葉が出ない。


 その身のこなし。フレアバーテンダーと呼ばれる、動きながらでもカクテルを扱うことができる特異な存在であることは疑いようがない。

 噂では、戦闘に特化し、同時にカクテルの高みに至るのを諦めたと揶揄される存在。

 しかし、ソウのカクテルの完成度は、そんな噂を吹き飛ばすほどであった。

 カクテルの完成度、フレアバーテンダーとしての技能、そして格闘技術に隠密行動スキルと、どれをとっても『一流』だと感じた。


 そんな人物が、どうして『瑠璃色の空』などという、アカシアが知らないくらいの知名度のバーテンダー協会に居るのか。

 アカシアの中で振り払った疑惑がまたムクムクと大きくなり、そしてそれをまた強引に思考から追い出す。

 その疑惑の人物は、慣れた手つきでその場に伸びている人間達を拘束しつつ、片手間でアカシアへと尋ねた。


「あ、カメラ無事か?」

「あ、そうよ! あんな乱暴に!」

「無事なら良いだろが」


 相変わらず無責任な物言いだが、それで実際にあの場を無傷で制圧できているのだから文句は言えない。

 ソウが放り投げたカメラは、そのままアカシアの手に渡った。ソウが会話で時間を稼いだのは、アカシアが約束していた地点に辿り着くまでの時間を確保するため。

 ソウはアカシアの合図を見てからカメラに敵の視線を集め、アカシアに向かってカメラを投げ渡した。彼女はそれをキャッチするのに結構肝を冷やしたのである。


「……殺すの?」

「んー。生死問わずなら考えんだけどなぁ」


 白目のボリジに向かって、ソウはぼんやりと呟いた。

 それから、駄目もとの表情になってアカシアへと質問を投げ返す。


「アカシア。こいつのこと知ってるか?」

「……『豪腕のボリジ』……元『爆王連』所属のバーテンダーなのは間違いないわ。護衛任務の途中で、護衛対象を強請ったことにより、協会を追放された。その後、いくつかの悪事に加担し、外道認定。ただし、その実力は本物で、確か懸賞金が金貨五枚」


「まあまあ大物だな」


 説明を聞いて、思ったよりは実力者だったのだと感心するソウ。


「しっかし、ほら吹くんなら『ソウヤ・クガイ』に勝ったとか言えば良いのによ。変なところでみみっちい奴だ」

「……やっぱり、嘘だと思う? 引き分けたって」

「当たり前だろ。そこそこ強いくらいだし、接近戦型。ダイキリは三つ頭ってとこか」


 金貨五枚というと、下手したらフィアールカが、ソウの行きつけのバーを知るのに払った金額とどっこいである。

 そのくらいが、この男の器ということだ。

 ツヅリと試合させてみたら、もしかしたらツヅリが勝つかもしれない。そんなもしもの世界を軽く想像しつつ、ソウはふぅと息を吐く。


「さて、俺の計算が正しけりゃ、連中が戻ってくるのにあと二十分強ってところか」


 ソウはパパンと手を打ち、軽く身体を解す。

 軽く弾薬の点検を行っている横で、アカシアも心配そうに目を細め、確認した。


「……【モッキンバード】だっけ? 私の身代わり。本当に大丈夫?」


 アカシアの脳裏には、自分とそっくりの姿をしていた土製の身代わり人形が浮かんだ。

【モッキンバード】は、撃たれた対象の偽物を作り出すテイラ属性の魔法である。

 基本的にその偽物は簡単な操作しかできないので、ソウは偽アカシアに『とにかく逃げ続けろ』という命令を与えた。

 ソウはその偽アカシアを五体ほど作り、それを配置してからわざと一体を敵側に発見させた。路地に逃げ込んだ一人を捕まえようと思えば、効率的な方法は複数の集団に分かれて逃げ道を潰すこと。

 すると、一人を捕らえるために分かれたバーテンダー達は、気付かぬうちに別の偽アカシアを発見することになる。

 それぞれに別の偽物を追跡させ、偽物が容易には捕まらない状況を作ったのだ。


「……ま、この暗さならまだ大丈夫だろ。おかしいって気付くころには、十五分経って土に還るからな」


 当然、その状況の異変に気付いて戻ってくる、頭の良い人間がいるかもしれない。だからなるべく迅速にことを済ませる必要があった。

 ソウが点検を終えたところで、アカシアはずっとひっかかっていた疑問を尋ねた。


「ねぇ。最初から気になってたんだけど。アジトを潰すって、結局どうするの?」


 ソウの行動を邪魔しない、という約束だったのでそれまで黙って見ていたが、アカシアにはそこがまだ分からなかった。

 アジトを潰すといっても、ボスなら今倒した。頭を潰すという意味なら、その目的は果たされたことになる。

 だが、ソウはそこから先があると言うように、装備の点検をしていた。

 ソウは銃に向けていた目をアカシアに移し、ふっと鋭い目つきをした。


「この件には、貴族が噛んでるんだろ? ペディルム家は疑り深い小心者。カメラの存在があれば、安心して眠れやしない。だとしたら、まだ奥に居るんじゃねえかな?」

「……え、ちょっと」

「そいつをぶっ飛ばしてふん捕まえて、後は散り散りに戻ってくる連中も各個撃破。全員仲良くお縄に付いてもらおうって寸法よ」


 先程の戦闘を見る前のアカシアであったならば、何を馬鹿なことをと思っただろう。

 しかし、今のアカシアは、ソウが全くの本気で言っていることが良く分かった。


 ソウは最初から、全員を捕らえるつもりだったのだ。

 最初に手薄になったアジトを襲撃したのは、実力者である『ボス』を確実に潰すためと──混乱に乗じて大物が逃げてしまうのを、防ぐため。

 作戦が違うだけで、殲滅戦には違いがなかったのだ。


「さて、ふんぞり返ってる貴族様に、お灸を添えてやらねえとな」



 にんまりと笑むソウを見て、どちらが悪党だか分からなくなるアカシアが居た。


※0615 誤字修正しました。

※0618 誤字修正しました。

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