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バーテンダーの偽悪

 ソウとアカシアは、周囲を警戒しつつ夜の間に外に出た。明るくなってから、アカシアが消えた地点を中心に包囲網を張られるのを避けるためだ。

 ソウが意識を研ぎ澄ますと、周囲に何人かの気配があった。


「やっこさんら、えらく必死に探しまわってるな」

「分かるの?」

「まあな」


 ソウはするすると暗い路地を選び、アカシアを先導していく。この辺りの路地はソウの縄張りのようなものだ。迷いはしない。

 大通りを避け、人気の無い道を選び続けるソウ。そしてそのまま、一度の交戦もなく目的地としていた『瑠璃色の空』本部へと辿り着いたのだった。

 流石にこの時間なので、本部には明かりは灯っていない。だが、それはここが無人であるという意味ではない。

 もう一度周囲の気配を確認してから、ソウは本部の鍵を取り出し、静かに開ける。


「今は三時過ぎ……こっそり入れよ」

「え、ええ」


 静かに声をひそめつつ、ソウとアカシアが本部の玄関を越える。

 その段階で、暗がりの奥からぼうっと、明かりが闇を照らした。


「きゃっ──」

「静かに」


 叫び声を上げそうになったアカシアの口を押さえたあと、ソウは奥から近づいてくるその少女に声をかけた。


「リー。どうしてこんな時間に起きてる?」

「ん。クフェアが、私を起こしに来たから。多分ソウさんが来ると思ったの」

「悪い事をしたな」

「ううん」


 奥から現れたのは、十代前半から半ばくらいに見える少女だった。名前はフリージア。ソウやツヅリからは『リー』とだけ呼ばれている。

 彼女は、この『瑠璃色の空』で雑用や書類整理を手伝い、この屋敷に住み込んでいる少女である。彼女の傍らにはクフェアという名前の『犬』の姿もある。

 フリージアは眠たい目をこすりつつ、ソウに尋ねる。


「何かあったの?」

「ひとまず、この女を匿って欲しい」

「ん。分かった」


 フリージアはソウの言うことに疑いもなく頷き、ようやく口元を解放されたアカシアをひとまず居間へと誘った。

 フリージアは「少し待ってて」という言葉を残してその場を去る。寝る場所を用意しにいったのだろう。

 居間にある椅子に座りこんでから、アカシアはようやく人心地付いた様子で安堵の息を漏らした。

 ソウは窓から暗闇の街を睨みつつ、ぼそりと言う。


「怪しい気配も尾行もナシ。完全に撒いたみてえだな」

「……本当に、あなた何者なの?」

「だから、ただのしがないバーテンダーだっつの」


 はぐらかすようにソウが言うが、アカシアはそんなわけがないと心で突っ込む。

 彼女はつい最近までバーテンダーのことを調べていた。しかし、そんな彼らの特徴に『隠密行動が得意』とか『夜目が利く』とか、そんなものはなかった。

 だが、目の前の男はあくまで普通のバーテンダーだと言う。その時点で頭がこんがらがる気分である。

 それに何より、いきなり先程のようなことを言う普通のバーテンダーなど、居るのだろうか。


「それで、相手のアジトを潰すってなんなのよ。どうやったらそんな発想が出てくるの」

「そんなに変か?」

「当たり前よ」


 アカシアが、呆れを通り越して諦めた声でぼやく。先程ソウの部屋で聞いた第三案の詳しい話はまだ聞いていない。

 その続きは落ち着ける場所でということになり、この『瑠璃色の空』本部へと向かったのだ。中途半端に切られたので、アカシアとしては気になるところだ。

 それに対して、ソウは毎日の些事を片付けるみたいな軽さで言う。


「外道バーテンダーのアジトの特定や殲滅は仕事になるんだよ。総合協会や国のお偉いさんなんかは、外道バーテンダーに賞金をかけていたりもするしな」

「賞金……ってことは。つまり、総合協会に依頼するってこと? まぁ、確かに協力者が多ければ……」

「そんな悠長なことやってられっか。相手は死に物狂いだぞ? 一日二日はここで匿えるだろうが、そっから先は分からない。審査や契約にかけてる時間はないんだ」

「そう……よね……」


 確かに、とアカシアは再度納得せざるをえなかった。ここはソウの家よりは安全というだけで、確実に安全なわけでもない。

 と、そこまで考えてからアカシアは、あっと思い立った提案をしてみる。


「だ、だったらそもそも総合協会に匿ってもらえれば良いんじゃない? 少なくともあなたに迷惑はかけないし、それなら時間も長く取ることができるでしょ」


 バーテンダー総合協会に果たしてそのような保護機能があるのかはともかく、それが現実的で確実な案だとアカシアは思った。


「んー」


 ただ、それに難色を示すソウ。


「……何か問題があるの?」

「問題っつうか。だから俺が襲われる可能性もゼロじゃないって言ってるだろ」

「あっ……だ、だったらあなたも一緒に匿って貰えれば」

「その拘束時間、俺に何のメリットがある? 冗談じゃねえぞ」


 ソウが当たり前のように口にしたとき、そういえば彼はバーテンダーなのだ、とアカシアは思い直した。

 つまり彼は、義侠心や正義感ではなく、損得勘定をベースに動くということだ。その天秤に、自身の安全すら乗っけて。


「俺が最も安心できるのは、俺が、俺自身でアジトを襲撃することだ」

「なっ、馬鹿言わないで」


 アカシアは、ソウを心配するような目を向けてそう言う。

 それが、この暗闇の中でソウに届いているかは分からないが。


「私は、確かにあなたを巻き込んでしまったし、あなたが危険を冒して助けてくれたことに感謝しています。だけど、だからといって、あなたにそこまで責任を取って欲しいわけではないわ。拘束時間に不満があるなら、個人的に費用を払っても良い。だから……」


「俺のためにやめろってか」

「ええ。だから、私を明日、総合協会まで連れて行って──」

「……やっぱり却下だ」

「なんでよ!?」


 ソウのきっぱりとした物言いに、アカシアは少し涙目になる。自分が理論立てて説明しているのに、こうまで話が通じない人間だとは思っていなかった。

 しかし、ソウはソウで、真剣な声音で言う。


「襲撃までに時間がかかるってことは、下手したら相手に対策の準備をさせることになる。証拠隠滅だのアジトを移すだの、とにかく、時間は流れていくんだ。悠長なことをしてられないってのは、相手を追いつめるためでもあるんだよ」


 ソウが言っていることも真実だ。

 相手がこちらに気付いてしまった以上は、相手もまた、こちらの動きを予測しながら動くということだ。

 今はまだアカシアを探している段階だろうが、見つからなければアカシアが何かしらの手を打っていることに気付く。

 時間をかければかけるほど、危険を察して相手が逃げる可能性も高まる。

 そうなる前に、一網打尽にするチャンスは今しかないのだ。


「……なんで」


 それを理解してなお、アカシアは疑問だった。

 ソウの言動には、不思議な齟齬がある。

 彼が表に出しているのは、もちろん自分の利益だ。だからこそ拘束を嫌うし、アジト襲撃を成功させるために積極的な姿勢を見せている。

 だが裏側では、相手を追いつめるためと言いながら、自分が動くための理由付けを必死でしている感じがあった。

 アカシアは、その降って湧いた疑問を、知らずのうちにぶつけていた。


「……どうしてそこまで? あなたは、巻き込まれただけなのよね? どうしてそんなに真剣に考えられるの?」

「……あ? だから俺は、最初から利益のために動いてるっての。時間が無い以上、少数で襲撃する必要がある。それに少数でやった方が取り分も増える。だから俺が今動くことに、何もおかしなことはない」


 ソウははっきりと言い切った。

 だが、彼の偽悪的な物言いに、アカシアはやはり心にもやもやを抱えたままだった。

 アカシアがもう一度、言葉を変えて尋ねようと思ったとき、すっと居間に明かりが入り込んできた。


「えっと、お客さんの寝室、準備できたよ」

「おう、ありがとよリー。悪いなこんな時間に」

「ううん。大丈夫」

「よしよし」


 ソウはフリージアにそっと近づくと、彼女の頭を優しく撫でた。

 フリージアはされるがまま、心地よさそうに目を細めている。最近はソウに子供扱いされるのを若干嫌がるふしがあるのだが、今はそこまで頭が回っていないようだ。

 ソウはそれからアカシアを見た。アカシアには、明かりがあるおかげでソウの表情がはっきりと分かった。

 ソウはどうしてだか、酷くすまなそうな顔でアカシアを見ていたのだった。


「……ひとまず話は打ち切りだ。俺は、寝ないで見張りをやってる。安心してぐっすり寝てこい。明日また話そう」

「……わかったわ」


 アカシアは素直にソウの言葉に従うことにした。




 ソウにおやすみの挨拶をしたあと、フリージアに案内されながら、アカシアは見慣れない屋敷の中を歩く。

 途中、フリージアは静かにアカシアに声をかけた。


「えっとお客様……実は私、あなたがソウさんと何を話してたのか、少し聞こえてました」


 盗み聞きしてしまったと申し訳なさそうに言うフリージア。だが、アカシアは気にすることもなく、少し疲れ気味に返す。


「……なら、あなたの方からも彼を止めてくれない? そんな無茶はするなって」


 この子はソウに懐いていたようだし、きっと賛同してくれるだろう。

 そう思ったアカシアは、フリージアから返ってきた答えに固まった。


「えっと、それは、しません」

「……え?」


 アカシアの予想に反して、フリージアははっきりと否定した。

 その後、少し熱の篭った声でフリージアは続ける。


「ソウさんなら、どんな無茶だってやってくれます。ソウさんが今しかないって言うなら、きっと今しかないんです。私はあの人が、何かを間違うとは思えません」

「……本気で言ってるの?」

「はい」


 アカシアは、思わず足を止めていた。

 不思議に思ったフリージアが振り返ると、酔いによる頭痛がぶり返してきたみたいに、アカシアが頭を抱えている。


「おかしいわよ。普通じゃないわ。私の取材してきたバーテンダーは、粗野で馬鹿な連中は多かったけど無茶なんてしなかった。こんな無茶をするバーテンダーなんて──」


 そこまで言ってから、ガツンとした衝撃がアカシアの脳裏に過った。

 そんな無茶をしたバーテンダーで、もの凄く有名な人物が一人居るじゃないか。



 どう考えても無茶で無謀な『偉業』を残した『伝説的なバーテンダー』が。



「それに私は、ソウさんに救って貰いましたから」

「……どういう意味?」


 突如湧いてきた馬鹿な考えを振り払っていると、フリージアの不思議な言葉がかかる。

 フリージアは、昔を懐かしむように笑みを浮かべて、言った。


「私の村の近くにできた外道バーテンダーのアジトを、ソウさんはたった一人で潰してくれたんですよ」

「……嘘でしょ?」

「はい。ソウさんはやってないって言ってます。でも、私は、ソウさんなら出来るんじゃないかなって、思ってるんです」


 フリージアはそこでアカシアを再び先導するように、スタスタと歩く。

 アカシアは頭に浮かんでくるバカな考えを、必死に振り払おうと努力した。




 もしかしたら、ソウを止めないのが本当に正解なのでは、なんて考えを。



ここまで読んでくださってありがとうございます。


更新遅れてすみません……


※0612 誤字修正しました。

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