バーテンダー協会総合支部
バーテンダー協会総合支部。
そこそこの大きさの町であれば、その大小は置いておいて設置されている施設で、本部へと連絡したり、バーテンダー向けの情報を確認したりできる。
各バーテンダー協会が協力して管理、維持しているので、バーテンダーであれば基本的に利用は自由だ。
その受付の青年に用件を伝え、ソウは自身の所属している本部へと繋いでもらった。
案内されたのは防音された密室の中。とある装置の前で、ソウが待つ。
程なくして、
『こちらバーテンダー協会『瑠璃色の空』です……って、ソウじゃない。どうしたの?』
装置に付いているモニターに、とある女性の姿が映し出された。
この装置の名前は『コールビジョン』。
大陸の北方に住む『機人』という種族が作った『機械』だ。
原理は分からないが、遠く離れたこの装置同士を繋いで、映像や音声を送ることができるらしい。
機人の作った機械という装置には謎が多い。
『銃』を作ったのも彼らというのは、バーテンダーの常識であった。
「ようアサリナ。相も変わらず良い胸だな」
『用が無いなら切るわよ、このセクハラクソ野郎』
女性は、苛立ちを隠そうともせずに言った。
アサリナ・オリオンは、ソウの属しているバーテンダー協会『瑠璃色の空』の、秘書、兼事務、兼総務である。年齢は二十半ば。
ソウをこの協会に引き込んだ張本人でもある。
彼女の仕事は、このバーテンダー協会に関わる雑務全般。
のほほんとした協会総帥に代わって、協会を支える大黒柱でもある。
短く切り揃えられた髪の毛に、鋭く釣り上がった切れ長の目。その眼光は一目見ただけで、相手にクールとか固そうとかの印象を与えるだろう。
その印象を和らげるのは、女性的に膨らみすぎた胸部だけだ。
「そうかっかすんなよ。酔っぱらった時みたいに柔らかくいこうぜ?」
だが、ソウはその威圧に全く怯む事はない。何故ならソウは、この氷の女王が、酔っぱらうとどうなるのかを知っていた。普段の印象が嘘のように変わることも。
『……それは今関係ないでしょ。だいたいまだ昼前よ』
それを知られたのは、アサリナにとってはそれなりに腹立たしいことである。だが同時に、唯一それを知っているソウを、認めている証でもあった。
勝手な振る舞いをするソウと周りのメンバーを繋ぎ、不満が出ないように心を砕いているのは他ならぬ彼女だ。
オホンと咳払いをしたアサリナを見て、ソウは態度を改める。
「そんじゃ、本題だ。悪いニュースと良いニュース。どっちからが良い?」
『悪いを先に持ってくるあたり性格悪いわよね……前者からお願いできる?』
小言を漏らしつつ、アサリナは最初に悪いニュースを選択した。
「それじゃあ悪いニュースだ。この依頼、相当きな臭いぞ。調査をするってだけで、暗殺者二名に命を狙われた。そこそこ強い奴らだったから、次はもっと強いだろうな」
『……本当?』
「嘘吐いてどうすんだよ」
ソウの言葉を聞いて、アサリナは少し顔色を変えた。
『あなたから見て、どうなの?』
「今のところは対処可能だ。もっとも俺じゃなかったら、死んでただろうがな」
『……そう』
さっと顔を青ざめさせ、沈痛な顔つきでアサリナは頷く。
アサリナは、この協会で最も、ソウを正しく評価している人間だ。
だからこそ、ソウの言った言葉は心にのしかかった。
俺じゃなければ死んでいた、ということはそのままの意味だと理解したのだ。
「下手人は依頼主のほうじゃない。この生態系の変化は、恐らく人為的だ。それを裏で操ってる奴がいる。腕利きのバーテンダーがな……」
この段階で、アサリナは連絡の意図を察した。的確に、疑問を投げ掛ける。
『……戦力は、足りるの?』
「分からない。待機してるメンバーはいるか?」
ソウが尋ねると、アサリナは首を横に振った。
『残念。今はみんな出払ってるわ。見習いの子なら、一人居るけど……』
「戦力になるわけないだろ」
帰ってきた答えは、ソウをそれなりに落胆させるものだった。
いくら反りが合わないとはいえ、同じ協会の仲間たち。彼らが加わってくれれば、どこぞの傭兵や野良バーテンダーの何倍も信頼できた。
だが、今は出払っているということは、最悪、現状の戦力で臨まなければならない。
「オーケー。ひとまず、探れるところまでは探ってみる。場合によっては、この依頼は俺たち──『瑠璃色の空』には無理だ。上に投げる準備もしておいてくれ」
『……了解。すまないわね』
「はっ。俺を引き込んだ張本人が何言ってやがる。人を馬みたいに扱ってるくせに」
お互いに答えが出せないまま、この話は現状維持という決着に至った。
話が一段落したところで、アサリナは気持ちを切り替えた。
『……ちょっと気分が悪いわね。吹っ飛ばせるくらい良いニュースを頼むわ』
その気持ちを汲んだソウは、努めて明るい声で言った。
「うちのお嬢様を、見習いから半人前に昇格させる。準備をしておいてくれ」
その報せを聞いて、アサリナの顔が綻ぶ。
お嬢様。つまりツヅリの実力が、ソウの認める段階へと上がったということだ。
『良かったわね。彼女、ようやく【ダイキリ】が扱えるようになったのね』
「ああ。テンパってたのか、色々間違えやがったけどな」
『テンパってたって……もしかして実戦で使ったの!? 相変わらず無茶させるわね』
アサリナの声は呆れているが、その顔はやはり嬉しそうにしている。
ツヅリを見出し、バーテンダーへの道に引き込んだのも、また彼女だったのだ。
「ま、あいつはなかなか出来が良い。俺を認めさせるんだから大したもんだ」
ソウの満足げな顔を見て、アサリナに少し疑問が浮かぶ。
『そこまで? まぁ、平均に比べたら早いほうだけど、あの子の同期にはもっと早い子もいっぱいいるわよ?』
ツヅリの成長。一年弱で【ダイキリ】を扱えるというのは平均以上のスピードだ。
だが、それはあくまで平均以上であって、驚くほどではない。
『それこそ、ウチのジニアなんて驚くようなスピードよ。あと数ヶ月で【ダイキリ】の火龍が『二つ頭』になるかもしれないって、聞いてるわ』
アサリナが真面目に言っているのを聞いて、ソウは含み笑いを漏らす。
何がおかしいのか分からず、アサリナは次に続くソウの言葉を待った。
「なぁアサリナ。【ダイキリ】を指標にした、バーテンダーの腕の基準、分かるか?」
『……んぅ?』
問われ、アサリナは公式に発表されている基準をそらんじる。
『確か……【ダイキリ】の発動をもって半人前とし、『二つ頭』で一人前。『三つ頭』で一流と肩を並べ、『四つ頭』からは天賦の才を要する──だったかしら』
アサリナは、広く普及している文言を一言一句違わずに言った。
それを聞いて、ソウはニンマリと笑みを浮かべる。
「そうそう、そういえばそんな感じだったな」
『あなた、さっきから何を』
「間違えてたわ」
『は?』
アサリナの動きが止まったのを面白そうに見ながら、ソウは言う。
「いやー、てっきり『二つ頭』で半人前だと勘違いしてたわ。まいったまいった」
その言葉を聞き、アサリナの頭は一瞬真っ白になる。
そのあとに湧いてきたのは、烈火のごとき怒りだ。
『ちょっとっ! そんな報告受けてないわよ!?』
「今しただろ」
『馬鹿じゃないの!? だって一年で『二つ頭』!? しかもさっき色々間違えたって』
「ああ。ライムがレモンだったし、シロップを入れ忘れたし、極めつけにシェイクがクソ長かった。良く発動したもんだ」
『…………』
悪びれる様子もなくポンポンと口を開くソウ。
アサリナはついに言葉も出なくなって、ただ白い目でソウを見ていた。
「もう一度言うぞ。あいつはなかなか出来が良い。『天才』って言っても良いほどにな」
重くのしかかるような声で、ソウは静かに告げた。
『……なんで言わなかったの?』
「ツヅリのためだ。俺にあいつを付けた理由は分からんが、俺以外だったらあっという間に抜かれてたな。そしたら、こんな弱小なんてさっさと見切りを付けて、最大手から引く手数多だ。まだ十七の小娘に、悪い誘いがわんさかと来るぞ」
あれほどの原石が眠っていたのも驚きだが、ひとたび明るみになれば、そのままではいられない。
何に巻き込まれてもおかしくはないだろう。と、ソウは考えた。
『だから隠してたってこと?』
「いくら可愛くなくても、弟子は弟子だ。変な奴らに狙われたらかなわんからな」
面白くなさそうな顔で、ソウは続ける。
「だが、それも途中までだ。あいつが十分な実力を付けたら、自分の手で選ばせる。はっきり言って、あいつはこんな弱小で腐らせるには惜しい人材だ。精々、人類の為に役に立ってくれるだろうさ」
『……勝手に決めないで欲しいんだけど』
「だから今言ったんだ。考えとけ」
ソウはぶっきらぼうに、言葉を切る。
アサリナは目を閉じ、頭痛がしそうな頭を押さえて言った。
『まったく……さっきの話が霞むような『良いニュース』をありがとう。おかげで悩みの種が増えたわ』
「悪いことじゃないんだから良いだろ」
『ええ、悪いのはあなた一人だけね』
「へいへい。まったく、善人は苦労するぜ」
その態度を見てアサリナはこれからの苦労を思い、静かにため息を吐いた。
それから、ツヅリの件は二人だけの秘密となり、軽い事務連絡で通信は終わった。
「さってと。最後の仕事と行きますかね」
受付に通信を終えたことを告げ、代金を払った後にソウは外に出る。
支部で情報を受け取った結果、準備に必要な物の在処ははっきりと分かった。
暗くなる前に向かおうと、ソウは足を動かした。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
明日は、二回更新する予定です。
最近予約投稿のやり方を覚えてきたつもりなので、
十八時と二十時に投稿しようと思います。
よろしければ読んでいただけると幸いです。
※0914 誤字修正しました。
※0915 誤字修正しました。