ただ、じっと待つ
僕の彼女は、僕の足が嫌いだ。
どこへでも自由に行ける足を憎んでいるとさえ言っていい。
だから今日も彼女は僕の足にナイフを突き立てるのだ。
一回じゃない。二回、三回と繰り返し、決まって五回目の傷をつけた後、血で染まった手で顔を覆って泣きながら、ごめんなさいと繰り返しながら止める。
そう、それは今回だけじゃない。
もういつだったか忘れてしまったけど、それは繰り返されている。
深夜に、昼間に、時には一緒にテレビを見ていた時に、突然ナイフを突き立てる。
僕は泣き崩れる彼女を優しく抱きしめながら大丈夫だよ、と囁いて携帯で救急車を呼ぶのだ。
ごめんなさい、ごめんなさい。痛いでしょ? 痛いよね。ごめんなさい、ごめんなさい。
彼女は僕の足が嫌いだ。
彼女はこれがある限り、僕がどこかに行ってしまうんじゃないか、って不安に囚われてナイフを突き立てるのだ。
「警察には話されないのですか?」
「言うつもりはありません」
ため息をつく医者に、困った様に笑うしかない。
これも何度も繰り返された出来事だ。
そして今日、新たな台詞が追加される。
「非常に言いにくいのですが、このまま繰り返していると、いつあなたの足が動かなくなってしまうか、わかりません」
「…そうですか」
「せめて、彼女から刃物を取り上げることはできないのですか? 今回のナイフも…」
僕の血で汚れていた小さなナイフが、綺麗な状態で返される。
柄に小さなエメラルドが埋め込まれた、サバイバルナイフだ。
医者の言う事はもっともだけど、首を振る。
「いいんです。これは、僕が彼女にプレゼントしたものですから」
失礼します。ともう慣れてしまった車椅子を動かし、診察室の外で待っている彼女の元に向かう。
駆け寄る彼女は泣きはらした真っ赤な目で僕の姿を見て微笑んだ。
後ろで何か言いたげな医者を無視し、彼女に綺麗になったナイフを渡す。
もう、絶対にしないから、と言う彼女の言葉は嘘だ。
この車椅子生活からもって一週間でまたきっと同じようにナイフを突き立てるだろう。
「私の事、嫌いに…なった?」
「そんな事ないよ。僕はずっと君と一緒だ」
車椅子を押す手に、そっと自分の手を重ねる。
後、何度彼女が僕の足にそのナイフで傷を付けたら、僕は歩けなくなるのだろうか?
いっそ、切り落としてくれたらいいのに…。
でも、彼女には理性が残っている。
残念だ。
早く彼女が僕から離れられない決定的な事実が欲しい。
僕は今、それだけをただ楽しみに、彼女がナイフを振り上げる姿を見つめるのだ。