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花葬

作者: 片桐 彩華

ゆらゆら


舞って


ひらひら


落ちる


なんて 儚い




―花葬―




六畳ほどの、小さな部屋の窓枠に一輪の花。

細い筒状の花瓶から伸びた茎、その花はもう萎れて以前の愛らしさを亡くしてしまっている。


元はピンクのカーネーション、だった。


母の日でもないのに、彼女がくれたもの。

それ以前に俺は男だ、と云ったら彼女は笑ってその花言葉を教えてくれた。

それを聞いた俺の顔色を指摘され、恥ずかしさから目を反らし、反論した。


『照れちゃった?』


『ば…違ぇよ!んなワケねぇだろ』


上擦った声で説得力がないと、また顔が熱くなった。

彼女はそんな俺に微笑みかけ、そっと抱きしめた。


あぁ、思えば彼女は俺に色々与えてくれたのに、その半分も返せてはいない。

どうして、もっと素直になれなかったのだろう。後で悔やむと書いて後悔。

そう、今更だ。



萎れて首をうなだれた花からひらり、花弁が散った。

それは余りに哀しく、切ない光景で。

思わず、目を反らした。



『事故、だって。信号無視の車に横から』


彼女の友人からの電話。意味を理解するのに数秒かかって。

理解すると同時に走り出してた。

受話器は地に落ちたまま、彼女の実家に走った。


今思えば車を使えばよかったのだろうけど、それすら忘れてただ走った。


30分かけて着いた彼女の家。

呼び鈴も押さず、乱暴にドアを叩いた。

出てきたのは、彼女の母親。

充血した目に涙が溜まっていた。

それで全てを察した。


母親に案内された部屋。和風な室内の中央に敷かれた布団。

周りには家族が座り込み、泣いていた。


布団の上に寝かされている人物、顔には白い布。

『顔を…見てやって下さい』


弱々しい母親の声。

退かされる、白い布。


現れたのは紛れもなく彼女の顔であり


だけど、それは俺が知っているものと違っていて


青白い、死人のもので。



泣けなかった。

彼女の傍に座り、その顔に触れその冷たさを感じても


目の前のソレを、瞬きもせず見つめていただけだった。









何処からか、(ひぐらし)の鳴き声が聴こえる。

物悲しいその声は求愛の為とは思えない。


萎れた花と、蜩の鳴き声と、夕暮れと。


視覚から、聴覚から、伝わるのは切なさと哀しさだけで。

目を閉じ、耳を塞ぎ、脳に信号を送るまいと必死になった。



そしたら、彼女の姿が頭に浮かんだ。

微笑む彼女が、そこにいた。

だけど触れられない。

そこに居るのに、存在しない。

堪らなくなって、瞼を上げればまた先程の光景。


「――…‥」



呼ばれた、気がして。

俺は外に出た。


そしてなんとなく、近くの花屋に足を運んだ。

俺はそこで一つの花を買った。

それは紫色で球状の花を咲かせている。

美しい、というより可愛らしい花だ。


寄り道せず、俺は家に帰った。購入した花をさして大きくもない机の上に置くと箪笥の奥を探る。


目的のそれは、すぐに見つかった。

人差し指程の小さな小瓶。中身は白色のかけら。


そう、彼女の遺骨。

バレないように、火葬後そっと持ってきたものだ。

俺はそれを取り出すと、鉢植えの中に埋め込んだ。




そうして、暫く花とにらめっこしていた。

気づけば、外はもう暗くなっていた。それに伴い、室内も月明かりが照らすのみとなっていた。

薄暗い室内に、人工的な光を点ける。

目が暗さに慣れていたため、眩しさを感じ眉をしかめ何度か瞬きをする。


視界がはっきりしてきた頃、また机の上の花を見て、俺は微笑った。




ほら、お前ならわかるだろう?

花が大好きだったお前になら。

今度は俺がお前をからかう番だな。


耳まで真っ赤にして、あぁ、どんなに愛おしく思えるだろう。

おい、よく聞いてろよ。一回しか言わないからな。



「愛してるよ」



あー、恥ずかしい。

結局また俺の顔、赤くなってんだろうな。




お前にはかなわないよ。







頬に生暖かい水が流れるのを感じながら、俺はただ花を見つめていた。













わかるだろう?

俺が贈った千日紅の花。

そう、今も昔もこれからも









俺は、お前だけを――

この作品を書くにあたり、急遽花言葉を調べました(笑)。カーネーションは季節外れではありますが、目を瞑ってやって下さい!間違いがあれば指摘をお願いします。ちなみに、千日紅(せんにちこう)の花言葉は「変わらぬ愛」です。よく夏間の葬儀や墓前に供えられていたそうな…。

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― 新着の感想 ―
[一言] 掲示板からやってきました。 では、始めます。 心の琴線に触れる……とまではいきませんでしたが、間の取り方がうまいですね。なかなか良かったです。 花言葉の言い回しも良かったです。 しかし指摘…
[一言] 新規投稿されていたので、早速拝読させていただきました。 情景が目に浮かぶ、切ない物語。良作だと思います。 ピンクのカーネーションの花言葉は「熱愛」「熱愛の告白」だったかな。 花言葉も、い…
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