過去の幸多、過去の功
「松永、正直言うが功と何かあったか?」
「……」
「別に無理して聞く気はねえけどさ。功が悲しそうな顔をしてた。お前の頼みとは別件になって悪いけど、功がもし心のどこかに傷を負っているのなら、癒してやりたいんだ」
「そっか、幸多君は優しいんだね。松原君とできてるとかじゃなくていつも異常な程に優しいんだ。それも詐欺師なんじゃないかって疑うほどに」
「おいおい」
「うん、幸多君になら言える……かな」
俺が優しい? ありえないだろ。
「松原君は私に話しかけてくれたんだよ。ただ私の友達が拒絶してね。今までずっと話しかけて来なかったのに支配欲が強かったんだろうね。だから松原君は私に話しかけなくなったんだ。でも私は嫌だった。松原君と話し続けたんだ。だけどさ、わかってたんだけどさ、やっぱり友達が拒絶してそれで松原君はごめんってそれだけ言ったんだ。私が松原君と話したいってそれだけ言えば良かったのに」
「なら、俺には何もできないな。松永、お前はそのことを今どう思っている?」
「申し訳なくて、私は」
「なら、謝ればいい」
「うん」
「俺も隠れて見てるから」
「わかった」
「頑張れよ」
「うん」
とりあえず駐輪場に呼びだしておいた。昼休みは誰もいないし。
それに二人も会話くらいはできるというかしていたのを見たので二人はその拒絶した友達がいなければ会話をするんだろう。
だから見極めなきゃいけない。功の傷が拒絶された時の痛みだけなのか。
功がなんなのかはわからない、あいつの本質を掴めるかどうかもわからない。
でも、見極めなくては。
「松原君」
「どうしたの? 松永さん」
「高一の時、私はあなたに話しかけられて嬉しかった」
「ああ、大丈夫だよ。気にしないで」
功? まるで続きを聞きたくないような、続きをわかっていて聞きたくないような言い方だが。
「ううん、私は岩根ちゃんよりあなたと話しかった、なのに」
「いいんだよ、大丈夫」
岩根ちゃんと言うのは拒絶した友達のことだろう。にしてもやはり。
「ごめん、私が」
「違う! きみじゃないんだよ」
「私が」
「功」
「幸多?」
「お前はその続きを聞きたくないんだろう」
「君には関係ないだろっ」
「ああ、でも聞いてやれよ、聞かなかったらそれも罪だろう」
「でも」
「俺だったら聞くよ。聞くのが辛いのはわかる。謝られるのは辛い、それが相手の所為じゃないと思っていればもっと。でも言う方にだって覚悟がいるんだ。知ってるだろ?」
「うん」
「私が謝れば良かったんだ。私が岩根ちゃんを拒絶できれば」
「違う。あれで良かったんだよ。僕が謝ればすんだんだ」
聞けた。功の本音。
俺ならできる。功の心をつついて思ってる事を言わせることが、功には辛いかもしれないけど。
それともう一つはこのまま形だけ謝って終わり。
現状維持だが誰も傷つかない。
はあ、こうするしかないのか。
俺は中途半端が嫌いなんだ。誰かが傷ついて形だけの仲直りなんて。
相手を思っての言葉なら辛くても、俺と功ならその絆は壊れないと信じて。
「功、それは違う」
「え?」
「あの時一番正しいのはその岩根って奴がお前を受け入れることだ。お前だって気付いてたろ? 支配欲が強いだけでそいつは本当に松永さんを想ってないことくらい」
「でも、そんなのは理想論だ」
「ああ、こうすれば岩根は傷つくもんな」
「……」
やっと掴んだ心の本質。
「お前が人の気持ちを考えずに行動する時は必ず他の誰かを想っているから」
優ちゃんの時のように。
「だから、お前は自分より松永さんが大事だった。お前はそれを知られたくなかったんだろ?」
自分が謝る方が松永さんが何かを選ぶより功にとっちゃ楽だったんだ。
「違う」
その否定に勢いはなかった。
「それを知られたら松永さんは自分に責任を感じてしまうから」
「やめてよ」
「なあ、そこに愛が籠められているかはわからないけど。これほどお前を想ってる奴は親を除けばいねえんじゃねえのか?」
「うん、ありがとう。松原君」
「僕は」
そう、必要な言葉はごめんじゃないありがとうだ。されるべきは謝罪じゃなく感謝。
「じゃあな」
「待って幸多」
「ん?」
「岩根さんを責めに行くんだろう?」
「いや、救いに行く」
「え? ……フッ、そうか強くなったんだね」
「そうか?」
強くなったねえ。そうとは思えないが。
「お前らも手伝ってくれるか?」
「もちろん」
「いいよ」
ありがとう。
言葉には出さなかった、出すとこちらこそ、ありがとうなんて言われる気がしたからだ。
こんなのはおせっかいでしかない。自己満足だ。
次の日、昼休み。
「初めまして俺は深山幸多」
「私は岩根美由だけど、このメンツ、あんたがなんでいるのかはわからないけどあの事で呼ばれたのか」
「ご名答。じゃあなんでたいして話さなかった君は功が松永さんに話しかけ始めたらやめさせたんだ?」
「関係ないじゃない」
「ああ、関係無い。じゃあ関係あったら言うのか。功」
「うん、どうして僕は話しかけちゃダメだったのかな?」
「じゃあこの部外者除外してよ」
「嫌だ。俺はここにいる」
「じゃあ言わないわ」
仕方ないな。松永にまかせよう。
「えーと、岩根ちゃん。正直迷惑だったよ。私、松永君と話したかったし」
「ふん、そんなのもういいわ。あなたなんていなくても」
「んー? 論点がずれてるなあ。お前がもう良くてもこっちはダメなんだよ」
「は、はあ?」
「えーと、わからないか。お前が人を傷つけても何も感じない人間なのはわかった」
「……」
「でも、傷つけられた方はもういいじゃ済まないだろ」
「知らないわよ、勝手に傷ついたんでしょ?」
「お前って人を傷つけてそれを認めないのか」
「は? なんの話?」
「救われないな」
「勝手に言ってなさい」
「俺の言葉も認めない」
「もう、いいかしら」
「挙句の果てには逃げるか、逃げてばっかだな」
「うるさいっ」
どうすればいい? このままじゃ行ってしまう。
「岩根さん、ありがとう」
「え?」
功? どうして心にもない事を?
「僕はきみがいてくれて良かった」
「どうして?」
「君は良いことをした。松永さんがとても大切でだから僕を拒絶してくれた」
功……。
「君にしかできない君らしい優しさでとてもあたたかい。僕を拒絶してでも松永さんを大切に想ってくれてありがとう」
それがお前の救うという事なのか、功。
「うん」
岩根はそのまま階段を下りてく。
「なあ功、もしかしたら彼女はお前が好きで嫉妬で近付かせたくなかったんじゃないか?」
「そうかなあ? 幸多、僕だけなんかずるくてごめん」
「違うだろ? お前はあのままじゃ俺の言葉で罪悪感が湧きあがってくることくらい。お前はそれをほうっておけなかった、それだけだ」
俺の救うは罪だと知らせること。功の救うは罪だと知らせて更生させること。
「松原君」
「ん? 何?」
「好きです」
「え? そうなの?」
「返事を聞かせてくれない?」
「僕は、好きっていうのがわからないんだ」
「功、それをわかってるやつはいない」
「へ? じゃあなんで君は赤村さんと付き合ってるの?」
「一緒にいたいからだし、守りたいからだし、もしかしたら守られたいからかもしれない、言葉じゃいくらでも表せるし言葉じゃ足りない、松永」
「え? 何?」
「少し功を待ってあげてくれないか? よく考えて答えをだしてもらいたい。わからないじゃなくてもっと形のある答えを」
「うん、わかった。待つ」
階段を下りながらふと気付く。
さっきのは詭弁だったな。言葉に形なんてないのに。
「幸多、君は彼女はいる、だから想いを決めていられる。皆が君の事をどう想っているかなんて君なら聞かなくてもわかるんだよね、自分を大切にすることはできてるの? いくら強くなれても君以外のハッピーエンドじゃダメなんだよ。わかっているの?」