幸多の選択
「放課後に誰もいない階段の一番上のところに呼びだすなんてどういう用ですか?」
「わからないのか?」
「……」
「なんであんなことを赤村さんと林さん、水原さんに聞いたんだ?」
「なんのことです?」
「楽しかった?」
「え?」
「嬉しかった?」
「何を」
「自分が嬉しくてやったんだよねぇ?」
「違う」
「じゃあ、なんでだよ」
「それは」
「言えよ、優」
「お姉ちゃんの気持ちをはっきりさせる為に、必要だと聞いて」
「良い言い訳だな」
「ホントにッ」
「じゃあ疑わなかったのか? 水原さんはともかくあとの二人はなぜ聞いた?」
「何かの意味が」
「ないよ。利用されてたんだよ。お前が利用されてるなんてどうでもいい、でもお前のやったことで幸多が赤村さんがどれだけ傷ついたか知ってるのか?」
「え?」
「知らないよな。関係無いもんなぁ」
「そんな」
「自分が何をしようと利用されてたから関係ない。この言い訳を手に入れた君はその状況を利用して遊んでたんだろう? 人で」
「違うっ私は皆がっ、私は」
「お前には」
「功ッ」
俺は叫ぶ。
会話を下の階でばれないように聞いていた俺は今になって叫ぶ。
「その辺にしとけ」
「幸多……」
功が階段を降りて俺が階段を上がるそしてすれ違う。その時に功にだけ聞こえるように。
「ありがとう」
とつぶやいた。
「うん」
功の声は悲しそうで、まるで罪悪感に焼かれているような感じで。
「お前が傷ついてちゃ意味ねえだろ」
そんな言葉が出てしまうほどに、出てしまうほどに俺は心配だった。
「ごめんなさい、先輩。私」
そんな優ちゃんの頭に手を置く。
「言うな、何も。ただ功も言った方も傷つくんだよ。お前が俺に結果を教えて傷ついてたように」
「先輩、わ……たし、は」
優ちゃんには涙がながれていた。
「いいよ。俺はわかってるから。功も、優香もだ。だから、謝って功と、俺と皆と友達になろう。それがお前の罪滅ぼしだ」
優ちゃんに抱きしめられる。こういう所は姉妹で似てるんだな。
「うん、ごめんなさい先輩。私は」
「いいよ、許す。もう泣かないで」
「ううっ」
功、お前は間違ってないよ。俺が慰めたらせこいかな? でもこんな子を責める事なんてできないよ。
でも俺はまだとまれないんだ。見届けなきゃいけないんだ。辛くてもそれが俺の義務。
もう、教室には誰もいないだろう。
「幸多、来ると思ったわ」
「絵里、棟子」
まさかまだ二人も残っているとは。
「ねえ、棟子聞いていい? 私に言ったわよね助けてって」
「……」
「だから、助けるわ。二人とも」
「それは風紀委員会として?」
「友達として、よ」
「そう、なら別々にしたっていいじゃない」
「それじゃあ意味無いのよ」
「わかってるよ、でもさ、これじゃあまた彼が傷ついちゃうじゃないか。もう私は」
「棟子、彼じゃない。幸多だ」
「っ、だって私にはもう」
「棟子、あなたも幸多も傷つかなきゃ終われないのよ」
「なんで? 救うんでしょ?」
「それは未来の幸多と棟子を救うからだよ。今の幸多と棟子には酷なことかもしれないけど」
「優香」
三人しかいない教室に四人目が来た。
「未来の私?」
「何もするなって言われたけど見届けるくらいいいよね?」
「うん、もちろん」
「功?」
五人目も来た。
「なんでこう集まるかなぁ」
「なんで集まっちゃいけないんだ? 棟子」
「そんなの」
「自分の本当の心を皆に見られたくないからか?」
「違うっ」
「いつも思っていることと逆を言って、自分の心を偽る」
絵里お前なら俺でもわかってないことがわかってるそんな気がするんだ。
「そんなあなたにも偽れないものがあった」
「や、めて」
「それは幸多を好きという心、それだけは偽れず開き直って優ちゃんの質問に応えた」
「違う」
「違うの?」
「う、そう、そうだよっ。無理だったんだ、どんなに頑張ってもいつものようにはできなかった。私には何か失ってしまうように思えて」
功が言う。
「それで失うものは日常だよ。そして、言わなくても失っていた。好きなんて言ってもそこに当たり前に道が続いてると思ってた。友達としてだろうが、恋人としてだろうが。でも断られたらそこに道なんて無いんだよな。好きなのにもう会いたくないなんて思ったりさ。そう幸多が言ってたよ。」
そう、そうだ。それが俺の想っていた事。だから倒れて辛かったけどそれを許せば結果は同じだからいいんだと思っていた。
だけど絵里の怒りはあいつは俺が倒れた事を知らない、だからそこに向いていない。
「でも、幸多に言った、好きは嘘だと。それができたのは自分が何かを失うよりも」
わからなかった事が、信じれなかった事が、気付けなかった事が明かされていく。
「幸多に自分を失ってもらう方が良かったから。幸多に答えを、告白の返事を聞きたくなくて逃げたんだ。私が怒っているのは逃げた事、幸多があなたを傷つけるような言葉で応えるわけないじゃない。幸多を信じてあげてよ」
そうか、これが絵里の言う俺も傷つく理由。
だけど、俺には秘密がある棟子にあったように。俺も言わなければならない。俺の過去を。
「赤村さん、君が好きは嘘だって言ったあと幸多は倒れたんだ」
「倒れた?」
「でもそれは棟子だけのせいじゃない」
「幸多やめてよ」
優香が心配そうに言う。
「いや、言わなくちゃいけない」
「なら、私が」
「いや、俺が言う」
「何?」
真実を知るのが怖いそんな顔で棟子は俺を見ている。
「俺は中学の時、今井哀歌が好きだった。彼女も俺を好きだと思っていた。いつも俺だけを優先して話してくれていつも俺の味方だった。付き合っているのか聞かれたのも一度や二度じゃない」
「幸多、もういいよ」
「ダメだ。だから俺は告白した。あいつは俺の事を好きだと思ってたから今までと同じようにこの道をずうっと恋人として歩けばいいと思ってた。でもその道は続かなかった。そこで行き止まりだった。今井哀歌は男子に好感をもたれる事に喜びを感じる性格だったんだ。だから俺だけじゃなくいろんな奴が告白して断られていた、告白したらゲームは終了ってあいつはそれを俺だけに教えた。まるで今までと同じように特別扱いしてるとでも言いたげに嘲笑って」
「だから、だから私は抱きしめた。今井さんの代わりはできないけど幸多の心を少しでも楽にしてあげたくて。だから幸多に嘘で好きと言ってしまったらそれは今井さんを思い出してしまう」
「そっか」
「だから私こいつの事好きになりたくなかったのよ。もう初めから終わってるのよね、この恋」
「えぇ? 絵里って俺の事マジで? そうなのか」
「もう、優香も幸多の事ならなんでもわかるって感じだし」
「なんでもわかるよ、だから辛いんだ」
「え?」
「これは教室についたら最初に言おうと思ってたんだけどさ」
ん?
「幸多は棟子が嘘って言わなかったら返事から逃げなかったらどうしてた?」
「俺も好きだって言ってた」
「え?」
「幸多、それは本音?」
「わからない」
「じゃあ、なんでそう言おうとしてたの?」
「断っても逃げても俺と棟子は日常を失う、そう功は言ってたけど、俺が好きだって返せば失わないと思って」
棟子は悲しげに言う。
「そんなのは嘘じゃない」
「ああ、だから俺も同類だ。お前だけじゃない。謝らなくていい」
「幸多」
絵里が言う。
「ならはっきりさせなきゃね」
「へ?」
「好きな人が誰かよ。このままなら告ったもん勝ちじゃない。だからここで言って、いないならすぐに私が告白してあげる」
「えぇっ絵里そんなに」
「んもぅ一々律儀に反応しなくていいのよ! それはそれで嬉しいけどね」
「俺が好きなのは……」
「あ、そーだ、言い忘れてたんだけど幸多って好きって言われると意識しちゃってその人の事好きになっちゃうから答えは出ないと思うよ?」
「「へ」」
「えっと幸多。じゃあさっき赤村さんが逃げなかったらどうしてたって時の好きって応えてたの気持ちが本音かどうかわからないのって……」
さすが功、着眼点がすごいな。
「その通りだ。俺も嘘かどうかはもうわからない」
「ええ?」
優香も話す。
「ああ、そうだ。幸多がてきとーに答えだしちゃうとあれだし言っとくね?」
「えっとそれって……」
「うん、私幸多の事好きだから」
「うっそ、そうだったの?」
「私としては気付いてなかった方が以外」
絵里も呆れてるし。
「ああ、もういいわ。私、幸多の事諦めます」
「ええ?」
それはそれで傷つく。
「ほら、これでわかりやすくなったでしょ? 選びなさい。情けか、自分の気持ちか」
すると優香は俺に聞こえないように絵里と話す。
「そんな言い方したら」
「いえ、でも真実でしょ。この言い方だと確かにあなたに有利かも知れないけど」
「えーと、違う。あの言い方したら。自分と他人のどちらかを選ぶなら幸多が自分の事選ぶわけ無いじゃない」
「あっ」
情けか、自分の気持ちか。
あの時つけなかった嘘をもう一度。でもこんどは嘘じゃなく、真実になってもう一度言おう。
「棟子、好きだ」
「へ?」
「「ああ、だよね」」
「でも、私ひどいことを」
「ひどくない、俺はお前が好きだ」
「でも、私はだって……」
「赤村先輩」
「優ちゃん?」
「皆さんごめんなさい、今まで。あと赤村先輩言いましたよね私が彼の一番になれると思わせるって。情けだからなんですか。思わせてあげて下さいよ」
「え、ええいいわ。やってやろうじゃない」
「もどったわね元に」
「じゃないと幸多先輩とっちゃいますよ?」
え?
「私、先輩好きですから」
「えええええ」
「とらせない、絶対守り通す」
棟子……照れる。
「ちょーっといい?」
「功?」
「じゃあ、今までした事チャラにしない?」
「ああ、俺も言おうとしてたんだ」
「え?」
「棟子が俺にした事も優ちゃんが皆にした事も功が優ちゃんにした事も」
「幸多、僕はいいよ」
「ダメだ。お前だけ救われないなんて嫌だ」
「幸多……」
「もちろん、俺と棟子のはチャラにしないけどね」
棟子がほっとする。そんな棟子の頭に手を置く。
「んなわけないだろ?」
「うん」
「優ちゃん、ちゃんと謝りたいんだ。ちょっと来てくれる?」
「はい、私も謝りたいですから」
功……。
「幸多、二人があなたに言いたい事があるらしいから私は先に帰るね」
棟子?
「ああ、わかった」
ふう、言いたい事はわかる。これは俺が受け止めるべき問題だ。
「じゃあ、優香から」
「うん、私は……こーたと付き合いたかったなあー。ホント付き合いたかったよ、なのに私……」
「……」
俺には何も言えない。
「自分の気持ちより情けを選んで後悔してる?」
「いや、してない」
「じゃあ、私を選ばなかったら私がこういったのもわかってた?」
「……わかってた」
「そう、だよね。それが幸多だもんね。もう……いいや」
「わかった」
「私に言う事はないわ」
「絵里、ここで言わなければもうチャンスはないよ?」
「う、私は……私は諦めたくなかったなあ、最初から私じゃないってのはわかってたんだけどさ。でも最後まで選択肢の一つでいたかった」
「絵里、お前も大好きな仲間の一人なんだよ」
「わかってる、でもそんな当たり前な事を言われても嬉しいんだね、私……は、」
「絵里、ありがとう」
「うん……こちらこそありがとう」
階段、最上階。
「神田」
「深山君、最初に俺を見逃した事、後悔してるかい?」
「ああ、してるよ。だからここで潰す」
「俺が潰してやってもいいけど俺じゃ、加減ができないから大切なおもちゃを失ってしまう」
「逃げるのか?」
「違うわ」
今井哀歌か。
「あなた一つを手に入れた。でもあと二つを手に入れらければ、あなたは彼には勝てない」
「何を言ってるんだ? お前は」
「だからあなたが逃げるのよ」
「深山君、彼女できたんだってね」
「ああ」
「ちゃんと見てなくていいのかい?」
「まさかっ」
階段を駆け降りる。
マジかよ、そんなのはさせない。絶対に守り通すんだから。
「まさか、あんなのに騙されるなんてね」
「ああ、彼はわざわざ弱点をつくってくれたんだ。もう少し彼で遊びたいね」
「ふーん」
「ああ、もしかして君って俺深山君と同じ目に遭わせようとしてる? ビッチさん」
「いえ、あれはもうやめたから」
そんな会話が聞こえないほど速く。
「棟子っ」
「え? なっ何?」
何も起きてない?
「あの、大丈夫か? 体調とかは」
「ええ、大丈夫だけど」
「何もなかったか?」
「何もないわ」
「そうか、よかった」
すると藤井さんが来る。
「おお、心配されてるね~。棟子の彼氏はかっこいいね」
随分大きな声で言ったな。クラスがざわめいている。
「えーと、もしかして、まだ皆に言ってない?」
「ああ」
「ごめんっ」
「いや、棟子の無二の親友が言ってくれたんだ。悪いなんて事があるか」
「幸多君……」
「ちょっと幸多、あなたって本当に私でいいのよね?」
はあ何を今更。
棟子がわかってないようなのでクラス全員に聞こえるように言う。
「ああ、俺はお前が大好きだぜ」