現在の幸多、未来の幸多
「では、結果を発表します」
「うん、楽しみ~」
「クッ」
「ま、まず林先輩ですけど」
「うんうん」
「林先輩は『それは残念だったわね、私が好きかどうかは横に置いておくとしてあなたが幸多の事を好きなら敵わないわよ、あなたは妹なんだもの』と言ってました」
どういうことだ?
「ふーん、あいつわかってるのか。俺でもわからない事を」
「お姉ちゃんは『頑張ってね』と」
あいつらしいな。
「続きは?」
「はい、『好きかどうかは自分でもわからないしそういうのを人に言うのは幸多は好きじゃない、というかほんっとうに嫌いだから気をつけた方がいいよ』と」
「ふーん、こいつまで知ってるのかよ」
確かに嫌いだな。
さっきから神田がぼそぼそ言ってるけど聞き取れない。
「まあ、いいや。すぐにわかる事だし」
「赤村先輩は『好きだよ、私は。だから何?』と言ってました」
え? 嘘だろ? 冗談がうまいな。
「それでなんてかえしたの?」
「なので先輩が私を選んだらどうしますかと聞いたら」
なんで続けてるの? 冗談はもういいんだよ。正しいのを聞かせろって。
「うん、どーなった?」
「『私が彼の一番になれると思わせるだけよ。それでも無理ならあなたで幸せってことでしょう? それならいいじゃない』と」
顔を赤くして優ちゃんは伝える。
「ふーん、そう、皆強いな。だけどいろいろわかったからいいか。じゃあね」
そういって理科室から出ていった。
「なあ、優ちゃん」
「せん……ぱい? あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫? ねえ嘘はもういいから」
「え? 嘘?」
「嘘だろ? 全部、そうだよな?」
「先輩、私その、すみません」
そういって優ちゃんは理科室から出て行った。
「ああ、う、え?」
どうなってんだよ。
俺は床に崩れ落ちた。
「ねえ、あいつ……深山幸多には何があるんだ?」
「何があるって?」
「高校時代の事は全部知ってるけど、あいつにはわからないことがある」
「わからないことねえ、あなたは人の気持ちを誰でもわかるの?」
「いや、でも明らかに普通ではない何かがあった筈だ」
「なんでそう思うの?」
「あいつの水原への執着心は尋常じゃない」
「執着、フフッ。いえ彼は誰よりも彼女に執着心なんてないわ。そんなのはおこがましいもの」
「?」
「いいわ、教えてあげましょう。私と幸多とそしてあの忌まわしい水原優香の過去を秘密を」
神田とそして忘れもしない違うな、忘れる事のできない今井哀歌の声。
でも、もういいだろ? 疲れたんだ。
傷ついた? 救う?
やめてくれよ。
もう、いいだろ。
もう、間違えるのも、傷ついてるのを見るのも、救うのも嫌なんだよ。
次の日、重い体で教室へ行く。
こんな事、前にあったよな。
「やあ、幸多」
「おはよっ」
功が優香が絵里が棟子がいる。
なんでそんなに普通なんだよ。
嬉しい筈だ、なのに自分だけ置いていかれているような気がして。
「少し、ほっといてくれるか?」
笑っていった。そこにいる皆を優しく笑った。皆にはただ笑ったように見えたろう。
でも確実にその笑顔は皆を嘲笑っていた。
ああ、ここにも居場所は無いんだと。
「幸多?」
ここだ、そうだ。ここだった。
屋上の手前階段の最上階。
ここで扉が開かなくて驚いたっけ。絵里にも呆れられてさ。
ここに来たのは独りになりたかったから、でも考えもなしにきたわけじゃなく、きっとあのころに戻りたかったんだ。
涙が目に少し浮かぶ、出て欲しい、涙になって欲しいのに。
瞬きだけでそれは目の中におさまってしまう。
「……幸多……」
なんだよ独りになりたくてここに来たのに。
「棟子」
お前だと思ってよ。
「わかっちゃったんだ。だってあなたといた人達で考えたんだもん、わかるよ」
「何の話だ?」
「また、そうやって」
「私達は救いに来たよ」
「え? 救うってほっとけばいいじゃないか。俺だってそう言ったんだ」
「私は嫌だよ」
「でも」
「あなただって救ってくれた」
「違う、あんなやり方」
「違くないのよ。救うには今の相手を壊さなくちゃいけないんだ」
壊す? いじめ返したように?
「だから、疲れちゃうよ。だから私達は救うんだ」
「独りじゃないのか……? 俺は」
「当たり前じゃない」
涙が出た。出ないと思ってた。俺には無い筈のものが。
「何泣いてるのよ」
「泣いてねえよ」
「原因はやっぱり優ちゃんなんだよね」
「ああ」
「優香は悲しんでたけど私も絵里ちゃんも聞かれてるんだもん」
でも、そこまでわかっているのなら。
「あなたが私達と距離をとっている理由は私だけわかった」
やっぱりわかってるのか。
「だから皆は教室で待ってもらってる」
「そうか」
「あなたが自分の為に皆に相談しないとは思えなかった」
「……」
「私の為だよね?」
違う、そう言えばいいでも声がでない。嘘を吐いたっていいだろう。この場合は。でも……。
「そう、だからさ。知ってるんだよね、私の想い」
「ああ」
そこに当たり前に道が続いてると思ってた。
友達としてだろうが、恋人としてだろうが。
でも断られたらそこに道なんて無いんだよな。
好きなのにもう会いたくないなんて思ったりさ。
なんて自分の言葉がのどにひっかかって。
「俺は」
言えばいい、嘘でも。俺は自分の気持ちが無いのに好きという奴が大嫌いだ。
でも、俺のプライドなんてどうだっていい。救えばいい。ずっとこのまま。
「わかってるよ、こう言ったらどう返すのかなんて」
え?
「私は」
やめろ、やめてくれ。そんなのはもう嫌なんだよ。
「私が好きっていうのは嘘だから」
心に穴が開いたような。立てない、前が見えない。こんなのは、もう。
「じゃあね」
棟子が俺に言った事は俺にある最も深い傷を抉る。息が苦しい。
棟子がいなくなって俺しかいない筈の場所に声が聞こえる。
「幸多、幸多っ」
息が吸えない。君は誰だ?
「そんな、嘘」
ああ、功に優香じゃないか。心配するなよ、死ぬわけじゃない。
そのまま俺は暗い闇に落ちた。
「ん、ここはどこだ?」
誰かが俺を抱きしめる。
「幸多、良かった」
懐かしい、誰だろう。なんだ優香か。功もいる。
「心配したんだよ」
「悪いな」
「ああ、幸多ここは保健室だよ。過呼吸? みたいなのになってたから」
「そうか」
思い出すとまだ少し苦しい。
功は覚悟を決めたように口を開く。
「起きたばかりで悪いけど何があったか知りたいんだ」
「言いたくない、つらいんだ」
「そっか、じゃあ」
「良くない」
「優香?」
「わたしは幸多より大切なものがあるんだ、だから幸多が辛くても聞かなくちゃいけない」
そうだよな、俺なんて誰にも。でも棟子の想いも優香の妹への信頼もまもらなきゃ。
「水原さんっ」
「ごめん、でも私には現在の幸多より未来の幸多の方が大事なの」
そういって俺を抱きしめる。
「だから、聞かせて? 前も見てられなくなって抱きしめたら教えてくれたよね」
体温が心が見えたような気がして心の穴がふさがらなくてもあったかくてそれが涙になってあふれた。
言葉がうまく出てこなくてそれでも伝えた。
子供みたいだと思った、でも涙は止まらなかった。
「そっか」
言ってしまった後悔が襲いかかる。
「幸多と水原さんは何もしなくていいよ」
「でも」
「これは、せめてもの……だから」
償い? そう言わなかったか?
「功?」
「僕は……彼女を許せないかもしれない」
そのまま保健室から出ていった。
「今、いつ?」
「あっまだ昼休みだけど」
長いよ昼休み。
「じゃあ帰ろうか教室」
「ああ」
功をとめなきゃでも俺にはそんな元気無い。
「幸多、話は棟子から聞いたわ」
「そうか」
絵里まで、しかも棟子が。
「あの子あなたには言わないでと言ってたけれど『助けて』って言ってた」
「そうか」
「私はいいからあなたを助けてって」
「……」
「私はこれから棟子を糾弾する。それで全部聞いて、全部知る」
「そんなのは」
「わかってる、だけど、見てて」
「え?」
「何もしないで、見てて」
そんな言葉に何を返せるのだろう。
「わかった」
俺には何もできなかった。