現在の感謝
夏休みに入る直前でクラスの空気が軽くなったこの時期には黒嶋はもうクラスに溶けこんでいた。
俺は黒嶋と会話はあまりしていないがあいつが俺に敵対意識を持つ事は無くなった。
高一で行った黒嶋への報復はやりすぎた?
八城の時に神田に頼りすぎた?
今井からまだ俺は逃げている?
「おーい深山、聞いてるかー?」
「へ? えーと何?」
どうやら八城が話しかけていたらしい。
「大丈夫?」
功にまで心配をかけていた。
「じゃあ深山七時にな」
へ? どういうこと?
「なあ功、七時に何があるんだ?」
「幸多……」
功は一瞬心配そうな顔でこちらを見るがすぐにいつもの顔にもどる。
「七時にお疲れ会があるんだよ」
ああ、そういえば八城が一学期お疲れ会をやりたいとか言ってたっけ。
「まあ今日で学校も終わりだからな」
「うん」
「功、今まで本当にありがとう」
「わっ、いきなり、照れるじゃないか」
「でもホントの気持ちだ」
「……幸多」
「最初に教室で話しかけてくれた時もあの時俺の事をとめてくれた事も」
「……」
「本当にありがとう」
「幸多ばっかりずるいよ」
「へ?」
「僕だっていろいろ感謝してるんだ。君はどんな時も優しかったから」
「そんなことねえよ」
「ありがとう」
そう言われて功の顔を直視できなくなる。
「お、俺等はずっと、その……」
続きが言いだせない。
「ずっと?」
「いや、なんでもない」
「うん、ずっと友達だよね」
「はぅっ」
俺の顔が熱くなるのがわかった。
「じゃあっ」
功も恥ずかしかったのか廊下に出て行ってしまった。
やっと熱さもひいてきた。
「こ・う・た?」
殺気の籠った声に急いで振り向く。
「棟子」
「なんで赤くなってるの? ほっぺ」
「へ、理由なんて」
確かになんで俺赤くなってんだ?
「怪しい」
そういって俺にぐーっと顔を近づける。
「ちょっそんなに顔を近づけたら赤くなる~」
「はっえーと」
棟子の顔が赤くなる。
「ご、ごめん。そういうつもりじゃ」
「いつもドジだな」
「くぅー」
「でもそういうところはいいと思うけどな」
「へ?」
「いつもありがとう」
更に、棟子の顔が赤くなり口はあいても言葉はでていない。
「本当に感謝してるよ」
「わ、たしも……ありがとう」
最初は焦っていたが最後の言葉は優しい何かが込められていたような気がして、鼓動が早くなった。
棟子はさっき話していた女子の方へ戻った。するとそのさっき棟子が話していた女子が俺の方へ来る。
「深山君やるね~」
「あ、前一回話した事ある、よな?」
「うん、深山君が棟子に最近話せて無かった~って謝ってたときにね」
確か名前は藤井悠さんだ。
「にしても深山君」
「ん? 何?」
「顔を近づけられて赤くなるのはわかるけどありがとうって言われて赤くなるのは」
「み、マーチがいだろ?」
「?」
「見間違いだろ?」
「ああ、そうかなぁ」
「そうだよ、多分」
「そうかぁ」
藤井さんはそのまま棟子の方へ戻っていく。
こんな優しい皆がいた。
「ホント、俺ってラッキーだな」
そんな声がでていた。
「帰るか」
独り言を呟き俺が教室を出ようとすると。
「幸多っ」
「優香、それに絵里も」
二人が話しかけてきた。
「一緒に帰らない?」
「ああ、いいよ」
「でも幸多チャリだよね?」
「ああ、だから駐輪場までな」
「うん」
「なあ絵里」
「何?」
「ありがとう」
「へっ」
「幸多はいつもいきなりすぎだよ、絵里ちゃんだって心の準備とかできてないじゃん?」
「そういうもんか?」
「私もありがとう」
「ああ」
「あと優香も」
言おうとして優香の言葉に遮られる。
「ありがとう」
先に言われてしまった。
「ああ」
「ついたね、駐輪場」
「ああじゃな」
「うん、じゃね~」
チャリだして校門に向かう。すると優香と絵里は校門にいた。そして知らない人も一人。
「優香、何かあったのか?」
「ああ、幸多」
すると知らない女子が俺に近付いてくる。
「ふーん、あなたが幸多さんですか~」
「え? 誰?」
「こちら私の妹」
優香の妹?
「イエス、マイネームイズ」
「日本語できないのか?お前の妹」
「失礼だなあ、できますよ先輩」
「で、名前は?」
「ああ、そうでした。水原優です」
すると神田が近づいてくる。
「何してんの? 深山君」
「神田、水原の妹と話してたんだよ」
「名前は?」
「優って言うらしい」
「先輩、ダジャレつまんないです」
「いや、そんなつもりねえけど」
「へえ優ちゃんっていうのか。俺は神田蒼よろしく」
「はい、よろしくです」
「ところで」
神田は何を気にいったか優とずっと話しているのでこのまま帰ろう。
「え? 帰るの? このまま?」
絵里にそんな事言われたが別に帰ってもいいだろう。
チャリをシャーっと言わせて移動する。
すると前に人が見える。たしか松永彩だっけ?
「ちょっと待ったあああ」
なので松永の横を通りすぎる。シャー。
「え? ちょっと待ちなさいよ」
仕方ないのでチャリをとめる。いきなり止まって悪いな相棒。
「なんだ?」
「見てたわよ。あなた松原君と仲良さげに話してたじゃない」
「ああ、仲良いからな」
「でも怪しいのよ、前から。あなた達どういう関係なの?」
「友達、それじゃ」
相棒を走らせる。
「まだ、話がっ」
そんな声はシャーで聞こえなかった。このシャーって音何? もしかして相棒壊れてる?
そういえば相棒の荷台叩いちゃったことあるから拗ねてんのかな?
お疲れ会。
「なあ絵里、あの後優ちゃんはどうなったんだ?」
「ん? そおいうのって私よか優香に聞くもんじゃない?」
「いやまあ、あいつに聞けば確実なんだろうけどよ。聞きにくいというか、なんというか」
「なんで?」
「罪悪感? みたいな」
「なんの? ってそうか。なら見捨てなきゃいいのに。って言ってもあんた心配しすぎよ。優香の妹まで気を使う必要なんて無いわよ」
でも、神田ナンパしてたし。
「とにかく、気にすんなってことよ」
「ああ、ありがと」
「? あんたらしくないわね。あたしに礼を言うなんて」
「なんつーの? まあ一学期も終わるし感謝というか」
「私あんたになんかしたっけ?」
「まあ、いろいろと感謝してんだよ」
「そう、そうなんだ。ま、まあされるのも悪くないわね」
「ああ、そう?」
「ええ、まあ」
「「…………」」
会話が途切れた。すごい気まずい。
ただ、こんなふうに黙っているのも悪くないかなって思ったり。
「お前とは前から同じクラスなのに案外高二になってから多く話すよな」
「ええ、そうね」
「つか前はもっとおしとやかじゃなかったか?」
「前の方がいいの?」
「いや、今の方が好きだな」
「っ! いきなりすぎるわね、やっぱり」
「ん?」
「心臓に悪いわ、でもさ。私は昔からあなたの事、ずっと見てたのよ?」
「もう一回言ってくれ」
「へ? なんでもないわよ」
「ああ、そう?」
もう一回言って欲しかったのは聞こえなかったからじゃないけどな。
「おい、深山ちょっと来い?」
八城か。
「おう、なんだ?」
「いやほら、俺って林さん好きじゃん?」
「ああ、そういや」
そうだったかも。
「だから、あんまり見せつけられるとつらいな」
「俺の恋を邪魔するな、とか言うと思った」
「俺の場合はさ、もう終わってるんだよね」
「終わってる? 諦めたわけじゃないんだろ?」
「ああ、でもな」
「続きはいいや。言おうとしていることはわかった」
そこに当たり前に道が続いてると思ってた。
友達としてだろうが、恋人としてだろうが。
でも断られたらそこに道なんて無いんだよな。
好きなのにもう会いたくないなんて思ったりさ。
「わかった? 失恋でもしてんのか?」
「え、まあそんなところ」
「ふーん」
失恋ではあるが告白してふられたわけじゃないな。いや、ふられたのには変わりないか。
「八城、功は?」
「呼んだ?」
後ろに功が立っていた。
「功! ここ座れよ」
「うん、また会えたね」
「大袈裟だな。でもホント嬉しいよ」
「おまえらホント仲良いよな。変な方向行くなよ?」
呆れ気味に言われる。
「「変な方向?」」
「息ピッタリだし」
「そうかな~」
「ところで八城最近何かあったか?」
「いや、話題俺にぶん投げるのかよ」
「ワリい」
「いや、いい。そういやお前林さんと神田の話してただろ」
「ああ、聞いてたんだな。神田は来てないな」
「ああ、あいつ今日水原の妹ナンパしてたろ」
「へえ、そうなんだ。幸多は知ってたんだね」
「まあな」
「ところが、あいつ。他のクラスあれ? 何組にいたかは忘れたけど今井哀歌って奴と一緒にいたらしいぞ」
今井……哀歌。
「幸多? どうしたの?」
「いやっなんでもねえ」
「そう、そういえば今井さんなら松永さんと同じ2組だった筈だよ」
「へえ、そうなのか」
ん? 松永か、そういえばあいつなんか言ってたっけ忘れちった。まあいいか。
夏休みに突入した。
しかし、勉強以外する事が無い。
帰宅部にすることなんてないんだ。
夏休みがはじまって三日経つがずっとだらだらしてるだけじゃねえか。
そんな時ケータイにヘイ、メールキタゼ? ヨカッタナ。と言われてしまったので確認する。
俺のアドレス知ってる奴は功ぐらいなもんだけど。
ん? 知らない人からだ。
『どうも、松原君からアドレス聞きました。赤村です。悠が幸多と遊びたいとうるさいです。何をいいましたか?』
怖い。敬語が更に怖い。しかも個人情報を功……。
『何もしてません』
っとこれでよし。
『そっか、で、よかったら遊ばない?』
『いいけど、功も誘っていいか?』
さすがに勘違いされるのは棟子も嫌だろ。
『悠にケータイ奪われてた。』
『そっか』
終了。何これ?
『でも、遊びたい』
え?
『明日、七時、迎えに』
え? 何これ? こわい
『また奪われてた。もう奪われない。悠はロープで』
何? ロープで何? 怖いよう。
三十分経ってもメール来ない。
もう、諦めよう。ごめん藤井さん。
次の日。
ピーンポーンそんな音に恐怖する日が来るとは。
「は、はい?」
するとそこには皆がいた。
「誘ってくれたんだね、幸多」
功も。
「誘ってくれないとさみしいじゃない」
絵里も。
「お、おはよう」
棟子も。
「こんにちわでしょ」
水原も。
「こんにちわ~」
腕にロープの痕が残っている、藤井さんも。
痛々しいな。
「俺ってラッキーだな」
「へ?」
「じゃあ、行くか」
新学期もはじまった。
初日は皆のテンションが高いな。
さて、帰るか。
「ちょっと深山くん、いいかい?」
「神田、珍しいな話かけるなんて」
「そうでもないと思うけど」
「そうか? まあいいや」
理科室に着くと優ちゃんがいた。
「優ちゃん? なんでここに?」
「俺が呼んだのさ」
「先輩、いきなり優ちゃんなんてどうかと思いますけど」
「わるい」
「いや、いいんですけどね?」
「で、優ちゃん夏休みの宿題はやってきたかい?」
「はい、蒼先輩」
「じゃあ教えて?」
「はあ、神田、夏休みの宿題くらい自分でやれよ。それにもう提出しただろうが」
「へ?」
「ん?」
「あはは、ははっあははははははは、ちょっと待っ、そうか、あははは」
「蒼先輩、笑い過ぎですよ。私への頼みごとを夏休みの宿題と称した先輩のミスです。自爆です。」
「ん、ううっ、と。うんよし。でどうなった?」
「ちょっと待ってくれ、頼みごと? どういうことだ?」
「説明しても?」
「うん、いいよ」
「簡単に言えば結果発表ですよ」
「結果? なんのだよ」
すると、気分が良くなったのか優ちゃんは声を変えて。
「『私、先輩の事が好きなの。だからもし先輩の事好きなんだったら教えて下さいねっ』と言った時の相手の反応の結果発表です」
「はっ? な、なん」
「あー、いや、私が先輩好きなのは嘘ですから」
「ああ、そう」
「がっかりしちゃいました~? でもそういう反応好きですけどね~」
八城が俺に前言った時と似てる状況だ。
「先に言っとこうか。嘘で人に好きっていうんじゃねえよ」
「ヒィっ」
「ちょっと深山君、怖がらせちゃダメじゃないか」
「え?」
いつのまにか睨んでいたらしい。
「そんな怒ることでも無いでしょ? そんな期待しちゃったの?」
「俺が怒ってんのは会話の途中にそういうの好きとか言われんのを怒ってんだよ」
「あ、そっち」
今井を思い出すから本当にイラっとくる。そんで思い出して立つ事も苦しく感じる。
「深山君?」
「あ? いや大丈夫だ」
「君がそこまで辛そうな顔をするのは初めてみたよ、やっぱりあいつで当たりか」
「え?」
「いや、何も」
せっかく平和に楽しく過ごせると思っていたのに。
「神田。今回は許すつもりはねえぞ」
「許されるつもりもないよ」
「お前何が目的なんだ?」
「目的? そんな事はどうでもいいだろう?」
そんな事?
「お前のそんなことでなんで俺等が振り回されなくちゃならねえ」
「俺が楽しいから」
「クッ」
殴りかかっても意味はねえ。俺ケンカ弱いし。
「で、結果発表だ。実は俺も知らないし」
「え、先輩でもこれ以上は」
「言ったろう?これも……の為なのさ」
優ちゃんが唇を噛んでいる理由はわからない。でもさっきの高いテンションは潰れそうな心の裏返し。
「……はいっ」
でも俺は救わない。もう関係ない。どうなろうが知ったことか。俺はもう……
「興味ねえよ、じゃあな。クズ共」
「いいのかい? ここで聞かなかったら彼女らの心は傷ついたままだが」
俺はもう。
「水原さんもだ」
俺はまだ、帰れない。