過去の清算
「神田、用がある」
帰る支度をしている神田に話しかける。
「へえ、そう」
そうして俺は神田を連れて階段を昇ろうとすると
「なあもしかしてまたあそこに?」
と神田が言う、あそことは階段の最上階の事だろう。
「そうだけどなんだ?」
「いや遠くないか?」
すると神田は理科室の扉を開ける。
「お、ラッキー鍵閉めてねえじゃん。いやいつも閉めてないのかな?」
「じゃあそこでいいや」
理科室に入る。
「で、何の用かな?」
「お前を頼る。」
「へ?」
「黒嶋の事でな」
「ああ、ふーん。君はあいつをどうしたいの?」
「あいつがいじめられる状況が起こらないようにしたい」
「なぜ?君が前した事が自動的に起こるかもしれないのに」
「もし起きればこのクラスでもいじめが容認されることになる、そうなれば水原はこのクラスを信用できなくなるかもしれない」
「推測だよね、そうならないかもしれない。君はなんでそんなに彼女が大切なんだ?」
「そんなことは無い」
あいつには借りがあるだけだ。そして増え続けている。
「まあいいや、その代わりに手伝ったら俺の質問に一個答えてよ。君が満足する解決の仕方をすればいいんだろう?」
「わかった」
「解決したいなら黒嶋じゃなくてあの八城とか言う奴を使う方が楽だろうね」
「どう使う?」
「疲れてるのかい?君ならすぐ思いつくと思うが…」
実際、今井の所為でまあまあ疲れていたが。
「いいから」
早く続きを聞きたかった。
「あいつにこのクラスはいじめを容認してないからいじめなんてしようとすんなよって言えばいい」
「信じないだろう?」
「そう思い込ませる事さえできればいい、あとは頑張れ」
「あ、おい」
理科室から立ち去ってしまった。勘違いさせる、か。
まあそんな事しなくても八城と仲良くなって言えばいい、そして言えばいい、いじめはよくないと。簡単な事だ。
それから俺は何日も八城に話しかけた。水原の誤解は解いていなかった。それよりこの問題を解決する方が後々あいつの為になると思ったからだ。
すると功が暗い顔で話しかけてくる。
「幸多」
「ん?どうした功」
「最近、全然話してくれないじゃないか」
「ああ悪い」
「まあいいけどなんで八城君とよく話すの?」
「ああそうか」
巻き込まないにしてもそれで悲しまさせてたら本末転倒か。
俺は神田に相談した事、今井との会話それを絵里に見られていたかもしれない事、水原が誤解している事以外の事を功に話した。つまり俺はこのクラスの現状を俺が変えようとしてるという事しか話さなかった。
「最近なんか変だと思ってたけど今もまだ変だね」
「何がだよ」
「僕に何か話してない事があるでしょ?それに幸多はわかってるんじゃない?それは成功しないよ」
「なんでだよ」
「だって幸多は話しかけられてるんじゃなくて話しかけてるじゃないか。それじゃ下に見られちゃうよ。自分より下の人の言う事は聞かないよ」
「でもこれしか」
「それに解決できればそれでいいの?僕だけじゃない赤村さんも林さんも君に話しかけずらくなったって言ってたのに」
功は廊下に飛び出して行ってしまった。会話の内容はクラスの奴に聞かれてないだろう。
俺は何をしてるんだ?はあ、バカか俺は。いつだってそうしてきただろう?周りを気にしないで行動を起こせたのは確実に問題を解決できると思っていたからだろう。今回のように周りが見えなくなっては意味が無い。
使うなら黒嶋だ。
次の日。
事件はあっけなく終わった、それは俺がバカやってた数日に準備を終えた神田の手によって。
神田曰くまず黒嶋に話したらしいお前がいじめられそうだと。あいつも最初は信じなかったが理由を一つずつ丁寧に教えていったら信じたらしい。そういうのうまそうだもんな。そしてあいつは黒嶋が水原にとっていた態度を謝らさせたらしい、これでクラスの黒嶋の印象は良くなる。
あいつがしたのはそれだけらしい、八城はそこまで性格が悪くないのでこれだけやればいじめなどしないと言っていた。つまり俺は八城の足どめに使われた訳だ。
まあ俺も神田が悪い事をしないようにってこいつを頼った節もあるからな。
「君らしく無かったね。そもそもあの程度で怒るような奴じゃないだろう八島は。君の依頼事態に穴が開いてるんだよ。」
「マジかよ」
「そういう事だ、解決したし質問いいかな?」
「ああいいぜ」
「この高校に同じ中学だった人いる?」
「ああ二人」
「教えて」
「水原と今井って奴だ」
「そう」
「にしてもお前がこんな平和的な方法で解決するとはな」
「その方が質問に答えやすいでしょ」
「そうか」
つーかなんだよこの質問普通すぎんだろ。
「幸多っ」
功が寄ってくる。
「解決したんだね」
「俺じゃないけどな」
「え?」
「解決したのは神田だ。」
「神田君か、彼は案外君に似ているのかもね」
「おいおいやめてくれ、全然嬉しくねえから」
すごい傷つくからマジでやめなさい。
そういえば棟子や絵里にも迷惑かけたみたいだし水原の誤解も解いてねえな。
すると八城が遠くから話しかけてくる。
「おーい幸多、こっち来て話そうぜ」
「いや今、功と話してるからお前が来い」
「ちょっと幸多っ」
事実だ仕方ない。すると八城がこっちに来る。
「おい、来ていいのかよ」
さっきまで八城と話してた奴等は戸惑った顔をしている。
「いいんだ、なんかあいつら気を使いながら話してんだよね、だからお前みたいな事言ってくれる奴がいてくれて良かった」
そうかやっぱりいい奴だな。ここ数日俺はこいつを見ようとせず会話してたのかもな。
「あと俺、林さん好きなんだけど林さんお前とよく話してるって聞いたしな」
台無しだよ、マジで。それ目当てで来たのかよ。
「そんなことねえよ」
「いや俺、噂結構知ってるから」
さて、こいつはもうどうでもいいのでまず棟子と絵里に謝るか。
昼休み。
「棟子、悪かったな」
教室で棟子に謝る。今回は誤解は生まない。なので心の問題だ。だから昼休みになったらすぐに言った。いや、さすがに皆で弁当食ってるのに謝るのは、みたいな事を考えていたら昼休みになってしまった。
「何が? なんで謝ってるの?」
「いや最近話せてなかったからさ」
その言葉に反応したのは棟子の横にいる女子だった。名前は……知らない。
「ねえねえ棟子~、深山くんとなんかあるのー?」
「は、はぁ?何言ってるのよ」
「だってさあ、棟子の事名前で呼んでる男子、深山くんだけじゃない?」
「う、確かに」
「少し話さなかっただけで謝ってくれる男子っていいよねー」
「うん、すごく嬉しかった」
「ほら~」
「いやっこれは別にその…」
会話についていけてない。
「棟子、ありがとう」
「えっ?うん」
「じゃあな」
「うん、じゃあね~」
誤解は生まないと思ったんだけど、そうでもなかった。
「ほらー棟子今幸せそうな顔してる~」
「くっそれについては否定しないわ」
「え、否定しないんだ」
棟子達が何か話していたが聞こえなかった。
次の日俺は朝早く登校する。水原はいつも早く登校しているからだ。その事は前から知っていたのだがあの問題は早く解決するに越したことはないので水原の誤解を解く事は後回しにしていたのだ。
予想通り教室には水原しかいなかった。
「水原」
「ん、おはよう。何?深山君珍しいね早く登校するなんてさ」
すぐに誤解を解く必要ないだろう。
「まあな。お前いつもこんな早くになんで独りで登校してるんだ?」
「家が近いの深山君しかいなくてさ」
「お前昔は幸多って呼んでたじゃないか、なのに」
「いや~誤解されたら困るじゃん迷惑かけたら……」
「迷惑なんかじゃねえよ、それに林や赤村も今じゃ絵里や棟子って俺は呼んでるし」
「でも…」
「俺は林となんか特別な関係がある訳じゃねえぞ」
「え?でも、だとしても私じゃ」
「なあ、お前の事昔みたいに名前で呼んでいいか?」
「え、……うん。」
「ありがと、優香」
「お礼を言うのは私の方だよ」
「そうだな、だからお礼の代わりに俺の事も名前で呼んでくれ」
「え?うん、こ…幸多」
「うん、ありがとう」
優香にお礼を言うと顔を手で隠しながら廊下の方に消えて行った。
ガラッ
教室の扉が開く音が聞こえる。今の会話聞かれてた?
「あら~?早いわね幸多」
「んだよ絵里かビビらせんな」
「そういえばさっき優香が廊下を……はぁーなるほどね、だからビビるのか。ライバル出現かな?」
「なんか勘違いしてねえか?もう勘違いはされたくねえんだけど」
「大丈夫、多分してないから。」
「ああ、そう」
つっても勘違いしたのはお前の所為だけどな。
「まあ廊下にいたのは私と優香の他にもう一人いたけどね」
まあそいつにも聞かれてはないだろ。
つーか俺、絵里と普通に話せてる?謝る必要ないかな。
現在昼休み、俺は理科室にいる。この理科室には二人しかいない。俺と八城だ。
今回は俺の知らない所で皆動いていた。そして八城もその一人。
「朝の会話聞いてたぜ」
聞かれていた。というか俺すごい盗み聞きされるんだけど。
なんなの?良くない事って自覚あんのかよお前。
「で?」
「いや、まあ結構見直したよ」
お前気付いてるか?見直したって事は俺の評価はそれより低かったって事だぞ?暗に前の俺の印象悪かったって言ってるようなもんだぞ?いや気付いてんならもっと許せないけどな。
「何をどう見直したんだよ」
「まあ、なんつーの?女の子に優しい感じとかのは見直したとかそんな感じだよ」
「ああ、そう」
「あの会話聞いてて思ったんだけどお前は水原さんの事好きなのかい?」
「別にそんなんじゃねえよ」
「じゃあ俺が狙ってもいいか?」
林の事好きなんじゃねえのかよ。
沈黙が続く。俺が返事をしないからだ。
「俺は……」
「あーいいよ言わなくて」
「いいんじゃねえか?」
「は?」
「別に好きになっても、俺には関係ねえよ」
「俺は林さんが好きだ。それは変わらねえ。だから水原さんを狙うってのは嘘だ」
「はあ、わかってるよ」
すげえ疲れた。なにお前?
すると八城は怒ったような顔をする。怒ってんのか?違うよな、なぜ怒る?
「わかってて言ったのかよ、お前」
「あ?ああ、そうだ」
「お前のそういう態度が林さんや赤村さん、水原さんを困らせてんだろうが」
最初の方は言葉に覇気があったものの最後の方は無かった。まるで俺にお願いをしてるような。
「水原さんを慰める、でも好きじゃない。林さんと楽しそうに話す、でも好きじゃない、一体お前の心はどこにあるんだよ。本当に誰も好きじゃないかよ。お前は…」
「お前に何がわかるんだよ、転入生」
「転入生にだって」
「わからねえよ」
大きな声が出てしまった。
でも事実だ。俺が誰かを好きになるなんてもう……無い。
すると廊下から絵里の声が聞こえる。
「今の声、幸多?なによ理科室で大きな声出して」
ドアを開けながら絵里が言った。
「絵里、いやあ悪い」
「林さん僕と付き合って下さい」
は?今このタイミングで?
すると林は少しだけ俺を見ながら言う。
「ごめん、その気持ちは嬉しいんだけど私には好きな人がいて」
なんでこいつ俺を見てんの?
「その、じゃあ」
そういってすぐに理科室から出てしまう。
「俺、絶対諦めない」
お前は本当にバカなのかよ。
「それから、本当に気付いてねえみたいだから言っとくけど」
お前は自分が何をしたか気付いてる?
「お前が林さんに好意的に近づき過ぎれば勘違いするかもしれないだから好きじゃないならちゃんと言うべきじゃないか?」
「ん?まあそれもそうだな」
俺がそのあと理科室から出ると神田がすぐ近くにいた。
「やあ」
「お、おう」
教室に着く。
つってもすぐに林と話して言わなくてもいいだろう。
「ねえ幸多」
「ん?なんだ?」
功に話しかけられたので反射的に返事をするがよく見れば功の周りには水原、棟子がいて三人で未だに顔の赤い絵里に何かを問い詰めているようだった。
「今林さんの顔が赤い理由を聞いてるんだけどさ」
その言葉に棟子が補足する。
「いや、風邪とかだったら大変だと思って聞いたんだけど」
そしてはわわわと訳の分からない事を言っている絵里に水原は止めを刺す。
「違うって言ったらあれしかないでしょ」
功が俺に聞いてくる。
「幸多は何か知ってる?」
「ああっ幸多に聞いたら」
慌てて絵里は言わないでというふうに俺に祈っている。
「いや、なんも知らねえ」
まあ別に林の為じゃなくその理由は俺にもわからないからだ。八城に告白されたからだとしたら断わる必要もない。
「ふーんそっか幸多なら何か知ってると思ったんだけどな」
「なんで俺なら知ってると思ったんだ?」
功がいきなり慌てだす。
「え?いやええと」
「まあ別にいいんだけどよ」
「あ、ありがとー」
何が?まあいいや。
言うなら今。今俺が絵里に言わなければ勘違いしてしまうかも知れない。
だから俺が好きじゃないそう言えば。
口に出そうとする、けど出ない。なぜだ?
わかってる、悲しむ事は。でも将来悲しまないなら。
俺は言える。
「絵里……」
「な、なに?」
好きじゃない?
俺は好きだ。友達としてかもしれないもしかしたらそれ以上かも。
では俺が言ったら嘘?
何を今更。いくらでも吐いてきたじゃないか。
でも俺はできるだけ自分に嘘はついてこなかった。
なぜ口に出せないか。俺はきっと林に悲しんで欲しくないから。
俺は…
「なんでもないっ」
「へ?」
「いやなんでもないよ」
「えー気になる」
そして何故か水原や棟子まで食いついてきて大変だった。
「ねえ八城君」
「なんだ?えーと神田」
「ああ、覚えててくれたのか」
「あーまあな」
「それでね、俺は君が理科室で何を言ってたか知ってるんだけどね」
「ああ、それで?」
「君は告白をして覚悟を見せた。それで自分が本気だという事をアピールした、そして深山君が好きじゃないとそう言えばそこを慰めることで君の作戦は完遂できる」
「何の事だよ」
「彼さえいなければ君の恋は実るかもしれないからねえ」
「いや、そこまで考えてなかった」
「え?」
「あいつの本心が知りたかっただけだ」
「へえ」
「見れたけどな」
俺には神田と八城の会話を聞けなかった。
数日後。
「なあ深山」
「く、黒嶋?」
「悪かった」
「え?いや、その、えーと俺も悪かった。ごめん」
「えっと、おう」
久しぶりに黒嶋と話した。