抱腹絶倒
「哀歌」
「何?」
「お前が言ってた三つの事、何の事だか、どうしてもわからなかったんだ」
彼女をつくる事、皆が君の事をどう想っているか聞く事、自分を大切にする事それが何を意味するのか。
それは今、哀歌と話していて一つはわかった。
「あんなのはふざけて言ったのよ」
「俺はきっとどっかでお前の事を好きでいた。だからお前の言葉はとても重く感じた。でも今はなんにも感じない」
「……」
「それは俺が棟子を好きだから、お前への想いがやっと終わったんだ」
それが彼女を作ること。
「へえ、だからどうしたの?」
「お前は俺を助けて何がしたいんだ?」
「あははははははははははははははははははは」
哀歌は倒れそうになるほど笑い続けた。
「違うわ、私が今ここで潰すのよ」
彼女の心がわからない。
彼女は俺の胸に指を突き立てて押す。
「あなたの心じゃ過去には勝てないでしょう? あの惨めな過去には」
その指を払う。
「いや、全然。確かに惨めかもしれないがお前には感謝しているよ」
「なんで?」
「あれ以来、俺は優しくなった」
「……」
「お前のおかげだ」
「違うっ。そんなのは悪い事をいい事に捉えているだけよ」
「ああ、そうだ」
「なら、私に感謝するべきじゃない。辛かったんでしょう? なのに」
「辛かったのは過去の俺だ。現在の俺じゃない。だからそんなのはどうでもいい」
「なんでよ」
「お前は間違ってたよ」
「ええ」
「お前はクズだ」
「ええ、そうでしょう」
「でも、それでもいいじゃねえか?」
「え?」
「叱るべきだろう、だけど俺は別に恨んじゃいねえし。ただ、俺と同じような奴が何人もでるのは看過できねえけどな」
「だったら」
「八城に聞いたけど、お前が前と同じような事をしてるって噂を聞かねえんだよな」
「気付かないだけよ」
「被害者が誰も言わないのは不自然だろ。本当にまだやってんのか?」
「ええ」
「そうか」
「なんでよ、看過できないんでしょう?」
「ああ、でも俺、お前を信用してねえから。お前の言ってる事なんか全部嘘で、実は優しいいい奴なんだろ?」
俺は別に中学の頃からいい奴だとは思わない、でも今のあいつが悪い奴とも思えない。
「幸多ッ」
「ん?」
「彼女、いるんだから。自分を大切にして、心配かけさせないでね」
「おう」
そうして俺は最上階を目指す。
「ねえ、幸多。君は信用してくれないだろうけど。私は君の事をふった後からあんなことはやめたんだよ? あの三つの事はさ。皆が君の事を大切に思っていることを知って欲しかったんだ。そうしたら君が自分を大切にできると思ったから。私は君の事大切に思っているんだよ。大好きなんだよ」
「今井、深山はもう言ってしまったぞ?」
「先生、聞いてたんですか。幸多に聞かれないように言ったんですよ」
「どうせなら目の前で言ってしまえばいいのに」
「いえ、それに先生だけじゃなく君にまで聞かれるとはね。黒嶋君」
「いや、俺は聞いてない。今来たからな」
「なんで、ここにいるの?」
「俺はただ深山が階段から蹴り落とされた時のキャッチ役だ」
「フッ心配性なのね。そんなのはありえないわよ」
「ん?」
「神田君はそんな事をする元気を失くしてしまうでしょうから」
「松永さん、僕は君の事が好きです。まだ間に合うかな?」
「うん、もちろん」
「やあ、深山君」
「神田」
「俺の狙いは君だったのさ」
「は?」
「いやあ、いくら俺でも文化祭自体をぶっ潰すなんて無理。だからせめてクラスの中心である君の文化祭だけでも潰そうと思ってね」
「買いかぶりすぎだ。俺は中心なんかじゃない。ただ、俺を潰したいってのは好都合だ」
「ん~?」
「俺もお前をぶっ潰したいからな」
「あはははっはははははは、はぁ。あはははははははは。君がァ?」
「ああ」
「無理だよ、君じゃあ」
「ねえ深山君、君は正しいってなんだと思う?」
「さあな」
「俺は俺のやったことは全て、正しいと思うんだ。優ちゃんを使ったのだって皆の気持ちをはっきりできたろう?」
「結果論で語るなよ、神田」
「あ?」
「あれで皆は傷ついたし、皆が頑張ったから修復できた問題だ。それをお前はまるでそうなる事を知っていたかのように言う。結果を見てから予想を書き直す。ガキかよ、お前は」
「へえ、じゃあ君の高一にやった黒嶋達への報復は? 結果論で語ってないかい?」
「あれは、報復じゃねえ」
「じゃあなんだよ」
「偽善だよ」
「都合のいい言葉だな」
「いじめってのは悪いことだ。でもそれで黒嶋は更生した。いじめってのはいい事でもあるんだよ」
「はあ?」
「簡単に言えば、正義は悪にもなるし、悪は正義にもなる。でも偽善だけは変わらない」
「……」
「今までお前がしてきた事は結果論で言いくるめればいいことだ。で、悪いことでもある」
多分、こいつは俺と同類だ。こいつの意見は人の心を書き換える。
俺が中学の時、俺の周りが俺と似たような意見を持ったようにこいつの話を聞けばある程度の人間は賛同してしまう。
でも、俺は賛同しない。
自分の事が大切だから、書き換えられては困る。俺がこいつを書き換えてやる。
「今までお前がやってきた事は何の意味もない。ただの暇潰しだ」
「はっ、暇潰しで結構だ。で、どうした?」
「暇潰しでいいなら、いいが。これからお前はもっと暇になるぞ? いつかすること全てがつまらなくなる。そうしてお前の周りは何も変わらなくなり、生きてる意味がなくなる」
「うるさい」
神田は階段を駆け下りて行ってしまった。これ以上続きを聞きたくないということか。
「深山」
「先生、とめなかったですね」
「ああ、とめるべきだった。お前は神田に何をしても楽しくないと感じさせた。確かにこれならあいつはもう悪事はしないだろう。でもそれでいいのか?」
「じゃあ、なんでとめなかったんですか」
「私にはとめても他の解決策を持ちあわせてはいない」
そのまま先生は階段を下りていった。すると黒嶋が階段を上がってくる。
「よお、さっきまで今井もいたんだけどな」
「そうか」
「なあ、幸多。お前はいじめをいいことで悪いことって言ったよな、でも俺には悪い事にしか見えねえ。お前にいじめ返されたのは怒ってねえし感謝もしている、けど」
「ああ、いじめはいい事なんかじゃない。あれは俺の詭弁だ」
「じゃあ、自分に嘘を吐いたってことか?」
「ああ」
「もっと自分を大切にしてくれよ」
それだけ残して黒嶋は階段を下りて行った。
すると二人が階段を上ってくる。
「哀歌に棟子」
哀歌が言う。
「間に合ったか。幸多君、君を傷つけちゃったことは後悔してる、ごめん。私さ、君がどうやって立ち直ったか知ってるんだよ、私が言いたいのはそれだけじゃあね」
それだけ言って哀歌は階段を下りる。
「棟子?」
「私は何も知らない、でもさ、今の幸多は辛そうでとても見ていられないよ」
棟子は俺を抱きしめる。
「今井さんにこうしろって言われたけど、言われなくてもきっとしてたね」
棟子の熱が伝わってくる。
「幸多? どうして泣いてるの?」
「え? ああ、わからない。でもごめん。俺は……」
「いいんだよ、幸多」
俺は、間違っていた。
「そんなに私に心配させないでね」
「うん」
「神田」
「今井哀歌?」
「逃げるの?」
「ハハッなんの事だよ」
「知ってるわよ、あなたが幸多に何を言われたかくらい」
「……」
「彼の言うとおり、このままではあなたはつまらない日々を送る事になるでしょう」
「……」
「だから、私と一緒に変わっていかない?」
「この手に深山はやられたのか? ビッチ」
「さあ、どうかしらね」
「ただ、まあ今は少しありがたい」
「え?」
「なんでもない」
「そう」
俺が棟子と手を繋いで校舎を周っていると功を見かける。そして功と手を繋いでいる松永も。
「よお、ちゃんと答えだせたんだな、功」
「うん、ありがとうね」
「ああ」
少しずつ変わっていこう、みんなと一緒に。
「ねえ、幸多、どこ行く?」
「そうだなあ」
ゆっくり変わっていこう。
これで、終わりです。
今までありがとうございました。