幻燈 ~御灯~ 第壱章 透明因果の曲命論 ―げんとうみあかし・とうめいいんがのパラドックス―
しんしんと降り積もる雪の中にうずくまり神様に願った
”どうか この雪と一緒に私の存在も溶かしきって下さい”
記憶やら、夢やら、望みなど感情の根源を全て氷の底に埋めようと、瞳を閉じる少女に冬の匂いが取り巻く
・・・・・・・
・・・・
・・
黒いブレザーに灰色のチェックスカート、赤色のリボンが白い雪によって強調されて等身大の女子高生の姿が雪の上で露わになるも、さらにその上にゆっくりと小さい雪がかぶさってくる
少女に帰る場所などない 帰る家はあっても心が還る場所が無いのだ
少なくとも今の彼女にとって降ってくる雪の白は切なくもなんとも無い。ただの無機質な結晶、儚く消えていくという自身の夢、その者の姿が溢れているだけ
音も無く染みて来る冷たさ、乾いた空気の匂い、体の温かみすら初めから虚無だったのではないか?と錯覚してしまう様な刹那の季節
毎年来る四季に祈りを通してこの愚かな願望が叶った場合、気にかかる事が一つある
舞い降りる粉雪を逆再生して命が粒子になって天国に辿り着く前にどこかを巡るのだろうか
大切な誰かを巡るのだろうか?
還るべき場所を巡るのだろうか?
深く目を閉じた所で応えはかえって来ない
それは少女が未だ逝くべき運命ではないということである
「意地悪」
寝たまま空を見上げた少女はふくれっ面になりながら過ぎゆく時間に埋もれて自分が何なのかという永遠の疑問を携えて白の終わりを待っていた
雪原の中で命を揺らしている少女の名は”エリカ”
この名前は植物に由来する名称から付けられたらしいが、その意味はコンプレックスがあって今まで聞けなかった
そこまで気に掛ける人も居ないのだが本人にとってこの名前は恥かしく、どうも好きになれないまま17年間生きて来た
華がもつ繊細で美しい形や色使いが弱々しさを前面に出していて、媚びている様に感じるらしい
今更他人に弱い内面を悟られたくも無いし、繋がる感覚が苦痛でしょうがない
「寒い・・」
そろそろ指先が霜焼けになって来る頃だ 独りで抱える末端の痛覚が現実に意識を呼び戻す
出来れば俗世に帰りたくない
”無”こそが心の居場所 神聖で唯一無二の世界
此処の住人はエリカ一人、エリカの考えが真理で誰も彼女を否定して傷つけたりもしない
もうすこし浸っていたかったが時間の経過に空の色が深い紺色に変わり始めて”無”の居場所の戸を閉めて鍵をかける。
起き上がって全身に付いた雪を小さく白い手で払いのけながら遠くに見える街の美しい灯りに気怠さを感じる。
帰ろうとすると後ろについてしまう足跡、ベージュのムートンブーツがつけてしまう自分の軌跡・・。
しばらく歩いて振り返ると後ろの足跡が再び雪に消えていく 証が消滅する様が嬉しく・・寂しい。
そのまま雪原を越え 丘を降りて 賑わう街角に入ると街灯や建物のイルミネーションに彩られた人工要塞に入った気分に胸が締め付けられる。
轍を突き進む中、すれ違う幻影 欲しかった温度 気づきたくない距離感
忙しそうに歩く大人 エリカと同じ位の年の女 カップル
(何がそんなに楽しいの?ねぇ・・来年も同じようにそこに居るの?)
彼氏の肩に寄り添って笑ってる女 おもちゃ屋から出て来て大切そうに小包みを抱える男
皆、幸せそうだ 何でそんなに嬉しそうに笑えるのだ? 脳はどんなホルモンを分泌させている? 分岐点はどこだったのだろう?
(どうせあいつ等はこうやって笑って、明日も笑って、明後日も笑って死ぬまで笑って充実した生涯を遂げるんだ)と、エリカは通行人を恨めしそうに睨みつける。
知識を宿した可燃性の粗大ゴミはこの地球の煌めきを更にゴミで覆い、何時しか自らも塵と化す。
そう、此処は人の上に人を作り、生まれたての希望の上に不法投棄していく国、日本の縮図。
下らのない現世界で酷な詩を分解して視線は更に鋭く過敏に思いを馳せる。
(はぁ・・)
純粋を認めた溜息を一つ、宇宙へと宛ててみても返事を頂けないまま形式主義の日常は過ぎ去らない。だとしたら冷徹に膨張する心想はただ一つ・・
”流れ行く運命の隙間に頸動脈があるのならナイフで切り裂きたい”
何が彼女をそこまで追い詰めて歪ませているのか?
この通行人の中の誰か一人でも考えてあげれていれば、ココロを救えていたかもしれないが結局誰にも触れられることも無いまま冷たい月は空に上がった。
暗闇の中、鈍く輝く白い雪の上に鮮やかに飛び散った朱色
月の金色の光に反射する血の付いたナイフ
先程雪をほろった白く小さな手は自身の流血に染まり、冷たく更に白く朽ちて行く
(さよなら世界)
静かな山の上
誰も使わない廃屋のような古びた神社の敷地で呼吸が薄くなってきたエリカが見る情景。
血にも似た色の鳥居、下に広がる街の灯り。 静かな場所で終わるであろう人生の最後。
神様が連れて行ってくれると信じてそっと目を閉じる。
暗闇 心臓の鼓動 氷上の月に抱きしめらる感覚
もうすぐ弱き肉体にまとわりつく痛みや寒さからも解放される。
しかし・・・本当は心の痛みや寒さによって引き起こされた、か細く儚げなリフレイン。
けれどもそれを気に掛ける者など、どうせ居ないと生涯に耳を塞ぐ。
遠のく意識の中で走馬灯が蘇る
<一年前>
エリカのたどり着いた神様は人間界に居た
神様さがし・・・家出をして泊まる所を探した幼き女の子が見つけた居場所は携帯電話に登録したサイトから簡単に見つかり、転がり込む しかし、それは逆にいえば心が神隠しに遭った瞬間。
自分よりも一回りも二回りも年上で性欲にまみれた男達に毎晩白い肉体を回され続け、己を何回も殺していった。
同世代の初体験は好きな人に捧げ、焦がした身を心の像として一生美しく残す。
例え性体験に至らなくても誰かしら想い人を大切に思慮の中で活かしたり、人では無く将来の夢を愛したりと、青い春を謳歌している。
愛しい讃歌に共鳴できず耳を塞いだ少女の映像回帰は反転している相対的三千世界
暗く静かな部屋 エリカは他人の体温が入り混じって来る毛布の中で外よりも冷たい現実に凍えながら人生を呪った
少女の外身に付いた雌としての美品 くっきりとした二重瞼に綺麗なラインの鼻、ナチュラルな形できゅっと上がった唇 透けそうな白い肌に垂れる目 栗色でセミロングの髪の毛
まるで人形という例えをそのまま引用した美しさが女性としての幸せを狂わせた。
荒んだ大人達にとって愛玩具以外の何物でもない存在。
ある意味精巧な人形そのもの・・
生理的な嫌悪感も倫理的な苦悩も狂った時間がやがて麻痺させていく。
だから誰よりも美しい無機質になりたかったのだ 未だかろうじで残っていた正常な細胞が起源点を求めていた。
故の自己犠牲による愚かな夜々との決別
ハダ・カミ・ケツエキ・ユメ・ジアイ・ココロ 亡びて眠る時
同時に憎しみや悲しみの終着駅 尊という名の列車が永遠の安らぎへと走り出す
・・・忌まわしき惨劇フィルムは深く戻れば戻る程、更に捻じれた不条理の記憶を再現しようとするが彼女の残り少ない命がそれを阻止する
再び意識が氷上の月の下に蘇り、数分・・数十秒先に死が迫っている
およそ30秒の猶予を揺らして目から落ちる雫
(あぁ、終わるんだな・・人生)
『サク・・サク・・・』
赤く広がった雪を薄める涙が月の光に反射した時 後ろの社から雪を踏み進む足音がした。
(人?)
意識が離れかけてボヤける視界の中で、エリカよりも遥かに小さな幼女が近づいてくる。
「また、彷徨える御霊がやって来たか」
赤い頭巾を深くかぶり表情はよくわからないが言葉遣いは年相応の物では無い。
「・・?」
言葉を発しようとしても瀕死のエリカは上手く喋れずに悶えている。
「やれやれ・・」
幼女はエリカの前でしゃがむと雪のかぶった頭を優しく撫で始めた。
(温かい)
柔らかく優しい感覚に本人は一瞬身に起きている事を忘れそうになる。
「ホレ、これで喋れるだろう」
幼女が愛撫を止め、手を下げる。それにエリカは物足りなさを感じるのと同時に体内から活力が漲って来るのがわかった。
「あ、あれ?私、喋れる」
それだけじゃない 視界が安定して、モザイクのかかっていた景色がくっきりと見える。
乱れた秩序の前に居るのは人外なる者 しかし哺乳類よりも哺乳類らしいオーラをその身に纏っている。
「お前も此処に命を捨てに来たのか?」
朦朧と乳白色の中に迷い込んでいた心の靄を掻き消す幼女の言及に外気の冷徹な刃が舞い戻る
「・・・」
左腕 手首から流れる赤い液体を右の手で隠しながら目を背けるしかなった
「はぁ・・その様子だと当たりか」
幼女から見たらエリカの方が淫れた秩序による忌想を虚空高くに昇華させた人外なる者
「貴方が止めたの?」
「あぁ、そうさ 勝手に人の島で死んでんじゃないよ」
「シマ?・・・」
頭巾から垣間見えるのは、まるで絹の様な長くて光沢のある美しい銀髪
肩上まで伸びた揉み上げは広がらないように白い結束具の上から赤の水引の様な紐で御守りと同じ方法で結ってあり、後ろの髪も肩越しに毛先が胸の上まで垂れて月の光が柔らかく反射している。
よく見れば後ろの髪も項の辺りで揉み上げと同じように結ってあるが、右の髪しか結ばれていない。
そういうセンスなのか?結束具が足りなかったのか?は定かではないが幼女の感覚なら仕方ない。
白い胴衣の上に肩まで着崩した千早を気怠そうに羽織り、景色が放つ色彩の中で鮮やかに浮く緋袴を履いて神聖さを証明する。
相違のある風貌を持ち合わせながら柱の古びた廃墟に佇む姿は奇妙な妖艶さを醸し出していた。
「鳥居の中はアタシの世界だ そこに入り込んで来て勝手な事をされても目覚めが悪いんだよ」
「・・さよなら」
エリカにとって死に場所などどこでも良い。ただ静かで誰にも悟られない場所を目指して居ただけなのだから
「待てっ!」
すれ違って鳥居の目の前まで進んだ背中を幼女は再び止める。
「何ですか?」
心を通わす日本語など今となっては煩わしいだけ、面倒そうに振り返るが巫女は深刻そうにエリカを見つめる。
「その鳥居を潜るかはお前の自由だが、抜けた瞬間その人生は終幕を迎えるぞ」
「?」
痛みは感じるが歩ける 大げさな言葉に大脳基底核の理解は遠のく一方である。
「今、この場所は世の中の時間の概念から外れた疎遠の地 鳥居を抜けた瞬間に現実の周期性に戻るぞ」
「・・・どういう事?」
話す言葉の意味を理解できない、起こっている事象も把握できない異常事態 しかし傷が回復した・・尊大な空気を取り巻いた幼女が目の前に居る 此処はどこ?
「此処は下界に比べればとても”素”という感覚を持った愚直で神聖な場所だ 生と死に一番近い場所とも言える」
言えば今まで居た世界が狂った異常空間 見えない箱に躁鬱を押し込まれていた
「すいません、よくわかりません」
冷めた言葉 切断した感情 ビジョンという感覚を失くした対言
「お前がナイフで切ったのはその細い腕だけじゃない」
「え?」
深く 鋭く 刃が己の中に入ってくっきりと跡を残していった 後にも先にもその一回のはずだが・・・
「お前の様な女児にも分かりやすく言えばこの鳥居の中は”世の狭間の部分 即ち、現実という空間の頸動脈に位置する場所” お前は自分の手首と一緒にそれもナイフで切ってしまったのさ」
女児に女児扱いされた・・・だが、そんな事よりも・・
”流れ行く運命の隙間に頸動脈があるのならナイフで切り裂きたい”
『現実の頸動脈を切る』という夢にまで見た事象が目の前で起きたというのか。
「一緒に切ったって・・・そしたら何か変わるの?」
「切られた場所から次元の歪みが漏れ出した」
狂った時間が溢れだし、覆い尽くす無限概念 風が止み 雪が止み 時が止む
「こ、これは?」
「現在此処の空間だけ、流れる時間の速度が外界に比べて緩急的になっている それは秒速比で言えば1/1000秒」
実秒16分40秒 外の世界の一秒が流れる間に反比例して遅く流れる刻という暦。
「つまりお前は一歩でも鳥居の外に出てしまえば30秒で死ぬが、無限概念の中に居れば同時間を千回分繰り返せるという事だ」
つまり16分40秒×30=8・333・・・
8.3時間がエリカに残された生への執行猶予時間なのである
幸か不幸か生きる事も死ぬ事も出来る・・逆に言えばどちらでもない万物から外れた無色透明。
それを本人が一番望んでいたはずなのに表情は複雑そうである。
「まぁ、8時間もあるのだ 少しくらいゆっくりして行っても損はしないだろう」
巫女服の幼女はそっとエリカの腕を引いた。
「名前は御代 この神社に仕える巫女じゃ」
「・・・・・」
「お前の名は?」
御代の質問に目を逸らしながらも、自分を逸らせない事は知っている。
「・・・エリカ」
一つ質問に答えた所で、どんな事柄に飲みこまれようがこれから死ぬ気の人間にとって出会いや超常現象などはどうでも良い。
そんなぎこちない少女の頭上では魂や奇跡のカルト概念を真っ向から無いものと仮定してリアルな主観だけを見つめる現象判断が渦巻く。
だが、この時間に捕らわれた鳥居の内側の世界がリアルを壊し奇跡が渦巻く予感を隠し包んでいるとしたら・・・。
時間が捻じれるという現象が既存の知識を越え、未知を計ろうとする受け入れがたい新事実・パラドックスとして構築されていくわけだ。
こうしている間にも過ぎて行く刻を御代は勿体無さそう・・というよりは、じれったそうに既に概念の遥か先を見据えて立ち構えている。
「ゴホン、ではエリカよ これから私と一緒にお前の幻燈を巡って行くぞ」
「は?」
エリカは眉間にシワを寄せ御代を煙たそうに睨みつける。
「今からお前の記憶の中の映像を巡ると言っておるのだ 準備は良いか?」
「意味わかんねーし・・」
栗色の髪の毛を指でかき回し、再び目を逸らす 正直御代の事は邪魔でしょうがない様子だが御代も引き下がらない。
「良いか?これから放つ幻燈の中でお前は自分の物質と精神の因果を変えなくてはならない」
肉体や物などの”物質”と心の中の記憶や意識を表す”精神”を流れる時間は混ざり合わずに2本の柱となってお互いの道筋を平行線に沿って進んでいる。
その長い道の始まり、即ち物事の原因が”因”だとすれば・・道の終わり、即ち結果は”果”で表す因果応報の定義。
つまり今回の件で言えば・・物質の場合、手首を切った因は30秒後に息絶えるという果に辿り着く。
”精神”の場合、辛い過去に対する諦めが因だとすれば死を選んだ意志が果になる。
もし幻燈を見るという回想行為で過去の価値感や気持ちに変化が表れて”精神”の道を進む時間の流れの途中に新しい因が出来て軌道が少しずつ変わるとすれば”精神”を司る柱が棒倒しの様に傾き”物質”がもたらす運命の柱をそのまま押し倒して未来を変える現象を起こす事だって不可能ではない。
そうして”物質”が辿る予定だった道筋が変われば自殺の結果を回避して生き残れるかもしれない。
「・・・という感じだがどうだ?」
「薬とかやってます?」
”必死で誰かが何かを言ってる”・・今のエリカにはその程度の他人事である。
「ふん・・口で言っても分からぬか・・愚者め!」
『ボォッ』
御代の口調が激しくなると急に掌から紅蓮の炎が浮かび上がる
「っ!え?」
「これは”御灯”という神光だ お前ら人間も奉り事をする時、社に明かりを灯すだろ」
この世を浄化する 神聖な光
「こ、これで・・私に何をしろっての?」
ぼんやりと照らしてくる灯りに心配そうに身を引くエリカに対して不敵な笑みを一つ浮かべる御代
「だから言ったであろう これからお前の中の幻燈を巡るのだ」
「私の記憶なんて見る価値無いから!」
勝手な意見を並べ立てて進む事に腹が立つが、御灯は確実に心を別次元へと飛ばしていく
炎に目を奪われ、意識が時の淀みに浮かぶ
浮遊的安堵 安楽恍惚 精神に在来する極楽
「さぁ、此処から目を背けるなよ」
熱の穂は夢と夢の間にある現実空間を過去へと誘った
<幻燈壱 14年前>
おぼつかない足取りの中、温かい手に引かれ歩む幼子
この世の不安など何も知らずに目を輝かせ、冬の澄んだ快晴の下を進む
(・・・あれって・・わたし?)
父親と母親に挟まれ幸せそうな表情を浮かべる子供はエリカそのものだった
(・・・お父さん、お母さん・・・・)
対峙した自分に恐る恐る正面を切って手を振ってみるがまるで気付かれない
(なるほど、向こうからこっちは見えないんだ・・)
3歳の本人が嬉しそうにすればする程、現在の彼女の表情は悲壮感を歪ませる
何故なら17歳のエリカはこの後の事実を知っているからだ
未だ知らなくても良い未来 歌を口ずさみながらステップを踏み始める楽しい光景
<現代>
懐かしい幻想を唖然として眺めていると、突然御代の手から炎が消えてしまった
「・・!!っあれ?ここはさっきの!?」
「クスクス」
狐につままれたような顔で辺りをキョロキョロと見回すエリカを見て、御代は口に手を当てこっそりと笑った
「今のが一つ目の幻燈だ どうだい?己の中を巡っただろう?」
「・・・・」
エリカは黙って剥製の如く御代を睨み続ける。 手に力を入れ拳を握り、歯を強く噛み合わせ、彼女だけ時間が止まってしまったかの様に・・・それでも御代の目尻は笑顔で垂れ下がったままだ。
「どうした、触れられたくない急所にでも踏み込んだか?だが、今から死ぬ気の人間にとってこれ位どうって事ないであろう」
「くっ・・」
図星、まるで胸の中心でも突かれた様な声を上げた後、都合悪そうに髪を掻き揚げる。
「催眠だか幻覚だか知らないけど、だから何だっての?」
「お前も往生際の悪い女だね 既にその腕の痛みを忘れた訳じゃあるまい」
手首を切った痛覚も、雪に舞った血も、まだ鮮明にこの世の残っている・・消そうとしても何もかもくっきりと残ってしまう・・・。
「って、まさか・・」
「フフ・・あぁ、そうさ この幻燈はお前の自殺回帰に纏わる信号記録だよ ”未練”という不消化な魂が御灯を通じて時空を繋ぎ止めているのさ」
一本筋で通る生と命 その捻じれた円柱の様な断面図を御代は覗き見ているというのか・・。
「なぁに、お前も幸せそうな家庭の子じゃないか・・まぁいい 次の幻燈で見えるものによってはそれも変わるかもしれないからな」
再び御代の掌には伸びやかな炎が蘇り、冬の夜空に咲き乱れる エリカはそれを黙って見続ける事しか出来ずにいた
<幻燈弐 10年前>
一人っ子が長かったエリカ、でも意外と孤独は少ない
父親は寂しさを埋めるために出来るだけ彼女を可愛がり金銭面でも何一つ不自由の無い安定した暮らしを与えて来た
母親も温厚で母性が強く、いつもエリカの頭を優しく撫でるのだ
おぼつかない足取りのエリカが転んで手首を擦り剥いて泣いてしまった時も、温かく白い手で何度も何度もその幼い頭を撫でまわす。そして、時折見せる優しい笑顔は現在のエリカの顔立ちにそっくりな美人である
「エリカはお母さんみたいに白い肌だね 名前通りの子になってね」
ニコニコと何でも笑い飛ばしてしまう母親 大きな体で誠実に見守る父 一人っ子でも寂しくなんかない愛溢れる家庭
汚れを知らない白塗りの新築家屋 闇を知らない白塗りの未来
白白白・・
白白・・
白・
<現代>
「・・めて・・・」
「何?」
「もう、やめてよっ!!」
取り乱して怒鳴りつけるエリカ 錯乱した空気の中に聡明を抱えて佇むは、2度目の炎を掻き消した巫女。
「痛みから逃避した所でその痛覚は永遠にお前の中に生き続けるぞ」
「さっきから意味の分かんない事ばっか並べないでよ!頭にくるなぁっ!!」
怒りという感情に負け、御代の言葉を掻き消すとズカズカと鳥居へと向かう。
「仕方のない奴だの これでどうだ!」
『ゴォオオオオ』
3度目の炎が鳥居の前に立ちはだかる。
「また!?もう、嫌だよ・・一掃殺してよ」
生きるという獄炎に取り巻かれた感受性が一気に封印していた記憶を呼び覚ます
『ゴォオオオオ』
・・・・
・・
<幻燈参 8年前>
『ゴォオオオ』
「火事だ逃げろぉおお!」
「子供が、子供がまだ中に居るんです!!」
月も眠りに付く頃、閑静な住宅街を朱色と煙が埋め尽くし、何台もの消防車のサイレン音が鳴り響く。
「私が目を離したからぁああ」
「奥さん危ないから!」
コンビニの袋を手から投げ捨てた母親が消防隊員の制止を振り切り、燃え盛る家の中へと駆けこむ。
家族三人が暮らしていた”幸せ”という空間が消える前に・・
熱くても、痛くても必死にエリカの部屋を目指す足取りは無償の愛という性的本能に従う親の執念。
「エリカぁあ、エリカあああ」
「奥さん落ち着いて・・娘さんは必ず助け出します ですがここで貴方に何かあったらどうするんですか!? それにこの密室で救出する人数が多くなるほど我々が動くのは困難になります お戻りください」
「・・・でも」
「全力尽くしますからお待ちください」
もう一人の隊員に抱えられて連れ出される母親。
(だめ・・そこはだめ・・)
回帰映像を振り返りながら夢に手を伸ばすエリカ、過去を悔いているのか?
「お母さん」
窓の外から聞こえる愛娘の声。
「エリカ!!」
母親の買い出し中に目が覚めてしまい、寂しくなって外へ捜しに出てしまったのだ。
正に不幸中の幸い
「良かった・・エリカ今行くからね!」
(だめぇぇええええええええっ・・!!!!!)
『ガチャ』
「!!っ」
『ドガァァア----------アアアアアアンン』
(嫌ぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ)
『パラパラ…』 『ヒラヒラ…』 『シトシト…』
急にドアを開けた事で発生した爆発現象による炎舞と共に・・全部・・全部・・全てが粉々に砕け散った。
母親も隊員も家も未来も心も粉々に砕けて赤い夜空に舞う
『ゴォオオオオ』
<現代>
「あ・・ああ・・・・」
エリカは頭を抱えながら体を震わせそのまま座り込んでしまった・・とてもじゃないが鳥居の事などもう頭に無い。
「精神崩壊か?さっきまでの怒りはどうした?」
「・・あああ・ああ・・」
蹲るエリカを見下ろして、御代は白い溜息を一つはく。
「やれやれ実に脆い生き物だな」
強い 弱い 恐い 虚勢 戦き 不協和音が境内に鳴り響く。
情緒不安定というエフェクターを使って弾いていくのは、平成に生きる”ヒト”という名のディストーション。
「お母さん・・お母さん・・うぅ・・おかあさん・・・」
「・・私も言えない立場か・・・」
ぽつりと御代が聞こえない位の声で一言はき捨てるとエリカの下へと歩み寄った。
”ふわり ふわり”
「・・っ!!?」
そっと頭を撫でられる幼少期の感覚・・此処に来て最初にしてもらった事。
「あぁ、わ・・たし・・わた・・し・・」
目から込み上げてくる雫が指し示す胸の奥を鈍器で殴り付けられるような痛み
「悩むな、赴け お前の中の心を撫でてやればよいのだ」
「・・だめだ・・よ」
あの日、外に出て無ければ・・私が死ねば・・
心に傷を負った女子高校生の彷徨える躰へ、御代の愛撫はゆっくりとゆっくりと続く。
「父親は?」
「・・・」
「・・・」
「生きてる・・・あの日、出張で家を空けてた・・」
たまに九死に一生なんて言葉を耳にするが、奇跡的に生き残っていた唯一の家族
御代が”ゆさゆさ”と撫でる音は、遅延している時間の中で確実に響き渡る。
「・・お前の死への美徳はそこにあるのか?」
「・・・・・」
困ると塞ぎ込んでしまうタイプなのか?再びエリカは俯く。
「拝見させてもらうぞ?」
「・・・・・」
だが先程とは違い、頷く事で御代への誠意を見せ始めていた。
”分かって欲しい”という欲求が渇望し始めたのか?灯影という遺書なのか?
燃え滾る御灯は座り込んでいる二人を円状に包込んだ
<幻燈四 8年前>
母親の一周忌も終わり、全てが落ち着きを取りもどし始めていた頃。
いや、世間が悲しみを忘れ始めていた頃。
「エリカ、聞いて欲しい事がある」
「ん?何?」
家は無くなり、近所の小さなアパートへ引っ越していた二人は最低限の装飾と調味料しか無い簡素な造りの台所で昼ご飯を食べていた。
「お母さんの事は本当に悲しい事だった」
「・・・うん」
エリカが作ったパンケーキが亡き母親から学んでいた料理を彷彿とさせる。
「でも・・そろそろエリカにもお父さん以外にちゃんと面倒を見れる人が必要だと思ってな ほら・・出張も多いし、例えばその間にお前が熱を出して寝ている時看病してくれる人も今は居ないだろ?」
切り取られた生地から湯気が上がる中、二人共頬張る手を止めて沈黙に揺れていた。
「・・・・・」
「それでだ・・・新しいお母さんに相応しい人を紹介しようと思ってな 実はもう、すぐそこまで来ているんだ」
「・・・・・」
縄張りを荒らされるような感覚が神経を支配し、妙にざわめきやムシャクシャを誘発させる。
『ピンポーン』
丁度、タイミングよくチャイムが部屋一面に鳴り渡った ある意味残された平穏への威嚇音でもあったが・・
「お邪魔します」
若くて綺麗な女性、丁度お母さんと同じくらいの年ごろ。
「初めまして」
ニコヤカなえくぼが好印象で小悪魔的な可愛らしさを持った顔立ちは、男性からは好かれるタイプかもしれない。
「・・・・」
「あぁ、以前紹介した娘のエリカです」
『ガタン』
父親は彼女を家の中に上げ、台所の椅子に座らせると慌てて食器を片づけて始めた。
(あっ)
『ゴトン』
母親から一番最初に習ったパンケーキが意図も簡単に端へよせられ、彼女の持って来た高級スイーツがテーブルの中央に広がる。
「これ、食べてね」
“ガタンゴトン”
色取り取りの嫌悪感が山手線の様に満杯に詰め込まれて回される。
「・・・・・・・」
「どうしたエリカ?・・すいません人見知りな物で、すぐ慣れますから」
(違うよ、違うんだよ父さん)
言わなきゃ分からない微妙な感覚にじれったさを感じる。
「臭い」
「え?」
「こらっエリカ!何て事言うんだ!!」
父親に恥をかかせてしまった事など関係なく仕方のない悪態は続く。
「だって臭いんだもん」
「ごめん汗臭い?」
違うよバカ
「あまい」
「・・?ひょっとして香水?」
女性は自身の高級ブランドの服を引っ張る。
(お母さんはそんな匂いじゃなかった)
ご飯、洗濯物、お花、家庭的な母性の匂いに包まれていた。 生まれ来るときに嗅いだ子宮、胎盤の匂い
その思い出は雌用ブランド香水にかき消されて・・・
<現代>
寒さで自我を取り戻し、少し心が落ち着いたのかエリカの呼吸が整ってきた。
「・・ずっと・・苦しかった」
「そうか・・」
孤独というのは一人よりも複数で抱える方が辛い。
「お父さんは、ずっとお母さんの事を好きでいてくれると思ってたのに・・」
結びついては削られていく過去の気持ち そこに血縁という絶対がついてしまうと万物が複雑になる。
「子供は知識が乏しい代わりに感受性が鋭い 時に大人が隠している事、大人が気付かない事を見破る力があるからな」
鋭い感性が心に鋭い傷を生んで、手首に鋭い痛みを負った。
「その感傷による痛みをこれからもう少し掘り下げて行くぞ」
「・・・」
しゃがみ込みながら少しだけ苦痛に顔を歪ませるエリカに御代は頭巾を外して顔を見せると、そっと微笑む。
「大丈夫、私も一緒だ」
心に直接語りかけて来る様な微笑み。そして、可愛らしい御代の表情の中でエリカはある事に気付いた。
「・・御代、変な事聞いても大丈夫?」
「?・・どうした?」
「何か・・さっきより少し大きくなった?」
最初にあった時より体格も頭巾をとって垣間見えた顔も少しだけ大人びた気がしていた。
「その通り、良く気付いたな 私の姿はお前の精神の因果に比例している。お前が最初に此処に来た時、精神の鎖は3歳から5歳程度の所で繋がれたまま時の流動を妨げられていた。だが幻燈を見て心に整理をつけた事で1つずつその鎖が取れて本来の精神の時間が進み始めている」
5歳程度だった御代の姿は現時点で7歳から10歳程度まで成長しているという事は精神柱の各中継地点の鎖が破壊され、代わりに1つずつ新しい因が置かれ始めているという事。
設置され続ける因は少しずつ精神の中を流れる時間の軌道を変えて物質の柱にぶつかり始めている理論だ。
・・・
チラリ
御代はさり気なくエリカの腕を見るが、まだ手首を切った傷は塞がっていない。
生と死への気持ちが右へ左へと定まっていない今のエリカの心では完全には鎖を断ち切れずに居る。
だから小出しの幻燈を見せ、少しずつ心の中に居る己と向き合わせる事で自分自身を受け入れ、枷を外せる様になる作業を御代は手伝っている。
「こっからの思い出は生々しいんだけど・・・進めるかな?」
「それは結局お前次だ・・」
「・・・」
エリカは唇をかんでいる 見れば怯えるように口元を小さく震わせながら・・。
『パフっ』
御代の掌がエリカの後頭部へゆっくりと降りた。
「言っただろう、私も一緒だ」
「御代・・」
「行くぞっ」
掌から溢れる御灯に照らされ、此処に居る物質と精神世界に潜む二人のエリカは和解できるのか?
「ゴォオオオオ』
先程炎を描いていた炎は更に強くなる
<幻燈伍 7年前>
再婚した
予想通りの展開に期待も不安も無い麻痺事実だけが流水の如く流れる。 ヘビロテする喧噪の中でただ只管本当の母親の事を考え続け、その存在をエリカ自身の体内から出さないようにしていた。
そして・・愛し合・・う・・お父さ・・んと新母・・の間には・・いおhszyぎ・・ゅbc・・hzxbc
<現代>
「・・・!?・・あれ?」
「く、波長が乱れたな」
炎の出が弱まり、寂れた夜が帰ってきた。
「この辺りにお前の記憶の膿があるのだな」
「・・・っ」
エリカは思い出すのもきつそうで、頭を抱える。
「落ち着けエリカ、辛いのは察するが自身の憐みを乗り越えろ」
「やっぱ・・無理だよ!恐いよ・・」
偉い大人だって向き会えない弱みはたくさんある。増してや未成年の子が恐がるのは無理も無いが御代はエリカの両手を掴み、力を入れる。
「良いか?今諦めて死んだところでお前は母親の処へは行けやしない」
「え?」
ショックを受けたのか、御代を見つめる目は小鹿の様に自信無さ気である。
「私はどこへ行くの?」
「どこでも無い 無色透明になるんだ」
その答えは喉から手が出るほど欲しかった回答だが、依然として御代の表情は険しい。
「すべてが消えれば存在も希望も絶望も無い 天国でも無ければ地獄でも無い 一件疲れた心には楽園にも見えるかもしれないが本質的喪失はそこにある そんな所でどうやって母親に会う?考えが無いという事は新しい母親を拒否する事も出来ずに本当の母親を受け入れる事も出来ない ただそこに喪失するんだ」
夢見ていた筈の聖地は枯れ果てた混濁、不毛の託つでしかなかった。
「悪いが私はこの楽園を燃やすぞ!!」
この慈悲深き炎は悪夢を薙ぎ払う明滅による冥滅
空の星が燃える 流れ星が燃える 惑星というゆりかごが燃えて行く
<幻燈六 6年前>
新しいお母さんの中には子供がいる。
膨らんでいるお腹を見て”自分もこうして生まれて来たのか”と感じたが、その反面、腹違いの子に想いは複雑なエリカ。
"きっと自分は要らなくなる”
予感に胸騒ぎをしながらも、それでも自分に兄弟が出来る嬉しさも少しはある。
今以上に勉強もスポーツも頑張って親を安心させたい 本当の母さんにも見ててもらいたい。
”私は良い子になるからね”
・・・・・・・・
・・・・
・
「うぅ・・うう・・」
鉄製の冷え切ったコンクリートに跳ね返って宙をこだまする嗚咽
薄暗い校舎裏でエリカは一人で泣いていた 11歳の女の子には受け止めきらない現実に嘘を重ねて本音が漏れだしてしまっていたのだ。
「・・だめなのに、お母さんが出て行っちゃう」
溜めている感情を吐いてしまえば意識していた母への想いも外界の空へと還してしまうと思って未だ必死に堪える。
その中で思い出した、絵本で見た天国 そこは悲しみや憎しみの無い穏やかな楽園。
「お母さんも居るんだよね」
この日から少女は天国に強く憧れを抱き始めて身に起きる感傷の逃げ場をそこに見出してはぞんざいな苦しみを剥離したが、ただ・・絵本の中、構える妖精たちの眼は冷たく・・荘厳である。
冷徹はまだその手を緩めずに陽の光を屈折させて焦点を逆世界に連れて行く。
<現代>
夜が夜に飲まれ暗さが増して来る頃
エリカの意識が戻ると御代は中学生くらいまで大きくなっていた。
精神世界の因果の核心部は確実に変わり始めているが、問題は残された時間である。
「ねぇ・・一体いつまで・・?」
何回このサイクルを繰り返したのだろうか?
「此処まででお前の幻燈は6回見届けている 私が一緒に追えるのは後2回だ」
具体的な数がそこまで近づいてきていると逆に寂しくもなって来る。きっと、これが終われば御代も自分の元から去ってしまうのだろう。
“そしたら一人で何が出来る?”
結果として情緒の貯蓄が残り僅かでも、命の蝋燭についた御灯は消してはいけない。
「残り2回って・・私のためにやってくれてても、もう間に合わないんじゃ・・」
「だが結果として12歳から15歳くらいまでの姿になった、自分を見つめて過去という存在を認めて許したという事だ。 その中身は決して辛く悪い事だけじゃない、因の途中に新しい命も授かったのだろう?」
「・・っ、うん!・・あのね、赤ちゃんは無事に生まれたよ 弟だった」
エリカの自殺にまつわる記憶の中に出て来た弟の存在、本人的にも珍しく俯きながらも微笑む。
「産まれた時は体重が1800gしかない未熟児で焦ったけどそれでも頑張って生きたかったんだね。必死に手をグー、パーして『僕はここに居るよ』ってアピールしてた・・」
小さな命の輝きに軋む空間は換気され、御灯の暖かさに荒い雑念は緩和されていく。
「あの日は雨がしとしと降っててね、柄じゃないけど神様が祝福に子守歌を唄ってくれたみたいだったよ。
そうそう、その日の新聞もちゃんと取ってあってね・・・って御代?」
「・・・・」
今度は御代が黙り込むが勿論悟っている。
現時点で・・弟が出来た所で話がまとまっていれば彼女が手首を切る必要などないし、彼女の心の回復と進行に合わせて御代自体も本来の年齢の姿に戻っているはずである。
この因果、最後の懺悔が残っている
「帰りたくは無いか?弟の元に」
「・・・うん・・?・・多分・・」
後ろめたさがあるのか、今更戻る気が無いのか返事に力は無い。
「まぁいい、照らすぞ」
少々強引に夜を照らす赤 空気が燃えているのだ ”よる”のよ と るの間に揺蕩う火柱は専断の勢いを舞わせる
<幻燈七 4年前>
我慢していた 耐え続けていた 時間が生んだ慣れの中で絆を育もうと腹違いの弟を愛撫むエリカ。
だが去年から父親は居ない 拘置所へ送られ国家の法に基づいて裁かれて居た。
(ごめんね パパ会社で悪い事しちゃったらしいんだ)
正確には汚職の罪を着せられてしまい冤罪に近い禁固刑に処されていた。
今の時代、大きな組織を護るためには多少の犠牲はやむを得ない。
そもそも古に多くの血と涙が流れた大日本国帝国が終焉し日本国憲法が制定された先進国。
安全神話が作られたはずの国の中に経済戦争という紙幣間の争いが生まれ、企業から編成された神風特攻隊は同じ日本人にて裁きを下された。
(・・・色んな意味で悔しいよ・・本当にごめんね)
エリカはまだ歩くのもままならない弟をそっと抱きしめ背中をさするが、言うなれば彼女等は高度社会の戦争孤児である。
先進国が、機械の様になった人間が作り出したアンチモラルの中で摂理が暴力を振るわれた姿。
「そろそろ良いかな?」
知らない大人達に貴重な時間が砕かれて新しい母方の親戚が弟を連れて行こうとしている。
「エリカちゃんは本当に来ないの?」
「うん、弟をよろしくお願いします」
新母には働きながら父と子供達を同時に見て生活して行くバイタリティーを未だ宿してはおらず、一時的に親戚の家に弟を預かってもらう事にしたのだ。
(此処から離れたくはないよ・・お父さん)
あの頃が欲しかったエリカは新母とアパートに残り父の帰る場所を残そうと留まった。
(お父さん・・牢屋は寒くないの・・・?)
ただ家族が恋しいだけだった・・大切だからこそ心が痛い。
こんな事になって本当に私達の事が好きなのか?嫌いなのか?聞かせて欲しいし・・・逆に好きだと言わせてほしいし、背負った痛み知って欲しい。
ギリギリの未来にすがって遠くなって行く弟を見送ると、戦場へと戻る。
そこに運命の絡繰りが待ち受けていつとも知らずに
独り
教室に入っても同級生達はエリカを慰めるところか透明人間のように扱う。
「ねぇ・・?」
「・・・・」
いつもならにこやかに手を振ってくれる友達に声を掛けても、誰も見向きもしない。
「何で・・?みんな・・」
ショックを隠しながらも椅子に腰掛け、机の中に入れていた置き勉用の教科書を取り出すと、そこには思いもしない書き込みがされている。
”犯罪者の娘は学校来んな キモいんだよブス”
”少し顔が男受けするからって調子乗んなよ 本当はぶりっ子でヤリ〇ンのくせに”
「まだ、付き合った事すら無いのに・・」
目ぼしい奴は居る、以前にクラスの女子不良グループの子が好意を寄せていた男子と三角関係に巻き込まれた事があり、逆恨みを買ったのだ。
「クスクス」
グループ全員がエリカを見て笑っているので間違いないと本人も確信していた、だがそれよりも傷を受けたのは周りの態度だ。
「・・・・・・」「・・・・・・」「・・・・・・・」
魂を売った狂信的な売国奴を彷彿とさせる自我の無い人達の視線が痛い。
「ふざけないでよっ!!」
冷徹空間にブレザー一枚で入ってしまった少女は衝動という感情に蝕まれ透明には成り切れずに物に当り散らすと、机の中の物が次から次へと空中できれいな弧を描く。
「きゃっ」
所構わずに投げつけた教科書の角が偶然にも友達の口元に当たってしまった。
「あっ・・その・・ごめん わざとじゃ・・・」
『パチン』
手を差し伸べようとするエリカの手はまさか昔からの付き合いだった友達から跳ねのけられて鈍痛が残る。
「・・・・っ」
突然の悪態に泣きそうになるエリカだが友達は無情にも目を背ける。
「・・・あんたなんか友達じゃないし・・」
「!!」
我が耳を疑った 違う・・こんな耳、切り落としてしまいたかった。
『クスクス・・』
後ろで高みの見物をしながら笑っている不良グループ。
この様を見れば真相はわかっている 皆脅されているんだろう。
でもそこじゃない・・・
なぜ?いったいなぜ?こんなに簡単に友達を捨てれるの?
『プツンっ』
”その瞬間 私の中で何かが音を立てて切れた”
そして・・
悟った・・・
「・・・あっそ」
『ガタガタガタ・・・』
無表情の能面の様に何もしゃべらずエリカは椅子を引きずる。
「・・・そう、友達なんかじゃないよ・・・」
辺りを見回すとみんなエリカの異様な態度に動物的な危険を覚えている。
もう、悟ったからこいつ等がどうなろうと関係の無い事・・・
「あんた達みたいな奴等こっちから願い下げだよ・・死ねっ!!」
そういうとエリカは無表情のまま目の前の不良グループへ向かって椅子を投げつけた。
「きゃぁああ」
『ガシャァアアアン』
間一髪で軌道をかすめた椅子はそのまま教室の窓を突き破り廊下へと吹っ飛んで粉々のガラスと共に床へ落ちる。
「次は絶対に殺すから・・」
そう言い残すと学校から姿を消して散歩中の園児達を横切ってローファーを擦るように通学路を歩く。
(こんな気持ちになるんだったら友達なんかいらない・・もういいよマジでシラケる)
固く荒々しいアスファルトの感触が不快だった。
それだけじゃない
「それじゃ行ってくるね」
夜の9時を越えた頃、新母は派手な化粧に高級毛皮のロングコートを着こんでアパートの外へ出る。
父親と同じ会社に派遣社員として入って部下になった。結局、部門解体の編成でそのまま一緒に追い堕されてしまった後、新しく就いた仕事はそういう仕事。
元々父に出会う前はそういう女だった。結局逆境に心が負けて弱き者に戻ってしまったのだ。
女を捨てられない女 誰か知らない殿方と酒を飲みながら肌を寄せ合い笑い話をしている毎日。
「あぁ、外寒いからちゃんと温かくして寝てね」
『ガチャン』
静まり返った部屋の中、取り残された少女は戸を睨みつける。
「あついよ」
煮えくりかえった衝動、冷徹な灼熱が冬を燃やす。
悟った・・私はみんなとはもう違う・・幸せから嫌われた
連続した貧乏くじを引いて悲哀に出会ってしまった
だったら一掃の事汚れてしまえば良い
何よりも汚してしまえば痛みは消える
何よりも汚してしまえば私は私を忘れられる
新母が夜店で男と盃を交わす頃 上弦は下弦に抗いながらも溶け込む
エリカは黙って逆月を見上げていた
<現代>
「お前が恐れ、慄いている火というのは己自身の中の憎しみの感情か?」
「・・・そうなのかもしれない・・何で私ばっかり・・」
口数は少なくとも目の泳ぎ方が違う、鮮度のある辛い記憶に情緒が乱れているが時間に取り残され続いていた感情が自分自身の足で歩み始めている。
それは憎しみの炎か?それすらを燃やす新しい感情による炎なのか?
どちらかは定まらずとも、本人の中の何かが再び燃火し始めたに違いない。
「ほう・・一人で戦ってきたとでも言いたそうだな」
「クラスメイトからも無視されて、親も居ないし・・何、その言い方?一人意外で何があるの?」
孤独という言葉が咲いて寂しいというエゲツナイ花粉を飛ばす。
「いや、お前の言うと通り 一人と言えば一人だ」
「意味が解らない・・・はぁ、さては『運命は自分で切り開け!』とか 格好良い事言っちゃうの?」
エリカが御代の挑発に乗って口数が増えた・・心の中の活力が放射され始めている。
「いいか、エリカ 半人前と半人前の細胞が合わさって一人前の命になって、母親の体からこの世に生れ落ちる お前がこの鳥居をくぐった理由と同じではないのか?」
「は?」
「生きる事とそれに伴った命儀、合わせて生命を求めに来たんだろ?」
自殺しに来ただけ・・
(そんな難しい言葉並べられても知らないし・・・)
それでも渇望し始めるエリカの世界。
「お前、本当は死ぬほど生きたかったんじゃないのか?」
「違う!親も友達も通行人もみんな殺したかったけど、それよりだったら自分を殺した方が早いと思って・・此処へ来たのもたまたま・・」
「殺して誰の物にも成らなくなる位、実は誰かに分かって欲しかったんじゃないのか?」
萎ていく言葉に水をやり、大輪の花を咲かせようとする御代。
察するに先程も決して挑発したわけじゃない。 心を開くことに後ろめたさを感じていたエリカが甘えて本音をぶつけれる機会を提供したに過ぎない。
「私は・・わたしは・・」
声も身体も震えるエリカ 混沌に置かれた混沌。
「少なくとも死んだくらいで消えるなんて浅識な考えは消せ」
「え?」
「たとえ身体を消すために灰になろうが、灰を消すために土に埋めようが、仮に海の底に沈めて物質が消えても決してお前の求める透明には成れぬ!それが産まれ持った者達の宿命じゃっ!!」
『死は死という明確な色なのだ』と御代が言い切る。
それ以上でもそれ以下でもない”命”の居場所
あの時、衝動という刺激を感じた教室、家・・・違う。場所というのは単なる外側の感覚、本質は少女の中にて混ざり続けている感情にある。
本当は重心に置きかけた二つの斑音が支配する
生dきeたaいd
ごちゃごちゃに仲良く手をつなぐ鎖に微睡んだ少女は独りで戦ってきた。
「・・じゃぁ、私はどうしたらいいの・・・」
崖先に立たされたエリカは御代に手を伸ばすが、快活だった巫女は手を差し出さずにただ微笑む。
「エリカよ、次の幻燈までしか私は関われない その先はお前ひとりで考えて進まなければならないのだ 良いな」
追い払うような険しい表情では無く、優しい女神の様な顔で御代は丁寧に語りかけた。
「え?そんな・・」
慌てて問いただすが終局へ向ける笑顔は変わらない。
「名残は惜しいがお前との追憶はこれで最後だ」
御代は名残惜しそうに炎を出す。
・・・・・・・
(?何も燃えて無い)
今までに無い、”赤”が存在しない状況 だが少しだけ先程より空が明るくなり暗闇が濃紺へと変化を見せ始めていた。
「燃えているのは時間だ・・」
御代も長時間の作業に心身共に疲労が出始めている。
「御代・・・時間が燃えるって?」
「幻燈は見る方も、見せる方も、物凄く精神を使うからな 知らず知らずのうちに時間が経ってしまっていたが、現実世界との相違を燃やして溝を埋める作業をしている・・つまりは、もうすぐお別れだ」
”エリカの目の前が燃え、鳥居の前が燃え、二人の周りが燃え、星が燃え、空が燃えている”過程は実の所、時空の歪み、そして少女の心の殻を燃やしていてのだ。
この作業が始まる前、最初は8時間という数字に途方に暮れていたが、いざ始めると瞬間的な流動。
そう、幻燈七:外の世界=6.9時間:25秒程の比率で描かれていた方程式が変わり始めている
因果=物事の原因と結果 即ち原因となる根源が変われば結果となる未来が変わる
もし、ここで生を諦めれば30秒後の死に辿り着くが、御代と出会いによりその先の時間が此処へ追い付こうとしている。
つまり鳥居の外の30秒の世界に”精神”の影響を受けた”物質”が放つ30秒後の新世界が混ざり始めているという状態
絶対的に生きていられる30秒間の存在を残したまま、内側の現在6.9時間の中で血が固まり、低血圧と出血性ショックによる意識障害を起こしていた身体が御代の補助無しでも回復しかけている。
だが鳥居の外側と内側の二層世界、融合した際に採用される因果はどちらかひとつである
そして全幻燈を見た後、この手首の傷がどちらに転ぶかはエリカ次第
二つの世界の境界線はこうしている間にも燃やされている
「お別れ・・そしたら時間が戻って私も戻るんだ・・」
白銀の中央で鮮血にまみれ心臓の停止を待っていたはずなのに・・・
(なんだろう この気持ち・・)
過去と対峙する 白に潜り込む感覚 しかし白を白で終わらせてはいけない そこにある数多い色彩と向かい合わさらなくてはならない。
エリカは目を瞑って時が遷ろう前の回帰映像を目指した
<幻燈八 ニ年と僅かな日数を前にして手首を切る日までの事>
溺れていた 誰かがわかってくれる事を諦めて陽を捨てた
(嫌な香り・・)
新母が使っていた香水を体中に付けたエリカが夜の街を歩いて回る
甘く 気怠く 異性に媚び入る匂い
そして自称神様という奴等は密の香りに誘き寄せられる
その後、人形の喘ぐ声はこの腐った喉から自然と溢れ、暗い部屋を埋めては壁に脳裏に心臓に沁み込ませて元々在った”優しい”を切り刻む。
自分を殺せば自分が消える そしたら新しい理想になれる
優しく、悩みも無く皆が向こう側で笑いかけてくれる世界
ただ心中温度を感じたくて・・・
ただ心から笑いたくて・・・そんな事も忘れて行く
そして招いた結果により闇の底に堕ちて行く、絶対零度よりも冷えた漆黒の桎梏へ・・
1,2、3、4、5、6・・・何回自分の世界に刃を立てて滅多刺しににしたのだろう・・
むごい異端な痛みは憎しみに代わり再び鋭く鋭利な刃物になって急所を刺していく
それでも誰も現状を564てはくれない。
(ハブられたらどうしたら良いんですか?寂しくなったら誰を慕えば良いんですか?)
教師たちは何も教えてくれない、警察にも相談できない・・社会通念上の犯罪者である以上、裁きの天秤はエリカに下るのだから。
結局、法もモラルも雪の様に降り積るくせに触れた瞬間に溶けて無くなってしまう。
それでも家で眠るよりはまだ良かった、何故ならそこで目を瞑るとお母さんや弟が自分を責める映像が目の前に浮かぶからだ。
『こんなに汚れて、こんな事なら産まなきゃ良かった』 『お前みたいな奴が姉だなんて認めない』
「あぁっ・・」
暗い部屋で耳鳴りと共に響く滅びの声。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・)
「ごめん・・・」
家で泣き疲れて朝が来る・・偽の神様の元で喘ぎ疲れて朝が来る・・朝は来ていない
だから・・・
しんしんと降り積もる雪の中にうずくまって神様に願った
幸せそうな人たちを妬んでその心を歪ませていった
冷たい白銀の中で朱色を散らした
”その時々に願ったのは心が還る場所”
<現代>
「これが、お前の自害に纏わる幻燈か・・」
八回に渡る幻燈で全てを悟った御代 そして見せたくはない闇を防衛本能を削ってでも見せる事で過去と戦ったエリカ。
『事実は小説より奇なり』と死神は嘲笑っているのか?
運命に何度も翻弄されて、若くして稀などん底を這いつくばっている姿を傍観しているのか?
見られてしまった裸の奥、お世辞にもコンタクトとは呼べない調和。
「ここまでボロボロだと引くよね?もう、だめだよ私・・」
「何?」
御代が癒してくれた手首の傷を眺めて悔しそうに歯を噛む。
「汚れちゃった身体にはもう価値なんて無いのかな?価値が無くなったらもう誰とも分かり合えないのかな?・・頼んでも無いのに何で産まれて来ちゃったんだろ私」
再び俯くエリカだったが御代の表情は明るい。
「ガーハッハッハ」
炎を消したかと思えば突然腰に手を当て高笑う仕草を見せつける。
「な、何?」
「根暗な奴め!お前のその悲壮的な感情は既に人形では無かろう 意識があるのだからな」
笑顔に取り残される 追いかけれない足枷
「でも・・あの時、私が死んでいれば良かったんだ」
「何故?」
人知れないコンプレックスを持ったエリカの心は高揚を抑えられない。
「だって価値が無いんだよ!? 生まれて来た理由が最初から無いんならこんな性も無い命、他の人に譲れれば良かったのに・・・」
誰かと比べられた時、劣等感が溢れる時、自分が自分を嫌いになった時、雲の様に存在理由は霞がかかり輝くものは隠れ逝く。
「それでも構わない・・」
「え?」
「産まれた理由は死ぬまでの間に自分の人生で作ればよい」
『ぎゅっ』
愛玩具という歪な鎖を己の力で引き千切ろうともがいている少女を御代は抱きしめる。
「生きろ、まだ逝くべき運命では無い」
「・・・・」
自身の服のしわが深くなり涙に揺れても、決して御代はその白く小刻みに震えるエリカの体を離さない。
「私は今までも、そしてこれからも見守る・・・」
「:::::::」
沈黙の中、エリカのすすり泣く声だけが境内に拡がった。
たかだか30秒、世界の内側だけの事 そこに込められた人の生。
緩やかに流れる時間だったが御代は急にエリカの体を離すと”きゅっ”と顔を引き締める。
「よし、それではこれから最後の幻燈を見せる」
「・・・・・」
涙を拭いたエリカが心の準備を始めた。
「お前に御灯の選択肢を二つ与える 一つは今までの自害に纏わる辛い幻燈を私の御灯で全て焼切る そしてもう一つはその権利を放棄して残された最期の幻燈を追うかだ」
「・・・御代はついて来てくれないの?」
「私は9つ目の御灯を放った時点でその役目を終える 案内役は終了だ」
冷たくも底熱く言い放つ姿は自らの子供を巣立たせる親の姿そのもの。
「私・・・」
親の死、家庭的疎外感、イジメによる学校での人間不信、家族離散、肉体的自我崩壊・・・
(消したい・・)
濃紺の空もだんだんと陽の光に染まってきている 外にある本当の世界で放置されていれば今頃亡き者になっていたはずの少女が生きているのは巫女による治癒と次元調整の賜物である。
「エリカ、直に夜が明けるぞ 準備は良いか?」
「・・うん」
御代がその手に炎を乗せると火の勢いがどんどん大きくなる
「私は・・私は・・・」
『この雪と一緒に私の存在溶かして切って下さい』 『さよなら世界・・・』
(消えたかった・・でも・・)
『温かい』 『何だろうこの気持ち』
過去の欠片を集めて輝きを放つ一つ一つの悟り達は生まれた理由を形成していたのか・・・?
『既に人形では無かろう』
だったら時間をやり直すのではなく、時間そのものをを乗り越えるための遡りだった
『生きろ、まだ逝くべき運命では無い』
・・・・・・・・・・・・・・
「私は・・記憶を消さずに幻燈の続きが見たいです」
少女は運命を受け入れ命儀を運ぶ流れを変えた
「ぷっ」
命運を託す姿に御代はつい吹いてしまう
「・・失礼な」
エリカも言葉の割に表情はそこまで暗くない。
「何故この選択肢に?」
「よくわかんないけどさぁ・・・でも・・お母さんの事を忘れたくないもん それに傷つけた自分の事も、弟の事も、お父さんも新しいお母さんも・・もちろん御代の事も・・」
全てを認めたエリカの姿に御代の顔が赤くなる。
「バっ、そんな恥かしい事を 大体なぁ、私は一期一会で、もう消えるのだぞ」
「絶対忘れないよ・・」
エリカの目は力強い。
「ふん、お前という奴は・・」
御代がエリカの柔らかい手を優しく握って微笑む。
「それではこれから最後の御灯を放つ」
そういうと視界が白くかすみ周りが何も見えなくなった。
「あれ?御代!?」
温かみは感じるが視界に御代を感じれず不安に飲まれる。
「エリカ」
「っ!」
目の前に姿を現したのは20歳位になった御代の姿、くりくりとしていた目は今では細長くまつ毛と共に流れ、透ける様な肌に人間離れした端麗な顔立ち、元々美人のエリカですら見とれてしまう。
「御代・・大人」
「これが私の人間の時の本来の姿だ 今まではお前の心が還りたいと強く願っていた年齢を模した姿になっていたが、もうその必要もなさそうだ」
幻燈壱の頃の姿だろうか?幸せはそこにあったと思い込んでいた頃の憧れの姿。
汚れた体が願ったのは綺麗な思い出、その記憶の中で散るために無色を目指したが無色自体が確実に存在する色だった。
「そして本来の自分を見つけたようだな もう私の術も解ける頃」
「御代って何なの?」
根本的な質問 一体貴方はダレナノ?
「私は時間そのものだ」
迷い込んでは導き出してくれる存在”時間”
「時間?」
「そうだ、この溢れだした時間に捕らわれた私は表裏一体 次元が歪んだときに現れ、迷える者の失踪した幻燈が補正されれば再び透明な幻となって還るのみ」
”だとしたら”・・・エリカは根本的な質問の延長線上に立っていた。
「何で時間に捕まっちゃってるの?もっと自由に・・」
「これが私に与えられた命儀、因果応報だ」
原因と結果の双極線をまたぐ巫女は万物そのもの
全ての有になり全ての無になった
蜜を知って罰を知る 愛を知って憎しみを知る
誕生の始まりを知って終焉の在りかに触れてしまった
「御代、貴方は一体何をしたの?」
「・・・この世の理に背いたのだ」
反道徳倫理を犯してしまった聖職者。
天使の様な悪魔
「ことわり?」
「・・・愛する者達をこの手で殺めた」
「えっ」
自分を生かそうとしていた人物の思いもよらない表明に一瞬言葉を詰まらすエリカ。
「なんで・・?」
「自分を信じれなくなったら、誰も信じれなくなってな・・気付いたら正そうとしてくれた仲間たちを次々とこの手で切り裂いていたのだ」
増々複雑になる御代の身辺 倫理を絶して残虐的な思想の序章をはぐらかす。
「どうだ?私が恐いか?狂気に蝕まれ、毒を喰らう 生きる理由などその程度 だから・・って、おい」
喋っている御代にエリカが抱き着き巫女服に再び深いシワが出来た。
「御代・・ちょっと怖いけど・・それでも良いよ」
「・・・・・・」
温もり、それは御灯以外で感じた素朴で愚劣で純朴な気持ちの歯車。
そのまま、まごころに抱きしめられた御代は別れを悟るように静かに目を閉じる。
「・・・それでは最後の幻燈を見るがよい」
<幻燈九 轟→澄>
青い空 草原 花畑 風の音だけが靡く
(こんな記憶、私には無い・・)
どの思い出を堀かえしても決して辿り着かない左右非対称な事実と虚実
不安が在来しない秩序の真空状態。
「エリカには辛い思いをさせてしまって・・」
細長い小川の向こう岸にしゃがみ込んで水面を見つめる女性。
(お母さん!?)
「あの子にはこの後もお父さんと仲良く暮らして、新しいお母さんを大切にして、素敵なボーイフレンドと出会って、子供を作って、私の分も幸せに生きて欲しいな」
華に微笑みかける姿は爆発に巻き込まれた跡は微塵も無く、美しい肌を太陽にかざす。
「でもね、それでも私は我がままで心配性なのかな?実を言うと・・未だエリカの傍に居たいんです」
(私もだよ!お母さん)
心を締め付けられる。 たかだか数メートル先に・・こんな近くに居るのに触れられないもどかしさ。
「神様、どうか私を生まれ変わらせてください 現世に行ってもう一度、大きくなったエリカの笑顔を見たいんです もし母親が無理なら子供でも良い エリカの子供じゃあの子も気が重いだろうから姉弟とかどうでしょう?」
照れ笑いをしながら手を空に向け語る母親の芯の強い態度はエリカを産んだ直後と同じ表情だ。
「過去に戻る事は出来なくても、あの子が前を見て元気に進める応援をどうかさせて下さい」
(お母さん!!・・ごめん、私、今分かったよ)
例え、姿は現わせなくても叫び、無垢な涙の雫をこぼした 透明は此処に在ったのだ。
<時聖結界>
白い場所 先程と違い御代は居ない
「ぐすぐす・・」
ただ、その中央で女子高生が一人で泣いている・・・。
・・・・
「エリカ」
「!!っ・・その声は御代!?どこなの?」
「さっき、私は時間その物だと言っただろう? ここはその時間が聖域として滞在する場所 即ち私の心の中そのものの姿だ」
まるで子宮の中に居る感覚 落ち着きのある声を耳にして既に一人でも恐怖は無かった。
「心の中?」
「そう、私の本職は時聖結界の巫女として時の護り人と成る事だ それが人間では無い私が殺生を行った罪の償いなのだよ」
”人間では無い”
すると奥から光り輝く粒子と共に生き物のシルエットが形成されていき、やがてそれは成人女性と同じ背丈まで伸び、尻尾を九本持つ銀色の大狐となった。
「・・・御代なの?」
「私の正体は天孤・命婦狐 あの稲荷神社の守り神として永年住んでおる」
そう・・あそこは昔、立派な稲荷神社だったのだ。
御代が大罪を犯して以来その力を結界につぎ込み、今では次元の歪みと共に人を助ける稀な場所となった。
「すまんな、この格好だと恐れられると思ったが 御灯に少々力を使い過ぎて人間の姿を意地出来ん だが案ずるな、中身は私のままだ」
『ぎゅっ』
エリカが御代の脇腹に突っ伏する。
「おいっ!?エリカ?」
「・・・どんな姿でも御代は御代だよ」
見上げた目は赤く腫れぼったく、涙が止まる気配はない。 ただ、表情は穏やかでむしろ無邪気な子供の様である。
「あのね・・お母さんは私のせいで今までずっと熱くて、とても痛い思いをしていると思ってた・・」
あの日から独りでずっと自分を責め続けていた・・・
辛い記憶の柵に声を震わせながらも懸命に話を続ける
「・・でも天国のお母さん・・とっても気持ちよさそうに空を見てて・・うぅ・・火傷も無かった・・・もう苦しくないみたいで良かった・・本当に良かったよぉ・・うぐっ・私それだけで・・とても、とても嬉しくてね・・」
十年近く架せられていた鎖から解放され、溜まっていた感情に言葉が詰まる少女は胸の奥から熱い嬉し涙をとめどなく流し安堵の笑みを浮かべる。
「・・ありがとう・・御代ぉ・・・」
「やれやれ・・」
嗚咽をしゃくり上げて喋るのがやっとのエリカの目頭を大狐が手の甲で優しく撫でる。
「・・ふ、どうやら最後の幻燈で見えたようだな」
幻燈の案内役である御代は最期の御灯を使うとその役を全うし、当事者には関われなくなるが代わりに9個目の幻燈は総括の意を込めてその者の幻燈に一番深く関わった人物の記憶が見えるのだ。
エリカの場合は天国に行った実の母親が自分の弟として父と新母から産まれ変わって来る幻燈を見れたという事になる。
「もうすぐ時聖結界の門を締めなくてはならない 私の心とあの神社の境内は結界によって繋がっているからそこまでは送ろう そして、そこからお前は自分の選択に従って動けば良い」
「御代・・」
夢の端 鳥居の内側は時聖結界と呼ばれる神聖な場所の入り口であり、輪廻の出口でもあった。
『ひらひらひら』
エリカは自分が粒子になって空間を移動する感覚を体で感じていた。 その途中考えて居た事。
(御代の心は痛くないのかな?)
傷を負ったもの同士 その苦しさを知っている それが”時聖結界”の本質である
小河の様にさらさらと流れる時間の中で紡ぎ出される清らかな概念である”聖域”
汚れを乗り越え、慈しみを集約させた保管場所が必要である。
御代は他人の中で消化した記憶も自分の古い記憶と一緒に別次元に在る部屋に収納して管理している。
その部屋の名称が時聖結界。
記憶を形作る大本である”魂”が現世で汚れたり壊れかけたままの人間が稲荷神社へ来ると時聖の部屋が反応を起こして御代へ知らせる。
すると彼女は現世へ赴き、自分の尻尾と同じ数である九本の御灯で邪念や執念を取り払った後に、魂の欠片を自らの心に入れて、失った時を癒す能力を持っている。
そもそも命婦狐というのは神の傍で奉仕を執り行う崇高な存在、人間が作り出した宗教や科学的知識の更に上を清祥し続ける高次元な化身なのだ。
(最愛の人って家族?友達?それとも彼氏?・・かな)
高位な巫女が過ちを犯してしてしまうくらい、心が錯乱する状況というのは計り知れない過去を持っているに違いない。
(御代は私の時みたいに癒してくれる人が居ないまま、ずっと痛いの?)
もしかしかしたらこの巫女には重大な邪や包み込むマヤカシが罪状として残っていたかもしれないがエリカにとってそんな事はどうでも良かった。
体が粒子になって触れられなくても意識が手として御代の中を撫でる。
そしてエリカの頭の中を映像が横切りはじめた
青い空の下、神社の中を歩く行列 黒紋付の羽織袴を身に着けている優しそうな新郎と白無垢姿の御代
清楚な格好で奉納を済ませようと足を運ぶ人生で最も晴れやかな時間
・・・しかし映像はそこで途切れてしまっている
『すまぬ、私した事が 要らない記憶が逆流してしまった様だ』
何処からともなく聞こえてくる御代の声にエリカは引き戻される。
「・・・・・・」
掛けるべき上手い言葉が見つからないエリカの体は徐々に元の形に戻り、目を瞑ったまま御代の中の側面にその身を寄せた。
『ほう・・面白い返答だな』
そう言うと粒子が集まり巫女姿の御代が形成され、日本刀を手に空間の端を正面から斬りつける。
「この刀は次元の元素を切り取る鍵の役目を担っている。これよりお前を現世の因果応報が適った世界へと送り届け、見送った後に境界線を越えた融合により混乱をきたした交世界を切り離す」
斬り口から溢れる光、ホワイトホールとでもいうべきか?淡く白い出口に差し掛かった。
「達者で暮らせよ」
「御代っ!」
呆気無いさよならの挨拶に”バイバイ”を言い返すタイミングも掴めないまま遠くなって行く姿。
狐の神様は本当は優しいくせにどこか不器用で正にどこかの女子校生と背中合わせの存在だ。
『良いかエリカ、お前はまだ生きている どんなにその人生が血塗られ呪われようとも心臓が動いている限りは大地に足を残し、時を刻めるのだ・・・これからその魂が再び汚れて道を見失いそうになったらこの感覚を思い出せ』
粒子さえも消えてしまいそうな空域が放つ明暗境界面で最期に御代が引っ張って来てくれた母親の声。
”白いエリカの華はね、幸せな愛っていう意味なんだよ”
・・・・・・・・・・
<稲荷神社>
瞼を開けると薄暗い空の下、本殿の前で倒れているエリカ。
「あ・・れ?」
寝ぼけ顔のまま仰向けに横たわる彼女の視界に薄明かりに混じって闇に包まれかけた星が広がる。
「お母さん?・・御代・・御代っ!?」
数秒前まで一緒に居たはず・・そこに居たはずの温もりが無く、涼しい空気が服の隙間に入ってくる。
『ボォオオオオ』『ドンドコ・・・』
(な、何の音)
蘇ってくる意識を呼び起こす貝笛や太鼓のお囃子にエリカは驚きながら起き上がり、音の方へ体を向けた。
「えっ!?」
本堂の前には数々の提燈の灯りと狐の行列が続くというありえない事態が積み重なり、エリカの目は釘点けである。
「あっ!!」
その中央には白無垢姿の見慣れた淑女が一人居る。
「御代!!」
エリカはつまる声を荒けながら行列の方へ走り出した。 しかし、御代は一瞬だけ微笑みかけると行列ごと透け始め”さよなら”の合図をほのめかす。
「待ってぇ!!!」
エリカは瞬時に手を伸ばすも、寸前の所でその姿は消えてしまい少女は神社の本堂前の敷地に独り取り残されてしまった。
「・・・・」
・・・・・・・
静まり返った鳥居の中は現実世界の風を帯び、先程までの出来事がまるで全部夢のようである。
(・・・・いきなりそんなの無いよ・・だって、何かちょと・・・寂しいな)
でも、だからこそわかっている時聖の在りか
幻燈の中の出来事は単に自分にとっての辛い過去の記憶では無い・・
滞留した時間を乗り越えるための鎖として心の中に留まっていた。
認める事、受け入れる事、間違う事、過ちを償う事、進む事、想いを育む事・・・生きるための事象
(あぁ・・もう、わかってるよ・・)
頭をかきながら和解を受け入れて吹き出すエリカ。
(正直ちょっと気まずくて怖いけど・・その、何ていうか・・まぁ、新しい、お母さんに・・職を変えてもらえるように頼んでみようかな?その後で弟も親戚の家から連れて帰るし・・余力があれば学校の友達との仲直りの道も探す・・・いや、無理かも)
目標と達成の因果に臆病という線を引いて早くも曖昧に優しくなりそうだ。
(どうせ私、不器用だしメンタル弱いし、全部時間はかかるるわぁ。でも、お父さんが帰って来る時に心に嘘をつかないで笑って迎えたいのも嘘じゃないんだよ)
不確定な線でも引き続ける事に意味がある。
人間なりにも進まなければならない。
『パンパン』
気持ちを新たに起き上がったエリカはブレザーとスカートについた土埃を払った。
(一人でちゃんと出来るかな?・・難しいかな?)
照れ笑いをしながら振り返って見る方向は鳥居の向こう側の新世界。
『コツンコツン』
ムートンブーツを履いた足でゆっくりと歩き始める。
(わかってるよ、独りじゃないもんね・・)
御灯は決して罪も悲しみも怒りも焼かない。
ただ・・ひたすら照らすのだ。暗闇の中に隠れた己をやんわり、ぼんやりと掬っては温める焔である。
だから美しさを知る・・・
『喜び、楽しみ、嬉しさ、微笑ましい』
皆に好かれてはすぐに慕われ、もらわれて行く感覚。
そこに置いてきぼりをくらって、いつも独りぼっちの『悲哀』という感情は不安そうに考え込んでいた。
”ボクは生まれて来るべき存在じゃなかったのかな・・?”
今のエリカなら知っている。
表裏一体で支えてくれていた側面、光の美しさ、喜びの色を教えてくれる感情を撫でては抱きしめ、亡き母親が産んでくれた日と同じ言葉を語りかける。
”生まれて来てくれてありがとう”
朝日が昇り始め街を、鳥居の前に立つエリカを柔らかく照らし出す。
その明かりによって明確になる手首の傷。
痛みも無く完全に塞がってはいるもののこれがある限り一人では無い、その傷を見てエリカは心強そうに微笑む。
「意地悪・・でも、ありがとう、御代・・!!」
『コツン』
エリカは意を決して鳥居の外へ出た
金色の光と濃紺の空がぶつかり合う隙間から”ふわり”と御代の手の様にやわらかで繊細な雪が少し降ってくる。
(快晴なのに・・お天気雪?・・っ!!)
”狐の嫁入り”
さっき見えたお囃子はまさに婚礼の最中の映像。そう、御代はエリカが痛みを伴いながらも外の世界へ出る決心を決めた門出の祝いに自らの一番辛くとも嬉しく縁起の良い記憶を再現したのではないのだろうか?
自殺に関わる”精神”と”物質”の因果を受け入れる事で悲哀を慈愛に変えて、乗り越えたご褒美だったのであろう。
少なくともエリカにはそう見えていた・・
(ったく!・・最後までぶっきらぼうなのに・・温かいね)
昨夜、自分と向き合えたのはエリカだけでは無く、彼女の中の純粋さに感化された御代もまた救われていた。
そして、陽が動く、鳥が鳴く、生と命が生まれる
時間は元に戻り、8.3時間を超えた世界の風に少女は包まれて朝焼けの中、帰路を目指した
・・・・・・・
・・・・・
・・・
<後日談>
その後、やはり人間の心の中に巣食う確執は簡単には消えはしなかった。
新母は転職し昼に勤められる職に変わったものの、ストレスが堪るとブランドや男受け中毒などへ対するコンプレックスを拭えず、週一で医師のカウンセリングを受けている。
教室では不良グループから直接的な許しをまだ得られてはいない。謝りに行った友達もやはり学校の中では避ける・・しかし、エリカの携帯電話がメールを受信した。
『ごめん、私も色々あって、エリカの事を考えないまま、あの時はつい・・本当にごめん』
「・・・」
『私もだよ、ごめん・・でも、それでも友達だと思ってるよ!』
『放課後校門で待ってるから・・一緒に帰ろう』
表面上は見えにくくともそこに在る絆、電波を介してお互いに実直な旧友を再び受け入れ始めていた。
そして、娘と同じくらい不器用で実直な父親も未だ服役中である。
だが、帰る場所だけは照らしておきたいと新しい家族は刑期を終える日を心待ちに過ごし、可能な限り面会へ小まめに顔を出すと、その度に父親は泣く。
檻の冷たさに気づいてくれたのか?
その反対に位置する平穏な温かさを思い出してくれたのか?
・・・・・・・
・・・・
実際の所、神社の件を通して人生が好転したか?と言われれば劇的に変わった訳では無い。
進めば進んだなりに課題も見えてくる。
勿論エリカ本人も元々自殺志願者だったわけで、未だ少しの事で傷ついたり気持ちがグラついたりと繊細な部分もあるが、天国の母に対する罪の意識が取れた事で逃げるために用意していた淫らな男関係を全て断ち切った。
(お母さん私、天国のお母さんを見た時に分かったんだ、私はもっとお母さんに甘えていたい寂しい気持ちを他の誰かに当てつけて満たそうとしてた。でも、本当はいつも傍に居てくれたんだね・・)
”その事を、どっかのぶっきらぼうな狐の神様が教えてくれたの”
・・・戦後の現代社会においても尚、人間が構築し続ける世界に絶対的な平和は無い。
こうしている間にも誰かが傷つき、誰かが泣き叫び、誰かが死んでいる。
幻燈を見た人間達の中にも幸せを掴みきれなかった者も居るし、そういう意味では今回の件も不安は完全には祓えない。
そして発起人の御代自身、何者なのか?彼女自身の傷が癒される日が来るのか?という謎に関しては、もしかすると後日、再び悩める者達の幻燈を通して少しずつ明らかになって行くのかもしれない。
そんな抽象的な日々の中、ただ一つだけ流れる事実がある。
それから数週間後、澄んだ蒼い空がどこまでも泳ぐ日の事。
山の奥に佇む廃屋の様な古い稲荷神社の本堂に、白く咲いたエリカの華と稲荷寿しのお供え物が置かれていた。
『パンパンっ!』
手を合わせて祈った後、二人で仲良く手をつなぐ姉弟。
よちよち歩きで上機嫌に歌を唄う弟をどこか懐かしそうに優しく眺める姉。
幼い足がつまづいて転ばない様にゆっくり、ゆっくりと階段を下りる二人の後ろ姿を神社の鳥居はずっと見守り続けていた。
詩゛・焉 途゛~じ・えんど~
文・原画:天照 イラスト・着色:薙




