A君は語るー6
豚、豚、豚よ鳴け。
そう囃し立てられて河鹿は、ブーブーと鳴き声を上げてました。そうしながらも、口を動かしなにかを食べているのは変わりません。しかしそうしているうちはまだよかったのです。豚呼ばわりされ、河鹿もそれに甘んじているうちはです。やがて呼ばわりは扱いに変わりました。つまり豚扱いです。
ぴしゃぴしゃと肉付きをたしかめるように叩いたり、帰りを待ち伏せされては手酷いことがなされ、なんくせをつけては、弁当を食べる際に箸が取り上げられるようになってきました。いじめはどんどんそうやって加熱するのが常です。弱者の涕泣こそいじめの醍醐味です。
河鹿は涙目で、手で弁当を食べるようになりました。そしてブィブィ鳴かされました。そしてつぎには手も禁止。豚が手を使えるわけないだろう。そう言われた時の河鹿の目は、なにかを通り越したように暗く沈んだものでした。
それからです、河鹿の様子が変わり始めたのは。いまも言ったように、河鹿の目は暗く沈んでいましたが、日が経つうちに、暗い中にも、瞳の奥に光るものがあるようになりました。闇の中の熾火のような炎です。鬱積している情念を、人知れず燃やしているような暗い炎でした。
やがて河鹿は、弁当の中に顔を突っ込んで食べるのがあたりまえになってきました。あの、僕たちが秘かに羨望していた、黒地に椿の花が描かれた弁当箱を取り出し、二段になったそれを開くまでは人なのですが、そのあとはブーブー鳴いて、鼻と顎で弁当箱を器用に扱いながら食べていました。机に手をのせて上体を支え、椅子の上に膝をついて、くちゃくちゃと咀嚼音をさせ、弁当を食らう姿はさながら豚でした。暗い部分も惨めな様相もなく、ただ無心に食べているだけでした。そこには、転校してきたばかりのどこか品のよい河鹿の姿は、もうどこにもありませんでした。
ある日のこと、その河鹿の弁当が箱ごと落ちて床にばらけました。しかし河鹿は一向に慌てることも気にするふうでもなく、椅子からおりると、両手と膝をついた四つ足の姿勢で、床にこぼれたご飯や、卵焼きなんかのおかずをもくもくと食べていきました。床を舌で舐めて食べ終わると、まだなにかないかと鼻をうごめかして、四つ足であたりをうろつきます。
こうなってくると、さすがにみんなも怖くなってきました。声をかけようとすると、鼻の穴をふくらまして息を吐き出し、唸り声を上げて教室の隅に身をよせ、憎悪のこもった眼差しで僕たちを睨むばかりでした。そして唐突に我に返り、河鹿はさめざめと涙を流していました。