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魔の豚  作者: 愛理 修
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A君は語るー2

 蛇沢は、いまでもありありと思い浮かべることができるほど、美しい顔立ちをしていました。鼻筋がとおり、女みたいな細い眉と切れ長の目をし、男の僕なんかから見てもため息が洩れるほどでした。色が白くて、小さめの唇はふっくらとし濡れたように艶めいていました。首が長く、詰め襟から覗くうなじには仄かな色香が漂い、体育の授業の時に教室で着替える際など、同性でありながら蛇沢が学生服を脱ぐようすに、僕たちはしどけないものを感じていたほどです。

 男の僕たちですらそうでしたから、女子たちの間で蛇沢がどれほど愛慕の的だったかは、もう言うまでもないでしょう。


 両性具有というのでしょうか、蛇沢には男やら女やらをこえた美しさがあり、それが思春期に入ったばかりの僕たちには狂おしいものとして映っていたのです。しかもそれはどこか、性的な大人へのなまめかしさを匂わせていました。蛇沢の学生服の前をかき開き、その白いシャツの胸に掌を当てると、やわらかな乳房のふくらみがあるのではないかと男子は夢想し、女子もまた、異性でありながら同性のような夢想を蛇沢に抱いていました。異性に興味を持ちながら、直接そこに踏み込むことのできない世代にとって、蛇沢はひときわ悩ましい存在だったのです。

 そこには、禁断の扉を開くような恐ろしさもありました。もいではならない甘美な果実のようなものです。きめの細かいすべすべした皮膚を食い破って、いまにも無数の蜘蛛が這い出てきそうなあやうさがあり、それがかろうじて抑えられているかのようでした。しかも、かえってそのせいで僕たちは蛇沢に魅了されているのでした。


 そしてなにが憎たらしいといって、蛇沢がそんな自分のことをちゃんと心得ていることでした。四月にクラス編成があり、そろそろみなの名前と顔が一致し始めたころには、彼はいつのまにやらクラスを支配していました。べつに蛇沢がなにかをしたというのではなく、その美しさのまえに、僕たちは俘囚になるしかなかったのです。蛇沢が微笑して、黒いものを白と呼べば、誰もそれに逆らおうとしない雰囲気みたいなものが、クラスの中に規律みたいにしてできあがっていたのです。

 みなが蛇沢を欲し、その気持ちを押しとどめていました。それを破ればなにか恐ろしいことが身にふりかかることを誰もが知っているようで、そんな僕らの気持ちを、蛇沢は熟知していました。いや、楽しんでいたと言ったほうがいいでしょう。挑発したかと思うと、わざと素知らぬふりを装ったりして、こちらの気をやきもきさせるなどしょっちゅうでした。僕らの心情を煽るだけ煽り、その一方で嘲笑するというのは、蛇沢にとって天性みたいなものだったのです。


 表面上ではなにもない平穏無事な学校生活でしたが、水面下ではいつもそんな不安が漂っていました。なにかあるわけではありません。でも、つねになにか起こりそうな、いずれとんでもないことになりそうな予感が絶えずつきまとうというのは、薄氷の上を歩いているような心持ちでした。僕たちは、いつそれが割れ、裂け目が生じるかと思って学校に通っていました。

 胸苦しさを抑えながら、かろうじてバランスを保っている。クラスはそんな感じでした。

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