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魔の豚  作者: 愛理 修
2/17

夜話の会

 S氏の邸宅に着いたころには、あたりはすっかり暗くなっていた。門前に松の木がある、白壁の塀に囲まれた和風の佇まいが雨の霞につつまれている。まわりの家が矮小に見えるほど、堂々とした邸宅だ。

 今宵の客人たちのためにか、開きっぱなしになった格子の戸を通り抜け、門灯を帯びて濡れ光ったツツジの植え込みに挟まれた石畳の道を行くと玄関があった。傘をたたんで滴を払い、中に入り声をかけると、S氏みずからが私たちを出迎えた。

 

 よい晩ですなとS氏が言い、まったくですと私たちが答えるのをS氏は嬉しそうに受け止めた。

 白髪をうしろに撫でつけ、つやつやした肌をし、笑うと目が細くなって顔の中に埋没した。私の胸までしか届かない小さな背丈のS氏は、両腕をうしろに組んだ姿勢で、私とKを邸内へと誘導した。

 右手に庭を見ることのできる長い廊下をすすみ、十二畳の和室に案内された。正面の土壁に幽鬼の描かれた掛け軸が二点掛けられ、蛍光灯の白っぽい明かりが、卓を囲んで七人の男たちが座っているのを照らしていた。年齢はまちまちで、残り少なくなった頭髪を惜しむようにしている者もいれば、まだ学校を出たばかりに見える若輩者もいた。私やKと違い、いずれも裕福そうで品格があるように見える。


 私たちが最後だったらしく、腰をおろすとさっそく酒宴が始まり座敷は賑やかになった。料理が卓に並べられ、杯に酒がつがれた。S氏が私とKをみなに紹介し、簡略にみなの紹介がされた。私とKは曖昧にうなずきながら、ほとんどなにも聞いていなかった。料理をがつがつと平らげてばかりだった。箸を使うのがもどかしく、いらいらさせられるほどだ。細身の体からは想像もできない二人の健啖ぶりを、みなは唖然として見つめていた。つぎつぎと皿が空になり、運ばれてきた皿がまたたくまに空になっていく。

 料理が出尽くしたころになって、ゆで卵と蒸した玉蜀黍が大笊に、煮豆が大鉢に盛られたのがどんと卓におかれた。

 そう慌てられなくても、ごゆるりと。S氏が言うなか、私とKはゆで卵に手を伸ばした。なんなら、あとでご飯でも握らせましょう。私は満身の笑みを浮かべ、Kと顔を見合わせた。


 そのころになると、誰ともなしに怪異な話が口にのぼり始め、座にはそれなりの雰囲気が漂いだした。一人が語り、それを継ぐようにもう一人が話していく。いずれもうす気味の悪い内容のものばかりで、私は玉蜀黍に口をつけながら聞いていた。

 私たちにもと催促があり、私が首吊り幽霊の話をし、Kが、最近収集した怪異談を二つほど披露した。


 ――しかし、いまお話しした話にしても、信憑性という観点からみれば、はなはだ疑わしいものです。というのも、あとづけが多いからです。つまり、ある現象が起こり、あとになって思ってみればこうこうだったんじゃないかといった類の話でしかありません。結果があって、それ以前に生じていたことを、その結果に結びつけて意味をもたせているだけです。たとえば、ある人が突然死んだとします。それに対して、あとになって、そういえば朝カラスがうるさく鳴いていたとか、飼っていた犬が妙にしょんぼりしていたとか、やれ鏡が割れた、靴紐が切れた、なんかの現象を結びつけるわけですね。物語であるならそれでいいのですが、現実的な思考法としては、カラスが鳴いていたから、鏡が割れたから、という理由でその人が死んだはずはないのです。祟りや呪いにしても似たようなところがあって、不幸な出来事が生じたあとに、やれなんとかの祟りや呪いとなることがほとんどです。しかもそれを人に話すだんになると、祟りや呪いのことを先に話して結果を話すという、事実としては逆のことが行われるから、さも祟りや呪いなどがあるように聞こえてしまうのです。祟りがあるから、あなたはぜったい死ぬと宣告されて、百パーセントの率で死んだ人の話を、僕はいまのところひとつも収集できていません。ですからいま話した、死者の霊が人をあの世に連れ去ったようにみえる話も、信憑性という点では、僕はまったく信用しておりません。話の流れから、そう見えるだけです。それに第一、死者なり化けものなりが、人を殺したことなどは、これまで一度もないのが現実です。


 Kは、怪異や不可思議な話をしたあとに、みずからの解釈を述べるという困った特徴があった。

 私に言わせれば、それは無粋なものでしかない。怪談や怖い話は、それはそれとして味あうべきものであって、現実的な思考や科学的な見地などというものは、いらぬもの、いや邪魔でさえあるものだと思っている。だから、これでまた座が白けることになるのかと心配した。

 が、そうはならず。Kの怪異現象に対する真摯な姿勢に、みなは興味を持った。そして、それではこの話はどう思われますかと、つぎつぎと話が繰り出され、それに対してKが私見を述べるというふうに場は進行していった。


 しんしんと夜が更け、末席に座っていたA君が、僕からもいいですかと言い出したのは、そろそろ話もつきたかと思われるころだった。

 A君はS氏の甥にあたり、その夜は仕事の都合でこちらに来ていて、たまさかS氏の邸宅に泊めてもらうことになっていた人物で、面白そうだからと参加していた口である。

 生真面目そうな面立ちで、きりっとした眉の下からは理知的な目が光っていた。 



 

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