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魔の豚  作者: 愛理 修
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夜の公園ー5

 私は息を呑んだ。口を開いたものの言葉が出てこない。思いがけない指摘に驚いてもいたが、A君たちを殺人者とすることに慄然としていた。怪異な話が、いきなり血なまぐさいものへと転換していた。

「よかったら、僕にもわかるように説明してくれないか。君は自分がなにをいっているのかわかっているんだろうね」

 そう言ったのはいくぶん間があってからだった。

 Kは親指と人差し指で一度唇をつまんでから口を開いた。私に向けられた目に迷いはない。

「河鹿が死んだあとA君たちはおびえていたよね。それは、魔の豚にあてつけてはいるが、実際には、自分たち全員で河鹿をいじめたことがばれるんではないかと怖れていたんだよ。ただ十四歳ということもあって、それは魔の豚という怪物への恐怖と渾然していた。そんななかで蛇沢の様子が変わってきた。さも河鹿が目の前にいるふうな態度を取ったり、豚の鳴き声を真似してみたりして、A君たちにはそれが怖ろしかったのさ。蛇沢も、それがA君たちを不安にさせ怖がらせることを知っていて、わざとそうしていたのだと思う。直接的にはなにもせず、河鹿や豚を連想させることで、いつ自分がほんとうのことを言うかわからないよと匂わせていたのさ。河鹿をあそこまで追いつめたのは誰たちなんだってね。それが河鹿が死んだあとにとった、蛇沢がA君たちをついばむ方法だったんだよ。事態を悪化させること、破壊への欲望がそうさせたんだよ。河鹿を失った蛇沢には、空虚しかなかったのかもしれない。蛇沢が河鹿の死を悼んでいるとか言っているんじゃないよ。ただ空虚だったのさ。

 A君たちはそんな蛇沢を怖れ、憤慨し、なんとかしなくてはいけないと考え始めた。たぶん、そのあたりで責任の転嫁がなされたことだろう。河鹿がああなったのも元をただせば蛇沢が悪いのだ、蛇沢のせいで河鹿はああなってしまったのだとね。それはやがて、河鹿が報復すべきは蛇沢だになり、報復はなされるべきだに変わっていく。まったく都合のいい思考過程だが、人は誰でもそういうことをやっている。しかも彼らは中学生だった。心の奥底では事実が明るみに出るかもしれないという恐怖があり、それがなおのこと、そういう妄想のような詭弁を増長させた。A君たちのなかで、美の象徴であった蛇沢はそうやって排除されるべき存在に変わっていったのさ。そして計画がなされ、蛇沢は死ぬことになった」

「なるほど、A君たちが蛇沢を殺害したのだとしたら、そういう動機や心理もあっただろう。しかしそれはあくまで、A君たちが犯人だ、としたらの話だ。君の考えは本末転倒になっているじゃないか」

「そのとおり。ただ残念なことに、僕はA君たちを犯人と決めつけて動機づけをおこなったのではなくて、A君たちが犯人じゃないかと思ったから、いまみたいな動機づけをこころみたんだよ」

「どうしてA君たちが犯人だと思うんだい」

「A君の話にあった蛇沢の遺体の説明がやけに具体的だったからさ。いいかい。蛇沢の遺体を最初に発見したのは、早朝に出校してきた教員だったよね。その教員がまずすることは警察や校長に連絡することだろうけど、つぎには、できるだけ早く生徒たちの目に遺体が触れないようにするはずだ。それなのにA君の話し方は、蛇沢の遺体を直接見たようなものだったんだよ。河鹿の遺体の説明と比較したらそれがよくわかる。河鹿のは明らかに見聞によるもので、ほとんど説明はない。そのてん蛇沢の遺体はやけに具体的になっている。争ったようすはないとか、一目で目をそむけたくなるとか。極めつけは、闇の中で明かりに浮かび上がったそれはという部分さ。明かりに浮かび上がったなんて、なんらかの照明を当てたみたいじゃないか。それに、遺体が発見されたのは早朝なのに、闇の中でとなっているとこが妙だろう。まるで、夜に懐中電灯かなにかで照らして見たようには聞こえないかい。死体が発見される前の夜中に、みずからの目で確認したようには聞こえないかい。考えすぎで、言葉の揚げ足をとっていると言われればそれまでだが、そこから僕はA君たちが犯人だと思ったのさ。それとこのことも言っておくけど、蛇沢を殺害したのは、目に見えない魔物でなく人間だったのは間違いない。魔物が人を殺すのに、呼び出しのメモを渡したり、蝋燭立てを置き忘れたりするはずがないじゃないか」

「しかしそうだとして、蛇沢の顔面を砕いた人の力とは考えられないものはどう説明する」

「道具や仕掛けを使えば、いくらでもそんなものはできるよ。ビルの屋上から氷の塊を落とせば、人ととは思えない怪力なんて朝飯前だ」

「君は、そうやって蛇沢が殺されたというのか」

「ちがうよ。あくまで例えだ。蛇沢がどういう方法で殺されたかは僕にもわからない。手がかりが少なすぎるからね。それでも彼の話を使って、殺害方法をひとつぐらいは案出できる。具体的でない、ほとんど空想の領域でよければね」

「どういうものだい。聞かせてもらいたいね」

「いいとも。今も言ったように、具体的でない空想的なイメージみたいなものだぜ。まず蛇沢の遺体のあった位置を確認しておくけど、校舎は『エ』の字型で、上が東棟下が西棟の、真ん中が渡り廊下だったよね。屋上もつながっていて、東棟と西棟に挟まれた左側の空間の運動場寄りに遺体はあった。これで間違いないね。

 僕がそれから思いついた方法というのは、渡り廊下の位置から見て左側の東棟と西棟の間に、鉄柱のような棒を渡し、その鉄柱の中心に登山用のザイルを結びつけて、もう一方の端に重りをつけた、巨大な振り子を作るというものさ。その重りを渡り廊下の屋上から振りおろし、それが蛇沢の顔面を直撃した。イメージとしては、振り子というよりブランコを連想してもらったほうがいいかもしれない。ブランコの横板を持ち上げ、目の前の人間にぶつける感じだね。それが校舎を使って大仕掛けになっているわけだ」

 あまりに子供っぽい発想に私は笑ってしまった。つい公園のブランコに目を向けてしまう。

「幼稚すぎて話にならない」

 私の一蹴に、Kは照れくさそうに髪を撫でつけた。

「君の言うとおりだ。ただ、この方法が不可能だとは言わないでくれ。重りとして、鉄アレイを使ったりすれば、一撃で蛇沢の顔を無残なまでに破壊するだけの力は出せるはずだ」

「それはそうだけど――確かに、校舎を使った振り子というのもありえるかもしれない――が、それよりなにより、人をひとり殺すのになぜそんな大がかりな装置を使わなくちゃいけないんだい。魔の豚の仕業と思わせるためとか言わないでくれよ。警察が、化け物を捜査対象にするわけがないんだから」

「彼らが子供だったからそうしたのさ。魔の豚の仕業にみせるためでなく、自分たちが、魔の豚の仕業と思うためにそうする必要があったんだよ。警察が通常の理解を越えた部分があると感じたのもそのせいだ。子供の視点、殺人という大罪を正当化するという身勝手な心理を警察は見逃したわけさ。

 しかしここで言っておくが、警察はそんなに馬鹿じゃない。想像にすぎないが、たぶん警察は事件の真相にある程度気づいていたと思うよ。ただ、中学生のクラス全員が犯人だったなんてそう簡単に公表できるものじゃない。一大スキャンダルだからね。世間が震撼するのは目に見えてる。それで、その当時の時代の風潮もあるなら、彼らの将来も考えて、穏便な処置となったんじゃないかな」

 Kはにやりと笑った。

「要するに、事件が異様になった最大のポイントは、A君たちが中学生だということにあったんだよ。彼らはまだ子供で、現実と空想が一緒になり、まずいことはすぐ隠そうとするなら、なんでもかんでも自分たちを正当化しようとする。さっき話した蛇沢への責任の転移もその一例だ。蛇沢は河鹿に報復されるべきだという考えが、思いになり、それがされるとするとどういう方法がいいかになり、実行したらどうなるかというふうになっていったのが事件の真相さ。動機の根底である、いじめがばれるのを防ぐという本能的な自己防衛には目隠しをしてね。しかしそうやって正当化しようとしても、人を殺すというのは、なかなか正当化できるものじゃない。そこで河鹿の書き残した魔の豚という怪物の登場になるわけだ。報復するのは自分たちでなく、魔の豚として甦った河鹿という正当化さ。そうやってまずい部分に目を塞がなければ、彼らは殺人という大罪を犯すことなどできなかったんだ。そして、そう自分たちが思えるようにして犯罪は仕組まれていった。まさに子供らしい、妄想の混じった心理だね。魔の豚が甦ったような噂を流しつつ、大がかりな、空想的としか思えない犯罪を準備していく。大がかりになったのには、もうひとつ理由がある。クラスの全員をなんらかの形で犯罪に加担させる必要があったのさ。階段から突き落とすとか、プラットフォームで背中を押すとかの簡単な方法だったら、ひとりの人間に罪をなすりつけるおそれがあるだろう。そんなふうになるのは誰もがいやだったろうし、そうならないためにも、方法は少人数でできるものでなく、クラスの全員でできるものではなくてはならなかった。つまり、殺害方法は大がりになる必要があったんだよ。それにきっと、みんなでやれば怖くないもあっただろうね。

 僕の振り子の場合で説明すると、まず道具をいろいろ揃えなくてはいけない。実行の際には、重りを振りおろす者は当然として、東西の棟に渡した鉄柱を押えておく者も必要だ。あと見張り役もいるだろうし、宿直の教員なりアルバイトがいたりしたのなら、それをなんとかする役目の者もいただろう。その他にはアリバイを偽証してくれる者も用意しとかなくてはいけなかったかもしれない。わかるだろう。どれだけの人数がいるか。これほど大がかりだったら、文句なく全員が犯罪に参加できるわけだよ。

 あとの説明は簡単だ。呼び出された蛇沢が学校に来る。そのとき蛇沢がなにを思っていたかは知る由もない。なにかあることには気づいていただろうが、殺されるとまで考えていたかどうかはわからない。ただ、これは僕自身大層な見方なんだけど、蛇沢は死を覚悟していたような気がする。なにもかも見通していたような気がしてならないんだ。ま、それはいいとして、指定された場所には蝋燭が灯されていて、深夜にそんな明かりがあったら誰だってそのそばにいってみるだろう。蛇沢もそうし、それが目標となって重りをつけた振り子が振りおろされた。重りで直撃するには、決まった位置に相手がいることが肝心だった。蝋燭はそのためのものだ。振り子が闇を切って蛇沢の顔面を砕き、蛇沢の身体は後方に弾き飛ばされた。その後A君たちは蛇沢の遺体を懐中電灯あたりで確認し、道具を回収して立ち去る。その時、つい蝋燭立てを忘れてしまったのさ」

 悪夢のような話だった。黒い服に身をつつんだ子供たちが、ぶつぶつと呪文みたいなものを唱えながら、深夜の学校で作業を進めていく姿が、聞いているそばから思い浮かんでいた。それはどこか儀式めいていて、悪魔がかっている。


 馬鹿なと呟いて、私は頭を振った。

「そんな方法で人を殺そうとするはずがない。いくら計算したところで、振り子の重りがうまい具合に当たるかどうかなんてわからないだろう。そんな不確かな方法で、人を殺そうとする者などいるもんか」

「それでよかったのさ。不確かな、偶然が作用する方法でよかったんだよ。そうすることで、いっそう自分たちの罪を意識しなくてすむわけじゃないか。蛇沢を殺したのは魔物のなせた業であって自分たちでないとね。失敗したらそれはそのとき。そのあと暴力で襲いかかったかもしれないなら、新たな計画を立てたかもしれない。あきらめることだってできたはずだ。しかし振り子は蛇沢の顔面を砕いた。まさに、これこそ魔の豚がその力を示したことに他ならない。彼らはそう信じ込んだ」


 巨大な振り子の空を切り裂く音がし、その重りが目の前に迫りきたような恐怖を感じた。それが私の顔面を直撃する。なにが起こったのかすらわからないまま、私の身体はうしろへ弾き飛ばされる。黒い服の子供たちが、両腕を天上に伸ばし夜空を仰ぎながら言葉を捧げる。


  我は闇の淵より甦りし

  その身は暗黒の炎につつまれ、その目は憎悪に満ちた悪鬼の如し

  おおいなる夜の翼と鋭き牙をもて、いま我は報復せり

  我の名は魔の豚なり


「あくまで君の解釈だ」

 私は落ち着かなかった。

「そう。A君の話を元にして、僕が作り上げたでっちあげだ」

「それにしても信じることなんてできやしない。振り子が当たる可能性なんて、ほとんどゼロパーセントじゃないか。風の影響もあるなら、空気抵抗だってある。重りをつけた紐の張力だって大きすぎて計算できない。どうみたって不可能だ」

「そうだよ。一番の問題はそこさ。もし僕の話どおりだったとしても、そんなことが起こるはずがないんだ。しかし、それでもそれが起こったとしたら、君ならどう考える。偶然かい――それとも、なにかべつな力が働いていたとするかい。彼らが信じたみたいに」

 夜の静寂が迫り、私の背筋を寒気が走った。うなじの毛がちりちりとし、不快なものが這いのぼってくる。見ると、誰も乗っていないブランコが、ゆっくりと揺れ動いていた。

 そのとき私は感じ取った。私たちの背後になにかがいた。かすかに、人とは思えぬ歯ぎしりがし、息遣いが聞こえ、だんだんと近づいてくる。思わず私は――


「おっと、振り返っちゃいけない」

 首を動かしそうになった私にKが言った。穏やかな口調だが、有無を言わせぬものがある。

「たんなる気のせいさ。夜は、よくそんな気迷いがするものさ。それに、もし振り返ってだよ、そこになにかいたりしたら大変だろう」

 Kは顎を上げて微笑んでみせた。

「どうやら、僕たちは少しばかり長く話をしすぎたみたいだ。そろそろ帰ろうじゃないか。いいかい、そっとだよ。決してうしろを振り返ろうとしたりしてはいけないよ」

 私とKは傘を手にして立ち上がると、音を立てぬようそうっと足を前に出し、そのまま月明かりの家路へと向かった。

 念押しされなくても、振り返るなんてとんでもない話だった。





最期までお読みいただきありがとうございました。

少しは楽しんでもらえましたでしょうか……?

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