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魔の豚  作者: 愛理 修
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夜の公園ー3

「まず話の中心に蛇沢がいるのは君もわかるよね。A君の話では稀にみる美少年ということになる。彼はその美しさで、男女を問わず同級生を魅了し君臨していたわけだ。性格がよろしくなくて、A君たちを挑発しては嘲り、そうすることを楽しんでいた。こんな人物を君はどう思う」

「美しいのを鼻にかけた、いけすかない奴だよ」

「そのとおり、本質的に蛇沢というのは嫌われていた生徒だったんだよ。しかしその一方で、蛇沢には人を魅了せずにはおかない美しさがそなわっていた。つまり嫌悪の対象であると同時に、蛇沢と同化したいという願望がA君たちのなかにあった。同化というのは、その人物と一緒にいたいとか、独占したい欲望と思ってくれ。もちろんそこにはセックスというものが入っている。中二という十四歳あたりのセックスだ。罪悪感や羞恥心を感じながらも、セックスへの興味で悶々とした夜をすごしたなんていうのは、思春期を通り越した君にだっておぼえはあるだろう。理性ではどうにもならないからやっかいなものさ。そしてその偶像がA君たちにとって蛇沢だったわけだよ。触れたいのだが触れてはならないもの、しかも嫌われてる人物だけに、みなは遠くから蛇沢を見ることしかできなかった。

 こうイメージしてみたらどうかな。とても美しくておいしそうな菓子が皿にある。しかしそれには毒が入っている可能性もある。食べてみたいが決心がつかない。しかも菓子はひとつしかなく、クラスの全員が自分と同じ気持ちを抱いている。そうなると、指をくわえて様子を見守るしかないのは当然さ。

 そして蛇沢はそういうみなの気持ちを知っていた。蛇沢の性格が温厚だったらなにも問題はなかったんだろうが、生憎と性格は歪んでいた。蛇沢には彼なりの理由があったと思うが、とにかく彼は同級生の自分への思いを翻弄しては楽しんでいた。けっきょく蛇沢というのは、クラスで孤立した存在だったんだよ。誰一人として友だちのいない奴だったわけさ。そのうえで彼には、自殺願望というのか自虐的な心理があって、それを他人に向けていた気配がある」


 ここまではいいかというふうに、Kが私を見た。

 自殺願望には疑問を持ちながらも、私はうなずいてみせた。


「そういう状態のところへ転校してきたのが、河鹿守という生徒だ。男でも女でも、君の好きに解釈してくれていい。その河鹿に蛇沢が接近する。河鹿のなにが蛇沢を引きつけたのかは説明されていなかったけど、転校生ということ、みなと少し違う雰囲気を身につけていて、クラスにまだ馴染んでいなかったことが二人を結びつけたんだと思う。つまり孤立した者同士という関係だね。面白いのは蛇沢の心理で、隠れた願望みたいなものが根底にあって、それを河鹿の中に垣間見ていたというのがほんとうじゃないかと思う。しかし蛇沢の悲しいところは、それが夢にしかすぎないことを知っていた点だ。河鹿と仲良くすることで、みなが苛立つことも蛇沢は計算していたはずだよ。

 それにしても、河鹿側からみたらまさに不幸としかいいようがない関係だといえる。クラスに溶け込む前に、蛇沢のような美の化身にそばにいられたのでは、クラスの他の者たちは見えなくなってしまっていただろうからね。

 そして話のなかにあったくちづけ事件が起こったわけさ。河鹿がそんなことをしてしまったのは、おそらく衝動的なものだったんだろう。しかし蛇沢やクラスの者にとっては、あまりにも劇的なことだった。みなの目の前で唇が重ねられるんだから、十四歳の中学生の目にはあってならないことと映った。しかも相手は偶像視されている蛇沢なんだぜ。大袈裟にいうと、河鹿の行為は冒涜以外のなにものでもなかったわけなんだよ。怒りは頂点に達し、河鹿を懲らしめなければいけないというのがいじめになった」

「プライドを傷つけられた蛇沢が、河鹿に対して報復を行いだしたわけだ」

「いや、そうじゃない」

 Kはきっぱりと口にした。

「A君の話の曖昧な点はまさにそこにあるんだ。いじめがあった事実は告げるが、誰がそうしたのかは明らかにしていないんだよ。僕が彼の話に疑問を持ち出したのも、そういう部分が気になりだしたからだ」

「しかし話の流れからいくと、蛇沢が河鹿をいじめたとするのが普通だろう」

「たしかに、A君はそういうふうに話していたよ。しかし別な解釈もできる。河鹿をいじめていたのは、蛇沢でなくA君たちだったのさ」

「なんだって」

 私は目を丸くした。

「そんなに驚くほどのことじゃないよ。A君たちのしたことだとしてもなんの不思議もない。いや、そう考えたほうが話はほんとうらしくなるぐらいさ。河鹿のしたことはA君たちの怒りを買ったんだよ。自分たちが偶像視している蛇沢に、手を触れるどころか唇をつけることなんてあってはならないことだった。ひとつしかない菓子には、誰も口をつけてはいけなかったんだ。それは掟を破ることだったんだ。アイドルに対する熱狂的なファン心理を想像すれば理解しやすいと思う。独占は許されない行為なんだ。しかも蛇沢はアイドルのような虚像でなく身近な存在だっただけに、A君たちの怒りはなおさらのことだったと思える。僕が河鹿を男子生徒だとするのもそのせいだ。もし河鹿が女生徒だったら、そこまで反感を生むことはなかったんじゃないかと考えるのさ。けっきょくは、男女の恋愛として受け取ることもできたかもしれない。しかしそれが男子生徒だったら、男同士のくちづけだったら。十四歳ぐらいの多感な年頃の世代には、嫌悪と反感しか持たれないんじゃないだろうか。それで僕は、男女の説明はされていないものの、河鹿は男子生徒だったんだろうと結論づけているわけさ。

 そうやって、河鹿をいじめたのがクラスの者たちだったとしたら、話はいっそう理解しやすいものになる。ひとクラスの人数が三十人から四十人ほどとして、その全員からいじめを受けたんでは、河鹿でなくても誰にも耐えれるものじゃないだろう。相手を存在しないように無視続ける、いまでいうところのシカトは当然されただろうし、誰がしたのかわからないようないじめも執拗に繰り返されたにちがいない。担任もうすうすそれに気づいていたかもしれないが、犯人を特定できないなら、クラスのほとんどがいじめに加担していたんではいくらでも誤魔化しはできるし、河鹿のほうに原因があると考えるようになったのも無理からぬことかもしれない。しかしたまらないのは河鹿のほうさ。みんなからそうやっていじめられていたんでは、気が変になってくるのも必須だった。そして蛇沢は、クラスのそんな状況を楽しんでいたわけさ。河鹿とA君たちが壊れていくのを見物していたんだよ。

 A君の話に曖昧なところがあるのも、河鹿をいじめていたのが自分たちだったということを隠すためだったと考えれば理解できる。A君の話が妙に不自然だったのは、常に自分たちのことを傍観者であるかのように語っていたせいなんだ。でもそのじつ、自分たちがしたことを曖昧に表現したり省略していただけで、実際の彼らは紛れもない当事者だったのさ」

「しかしそれは君の説で、証明することはできないだろう」

「そりゃそうだよ。最初にも断ったように、解釈のひとつにすぎない。ただそう考えたほうが納得がいく程度のものさ。河鹿が正気を失うまで追いつめられたのも、クラスの誰ひとり助けようとしなかったのも、A君の話が曖昧なことも、蛇沢という人間の心理的な側面も、そう考えたほうが信憑性が高まると僕は考えているわけだ。それで、あくまで僕の説だけどつづけるかい」

「ああ、ここまで聞いた以上おしまいまで聞いてみたい」

 Kはわかったと言って、話をつづけだした。

 

 

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