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魔の豚  作者: 愛理 修
11/17

A君は語るー9

 河鹿守の遺体が、学校近くの池で発見されたのは騒ぎの翌日の早朝のことでした。河鹿は教室に入ってきたときと同じ半裸で、朝靄の漂う池の端で、ゴミ屑なんかと一緒にうつぶせに浮かんでいたそうです。

 死因は溺死で、事故死とも自殺とも取れる状況でしたが、警察の調べでも犯罪の可能性はなく、精神的に錯乱していたことも確かだったので、不慮の死として片づけられました。


 あとで聞いたのですが、河鹿の家は父親が外国航路の船員でほとんど家にいることがなく、母親との二人暮らしだったそうです。家のほうでは河鹿は存外まともで、口数が少なくなったり、過食症になっていたのはわかっていましたが、あそこまで正気を失っていたとは思いもよらなかったということでした。

 それでも、学校を休ませたころから自分の部屋にこもりっぱなしになり、母親が扉の外から声をかけても返事はなく、深夜ともなると部屋の中から豚のような鳴き声が聞こえていたらしいです。

 どうして河鹿があそこまでなったのか母親のほうに思い当たる節はなく、河鹿の部屋から、殴り書きした紙が何十枚も見つかっていました。それはどれも同じ文面で、河鹿の狂気をまざまざと思い知らせるものでした。河鹿はこう書いていました。


  我は闇の淵より甦りし

  その身は暗黒の炎につつまれ、その目は憎悪に満ちた悪鬼の如し

  おおいなる夜の翼と鋭き牙をもて、いま我は報復せり

  我の名は魔の豚なり


 冒頭で僕が諳んじた言葉です。いったいどこから河鹿がそんな文面を思いついたのか、誰にもわかりませんでした。本からの引用なのか、魔の豚とはいったいなんなのか。しかしそういう疑問を浮かべながら、河鹿がどうしてそんなものを書いたりしたのか僕たちにはわかっていました。それだけに河鹿の残した文面は、僕たちにとって怖ろしいものでした。


 その不安が的中したかのように、蛇沢の様子に異変が生じるようになってきました。

 河鹿の死んだあと、蛇沢は心ここにあらずという感じで、窓辺に座ってぼんやりしていることが多かったのですが、そのうちひとりでニヤニヤしたりするようになってきたのです。独り言を呟き、あたかも誰かと話しているかのように見えることもありました。それまでの美しさに、凄惨なまでの美がくわわったみたいでした。なおのこと近寄りがたくなり、人をぞっとさせるのはこれまでにないほどです。幽鬼さながらの感じでした。ブーブーと口にして僕らを意味ありげに見つめては冷ややかな笑みを浮かべ、それは僕たちにとってたまらないものでした。


 死んだ河鹿が魔の豚となって甦ってくる。


 誰かれとなく、僕たちの間でそういう言葉が交わされるようになりました。蛇沢を見ていると、そんな強迫観念じみたものに僕たちは捉えられるようになったのです。死者が甦るなんてありえないことはわかっていましたが、それでも、とり憑かれたようにその考えを拭いさることはできません。なにしろ中学生です。本人は大人のつもりでも、まだ空想や妄想が頭の中を飛び交っている年頃でした。


 放課後の誰もいない教室で河鹿がひとり座っているのを見たとか、深夜家のまわりをキーキー鳴きながら豚が走りまわる音を聞いたとかいう噂が、教室のあちこちで囁かれるようになり、僕らが考えていた通り、二月になって蛇沢の亡骸が学校で見つかりました。

 早朝に出校してきた教師によって発見されたのですが、河鹿の時とちがい、明らかにそれは惨殺といってよいものでした。

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