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魔の豚  作者: 愛理 修
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A君は語るー8

 妙な噂が生徒の間で流れ始めたのは、それから幾日も経たないうちです。

 田圃の畦道や夜道を、奇怪な獣の走る姿が町の人たちに目撃されたというのです。人面のその獣は、全身が黒い剛毛でおおわれ、口と鼻から陰火を吹きだしては、獲物を求めて闇の中を彷徨しているという話でした。

 墓地で死肉を食らっていたというものもあり、土葬じゃないのですから、話が誇張されているのはわかっていましたが、僕たちはそういう噂を無視できないほどおびえていました。なにかよからぬことが起こりそうな気がしてならなかったのです。


 そして十日ばかり過ぎたころです。

 昼の弁当の時間に、廊下を慌ただしく駆ける音がしたかと思うと、教室の戸をガリガリとこすりつけるものがありました。異様な気配に、男子のひとりが戸を開くと、そこから巨大なものが教室に躍り込んでき、僕たちは総立ちになりました。


 そこに見たのは怪物でした。肉におおわれ、肉の塊となったものでした。丸々とした胴から手足が突き出し、ぼろぼろになった衣服がかろうじて身をつつんでいる半裸といった状態でした。異臭をまとい、土にまみれた髪の毛が逆立ち、鼻が反り返ってあからさまになった二つの穴から空気の出入りする荒々しい音がします。口の間から舌がのぞき、よだれがしたたり、耳は先が尖っているように見えました。

 しかしなにより僕たちを震え上がらせたのは、その目でした。肉の盛り上がった顔面の中で、そこだけは、白めの部分を真っ赤に充血させ、黒目の奥で業火が燃えたぎっているかのようでした。

 それが、変わり果てた河鹿の姿であることに気づくのに、僕たちは数秒を要しました。


 女子たちが悲鳴を上げ、それを機にしたように河鹿は咆哮しました。四つ足で突進し机や椅子がなぎ倒され、みなの弁当が床に散乱しました。河鹿は両手を床についたまま、首から胸あたりを持ち上げ、ひと声ブォーと吠えると、床に落ちた弁当を食べだしました。慄然とした教室の中で、ガツガツと河鹿の食べる音だけが響き、蛇沢がひとり椅子に座ったままそれを眺めています。女子が失神して、その倒れる音に河鹿は床から顔を上げると、歯軋りをして僕たちを牽制しました。


 ひと睨みで僕たちは膝が震えました。野に放たれた豚の獰猛さでした。いまにもその牙が向けられ、肉といわず骨まで噛み砕かれるのではないか、豚の餌食になり、食い尽くされてしまうのではないかという恐怖が、僕たちの間に生じました。河鹿の様子には、それがたんなる杞憂ではすまされないように思われるところがあります。河鹿に食われてしまう――僕たちは肌でそれを感じとりました。


騒ぎが知れ渡り、教師たちが教室になだれ込んでくると、河鹿はキィキィと鳴き、全身をぶるっと震わせ猛然と暴れだしました。両手両足で床を振動させ、押さえつけようとする教師たちに体当たりをし噛みつこうとします。百キロをゆうに越えていると思われる河鹿を、止めることなど誰にもできないことでした。思いあまった教師たちが椅子やモップを手にしだし、なおのこと河鹿は狂暴さを剥き出しにしました。唸り声を上げ、怒りで目をらんらんとさせ誰かれかまわず猛進してきたのです。恐怖にみなは身がすくんでしまい、河鹿の攻撃をよけるのがやっとでした。そしてその人垣をぬうようにして河鹿が教室の外に飛び出し、男の教師たちがそれを追いかけました。

 時間にしてほんのわずかなことだったのでしょうが、長い時間を経たような感じがありました。教室は椅子や机が横倒しになり、床にはみなの弁当の中身が散らばっています。


 そんななかで、蛇沢ひとりが平然と椅子に座っていました。

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