【犬神村の記録】〜告白文
犬神憑俗信調査野帳 抄
調査地 四国某県某郡甲村
調査期間 昭和三十年七月 至 昭和三十一年四月
調査者 木崎数史郎
凡例
一、本篇は筆者の野帳第七冊より、犬神憑の事例に関する部分を抄出し、後年これを整理したものである。未発表に属する。
一、本調査の目的は、犬神憑と称する現象の実体を明らかにし、これに附随する差別の根拠を絶つに在る。
一、本調査は筆者の私費による。いかなる学会、機関の委嘱をも受けていない。
一、県名以下の地名は、すべて仮称とした。憑物筋の所在を特定し得る記述は、差別を再生産するに資するがゆえに、これを避ける。
一、憑依者の氏名及び年齢は、事例の同定に必要であるから、実名を以て記した。
一、村内の家は、屋号を以て記す。
一、日付を附さぬ記述は、野帳に日付の記載を欠くものである。
*
四国の深い山奥に犬神憑きの村があった。
杉山の斜面の上からも下からも、蝉の声が来る。
襟が汗で肌に貼りつき、帳面の紙が湿気で波を打つ。
この十年で私は同じような村を十一、歩いた。
出雲の狐持ち。飛騨のゴンボダネ。豊後の犬神。
どの村にも憑く家と憑かれる家があり、どの村にもそれを落とす者がいた。
そして、どの村にも犬はいなかった。
この村が十二番目になる。
*
村に入って、三日目の夜。
私は憑かれた娘の家の板間に招かれもせず座っている。
落としの晩だと宿の亭主に聞いた。土間の戸は開いていた。
娘の父が私の前に立ち、帰ってくれと言う。
私は帳面を開いたまま動かなかった。
やがて父は諦めて、私の膝の前を通り土間へ降りていった。
庄屋の家にも集会所にも電気が来ている。この谷の下の家々には来ていない。
土間の柱にランプが一つ掛かっている。その下に盥が置かれ、娘が畳んだ膝の上に手を置いて座っていた。
トキという名で十七だと、これも亭主に聞いた。
私と目が合うと、トキは右の袖を引いて掌を隠した。
帳面に掌を隠すと書く。
上がり框に、落としの老婆が座っている。
膝の上で数珠を揉み、珠の擦れる乾いた音だけが土間に落ちていた。
『誰の犬じゃ』
老婆が尋ねると、トキの背は折れ、四つ這いになる。
盥に顔を寄せ水を舐める。舐めるたびに顎から水が落ち、土に黒い点を打つ。
それから娘が吠えた。
喉の奥から確かに犬の声が出ていた。
その声が続く間は鉛筆を止めずに、娘が吠えるときに肩が上がること、上がるときに右の肩だけが遅れること、遅れた肩が盥の縁に当たってもトキが痛がらないことを、順に書いていく。
『誰の犬じゃ。言え』
吠え声が途中で人の声に戻る。
『……川向こうの。油屋の犬じゃ』
『何が欲しい』
『赤の飯……。赤の飯を、食わせ』
娘が盥の縁を掴もうとして掴み損ねる。
隠していた掌が開いていた。
私は膝立ちになり、柱のランプに手を伸ばして芯を上げた。
土間が明るくなる。トキの父が何か言ったが私は聞いていない。
光の中で、開いた掌に黒い斑が浮いていた。
走らせていた鉛筆を止めて斑を観察する。
顔を上げると、老婆が私を見ていた。
数珠を揉む手は止めずに、白く曇った左目ではなく、生きている右目で私の鉛筆を見ていた。
トキが寝かされてから、老婆が初めて私に口をきいた。
『先生は、何を書きなさる』
『事実を』
『事実で、あの娘が治りますかの』
『治らん』
『ほうか』
|老婆はそれきり、また数珠を揉み始めた。
*
その夜、宿の行李の底から大正の郡誌を出す。
郡制が廃されたのが大正十二年、郡役所が消えたのが十五年。この郡について編まれた地誌は、それきり新しいものがない。
俗信の項に、犬神の記述が七行あった。
明治の末に一例。憑かれた娘が川向こうの家の名を言うた、とある。その家の名は油屋であった。
次に、同じ行李から『民族と歴史』の八巻一号を出す。
大正十一年、喜田貞吉が憑物研究号と銘打って全国の憑き物の資料を一冊にまとめている。倉光清六の憑物鄙話もこの号だ。
犬神の項をなぞる。
四つ這いで水を舐める。犬の声で吠える。人の声に戻り憑かせた家の名を言う。赤飯を欲しがる。
一つも違わなかった。
土佐でも、伊予でも、豊後でも、娘は同じ格好で水を舐め、同じ順で名を言い、同じものを欲しがっている。
娘は憑かれ方を知っているのだ。村の誰もが知っている通りに。
郡誌を閉じて、それでも私は荷を解いた。
型の通りに憑く娘の中に、型からはみ出す一匹がいないとは、まだ誰も証明しておらぬ。
*
次の夜、油屋の倅が宿の裏に来た。
昼には来られん。筋の者が学者と口を利けば学者まで筋になる。
倅はそう言って、月の当たらない軒の下に立った。
『トキとは、沢の桑畑で会うとりました。三月の間、誰にも見られんと思うとった』
見られていたのだ、とは言わない。
ひと月後にトキが寝つき、婆さまが呼ばれ油屋の犬じゃと言われたと、それだけを言う。
『犬神に憑かれた娘が、その犬神の家に嫁に行くか。村はそう言うて笑いよる。犬神は女の血で伝わる言うて、うちの妹はどこにも行けん。俺が嫁を取ろうとすりゃ、こうなる』
私は『米は』と、短く尋ねた。
『庄屋の口を通さんと村の外へ出せん。落としの婆さまには、トキの家が米と銭を出す。うちは、送り返しの礼に酒を持っていく。持っていかんと、次は何が出るか分からん』
倅は、それから私の顔を初めて見た。
『先生は学のある人じゃ。トキは病じゃと、村に言うてくれ』
『病だという証拠を持ってこい』
『……そんなら片がついたら、トキに字を教えてやってもらえんですか。俺もトキも、よう読まんので』
私はトキの家の井戸の水が欲しいと言った。
前に宿の亭主に頼んだ折に、婆さまが学者に水をやるなと触れて回ったのだと断られていたからだ。
この男が井戸端に立てば見た者が必ず言い触らす。水を汲んだ理由を村が問えば、犬神筋が井戸に何かしたという話に化ける。
それは承知で頼んだ。
倅は頷いて三日後の夜、硝子瓶に汲んだ井戸の水を軒の下に置いて帰った。
瓶の口は桑の葉で塞いであった。
私は水を県の衛生研究所へ送った。
*
夏が尽きるまでに寺の過去帳を読んだ。
犬神筋と呼ばれる三軒の名が、いずれも寛政の頃に初めて現れる。
他所から入った家なのだ。
三軒の墓は村の墓地にない。沢を一つ隔てた竹藪の中に三軒分だけが固まっている。
戒名を追えば、寛政から文政にかけて三軒の位が上がっていく。信士が居士になり、居士に院号が付く。
寺への布施が増えたということだ。
同じ頃、庄屋筋の戒名は下がっている。
稲刈りが済むと庄屋筋の当主が蔵を開けた。
学者に見せるのは惜しくないと言う。蔵には寛政からの証文が揃っている。
蔵の中は昼でも暗く墨と黴の匂いがする。
証文では、過去帳の三軒が庄屋の質流れ田の買い手として並んでいた。
過去帳で犬神の噂が初めて書き留められた年に右の指を置く。最初の証文の年に左の指を置く。
同じ年であった。
呪いは田と一緒に来たのだ。
正しくは、田が出ていった年に呪いが入ってきた。
当主は私の指の間を見て何も言わなかった。
錠は翌日から掛かったままになった。
*
研究所の返事は雪の頃に来た。
結果は、砒素。
トキの家の井戸は廃坑の沢の下にある。
掌の黒い斑も盥の縁を掴み損ねた指も、痛まなかった右の肩も、犬とは縁のない砒素の症状であった。
封を切った日付を帳面に書き、私はその紙を郡誌の下に入れた。
この紙を村に出せば、次の落としは行われぬ。
落としが行われねば、二度目は観測できぬ。
一度きりの事例で型を論ずるのは学問ではない。
私はそう考えた。今もそう考えている。
雪の夜、倅がまた軒の下に来た。
『トキが、椀を持てんようになった。爪に白い筋が出とる。明日の晩、婆さまがもう一度落としをやる。先生、もう言うてくれ』
『明日の落としを、見てからだ』
倅は、それ以上言わなかった。
『……先生は、ちゃんとした人じゃ。急いで間違うより、ええ』
そう言って、頭を下げて帰っていった。
雪を踏む音が軒を離れて沢の方へ遠ざかっていった。
*
二度目の落としで、トキは四つ這いになれなかった。
土間に横向きに倒れたまま、盥の方へ首だけを伸ばし舌の届かない水を舐める真似をする。
吠え声は前より薄い。
『誰の犬じゃ』
『……油屋の』
鉛筆を走らせ、吠え方と、舐め方と、名乗った家とを書き、最後に「同じ」と書いた。
落としの途中でトキが一度、正気に戻る。
床に頬をつけたまま私の方を見て、先生と言った。
字を教えてくれるという話は、まだ生きとるじゃろうか、と。
そんな話をした覚えはない。誰か別の学者と取り違えたか、熱の中で見た夢であろう。
私は「譫妄。学者に対する人違い」と書いた。
顔を上げると、老婆が私を見ていた。
『先生。まだ足りんかの』
数珠を揉む手は止まらない。
『書かずにおいてくだされ。書かんかったら、犬神は村に残る。先生の探しとるもんも、残る』
私は帳面を閉じた。
老婆が差し出したのは、犬神の名。
私が欲しかったのは犬神そのものだ。名だけが残る村に用はなかった。
*
雪が解けた日、集会所の座敷に村人を集めた。
過去帳の写しと、証文の写しと、分析表とを年の順に畳へ並べていく。
並べ終えて、犬神が村に来た年と、田が三軒に渡った年とに指を置く。
『同じ年だ。お前たちの恐れる呪いは、鉱毒と人の悪意に過ぎぬ』
それから私は、出典を読み上げた。
『過去帳、寛政七年の条。証文、同年霜月。分析は、県衛生研究所による』
座敷が、静かになった。
トキの父が、畳に並んだ分析表の上へ身を屈めた。
砒素の字を、三度、指でなぞる。その指が下へ滑り、紙の端の日付で止まった。
『……十二月』
『十二月十八日だ』
父は何も言わずに座敷を出ていった。
庄屋筋の男たちも証文の写しを見ると続いて出ていった。
油屋の倅は座敷に上がらず、土間から框に手をかけ、父の指が止まった紙の端に顔を寄せている。
倅には、読めない。
私が並べた紙を束ねて框まで来ると、倅はその下に膝をついた。泥だらけの手が、私の足首を掴む。
『先生……すまんことです』
泣くたびに、倅の肩が上がる。
右も左も、遅れずに上がる。
『これで昼日中に、表を歩ける……。妹を、嫁に出してやれる。先生には、足向けて寝られん』
言い終えると、倅は掴んだ足の上に額を下ろした。足袋の甲に濡れたものが染みてくる。
背後で洟をすする音が幾つかしたが、数えてはいない。
戸口の脇では、妹が土に手をついていた。
倅の手がほどけるまで、私は動かなかった。
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狂喜する若者たちの輪から外れた座敷の隅。
落としの老婆が膝の上で数珠を揉んでいる。
珠の擦れる乾いた音だけが、若者たちの声の下で続いていた。
その横を通り過ぎようとして、袖を掴まれる。
掴んだ指の腹は数珠に磨かれて光っていた。
白く曇った左目は私を追わず、生きている右目だけが私を見ている。
『先生は、あの娘が落ちんほうがええんじゃろ』
『……』
『わしは米と銭のために犬神が要った。先生は、何のために要ったんかの』
|老婆の手が、袖を強く握り直した。
『……わしら二人で、あの娘を食うたんじゃ』
|数珠の音が、止まる。
私は、袖を掴む指を外さなかった。
*
その夜、宿の蒲団の上で自分の足袋を眺める。
甲には、泥と涙の乾いた跡が輪になって残っていた。
朝、発つ支度をしていると、亭主が茶を運んできて聞きもせぬのに言った。
トキは井戸を替えたが右の手は戻らぬそうだ。椀は左で持つ。嫁の話は、今度は手のことで流れかけているという。
私は帳面を開いた。
この村の頁は、三十七枚になっている。
憑かれておらぬ娘のその後は研究に関わらぬ。
トキがその後どうなったかを帳面に書く必要はないだろう。
私は帳面を閉じた。
*
付記
本篇の事例は、後に拙著『憑物村落の構造』第三章に、乙例として収めた。
|公刊に際し、村名、屋号、人名は、いずれもこれを伏せた。




