第9話 男たちの握手
読まれていないかと思えば…ブクマや評価が!
水田の視察を行ない、ヨーゼフと耕作は並んで屋敷の方へ歩いていく。
初夏の陽射しが畦道に陽だまりをつくり、たまにゲコッとカエルの間の抜けた鳴き声が聞こえてくる。
「コメか…いいもんを見せてもらったぜ。パルム村でも導入できればと思うがな。コーサクはどう思う」
「そうですね…ただ、米がどのくらい皆さんに馴染めるかどうかが問題です。私たち夫婦は米を主食にしてますが、いきなりパンに切り替えろと言われても難しい…米があれば米を選ぶでしょうね。
逆もまた然りで、いきなりパンから米に、とはいかないのでは?」
「まあ、そうだな。あのおむすびは旨いと思ったが、あれをいきなり毎日はみんな辛いだろうな」
顎髭を撫でながら、遠ざかるまだ青い稲をまぶしそうに見つめる。
耕作にしても教えるのはやぶさかではないのだが、ヨーゼフ1人がどうこうできる話ではないので、慎重にならざるを得ない。
(慣れ親しんだ食生活を変えるのは精神的に応える…戦地で米の種類が変わるだけで、たまらなく故郷が恋しくなったもんな。
炊きあがった飯の匂いを思い出すだけで、胸の奥がじんと痛んだもんだ)
耕作は前線での出来事が頭をよぎり、少し眉を寄せた。
「どうした?なんか気に障ること言ったか?」
「いえいえ…少し考え事をしていただけで」
耕作は立ち止まると下に見える村の景色を眺めた。
屋根の煙突からは昼の炊事の煙が細く立ち上っている。
自分たちの屋敷は丘の上にある。
そこから見下ろすと、パルム村の家並みや畑の位置関係がよくわかる。
水田をやるにしても、そもそも大量に必要なのは水だ。
屋敷の水田には、不思議な清流が一緒に転移してきており、どこからともなく澄んだ水が流れ続けている。
だが、この水を村まで引けるとは思えない。
耕作は視線をさらに遠くへ移す。
(もし村で米を作るなら……)
必要なのは、この屋敷の水ではない。
村そのものが水を得られる土地かどうかだ。
川。
あるいは水源になる流れ。
そうしたものが近くになければ、水田は成立しない。
「どうしたんだ?」
「ヨーゼフさん…パルム村、稲作に向いてますよ。
ほら、あそこの川!あの川の水を引けば…」
村の東側を滔々と流れる川幅ざっと見て50メートル程の川。
おそらく今も農業用水、生活用水として利用はしているのだろうが、あれだけの水量があれば、人口500人程の村全部水田にしても余りある。
「おいおい…そうは言ってもさっきの話みたいに作るにしても食えなきゃ話にならねえだろ?」
「そこはそうなんですが、まず作る最低限の条件を満たさないと話もできない、そうですよね?
水田の利点で、土地を休ませる必要がない。
さらにもっと大きな利点があります。
収穫量が同じ広さで、麦の倍以上は見込めるんです、米は」
その言葉に思わず唸るヨーゼフ。
村長として食糧問題はなおざりにできる事では決してない。
開拓村として形になり、ようやく皆が食べられるようになったとはいえ、食えるというだけで、まだまだ腹一杯食えるには程遠い。
さっき食べさせてもらったおむすび。
何気なく食べはしたが、昼にあれほど腹にたまるものを食べられる村人が、この村にどれだけいる?
ほとんどいない。
さらに…先程コーサクが言ったパン。
今のパルム村では、パンすら毎食食うのは贅沢なのだ。
せいぜい一日一回、家族で分け合う程度。
後は麦粥や野菜、雑穀のスープで補うのが日常。
(コーサクには見栄をはってパンにこだわりが…とか言ったが、現実はパンすらまともに食えねぇじゃねえか。
それにしても米の話といい、地形の話といい、まるで貴族さまから話を聞かされてるようだぜ)
「なあ、コーサク。あんたの世界じゃみんな立派な屋敷に住んで、あのおむすびをいつでも食べられるような暮らしをしてるのかい?」
しばらく考えたあと、ポツリとヨーゼフは口にする。
耕作はどう答えていいのか解らない。
あくまで見た感じだが、自分たちが暮らしていた日本のほうが、数百年は進んでいるのではないだろうかと思っているからだ。
おそらくは中世、まだ産業革命も鉄砲もないところを見れば、日本でいう応仁の乱前後ではないか。
(……ああ。きっと、そうなんだろうな)
「ヨーゼフさん。うちはヨーゼフさんと同じ、名主という村の代表者を代々勤めていた家柄です。
だから一般の家庭よりはおそらく裕福ですが、それでも食生活だけなら、大半の農家で私たちとおなじ程度には暮らせていたと思います」
「そうか…あんたもやはり地位のある人だったんだな。…なあコーサク、いやコーサクさん」
「なんですか、改まって」
自分より頭ひとつ背の低い穏やかな青年に、ヨーゼフは茶色の瞳を真っ直ぐに向ける。
「このパルム村に、あんたの知識を貸してくれないか?
みんな、陰ひなたなく働く善良な奴らばかりだ。
そんな連中が笑顔で腹一杯食えるように…
少しでも夢のある暮らしができるように…
何より、子供たちがパルム村に産まれて良かったと思えるように、俺はしてやりてえ。
何の得にもならないだろうが、頼まれてくれないか」
屋敷の垣根、鶏小屋の近くまで辿り着いた辺りでの、ヨーゼフの真摯な願い。
屋敷の方から、遊びにきていたのか多江とエリザ、そしてローザの舌っ足らずな声が聞こえて、今のヨーゼフの願いと重なるように耕作には思えた。
「僕に何ができるかわかりませんが…微力でも良ければ、パルム村の為に僕も力になります。
頭を上げてください、受け入れてくださったのは貴方達、恩に感謝するのは僕たちなんですから」
ヨーゼフは頭を上げると、右手を黙って差し出す。
耕作はその肉厚で硬く節くれだった手を確りと握り返す。
初夏の青空の下で、2人は夢を共有する握手を交わした。
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