第6話 外部の不安
イザヨイを抱いているうちに、門が開く音がした。
耕作が帰ってきたのを知り、多江は出迎えるつもりでイザヨイを離そうとすると、何故かイザヨイはしっかりセミがとまるように両手両足でしがみついて離れようとしない。
「どうしたんだべ?旦那さまをお出迎えするだよ?イザヨイちゃんも紹介せねばなんねえし…しがみついたら動けねえべ?」
優しく頭を撫でて言い聞かせても、ブスッとした顔でイヤイヤと首をふるイザヨイ。
「やだ…耕作は多江に我慢ばかりさせるから嫌いなの。イザヨイ、耕作には少し怒ってるの」
「ええっ?なして?旦那さまは立派なお人だべ?そんな事言わないで…」
「だって泣いてたの。だからイザヨイも多江がかわいそうででてきたの。多江は我慢してるの」
すったもんだしているうちに玄関から耕作の声が聞こえてくる。
「多江さん?いないのかな、ただいま」
「へえ、ごめんなさい!すぐ行きまーす!…ほら、イザヨイちゃん」
「フン!なの。耕作のまえにはイザヨイ、納得するまで出ないの。またね、多江」
そういうとフィッと姿が消えてしまう。
「ありゃ?」
さっきまで抱きついていた温もりを残したまま、姿が消えてしまい、少し驚くのと寂しさはある。
見回しても気配はないが、箪笥の上の市松人形が立っていたのが少し横を向いている。
さっきまで正面を向いていたはずなのに、今はほんの少し頬を背けている。
多江は首をかしげたが、すぐに気のせいだろうと笑ってしまった。
でも、またね?と言ったからにはそのまま姿を消すことは無さそうと、多江は頷いてパタパタと耕作を玄関に出迎えにいく。
「おかえりなさい、旦那さま。遅かったですね」
「ロビンさんに引き留められてね…少しお酒に付き合わされてしまったよ。はい、お土産。
多江さん、夕食まだだろう?」
耕作が紙包みを渡す。
まだほのかに温かく、芳ばしい肉汁の匂いがする。
「これなんだべ?」
「エリザさんが作った腸詰め、ソーセージらしいよ」
「へえ〜っ?腸詰めを自分で?エリザも料理上手なんだねぇ」
多江は目を丸くして、包みを持ち上げて下から見たり上から見たりして感心する。
「もう茹でてあるからそのままどうぞ、だそうだ」
「ご飯も用意してあるだども…旦那さまは食べてこられたんですか?」
「いや、ちゃんと頂くよ。せっかく多江さんが作って待っててくれたんだ」
それを聞いて多江は居間に移動すると、卓袱台に用意してあった食事の上の布巾を外す。
居間には、夕餉の支度の匂いがまだほんのり残っていた。
卓袱台の上には味噌汁の湯気が細く立ち、窓の外では夜の虫がかすかに鳴き始めている。
「味噌汁、温め直してきます」
「ああ」
耕作にご飯をよそい、給仕をしつつ、2人だけの食卓。
こうしているだけで、多江は幸せを感じるのだが、やはり家付きの娘として、両親からまだ親離れできていないのか、心の隅に物足りなさがある…
頭の中でイザヨイがほらね?と言っているようで、多江は頭を振って忘れようとする。
「どうしたんだい?」
「いや、なんでもねえです…それにしてもこの腸詰め、でっかいな…」
多江が知ってる赤いウインナーソーセージとは全然違い、やや白っぽい茶色、まさに肉を詰めましたとしか言いようのない色艶に、つい箸を伸ばすのを躊躇う。
耕作は陸軍時代にそういった洋風の食事も経験済なので、さして抵抗はないのだろう。
そんな事は口に出せないし、エリザの心尽くしを無駄にはできないので、思いきって口にして、一口噛み切ってみる。
「あ…美味しい」
肉汁の豊かな味わいが、ハーブを加えて爽やかさと臭みを消す巧みな処理で口の中を幸せにする。
自分の知っているものとは本当に似て非なるものだけど、これは…旨味を凝縮した一つの料理だ。
「気に入ったみたいだね?僕も驚いたよ、ロビンいわく、これとビールがあれば何もいらないらしいよ」
思いだしたのか、愉快そうに笑い多江の反応を見て、また微笑む耕作。
「食べながらでいいんだけど…」
多江が美味しそうに食べるのを見ながら、耕作は今日パルム村で見聞してきた事を話し始めた。
「村の外には、ごぶりんやおーくとかいう大鬼や小鬼が出没するって話をされてね…猪や熊とは違い、少しは知性もある、そんな化け物が普通にいるらしいんだ」
「ふえっ!なんだおっかねえ話ですだね!みんなよく平気だね、そんなのがウロウロしてて、大変でねえですか!」
危うく味噌汁を吹き出しそうになり、咳き込みながら、涙目で耕作を見つめる。
「だから、村の男たちは普通に武装するし、もし村に来たらみんなで撃退したりするんだ。
ウチは村の外れだから、そういった事もあるかもしれないと思ってね、多江さんを怖がらせたくはないけど、知らせておかなきゃいけないから」
「うん…でも、もうイヤです…なんでそんな怯えて暮らさなきゃなんねえかね…」
耕作は涙ぐむ多江を見て、言わなきゃ良かったかもと少し後悔するが、知らないで多江が遭遇する事を考えたら…それこそ大変だと思い、話を続ける。
「大丈夫。ウチの敷地には絶対に踏み入れさせないさ。備えあれば憂いなし。多江さん、僕はこう見えて軍人なのを忘れたのかい?
民を護るのが、大日本帝国の軍人の務め。
まして僕は中尉という将校だ、多江さんに指一本触れさせないさ」
耕作の背筋が、ふと軍人のそれに戻る。
穏やかな声の奥に、命令を下す将校の硬さが一瞬だけ混じった。
「本当ですか?」
泣き笑いのなんとも言えない顔をしている多江。
耕作が軍人なのは知っているが、普段は穏やかで優しすぎるくらい優しいこのひとが?とつい思ってしまうのだ。
「大丈夫。村の武器屋を見てきたけど、あの程度の武装でなんとかなるなら、家に持ってきている装備で問題なさそうだから」
耕作の頭の中に、蔵にある歩兵銃や手榴弾、床の間に置いてある軍刀仕立ての胴田貫が思い浮かぶ。
実物を見たことはないが、大陸で実戦をくぐり抜けた経験から、いざという時に怯むような事はない。
目の前の愛しい妻を守る為なら…耕作は決意を改め、膝に置いた手に力をこめる。
そんな光景を、天井の梁の上から覗いているイザヨイ。
梁の古い木は夜の湿り気を吸い、ひんやりと冷たい。
そこに腹ばいになったイザヨイは、ぶらぶらと足を揺らしながら二人を見下ろしていた。
(フン!なの。…でも、そんなのウチの敷地には入れないの。イザヨイも頑張るの!)
フンス!と見えないところで、1人奮起していたのである。
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