第4話 パルム村の風景、そして…
長らく放置してました。
ノクターンで書いてる方がメインなんで…言い訳ですね、単なるグータラです。
エリザ母娘と楽しい昼食会を終え、また淡々と2人の日常が過ぎていくある日。
耕作はエリザの夫であるロビンと並んでパルム村の中心地を歩いていた。
石造りの家が広い範囲に散らばっている印象から、日用品などはどうしているんだろうという疑問を昼食時にエリザに尋ねたのがきっかけで、それなら一度村の中心まで来てみたら?という訳である。
さすがに中心地ともなると…とはいえ所詮は500人程度の集落、10軒ほどの家が比較的近くに寄り集まった程度の密度ではあるが、それでも店舗が固まって存在するだけでもここは商店街であり、パルム村の紛れもない一等地なのである。
こざっぱりとした洗いざらしのシャツに木綿のズボン、下駄履きという耕作の格好だが、もうこの村ではそんなに異質に見られたりもせず、街の雰囲気に意外と調和しているのは不思議なものだ。
石畳の両脇には、干し草の匂いをまとう食料庫や、朝焼けの光を反射してきらきら光る水桶が並んでいる。
隣を歩くロビンは、無口だが悪意のない柔らかい眼差しの男だった。
「中心は店が多いから、生活のもんはだいたい揃う。……まあ、賑やかってほどじゃないが」
短い言葉に、村を支えてきた時間の重さのようなものが滲んでいた。
耕作は、下駄の音を響かせながら思う。
知らぬ間に、この景色の一部になりつつあるのかもしれない、と。
僅かながら舗装された石畳の道にカランコロンと下駄の足音が響く。
ロビンとは何度かすれ違うことはあったが、直接言葉をかわすのは耕作も今日が初めてである。
「ロビンさんはおいくつなんですか?」
「俺はエリザと同い年さ!…コーサクさんの方がはるかに年上なんだから気をつかうのは無しで、ロビンでいいですよ」
「そうかい?ではロビン、見た感じ鍛冶屋と雑貨屋があるね。なぜか武器屋のようなものもあるが、そんなにこの辺は物騒なのかい?」
今迄歩きながら覗いた店の印象で、耕作は武器屋らしき建物に敏感に反応した。
入口付近に剣や槍、鎧といった物々しい物体が飾られているんだから、元軍人としては気を取られてしまう。
のどかな村並みに見えても、暮らしの裏にはこの土地なりの備えと恐れがあるのだと、耕作はようやく理解しはじめていた。
「そりゃまあ、こんな辺鄙な場所だから猪や熊なんかが作物を狙ってでてきたり、ゴブリンなんかの巣が森でできたりなんかしたら男衆でなんとかしないと…」
「ごぶりん?なんだいそれ?」
「コーサクさん、知らないんだ…あちらでは魔物や魔獣はいなかったのかい?」
「魔物…鬼とか妖怪なんかと似たようなものなら、おとぎ話にはいたけどね」
(桃太郎じゃあるまいし…昭和の御代にそんなものいてたまるか。…しかしこの世界はどうもそのおとぎ話のような世界のようだし、用心にこしたことはないか)
耕作は婿入り時に蔵にしまった軍刀や銃を、念の為に部屋に持ち込んでおくようにしようと決める。
こんな話を聞くと、周りの景色ものどか一辺倒ではなく脅威も隠れているように感じる。
草いきれや牛糞の臭いまで先ほどとは違うと思い
…耕作は警戒しすぎと苦笑いを浮かべた。
「あれ、この辺にくるのは初めてじやないかい?」
親しげに話かけてくる、茶色い髪を纏めた小太りの女性。
確か、あのぬか漬けを気にいって食べまくっていた人だ。
耕作は少し愉快な気分で彼女に挨拶する。
「こんにちは。この村から帰る手段もわからないし、それならちゃんと村に馴染まないとって街をロビンに案内して貰ってます。改めて佐藤耕作と申します。今後お世話になります」
彼女は改まった挨拶に驚いたと同時に感心してしまい、慌てて頭を巻いていた手ぬぐいをとり、こちらに頭を下げる。
「あらあら、ご丁寧に…姓をお持ちならあちらではお偉いお方だったのでは?わたしはヨルダと呼んでくださいませ」
「こちらはコーサクで構いません、私たちの国では姓はみんな持つようになったんです。だから特別偉い訳ではないですよ」
「へえ、国が変われば事情が違うもんだねぇ。
でも、コーサクさんにはこの辺の男とは違う気品を感じてしまうから、騎士さんかと思っちゃうわよ。
…で、今日はあの可愛らしい奥さんは?」
「ああ、牛や馬の世話もあるし、家事が忙しくてなかなか一緒には出られなくて留守番をさせてます」
「あらあ〜、あんな広い家に1人で置いとくなんて可哀想に!知らない場所にいきなり1人でなんて大人でも辛いんだから、ちゃんと見ていてあげないと!これだから男は…」
「いえ…我が国では妻たるものは、男のすることに口を挟まず黙って3歩下がるのが良い妻。
多江は申し分ない僕の妻ですよ」
ヨルダに自然と言葉を返しながらも、耕作は胸の奥に痛みを感じてしまう。
朝の笑顔も、健気な返事も、あれは多江さんが無理をして絞り出していたものではなかったか。そう思うと、喉の奥がわずかに苦くなった。
(大和男児たるもの…外で妻の心配などを顔に出すような恥ずかしい格好をみせたらいけない!
それこそ多江さんに恥をかかせてしまう)
この世界ではどうかは知らないが、家に戻ればそこは大日本帝國の臣民の家だ。
力みかえることなく、耕作は自分の誇りにかけて間違えていないとばかりに笑顔を見せる。
その頃…
多江は仏間にある仏壇を丁寧に拭き清めて、線香を立てる。
馴染み深い香の匂いが辺りを細い煙とともに部屋を漂い、その前でちんまりと座り、小さな手を合わせる。
家の中はしんと静まり返り、返ってくるのは自分の鼻をすする音と、線香の燃えるかすかな気配だけだった。
(オラ、ため息もつかねえようにしてる。耕作さんを立てて、文句も言わずに頑張ってる。…なのに、一生けん命なのに、なんで涙がでるのかね…)
いつの間にか涙が彼女の丸い目から溢れだし、止まらなくなった。
涙が溢れたのが悲しいのか、悲しいから涙が溢れたのか…自分でもわからない。
いったん堰が切れてしまえば、もう駄目だった。悲しいのか寂しいのか、それとも悔しいのかもわからないまま、多江は子供のように声をあげて泣き出した。
「おとう!おっかぁ…オラ、なんも悪い事してねえのに…なんでこんなとこ1人でいるんだべ?…寂しいよ、会いたいよぉ…うわああああん…ああああん…」
いくら空は青くても、太陽が昇っても、たんぼや畑があっても、産まれたときからいるのが当たり前の家族や馴染みの顔がいないのだ。
仏壇により掛かり、ご先祖様の位牌にすがりつき、多江はしゃくり上げながら、繰り返す。
「会いたいよ、会いたいよ…」
すると。
「会いたいの?」
仏間の次の間からおずおずと女の子の声がした。




