第10話 夢一夜
(風の匂いがちがうの…)
縁側にちょこんと腰掛けて夜空を見上げるイザヨイ。
耕作と多江が寝静まり、たまに牛小屋から花子のブフゥと聞こえる鼻息以外は物音1つしない。
満天の星空、暗闇に色とりどりのこんぺいとうをぶちまけたような煌めきを、まんまるな目で見つめている。
(お星さまの場所もちがうの…)
見上げた星のなかで織姫と彦星もわからない。
この時期はいつもなら七夕の準備で、村の子供達は皆笹を取りに竹藪で騒いでた。
誰にも見えない、解らないけどイザヨイも常に子供たちとはしゃいで駆け回り、みんなと一緒になって短冊に願いをしたためて吊るしていたのに。
(日本に帰りたいの…)
きゅっと、小さな手が自分の膝を握りしめる。
誰にも見えないその仕草だけが、胸の内を物語っていた。
八百万の神々は、日本の風土、営みの中から自然に産まれたもの。
イザヨイもこの屋敷、土地から産まれた神。
佐藤家に根ざし、その血筋と共に在る存在。
だから日本から離れられないはずなのにどうして?
まだ、神として幼いウチにはわからない…
本来禁忌である人と関わってしまったのも、多江への同情を自分の心細さと重ねてしまったから。
音もなく流れる星のように、イザヨイの頬にも静かに涙が一筋すべり落ちた。
(泣いてちゃ駄目なの。多江たちをぜったいつれてかえるの!イザヨイにしかできないんだから!)
慌ててクシクシと目を擦る。
そして、多江にも言った自分の中にあるふしぎな感覚にイザヨイは集中をはじめた。
かすかに胸の中に感じる糸のようなもの。
日本とのつながり。
イザヨイは懸命にその糸に訴える。
(おねがいなの!誰か気づいて!)
…糸がわずかに太くなり、ブルブルと震えた気がした。
反応があった、のかもしれない。
それだけで、少しだけ気が軽くなる。
(望みはすてないの。きっと助けがくる)
月を見上げながら、イザヨイはギュッともみじのような手を握りしめる。
◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝。
耕作が畑仕事に出るのと入れ替わりに、エリザとローザが訪ねてきた。
門を開けて出迎える多江に、エリザが楽しそうに話しかけてきた。
「タエ、お父さんから聞いたわ。コメって穀物があなた達の主食で、あれは良いものだって唸ってたわよ」
「タエ〜!」
耕作とヨーゼフの話がさっそく村長一家の話題になっていたのを聞かされた多江。
「オラもどうだったか、気になってただよ。ま、あがって茶でも」
そそくさと居間に案内し、座布団に座ってもらう。
エリザには緑茶を、ローザにはショウガ湯に砂糖を加えて冷ましたものを湯呑みに注いで、卓袱台に置く。
お茶うけは古漬けの沢庵。
ちょこちょこ気安く訪ねてくれるエリザたちに多江の心尽くしである。
「あら、これもあのぬか漬けみたいなもの?」
「んだね。少し漬け方は違うけど、試してみて。大根って野菜の漬けものだよ」
卓袱台の上に輪切りにされた黄色っぽい食べ物に、興味津々に手を伸ばすエリザ。
見た目の清楚さによらず、好奇心が強い彼女は、躊躇なく口に一切れを放り込む。
パリッパリッと咀嚼すると、ちょっとだけ眉を寄せる。
そしてこくんと飲み込むと…
「しゃっきりしてるのにしっかりとした味もあって…なんだか、クセになりそうね、これ」
口に手を当てると、いたずらっぽく笑みを浮かべる。
「口にあって良かったあ。ま、お茶でも飲んで…」
同い年の気安さ、もう気心もお互いに知れてきた女同士。
となると、話が弾むのは無理もなく…
ローザは野放し状態になってしまう。
自分の家とは全然違う風景、畳の上をじかに踏むサラサラした感触。
ローザにとっては大冒険の舞台が現れたようなもの。
「あう〜っ!キャッキャッ!」
畳を転げ回り、ふすまをペタペタと触りまくり、水屋の扉を叩いてみる。
やりたい放題である。
「たのしい?いいおウチなの、ここは」
「?だえ〜?」
ローザが顔を上げると、自分より少し年上のお姉ちゃんがニッコリ笑って手招きしている。
「あしょぶ?」
人見知りなんて知らないとばかりに、ヨチヨチとイザヨイに近付いていくローザ。
まるでそこに“誰かいる”のが当たり前みたいに。
「あれ?ローザは?あらあら、どうしたの?」
隣にいるはずの娘がいつの間にか姿が見えず、ふすま越しに楽しそうな声が聞こえてくる。
「ぽ〜ん、ぽ〜ん…」
仏壇の前でペタンと座り、布で包んだ丸い玉を満面の笑みで上に放り投げては見上げ、落としては膨れっ面に。
そして、前にまるで誰かが一緒に遊んでいるかのように、手を伸ばしてはキャッキャッと騒いで。
仏間を覗き込み、ホッとした二人が声をかける。
「ああ、お手玉を見つけただか…ローザ、たのしい?」
「あい!ねえちゃとあしょんであげてゆの!」
「お姉ちゃん?誰もいないじゃない、ローザ?」
「いゆの〜!ほら〜、しょこ!」
首をひねるエリザの目には見えなくとも、ローザが指さした先には、エッヘンと得意げなイザヨイがいるのが多江には見えている。
(イザヨイちゃん、子どもの為の神さまだもんね)
その姿を見て、自分にもローザくらいの頃は見えていたのを不意に多江は思いだした。
屋敷で1人でお留守番をして心細くて泣きそうな時にどこからともなく現れ、頭を撫でてあやしてくれたお姉ちゃん。
大きくなるにつれて忘れてしまった、おかっぱ頭のふしぎなお姉ちゃん。
「変な子ね〜」
「ローザには見えてるだよ、たぶん優しくてたのしいお姉ちゃんが」
柔らかい笑みを頬に浮かべ、片目をつぶる多江。
「大丈夫だあ、遊ばせてあげてれば。飽きたらこっちにくるだよ」
「そう?あちこちいじったらダメよ、ローザ」
「あーい!」
お手玉に夢中で振り向きもせずに返事だけは元気に返す。
危なかっしいローザのお手玉を、目の前にちょこんと座り見つめる。
「あぶないの…」
落ちてきた玉に、そっと手を添えてやる。
「ぽ〜ん」
無邪気に笑う声に、イザヨイもつられるように、ふっと頬を緩めた。
(ちゃんと、守れてるの)
―その小さな想いこそが、彼女の在り方。
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