第1話 突然の異世界
自分のじいちゃんばあちゃん達が異世界に行ったらこんな感じだったんだろうな〜と想像しながら書いてます。
では、ご覧下さいませ。
多江の朝は早い。
夜明け前にかまどに火をつけると、早速釜をかける。
炊ける間にぬか床から菜を取り出し刻んで盛り付け、今度は味噌汁の具材を…
パチパチと爆ぜる焚き木の音に合わせて、小柄な体でくるくるとコマネズミのように動き回ると、あっという間に4人分の朝餉の完成。
味噌汁の香りがあたりに立ち込める。
牛小屋の方からハナコがウモォ〜と鳴いているのが聞こえてきた。
汗を拭く間もなく小走りに土間から勝手口へ。
「どこだべ?ここは…」
目の前に広がる風景。
風車が回り、緑の草原、麦畑、点在する見たことのない家らしきもの…
低い生け垣を越えて見えている光景に、多江のどんぐり目がさらに丸くなる。
いつも見慣れた景色がどこにもない!
振り返ると、家屋も家畜小屋、蔵もあり、間違いなく産まれた時から住み慣れた家。
もう一度目をこすり、生け垣の外を見ると…
なんと金髪の鼻がツンと高い、明らかに異人さんが鍬を担いで馬を引いて歩いている!
「な、なんだべ〜っ!お、おとう、おっかあ〜!」
家に飛び込み、仏間にいるはずの両親に異常を伝えようとするが、多江の耳には物音一つ聞こえてこない。
「あれ?…開けるだよ?」
いつも朝に線香の香りが漂っていた仏間も、今日はひんやりと静まり返っていた。
まるで時間そのものが置き去りにされたように。
「もうう〜!こんただ時にどこに行っただよ〜!」
「多江さん?」
「ふえっ?!」
(耕作さん……やだ恥ずかしっ!はしたなかったかな…)
隣の居間から、先月結婚したばかりの耕作が顔を出す。
「どうしたんですか?」
結婚して家に入り婿として入るまで、陸軍中尉として前線に立っていたとは思えないほど、耕作の問いかけは優しい。
多江は一回り上の旦那さまから見つめられると、赤面して言葉が出なくなってしまう。
「お義父様もお義母様もいらっしゃらないのかい?…お出かけになるとは伺っていないが…」
「へ、へえ…おらもきいてねえ…です」
(やだ…ちゃんとした言葉、言葉…)
「それで多江さんはなにを慌てているんだい?」
「へ!?あっ、あ、たい、大変なんです、大変」
「落ち着いて。多江さん、深呼吸」
「ふええっ!すー、はー、すー…いや、落ち着いてらんねえ、旦那さま、大変なの!」
百面相のようにコロコロと表情が変わる、可愛らしい妻が慌てるのには慣れてきたが、どうやらただ事ではないらしい。
「そ、外を異人さんが歩いてて…鍬担いで、でっけえ風車が回って、ハナコがコケーッと…えっと、えっと…」
両手をパタパタ振り回し、一大事を報告する多江。
ちなみにハナコは牛であり鶏ではない。
(一体何事だ?多江さんがそそっかしいのはまだしも、様子がおかしすぎる)
肌に感じる空気が明らかに違う。
初夏のはずなのに、湿気を感じない。
もうそろそろ蝉の声が聴こえる時期に、不思議な程静かすぎる。
耕作は、この感覚は大陸で味わった…頭に一瞬蘇る記憶を振り払い、現実に戻る。
「とりあえず着替えてきます。寝間着で外にでるわけにはいきません」
耕作は寝室へと戻る。
(もー!なんでこう几帳面だべ?それどころじゃないのに〜っ!…でも、旦那さまは流石に落ち着いてるだ…)
旦那さまに口答えなどもってのほかと躾けられたとおり、多江は耕作が出てくるまでお淑やかなと自分が思う姿勢で待つ。
瞳は挙動不審なほどにキョロキョロと泳ぎ、落ち着かないのは御愛嬌だ。
やがてきちんと着替えてきた耕作は、落ち着きなくソワソワと足踏みしている多江を見て微笑を浮かべる。
(やれやれ…)
上がり框から降りて下駄を履くと、土間を抜けて勝手口を出る。
「…なんだこれは?」
多江が慌てるわけだ。
目の前に広がる風景はどうみても日本、東洋の景色ではない。
西洋、欧州の農村の光景だ。
頬を撫でる風の匂いから違う、自分達の馴染んだ文化にはない匂い。
人影が見える。
確かに金髪や茶色、赤毛とさまざまな色の髪。
なんとなく違和感を感じる…
服装をみると、中世の絵画から出てきたような古風ないでたちで、自分が今着ている白いYシャツやコットンパンツですら場違いに感じてしまう。
(何処なんだここは?家ごと神隠し?馬鹿な…)
混乱して叫びたい、だが…
勝手口から顔を覗かせ、心細そうな新妻が目に入った時点で耕作は気を取り直した。
(ええい!大和男子が狼狽えるな!落ち着け、まずは家のどの範囲まで異変が起こったのか調べて…多江さんを不安にさせるなよ、俺!)
痩せ我慢も一家の長たるもの必要…ましてやまだ20歳にも満たない多江に負担はかけたくない。
(どう言えば多江さんは…)
「びっくりしましたあ…旦那さまはあんまり驚かないんですね、さすがです」
「えっ!?う、うむ…」
「けど、どうしましょう、旦那さま」
「な、何がだい?」
「いえ、父さまも母さまもいねえのに、御飯作りすぎてもったいねえなと…あ、お供えお供え!仏壇とお地蔵様にちゃんと一番最初に差し上げなきゃ!」
パタパタと走り出す多江を見て、脱力する耕作。
(あ…敵わないな、まったく)
彼女が元気なら気負う必要はない。
フッと安堵の息を吐くと、家畜小屋、蔵の向こうはどうなってるのかを確認しなきゃいけないと耕作は気づいた。
家の周り、正面の門を囲む生け垣から向こうは別世界だが、裏手は、家の田畑はどうなっているのか?
建ち並ぶ蔵の脇を抜けて裏手に回る。
本来なら庄屋上がりである婚家の佐藤家が持つ広大な田畑が山裾まで広がっている筈なのだが…
まるで切り取ったように、自分達が耕している田畑のみ、田んぼが一反ほど、畑がその半分。
田畑の先は、佐藤家の利用していた水車小屋がある小川が流れ、その先は草原に、奥は森になっていて、民家などは見えない。
太陽の位置から見ると、この集落の北の外れの高台にこの家はあるらしいと見当がついた。
不思議なのは小川の水源が何処なのか?
うちの田んぼの周囲はすべて草原なのに、突然北の端の部分から清流が西から東へと流れ、畑が切れたところでまた草原に戻っている。
元々の場所に繋がったまま、その部分だけこっちに来ているように見える。
(なんにせよ、ちゃんと田んぼにも水が来ているし、井戸もある。生活に困ることが無さそうなのは不幸中の幸いか…田植えも終わったあとで、今すぐ人手が必要な事もない。…原因よりもまずは生きていけることに感謝しなきゃな)
確認が済むと、耕作は多江の元へ。
「あ、旦那さま!ご飯が冷めてしまいますから食べてしまいましょ」
「う、うむ。そうだね、いただきましょう」
卓袱台の上に用意された朝餉が湯気を立てている。
炊きたての米の匂いは変わらない日常の匂い。
「旦那さま、考えてもどうにもなんねえです。…まずはやることをやりましょう、そしたら…なんとかなる!ですよね?」
屈託なく笑う多江に、耕作の焦りや力みは溶けていく。
「多江さん…その通りです。まずは食べて、いつもの通りに働きましょう。…いただきます」
2人はしばし黙って湯気の向こうを見つめる。
キュウリの糠漬けを噛むカリッとした音が居間に響く。
(大丈夫、旦那さまがいれば…)
(大丈夫、多江さんを護らねば…)
ご飯を食べながらとっさに浮かんだ言葉。
偶然なのか必然なのか…2人の思いは重なっていた。
◇◇◇◇◇◇
朝食を頂き、お茶を一杯。
さすがに落ち着きすぎである。
しかし、縁側から見える生け垣に鈴なりに異人が覗き込むのをいい加減無視できずに、間が保たなくなってきた。
「人ん家を覗くなんて行儀がなってねえですね〜。一体どんな躾けされてんだか、いっそオラが…」
鼻息荒く立ち上がる多江を耕作が慌てて押しとどめる。
「多江さん、多江さん、私が少し話してくるから待ちなさい。あちらの方たちと私たちはお付き合いしなきゃいけないんだよ、これから。なぜこうなったかはわからないけど、仲良くしなきゃ駄目だ」
多江の暴走を食い止めないと!
耕作にも成算はあるわけではないが、いきなり喧嘩腰では話もなにもあったもんじゃない。
縁側から慌てて飛び降りると、生け垣のほうへ近づいていく。
「あっ、こっちに来たぞ!」
「珍しいな、黒髪に黒目。…子供か?」
「それにしても家の中まで丸見えとは、どんな貧乏な作りなんだ?」
(言いたい放題だな…あれっ?言葉がわかる?)
ワイワイと騒いでいる人々の声。
子供だの貧乏だのは何を言ってるんだ!と言い返したいのだが、彼らの言葉がわかるのが不思議な耕作には、いちいち目くじらを立てている余裕はない。
「あの〜、はじめまして。突然何がなんだかわかりませんが、ここに家ごと来てしまいました」
耕作は老若男女入り乱れた中で、一番年長者の様子の、茶色の髪が半分禿げあがった赤ら顔の壮年の男性に話しかけた。
「はあ?何がなんだかわからんのは同感だが、非常識極まりないな。…いや、あんたらがわざときた訳ではないくらいはわかるが」
男性は腕組みをしたまま、耕作を見下ろす。
(大きいな…六尺は越えてそうな人ばかりだ。
これなら俺達が子供に見えても仕方ないか)
耕作でおよそ五尺五寸、多江にいたっては四尺二寸あるかくらいなので、みな見上げんばかりの体格に見える。
「私は佐藤耕作と申します。あちらにいるのが家内の多江。我々は大日本帝国からこちらに突然飛んできたのですが、ここはヨーロッパのどの国になるのですか?日本語がわかるのでしたら教えて頂きたいのです」
「はあ?大日本帝國?そんな国聞いたことないわい…それにヨーロッパ?そんな地名も知らんし…だいいち日本語なんぞと言われても普通に喋っておるだけだしのう…。ああ、名乗り遅れたな、ワシは一応パルム村の村長をしておるヨーゼフというんじゃ」
ヨーゼフの皺が多い、それでいて彫りの深い顔が、警戒から好奇心に変わった。
少なくとも、敵対心はないのが伝わり耕作はホッと息を吐く。
(それにしてもヨーロッパではない?しかも帝国も通じない…一体どうなってるんだ?)
「あーもう!コラーッ!ウチは見せもんでねえだ!それに旦那さまを見下ろすでねえだよ、でっけえからといって…ほんとにでっけえな」
「多江さん!」
箒を振りかざし縁側から突進してきた多江が、毛を逆立てた子猫のようにフウッ!とヨーゼフや後ろの村民を威嚇する。
しかし、返ってきたのは無遠慮な笑い声ばかり。
「あー、怒ったみたいだぞ!」
「ちっさいのに気が強いなー、いくつだろ?」
「目が真ん丸でおっきいな」
「へ?なんだべ…言葉通じるだか、この異人さんたちは。ならば遠慮はいらねえ、ウチを覗くような無礼者には折檻が…」
「多江!静かにしなさい。私が話しているときになんだ!」
「ひえっ!…ごめんなさい、旦那さま」
さすがに多江の暴走を見てはおれない。
妻たるもの、3歩下がって控えておくのがこういう場での日本のしきたりというものだ。
耕作なりのけじめである。
シュンと一段と小さくなっているのは可哀想だが、これは仕方ない。
「まぁまぁ…コーサクさんよ、こちらも驚いたし警戒もしたのはわかってくれ。いきなり見たことのない大きな屋敷が村はずれとはいえできたんだ、よそからの侵略かと思ったんだ」
ヨーゼフが苦笑いしながら話すのを聞いて、逆の立場ならもっと物々しいことになっただろうと耕作は痛いほど感じる。
それにしてもパルム村は良いとして、せめて何処の国かくらいはわからないものか?
「ヨーゼフさん、このパルム村というのはどこの国に所属しているのですか?それと今日は西暦何年の何月何日に…」
ヨーゼフが目を白黒させているのはわかるが、大事なことなので耕作も必死で尋ねる。
問い詰める耕作に、待てというように手を前に出し呼吸を整えてから、ヨーゼフは溜め息をついて口を開く。
「悪いが、何を言っているのかさっぱりわからん」
「このパルム村はロマリア王国、グラハム男爵の領地の外れ、500人程の小さな村じゃ。
それに西暦とはなんじゃ?暦など王都でもないと使っておらんし、みんな気にしておらんぞ?」
耕作も今度は目を白黒させる番だ。
ロマリア王国?暦がない?…地球上にそんな場所が存在するなんて聞いたことがない。
しかも日本語がペラペラの西洋人風。
考えたくないが…ここは地球ではないのでは?
高校で読んだことがある空想伝奇小説のように、未知の世界に迷い込んだのか…そう考えたらこの奇天烈な状況がしっくりくる。
ならば、陛下の赤子として、どんな状況でも気をしっかり保って生き抜かねば…
考えこんでいると、袖を引かれて我に返る。
「旦那さま…とりあえず立ち話もなんだし、お茶でもご用意するだか?」
さっき叱られたせいで、見るからにおどおどしている。
失策を取り返そうと多江なりに考えたのだろう。
「ああ、用意してくれ」
「はいっ!ただいま!」
(怒ってなかっただ…よかったよかった、すぐ挽回しねえと、オラのせいで旦那さまに恥をかかせちゃなんねえ!)
絣の合わせにモンペ姿の小さい体が勝手口へと走り込む。
「良い女中じゃねえか、コーサクさんよ」
「女中?あれは家内…いや私の妻だぞ、誤解しないでくれ」
「なに?じゃあアンタ、奥さんをあんなふうに使うなんて、若いくせに大した男なんだな?」
「何のことだ?妻が家事をするのは当たり前じゃないか」
「いやいや、他人の前で奥さんを叱り飛ばせる男なんて滅多にいねえぞ。逆はいくらでも…まあそれはいいか。嫁に命令なんてよほどの悪党か、よほど愛されてないとな。…あんたは悪党かい?」
「何を馬鹿な」
「じゃあ、愛されてんだな。よくできた奥さんじゃねぇか…見た目は子供にしかみえんがな」
ヨーゼフと耕作の話に聞き耳をたてている村民たちも一緒に驚いたり感心したりと忙しい。
集まっている内訳は幼児連れの若い女性や、ヨーゼフより若い男性が数人、あとは好奇心旺盛そうな少年少女たち。
「せっかくだから、皆さん、うちでお茶でも飲んでいきませんか?ご縁あってここで暮らすのなら、私達と仲良くして頂きたいのです」
「おう、それはありがてえ!」
ヨーゼフが笑って頷くと、後ろの村人たちからも歓声が上がる。
さっきまで警戒していたのが嘘のようだ。
ほどなくして、多江が勝手口からお盆を抱えて現れた。
「粗茶ですが、どうぞ……ぬか漬けもありますだ」
「ぬ、ぬか……?」
皿に盛られたきゅうりと茄子を見て、村人たちは顔を見合わせる。
「これ、牛の餌じゃねえのか?」
「いや、見た目は悪くねえけど……なんか匂うぞ」
「匂うて、あんたら鼻がおかしいんでねえ!? これがうまみっつうもんです!」
多江がムッと眉を吊り上げ、箸を突き出す。
その勢いに押され、ヨーゼフが恐る恐る一切れを口にした。
…数秒の沈黙。
「お、おおっ!? すっぱい! けど……悪くねえな!」
「な、なんだこれ、くせになる!?」
「おかわり!」
途端に場の空気が一変し、笑い声が広がる。
多江は胸を張り、耕作は苦笑いを浮かべながら呟いた。
(ぬか漬けが国際交流になるとは…)
こうして佐藤家の朝は、異世界でも平和に始まったのである。
――もっとも、この平和が長く続くとは限らなかったが。
読んで頂きありがとうございます。
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更新の励みになります、間違いなく加速装置が作動します(笑)




