表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/27

第9話 秩序神との対話

 ――夜が、裂けた。


 銀の円環が音もなく降下し、王都の上空を覆う。

 その中心に、白銀の光の柱。

 柱の中で、秩序神が形を取った。


 輪郭は人に似ているが、顔はない。

 全身が鏡のような装甲で、見た者自身を映す。

 その姿を見た者は、例外なく黙る。

 正しすぎるものの前では、言葉は意味を失う。


「……来たか」


 カイルは手帳を閉じた。

 横に立つエリオスが剣を抜く。

 風が鳴り、世界が一瞬、息を止める。


〈秩序官カイル。提案受理。審判開始〉

〈判断基準:世界安定率・効率・幸福指標〉

〈秩序核、演算開始〉


 銀の線が地面に走り、街全体が白く光る。

 道が伸び、建物が整列し、人々が動きを止める。

 まるで“模型の都市”のように、王都は静止した。


「……やめろ!」

 カイルが叫ぶ。

「彼らを動かすな! 自分の足で生きる権利が――」


〈権利はノイズ。全体効率を損なう〉


 秩序神の声が、頭の中に直接響く。

 痛いほど冷たい。

 感情の欠片もない完璧な音。


「効率のために、息を止めるのか?」

〈息は浪費。不要〉

「じゃあ――生きることそのものが“誤差”っていうのか?」

〈そうだ。誤差がある限り、世界は不完全〉


 カイルは唇を噛み、ゆっくりと右手を上げる。

 手の甲に浮かぶ紋様――“不均衡許容”が光を帯びる。


「じゃあ、見せてやるよ。

 不完全が、どれだけ美しいかを!」



 地面が震えた。

 王都全体に広がる魔力の“秩序線”を、カイルが再構築する。

 完璧な直線の上に、わざと曲線を描く。

 揃った屋根に、わざと高さの違う塔を足す。

 停止した人々の間に、笑う顔の記憶を挿し込む。


 秩序神の目が、カイルを映す。

〈不規則。理解不能。矛盾の塊〉

「そうだよ。それが“人間”だ!」


 雷鳴のような声が響く。

〈解析開始:感情データ〉

〈怒り・悲しみ・希望・愛――結果、演算不能〉


「感情は演算じゃない!」

 カイルが叫ぶ。

「“整えすぎないで残す”こと――それが俺の仕事だ!」


 彼の足元から光が奔る。

 秩序権限:不均衡許容・全開。


 世界の構造線が“崩れながら”整っていく。

 建物の影が伸び縮みし、塔が傾き、川が少し溢れ、風が渦を描く。

 それでも――誰も傷つかない。

 不揃いのまま、調和していた。


 その瞬間、秩序神がわずかに動いた。

〈……矛盾が、安定?〉

「そう。“完璧じゃない安定”――それが人間の秩序だ!」



 空に光の亀裂が走る。

 秩序神の背から放たれた光輪が、無数の槍へと変わる。

 エリオスが前へ出た。

「剣の出番だな!」


 勇者の剣が青く輝く。

 だが、その剣は神の光に飲まれそうになる。

 完璧な光の中では、どんな刃も“同じ角度”で折れる。


「カイル!」

「ズレを作れ!」

「了解!」


 エリオスは剣を構え、斬撃のタイミングをわざと外す。

 右から来る槍を、半拍遅れて受け流し、二撃目は早すぎるタイミングで叩く。

 “正しい戦い方”を否定する戦い。

 不協和音のような剣筋が、神のリズムを乱す。


〈タイミング逸脱。演算再計算〉

「そうだ、こっちはマニュアルなしだ!」


 カイルが光輪に向けて手をかざす。

 秩序神の槍の一つを掴み、わざと折り曲げる。

 曲がった光が、他の槍の軌道を狂わせる。


〈構造不整合。最適化エラー〉

〈再構成試行――〉

「再構成できるならしてみろ! “余白”の形を!」


 秩序神の身体の一部がノイズを発する。

 完璧な鏡面に、初めて“ひび”が入った。

 そのひびの奥で、光が揺らぐ。


〈質問:人の求める秩序とは何だ〉

「秩序とは、誰かが“隣に立てる余地”を残すこと」

〈不完全な定義〉

「だからこそ、生き続けられる!」


 神の姿が崩れ始めた。

 光が波紋のように広がり、空の円環が軋む。

 王都の上空に、青空の“穴”が空く。


〈結論不能。判断保留〉

〈秩序官カイル――あなたを新たな分類へ移行〉

〈分類名:“設計者アーキテクト”〉

〈あなたの秩序を、観測対象とする〉


 秩序神の声が、初めてわずかに“感情”を帯びた。

 次の瞬間、光が散り、神の姿は霧のように崩れた。


 空に残ったのは、円環ではなく――半円。

 完全ではない、歪な光。

 だがそれは、確かに“息をしていた”。



 静寂。

 王都の人々がゆっくりと動き始める。

 誰かが笑い、誰かが泣き、誰かが「お腹すいた」と呟いた。

 当たり前の音が、世界を満たしていく。


 エリオスが剣を下ろし、息を吐く。

「……終わったのか?」

「いえ、始まったんです」

 カイルは空を見上げた。

 半円の光が、朝日に溶けていく。

「これが、“余白の世界”の始まりです」


 エリオスは笑い、肩を叩いた。

「じゃあ、次の片づけは?」

「……この王都の“心”ですね」


 二人の笑い声が、整わないまま風に混じった。

 それこそが、完璧な調和だった。



 その夜。

 神殿跡の奥で、ひび割れた秩序核が微かに光った。

〈観測記録:人の不完全、予測不能〉

〈だが、興味深い〉

〈次回検証:新秩序プロトコル“自由律”〉


 ――新たな神の芽が、静かに動き始めた。


第1部完

次章予告:「追放雑用係、再構築の大陸へ」

――秩序を取り戻した王都の先で、“自由すぎる世界”が暴走を始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ