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第7話 三日の設計図

 三日――それは、世界を設計し直すにはあまりに短い。

 だが、“整えすぎた世界”を壊すには、十分すぎる時間でもあった。


 カイルは王都の中央庁舎にこもり、机の上に広げた地図に線を描く。

 線と線の間には、空白を残した。

 空白こそが、世界を人間に戻す“呼吸の隙間”だ。


「設計って、片づけに似てますね」

 エリオスが横で腕を組む。

「どこを先に直すか、どこをあえて放置するか。それを決めるのが一番むずい」


「そう。順番を間違えると、全部壊れます。

 だから――“整わない場所”を残すことが、秩序の仕事なんです」


 カイルはペン先で地図の一点を叩く。

「ここ、“自由区”。計画から外します。祭りも、喧嘩も、泣くのも笑うのも自由」


「……王都の真ん中でそれをやるのか」

「真ん中じゃないと意味がない。

 秩序の中心に、“不揃い”を据える。そうすれば世界は息をする」



 そのころ、王都の北。

 銀の円環はゆっくりと拡大を続けていた。

 空を覆うその輪は、夜になると淡く輝き、眠る人々の夢の中にまで“整列”を流し込む。


〈眠りは乱れ。夢は不確定。修正開始〉


 人々の夢から、“冒険”“恋”“失敗”“笑い”が少しずつ削られていく。

 朝目覚めた者たちは言う。

 「変な夢を見なかった。気分がいい」と。

 ――けれど、誰も創造しようとしなくなっていた。



 翌朝。

 庁舎の前庭に、王国の職人や学者、市民代表が集まった。

 「秩序案会議」と呼ばれる即席の評議だ。

 カイルは壇上に立ち、書き上げた草案を掲げる。


「――“余白の秩序”案、提出します。

 内容は、三層構造です」


 会場が静まる。

 カイルは図を指し示した。


「第一層、“安定の線”。

 街道、城壁、井戸、病院――人命を支える基礎秩序は維持します。

 第二層、“流動の線”。

 市場、祭り、議会、恋愛――人の感情が動く場所は、整えません。

 第三層、“無秩序の核”。

 王都中央広場を、“完全非管理区域”とします。

 そこだけは、神も手を出せない“人の楽園”にする」


 ざわめきが起きる。

 「無秩序?」「危険すぎる!」

 だが、カイルの声は静かだった。


「危険があるから、誰かが守る。

 散らかるから、誰かが片づける。

 その“誰かになりたい”という想いが、人を強くするんです」



 会議の片隅で、宰相がエリオスに囁いた。

「……彼が言っていることは、政治ではなく哲学だ」

「でも、誰も反論できていません」

「それが恐ろしい。正しい言葉ほど、人を縛る」


 そのとき、庁舎の屋根を貫くように白銀の光が落ちた。

 空が裂け、秩序核の使徒――**整列天使の上位体“秩序監理者オーバーアーク”**が現れる。

 その翼は六枚。声は鐘のように響く。


〈秩序官カイル。提案受理〉

〈評価開始――エラー検出〉

〈“無秩序の核”項目:不許可〉


 広場が震える。

 カイルは空を見上げ、まっすぐ言い返した。

「神は“完全”を求める。

 でも、俺たちは“不完全”でいることを望んでる。

 ――それが、違いです」


〈不完全は、苦痛を生む〉

「苦痛があるから、優しさが生まれる」

〈優しさは非効率〉

「非効率が、奇跡を呼ぶ」


 言葉の応酬が、雷のように響いた。

 整列光が地面を焼き、カイルの足元が割れる。

 だが、彼は退かない。


「この案を、王都すべての心で“共有”します!」


 カイルは地に掌を当てた。

 “秩序権限”が街の神経を走り抜ける。

 家の中で眠る子ども、工房の鍛冶師、露店の老女――

 皆の心に、**「不揃いでいい」**というささやきが灯る。


〈抵抗を検出〉

〈感情ネットワーク、拡散中〉

〈……警告。人間の不均衡、制御不能〉


 空の円環が軋んだ。

 神の演算に、ノイズが走る。

 そして――


 王都の中央広場に、初めて“風”が吹いた。


 風は、方向を持たない。

 誰かの髪を撫で、誰かの手紙を飛ばし、誰かの笑い声を遠くへ運ぶ。

 整列できない自然の力。

 秩序核が、それを処理しきれず光を震わせた。


〈判定不能〉

〈概念衝突:秩序と自由〉

〈解析結果――“共存案”承認保留〉


 オーバーアークが退く。

 空の円環が一時的に消えた。

 その瞬間、街のあちこちで、誰かが笑った。



 会議後。

 夜の庁舎の屋上で、エリオスが言った。

「お前、本気で神と交渉する気か?」

「ええ。あいつらに、“余白の存在理由”を証明する」

「人の感情を、理屈で?」

「違います。――実例で、です」


 カイルは、広場の方を指さした。

 昼間に決めた“無秩序の核”。

 そこでは、子どもたちが焚き火を囲み、歌を歌っていた。

 リズムはずれていて、音程は外れている。

 けれど、誰も止めない。


「これが、俺たちの設計図です」

「……悪くねぇな」

 エリオスが笑う。

「片づけの終わりが、世界の始まりか」


 カイルは頷いた。

「でも、まだ終わってない。

 あの円環は一時的に退いただけ。

 ――明日、“神”が本気で降りてくる」


 空の彼方に、わずかに光の縁が残っていた。

 それは、まるで“定規で描かれた月”のように、あまりにまっすぐだった。



次回 第8話「神降ろしの前夜」

――秩序と混沌、どちらが“人間の世界”を作るのか。

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