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第5話 崩れる秩序、揺れる信念

 王都南門の修復から三日。

 街は息を吹き返した――ように見えた。


 だが、整いすぎていた。


 街路はすべて直線。

 家々の壁は同じ高さ。

 行き交う人々の足並みまで、なぜか揃っていた。


「……これ、やりすぎだな」

 カイルは通りを歩きながら眉を寄せた。

 秩序権限の“自動最適化”が暴走している。

 本来は「混乱を防ぐための機能」。

 けれど、制御を失えば世界から“偶然”が消える。


「おい、カイル!」


 背後から声。

 剣を背負った勇者エリオスが駆けてきた。

 息は荒い。額に汗。

「北区が……崩れた!」

「崩れた?」

「整地しすぎたんだ! 地下水脈の“遊び”がなくなって、地盤が耐えられなかった!」


 胸が冷たくなった。

 ――整えすぎた世界は、脆い。



 北区。

 石畳が割れ、家々がずれていた。

 だが、倒壊した家は“等間隔”に並んでいる。

 まるで、壊れ方すら秩序の一部のようだった。


 泣き声が響く。

 瓦礫の下から、小さな手がのびている。


「……止めないと」


 カイルは手をかざした。

 視界の中に無数の線が走る。

 流れ、圧力、傾斜――秩序が見える。


「整理整頓――構造再配置」


 風が渦を巻き、瓦礫が浮く。

 しかし、次の瞬間――


 抵抗が走った。


 世界が、拒んだ。

 無数の線がねじれ、視界が歪む。

 整えるたびに、何かが“壊れる”。

 秩序が秩序を食っている。


「まずい、暴走か……!」


 エリオスが剣を抜いた。

「どうすれば止まる!」

「秩序権限を――切り離す!」

「できるのか!」

「試すしかない!」



 光がはじける。

 カイルの右腕が淡く透け、構造の糸が絡みつく。

 “整えようとする意思”が、彼自身を束ねていく。

 脳裏に、誰かの声が響く。


〈秩序とは、止まることを知らぬ理〉

〈整いすぎた秩序は、死と同じ〉


 ――あの神殿の声だ。


「なら、壊してやるよ……自分の“整い”くらい!」


 カイルは拳を握り、地面を叩いた。

 光が爆ぜ、整列していた瓦礫がランダムに散る。

 空気が歪み、風が乱れ、雨粒が不規則に落ち始めた。


 世界が、ようやく呼吸を取り戻す。


「成功……したのか?」

 エリオスの声。

 カイルは苦笑する。

「まぁ、ちょっと……散らかったけどな」


 その時、崩れた壁の陰から、少女が泣きながら母親に抱きついた。

 生きていた。

 人々の歓声が上がる。

 整っていない、歪で、乱雑で、生きた音。


 それを聞きながら、カイルは膝をついた。

 右腕の線がまだ光っている。

 秩序の残滓が、体に残った。



「……お前、壊しながら救うのか」

「片づけるには、壊す工程も必要です」

 カイルはゆっくり立ち上がり、息を吐いた。

「“整うだけ”が正しいとは限らない。

 ――人間は、少しぐらい散らかってたほうがいい」


 エリオスが剣を地面に突き立てた。

「だったら俺が、お前の暴走を止める剣になる」

「護衛の仕事を、きっちりやってくれるんですね」

「……命令だからな」


 二人の間に、微かな笑いが生まれた。

 ほんの少しだけ、世界が柔らかくなる。



 夜、王都の塔の上。

 カイルは星空を見上げていた。

 整然と輝く星々――そこに、ひとつだけ乱れた星が混じっている。


 秩序神の声が、風に溶けて届く。


〈お前は秩序を壊した。恐れぬか〉

「恐れてます。でも、止まりません。

 秩序を壊さなきゃ、次の秩序は生まれない」

〈……だから人は神に届かぬ〉

「届かなくていい。

 俺は、片づける人間です。

 ――世界じゃなく、人のために整える」


 その瞬間、ステータスウィンドウが淡く更新された。


[Status Window]


 称号:秩序官

 能力:整理整頓LvMAX/構造最適化/秩序権限(安定)

 新特性:不均衡許容(Balance Error)


「……“不均衡”を許す、か」

 カイルは小さく笑った。

「やっと、人間らしくなってきたな」



 その頃、王都議会。

 宰相は新しい問題に頭を抱えていた。


「秩序官カイルの活動領域が拡大している。

 街は整ったが……人々が“決められた動き”しかできなくなりつつある」

「神に近づきすぎた者の代償、か」


 宰相の視線の先には、一枚の命令書。

 そこには、こう記されていた。


王命:秩序官の監視任務を強化。

担当:勇者エリオス・グラン。

目的:秩序官カイルの“人間性”を保つこと。



 夜風が吹く塔の上。

 カイルの背後で、金の髪が揺れる。

 エリオスが立っていた。


「監視任務だ」

「護衛から昇格ですか?」

「違いねぇな。……だが、お前を“人間”のままでいさせるのが、俺の役目だそうだ」


「いい仕事ですよ、それ。

 ――世界を整えるより、難しいかもしれませんけど」


 二人の笑い声が、夜空に溶けた。


 星々が瞬き、ひとつ乱れた星が流れる。

 完璧ではない空。

 だがそれでいい。

 不揃いなまま、世界は“美しい”。



次回 第6話「歪んだ秩序、消えた笑顔」

――神の声が、再び“整列”を求め始める。

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