第4話 王命:秩序官と護衛勇者
王都の鐘が、低く長く鳴った。
――その音が告げたのは、「勇者エリオス・グランの降格」と「秩序官カイルの正式任命」だった。
玉座の間には、誰もが信じられない表情で立ち尽くしていた。
宰相の声だけが静かに響く。
「勇者エリオス。そなたには“秩序官カイル”の護衛任務を命ずる。
以後、彼の行動範囲の安全を確保し、その判断に干渉してはならぬ」
「な……冗談だろう!」
エリオスの声が弾けた。
玉座の王は、沈黙でそれに答えた。
「功績は認めよう。だが世界を救うのは剣のみではない」
「ですが陛下、私は魔を斬り、国を守り――」
「それを整えていた者がいたという報告が上がっている。
……“片づけ人”の働きによって、王都の政も滞りなく動いているとな」
重い沈黙が落ちた。
視線の先、列の最後に立つカイルがわずかに会釈をする。
その姿は飾り気もなく、ただの作業服。
けれどその存在だけで、空気が整う。
声が、行動が、呼吸さえも“順番通り”になる。
――それが、秩序。
◇
「……納得いかねぇ」
謁見を終えた後、エリオスは廊下の柱を殴った。
拳が赤く染まる。
彼の後ろで、イレイナが小さく息をつく。
「陛下の判断です。抗えば“逆賊”扱いです」
「わかってる! だが……護衛だぞ? 俺が、あいつの!」
「……昔、あなたがあいつを追放した時も、似たような顔をしていましたよ」
「何が言いたい」
「順番が、整っただけです」
言葉が、刃より鋭く突き刺さった。
◇
カイルは、執務室で地図を広げていた。
王都周辺の物流線、税の流れ、村と村を結ぶ街道――すべてが“乱雑”だ。
王国が滞る理由は、魔物ではない。人の段取りだ。
「エリオス殿、そこに印をつけてください」
「俺に命令するのか?」
「頼んでます。段取りは“分担”が大事ですから」
皮肉でもなく、自然な声。
それが余計に、エリオスの苛立ちを煽った。
だが不思議なことに、言われた通り印をつけると、全体図が見えるようになった。
散らかっていた地形が線で結ばれ、流れが整う。
「……これは」
「あなたの剣の届く範囲です。護衛というのは、“守りの導線”を作る仕事ですから」
エリオスは言葉を失った。
剣が輝くのは、誰かが灯を整えた場所だけだと、ようやく理解した。
◇
夜。
カイルの部屋には灯りが一つ。
古い地図と書類が、机の上できっちり揃えられている。
彼は筆を走らせながら呟いた。
「整理整頓――この国の順番を整える」
その声に反応するように、机上の水晶が淡く光った。
“秩序権限”が拡張していく。
窓の外、王都の夜景が静かに変わる。
街灯の明かりが均等に並び、街路樹の枝が同じ方向に伸びる。
世界が、整い始めていた。
「……まるで魔法だな」
背後から、エリオスの低い声。
カイルは顔を上げる。
「見に来たんですか? 護衛なのに、警戒もせず」
「……剣を振るう場所が、なくなっていくのが怖いだけだ」
その言葉に、カイルはふと笑った。
「剣は片づけ道具ですよ。
要らないものを斬り、必要なものを残す。
――本質は、同じです」
エリオスが目を見開く。
沈黙。
長い時間、ただ風の音だけが流れた。
◇
翌朝。
王都の南門が崩れ落ちたとの報が入る。
原因不明。魔物ではない。
カイルは即座に現場へ向かった。
エリオスはその背を追う。
「下がってください、危険です!」
兵が叫ぶ中、カイルは崩壊した石を手に取り、目を閉じた。
地面の“流れ”が見える。
歪んだ順番、曲がった指示、無理な増築。
原因は――人災だ。
「整理整頓――構造修正」
風が巻き、光が地を這う。
崩れた石が宙を舞い、継ぎ目が正しい位置に戻っていく。
たった数十秒で、門は完全に修復された。
周囲の兵がどよめく。
エリオスは、その光景にただ立ち尽くした。
カイルがこちらを振り向く。
「護衛さん、入口の固定を頼みます。
剣で“余分な石”を切ってもらえますか?」
エリオスは無言で頷き、剣を振るった。
石が真っ直ぐに裂かれ、門がぴたりと閉まる。
完璧な連携。
それは、追放以前には一度もなかった“理想の共同作業”だった。
◇
「なぁ、カイル」
「なんですか」
「……俺はずっと間違えてた。
秩序を“力”で押しつけようとしてた。
でも、本当の秩序は――お前みたいに、下から積むもんなんだな」
カイルは静かに笑った。
「気づけば、それで十分です。
順番を正すのに、遅すぎることはありません」
朝日が二人を照らした。
整った光が、街に溶けていく。
◇
次回 第5話「崩れる秩序、揺れる信念」
――世界を整える力が、初めて“反発”を起こす。