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第4話 王命:秩序官と護衛勇者

 王都の鐘が、低く長く鳴った。


 ――その音が告げたのは、「勇者エリオス・グランの降格」と「秩序官カイルの正式任命」だった。


 玉座の間には、誰もが信じられない表情で立ち尽くしていた。

 宰相の声だけが静かに響く。


「勇者エリオス。そなたには“秩序官カイル”の護衛任務を命ずる。

 以後、彼の行動範囲の安全を確保し、その判断に干渉してはならぬ」


「な……冗談だろう!」


 エリオスの声が弾けた。

 玉座の王は、沈黙でそれに答えた。


「功績は認めよう。だが世界を救うのは剣のみではない」

「ですが陛下、私は魔を斬り、国を守り――」

「それを整えていた者がいたという報告が上がっている。

 ……“片づけ人”の働きによって、王都の政も滞りなく動いているとな」


 重い沈黙が落ちた。

 視線の先、列の最後に立つカイルがわずかに会釈をする。

 その姿は飾り気もなく、ただの作業服。

 けれどその存在だけで、空気が整う。

 声が、行動が、呼吸さえも“順番通り”になる。


 ――それが、秩序。



「……納得いかねぇ」


 謁見を終えた後、エリオスは廊下の柱を殴った。

 拳が赤く染まる。

 彼の後ろで、イレイナが小さく息をつく。


「陛下の判断です。抗えば“逆賊”扱いです」

「わかってる! だが……護衛だぞ? 俺が、あいつの!」

「……昔、あなたがあいつを追放した時も、似たような顔をしていましたよ」

「何が言いたい」

「順番が、整っただけです」


 言葉が、刃より鋭く突き刺さった。



 カイルは、執務室で地図を広げていた。

 王都周辺の物流線、税の流れ、村と村を結ぶ街道――すべてが“乱雑”だ。

 王国が滞る理由は、魔物ではない。人の段取りだ。


「エリオス殿、そこに印をつけてください」

「俺に命令するのか?」

「頼んでます。段取りは“分担”が大事ですから」


 皮肉でもなく、自然な声。

 それが余計に、エリオスの苛立ちを煽った。

 だが不思議なことに、言われた通り印をつけると、全体図が見えるようになった。

 散らかっていた地形が線で結ばれ、流れが整う。


「……これは」

「あなたの剣の届く範囲です。護衛というのは、“守りの導線”を作る仕事ですから」


 エリオスは言葉を失った。

 剣が輝くのは、誰かが灯を整えた場所だけだと、ようやく理解した。



 夜。

 カイルの部屋には灯りが一つ。

 古い地図と書類が、机の上できっちり揃えられている。

 彼は筆を走らせながら呟いた。


「整理整頓――この国の順番を整える」


 その声に反応するように、机上の水晶が淡く光った。

 “秩序権限”が拡張していく。

 窓の外、王都の夜景が静かに変わる。

 街灯の明かりが均等に並び、街路樹の枝が同じ方向に伸びる。

 世界が、整い始めていた。


「……まるで魔法だな」


 背後から、エリオスの低い声。

 カイルは顔を上げる。


「見に来たんですか? 護衛なのに、警戒もせず」

「……剣を振るう場所が、なくなっていくのが怖いだけだ」


 その言葉に、カイルはふと笑った。

「剣は片づけ道具ですよ。

 要らないものを斬り、必要なものを残す。

 ――本質は、同じです」


 エリオスが目を見開く。

 沈黙。

 長い時間、ただ風の音だけが流れた。



 翌朝。

 王都の南門が崩れ落ちたとの報が入る。

 原因不明。魔物ではない。

 カイルは即座に現場へ向かった。

 エリオスはその背を追う。


「下がってください、危険です!」

 兵が叫ぶ中、カイルは崩壊した石を手に取り、目を閉じた。

 地面の“流れ”が見える。

 歪んだ順番、曲がった指示、無理な増築。

 原因は――人災だ。


「整理整頓――構造修正」


 風が巻き、光が地を這う。

 崩れた石が宙を舞い、継ぎ目が正しい位置に戻っていく。

 たった数十秒で、門は完全に修復された。


 周囲の兵がどよめく。

 エリオスは、その光景にただ立ち尽くした。

 カイルがこちらを振り向く。


「護衛さん、入口の固定を頼みます。

 剣で“余分な石”を切ってもらえますか?」


 エリオスは無言で頷き、剣を振るった。

 石が真っ直ぐに裂かれ、門がぴたりと閉まる。


 完璧な連携。

 それは、追放以前には一度もなかった“理想の共同作業”だった。



「なぁ、カイル」

「なんですか」

「……俺はずっと間違えてた。

 秩序を“力”で押しつけようとしてた。

 でも、本当の秩序は――お前みたいに、下から積むもんなんだな」


 カイルは静かに笑った。

「気づけば、それで十分です。

 順番を正すのに、遅すぎることはありません」


 朝日が二人を照らした。

 整った光が、街に溶けていく。



次回 第5話「崩れる秩序、揺れる信念」

――世界を整える力が、初めて“反発”を起こす。

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