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第3話 勇者パーティの崩壊

 王都・白塔の作戦室は、紙と怒声で満ちていた。


「なぜだ、数字が合わない!」

 勇者エリオス・グランが拳で机を叩く。震えた机の上で、書簡が勝手に列を揃え、端をきっちり合わせた。

 整いすぎた書類。気味が悪いほどの秩序。それは彼の苛立ちを、逆に浮き彫りにした。


「エリオス様……やはり報告のとおりです。東方の廃村が一夜で復興。古神殿は完全修復済み。観測塔は“地脈の歪みが消えた”と――」

「黙れ、イレイナ。そんなことがあるか。整地に何年かかると思っている」


 魔導士イレイナは怯えた目で唇を噛む。

 彼女の視線は、つい先ほど“勝手に整列”した図面から離れない。


(……カイル。お前なのか?)


 名前が喉まで上がるが、エリオスは飲み込んだ。

 追放を言い渡したのは自分だ。雑用係。道具運び。焚き火番。

 だが、彼が去ってから――すべてが面倒になった。


 荷物は迷子になり、食糧は腐りやすくなり、道は泥濘み、行軍は遅れ、会議はまとまらない。

 誰もが、ほんの少しずつ“段取り”で躓いた。

 勇者は剣を振る。段取りは下々の仕事。――彼は、ずっとそう信じていた。


「とにかく出る。辺境の魔窟を叩く。俺の剣で“秩序”を示してやる」

「……はい」



 王都を出て半日、勇者一行は森の手前で足を止めた。

 道が、急に歩きやすくなっていた。

 泥溜まりは端に寄せられ、落ち枝は片側に寄せられ、茂みの間に“最短の導線”が見える。

 誰かが整えた――いや違う。世界が勝手に道を開けている。


「気に食わんな」

 エリオスは剣の柄を強く握る。

 整っている。整いすぎている。

 視界は遠くまで抜け、死角は浅い。

 ――“迷い”の余地がない。


「罠は……ありません。魔力の流れも滑らかで……」

 斥候が困惑の声を漏らす。

「進め」


 森の中は奇妙な静けさだった。

 魔物の気配はあるのに、出てこない。

 彼らの動線が互いに干渉し、ぶつからないよう最適化されている。

 待ち伏せは成立せず、挟撃は成立せず、戦闘は起きない。


 剣を振る場面すら訪れない行軍は、勇者の“英雄譚”から拍子抜けを奪った。

 焦燥は苛立ちへ、苛立ちは粗雑な命令へ。


「――野営だ。ここに陣を張る」

「しかし、エリオス様。風下です。煙が――」

「黙れ! 最短で片づく場所を選んだ。ここが最短だ」


 そこは、確かに“片づく”場所だった。

 風は煙を真上に立て、火の粉は遠ざかり、薪は効率よく燃え、荷は端へ寄り……

 整っていた。

 ――整いすぎて、誰の功にもならないほどに。



 深夜。

 焚き火の周囲で、剣士と弓手が言い争っていた。


「お前が薬草袋を持ってるはずだろ!」

「いや俺じゃない、神官の鞄に入れた」

「俺は受け取っていない!」

 乾いた笑い声が漏れる。

「カイルなら“重いのは手前、軽いのは奥”って並べたのに」

「やめろ。その名を出すな」


 エリオスの声は低く尖っていた。

 言った瞬間、焚き火の側の鞄が“ころん”と転がり、蓋が開く。

 探していた薬草袋が、一番上に出てきた。

 誰の手も触れていないのに。


 沈黙。

 焚き火がこぼした火粉が、まっすぐ夜空に昇る。

 ――世界そのものが、元雑用係の流儀に揃っている。


(俺が、秩序だ)

 エリオスは歯を噛みしめた。

 勇者の剣など要らないと言われている気がした。



 翌日、目的地の魔窟へ。

 洞窟の口は黒く、冷たい風を吐き出している。

 だが、内部は妙に安全だった。

 段差は低く、岩は角を落とし、毒沼は“淵”に寄っている。

 進みやすい。戦いづらいほどに。


「エリオス様。最奥の魔核に直通する“最短ルート”が見えます」

「――突っ込め」


 勇者一行は、拍子抜けするほどあっさりと最奥へ辿り着いた。

 中心に黒い結晶。周囲に瘴気。

 エリオスは歓呼の息を漏らし、剣を振り上げ――


 剣は、虚空を斬った。


 **結晶が“自動で安全距離を取った”**のだ。

 瘴気が拡散され、毒濃度は低下。

 魔核は“作業しやすい角度”に回転し、床には“足を滑らせにくい凹凸”が並ぶ。

 世界が、勇者の剣を“危険作業”と見なして回避した。


「バカにしているのかああああ!」


 剣が結晶を叩き割る。

 割れた破片は、危険度順に“大小で分別され”、壁際に寄る。

 スマートに終わる。

 ――絵にもならない、英雄譚にもならない“片づいた勝利”。


 拍手はなかった。

 誰も高揚しなかった。

 誇りは満たされなかった。


(なぜだ。勝ったのに、勝った気がしない)


 エリオスの胸中で、何かが軋む。



 王都に戻ると、先回りしていた噂が迎えた。


「東方の村を救ったのは、勇者様ではなく“片づけ人”だそうで」

「王都の文官街、書庫が一夜で“索引順”に並び直したとか」

「城門の渋滞、消えたらしいぞ。誰かが“最短導線”を引いたんだ」


 衛兵が笑い、商人が笑い、子供が真似して道の石を並べる。

 整うことが一つの遊びになり、日常になっていく。


「やめろ。秩序を弄ぶな」

 エリオスの声は震えていた。

 弄んでいるのは誰だ。

 世界か、雑用係か、自分の自尊心か。



 作戦室に戻ると、長机の上に一通の書状が置かれていた。

 封蝋は王紋。差出人は宰相。

 エリオスは封を切る。


勇者エリオス・グラン殿

東域復興事案につき、当局は“秩序権限保持者(仮称:片づけ人)”の行動を国家管理下に置く必要を認めた。

速やかに該当者カイルを王都へ招聘せよ。

なお、貴殿の命令系統下での運用を検討する。


 エリオスの視界が白くはじける。

 招聘。検討。

 ――勇者の下に付けと言っている。


「ふざけるな」


 握った手紙が音を立てて潰れた。


「俺は英雄だ。雑用係は雑用係。剣の下に並ぶのが秩序だろうが」


 机の端に無造作に積まれていた地図が、勝手に広がり、四隅を“ぴたり”と揃えた。

 彼の言葉を嘲笑うかのように。


 イレイナが恐る恐る言う。

「……エリオス様。でしたら、先に動きましょう。カイル殿を見つけ、正式に“副官”として勧誘を」

「副官?」

「“片づけ”は貴方の手柄を大きく見せます。貴方は剣に集中できる。誰も損をしない」

「……いいだろう。だが、俺の下だ。俺が上だ。絶対にだ」


 勇者は命じた。

「全隊、出る。片づけ人カイルを見つけ出す。俺の配下に入れる。拒めば――」


 言いかけた瞬間、壁の燭台がふっと消え、室内の燭火が均等な間隔で灯り直した。

 影は部屋の四隅へ等分され、エリオスの顔にだけ濃い影が落ちる。


(……世界が俺の“醜さ”を照らしてやがる)


 彼は歯を食いしばり、マントを翻した。

「行くぞ」



 同じ時刻、東の村。

 カイルは、古井戸の石積みに腰をおろし、村の子供たちが並べた“石の導線”を眺めていた。

 小さな手で並べられた石は、拙く、愛おしい。


「ここは“左通行”。ぶつからないで歩けるよ」

「すごい。“けが人レーン”も作る?」

「作ろう。切り株は座る場所。荷は右に寄せる」


 笑い声が広場を巡る。

 自動最適化(Passive)は働きすぎず、人の手を先に動かす。

 “やりすぎる秩序”は、混乱と同じだ。

 だから、世界は彼に“権限”を返しつつ、余白を残した。


(このくらいが、ちょうどいい)


 手帳に新しいページを開き、走り書きする。

 ――導線は短く、余白は広く。

 ――権限は最小、満足は最大。

 ――“整えすぎない勇気”。


 そのときだ。

 村の入口で衛兵の喇叭が鳴り、王都の紋章を掲げた騎士団が土煙を上げて現れた。

 先頭に、金の髪。剣を佩いた男。

 勇者エリオス・グラン。


 彼は馬上から見下ろし、声を張る。


「片づけ人カイル。王命だ。王都へ来い。俺の指揮下で働け」


 広場の空気が固まる。

 老女が震え、子供が石を握りしめ、村長が汗を拭う。


 カイルは立ち上がり、土を払った。

 小さく、微笑む。


「――順番を、間違えています」


 エリオスの眉が跳ね上がる。

「なに?」


「ここは村だ。まずは“挨拶”が先。命令はその後です。

 秩序って、そういう順番のことですよ、勇者様」


 村人の間から、押し殺した笑いが漏れる。

 エリオスの頬がぴくりと震え、怒号が喉までせり上がる。


 だが、その瞬間。

 王都方面から、別の軍旗が翻った。

 黒地に白の牙。

 ――王国とは犬猿の旧敵、牙公国の紋。


 先頭に立つのは、黒髪の将。

 彼は馬から下り、膝をついて頭を垂れた。


「片づけ人殿。貴殿の“秩序再編”の噂は我が国にも届いている。

 請う――我が国に“秩序”を。報酬も、権限も、あなたの望むだけ」


 広場がどよめく。

 エリオスの目が剣より鋭く光る。

 プライドと焦燥が、同時に燃え上がる。


 カイルは、二つの軍旗の間に視線を落とし、ゆっくりと息を吸った。


(順番は、こうだ)


 心の中で線を引く。

 挨拶、状況の共有、現地の安全、関係者の合意――

 **“片づけの段取り”**は、外交でも変わらない。


「まず、村長の承認を得ます。

 次に、王都からの招聘と、公国からの要請――条件を並べて比べます。

 危険度、影響範囲、必要資材、恩恵。

 整えてから、選びます」


 エリオスが吐き捨てる。

「悠長な――」

「勇者様。焦りは散らかります」


 風が広場を渡り、二つの軍旗の間を等分に吹き抜けた。

 秩序は、ここから選ばれる。



 王都・宰相府。

 宰相は震える手で新着の報告書に目を走らせた。


片づけ人、現地で“双方の提案を整列”し、公開の場で比較に着手。

村人を“合議”に組み込む体制を提案。

勇者は激昂、公国将は沈黙。

なお、王都の官庁街にて“未処理案件”が自動で整理され、宰相決裁が三割高速化。


 宰相は天井を仰いだ。

(――この国を動かすのは、剣か。秩序か)


 彼は筆をとる。


王命修正:片づけ人カイルを勇者の配下に置かないこと。

独立の“秩序官”として招聘。

勇者には“護衛任務”を付与し、功績は同等分配。

以上。



 広場では、まだ風が旗を鳴らしている。

 カイルは村長と並び、条件表の列に新しい項目を足した。


 ――村の都合。


 エリオスは唇を噛み、剣の柄を握りしめる。

 彼の“英雄譚”は、今まさに片づけられようとしていた。

 そして、彼自身も気づき始めている。

 自分がずっとカイルの片づけの上に立っていたことに。


 彼は吠えた。

「勝手にしろ。だが、忘れるな――最後に世界を救うのは剣だ!」


 その瞬間、村の鐘が鳴った。

 整えられた音色は、広場の隅々へ均等に届き、誰の耳にも同じ大きさで落ちる。

 剣の音では、届かないところまで。


 カイルは静かに微笑んだ。

「最後に世界を救うのは――順番ですよ」


 エリオスの瞳が揺れた。


次回 第4話「王命:秩序官と護衛勇者」

――剣と片づけ、同じ机に並べられるのか。

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