第3部・最終話 自由の輪、設計者の終焉
夜が明けきらぬ空に、七つの輪が並んでいた。
秩序、夢、愛、心、存在、赦し、そして――自由。
その光は、どこまでも静かで、温かく、
けれど同時に、すべての“設計”を拒んでいた。
リアは丘の上に立ち、風を受けていた。
髪がほどけ、指先から小さな光がこぼれる。
――設計者の因子。
それは、彼女の体内で徐々に“溶けて”いた。
「もう……終わりが近いのね」
背後から、アメリアの声がした。
影も光も統合された彼女は、穏やかな表情をしている。
「リア、あなたがいなくなったら、この世界はどうなるの?」
「……大丈夫。
もう、誰かが“設計しなくても”動けるようになってる」
リアは空を見上げた。
七つの輪が、静かに回転している。
それは、もう“神の装置”ではなかった。
世界そのものが、人間たちの心の中に根付いている証。
◇
遠くで雷鳴が響いた。
世界の境界が、音を立てて解け始めている。
秩序の構造が、自ら崩壊を始めていた。
アメリアが不安げにリアの手を握る。
「リア……怖いの?」
「怖いわ。
でもね、怖いまま進むのが“自由”なの」
リアは微笑んだ。
その笑みは、かつてのカイルのものに似ていた。
「……カイル、聞こえる?」
風に向かって呟く。
「私は、あなたの“間違い”を全部、受け継ぎました」
静寂。
けれど、その奥で、懐かしい声が響いた。
『よくやった。
お前は、私が設計できなかった未来を創った。』
「……もう、あなたはいないのね」
『私は“声”ではなく、“記憶”として残る。
お前が笑うたび、風が吹くたび、
私の世界は続く。』
リアは目を閉じ、風に頬を寄せた。
涙が一筋、光に変わって散った。
◇
アメリアがそっと囁く。
「リア、あなたはもう“設計者”じゃないんでしょ?」
「うん。これで、本当に終わり」
リアの身体が淡く光り始める。
設計因子が完全に分解され、
彼女は“ただの人間”へと戻っていく。
「でもね、アメリア。
“ただの人間”って、すごくいい響きだと思わない?」
アメリアが笑った。
「うん。だって、“間違えても生きていい”ってことだもん」
二人は手を取り合い、丘を降りた。
その足跡が草を芽吹かせ、風を生み、
小鳥たちが新しい朝を告げた。
◇
空では、七つの輪がゆっくりと重なり合い、
一つの“光の環”になっていく。
それは、もはや神の象徴ではなかった。
人間という種の、限りなき進化の証。
『――設計完了。
最終構築体:自由世界。
管理者:存在せず。』
最後の声が響き、空がまぶしいほどに白く染まる。
◇
その後、どれだけの時が流れたのかは分からない。
ただ、世界のどこかで人が笑い、泣き、夢を語り、
“間違えながら”生きている。
風が吹くたび、どこかで誰かが囁く。
「――整えすぎるな。壊しすぎるな。
そして、生きろ。」
それが、設計者カイルとリア・ノクターンの残した、
最後の“法”だった。
【終幕】
追放された雑用係、使い方を間違えたら最強になりました
――第三部完/次章「創世編:無限の設計へ」へ続く