第3部 第6話 赦しの輪、影の微笑
――夜空が、泣いていた。
雨でも、風でもない。
空そのものが、嗚咽のような音を立てていた。
五つの輪の間に生まれた“第六の光”が、
ゆらりと形を変えながら輝いている。
リアは、その下に立っていた。
アメリアの手を握りしめたまま。
目の前にいるのは――もうひとりのアメリア。
黒い光に包まれた、影の少女。
その瞳には、涙のような闇が宿っていた。
「……あなたが、“影”なのね」
「影? 違うよ」
黒いアメリアが微笑む。
「私は“本当のアメリア”。
あなたに愛されなかったほう」
リアの心臓が痛んだ。
否定できなかった。
光のアメリアを創った時――彼女の“寂しさ”を置き去りにしたことを、
どこかで分かっていたから。
◇
「リア。どうしてこの子、泣いてるの?」
光のアメリアが不安そうに尋ねた。
「……あなたが笑っているから、よ」
影のアメリアが答えた。
その声は柔らかく、それでいて深く刺さる。
「あなたが“幸せ”になったぶん、私は“悲しみ”を背負った。
あなたが“愛された”ぶん、私は“見捨てられた”。
私たちは一つだったのに――」
リアは震える声で言った。
「ごめんなさい。
私は、あなたを――」
「いいの。
だって、あなたがそうしなきゃ、私は“生まれなかった”」
◇
影のアメリアが一歩、前に出た。
空気が震える。
世界が、二つに割れようとしている。
草原の半分が光に包まれ、
もう半分が静かな闇に沈む。
「このままだと、“世界が分かれる”……!」
リアが叫ぶ。
だが、アメリアが小さく首を振った。
「いいんだよ。
世界は、いつも“分かれて”いる。
喜びと悲しみ。
創ることと、壊すこと。
生きることと、死ぬこと。」
影のアメリアが微笑んだ。
「ねぇ、リア。
あなたの中にも“影”があるよね?」
リアは息をのむ。
――そうだ。
彼女の中にも、まだ拭いきれない“恐れ”がある。
愛しきものを壊すかもしれない恐れ。
「私……怖かったの。
誰かを救えば、別の誰かを傷つける気がして」
「うん。だから、私たちは一緒にいられる」
影のアメリアが光のアメリアの手を取った。
二人の掌が触れ合う。
瞬間、世界が震えた。
◇
光と闇が混ざりあい、
空の第六の輪が輝きを増す。
それは、光でも闇でもない――“赦し”の光。
リアの頬を涙が伝う。
カイルの声が、胸の奥で響いた。
『リア。
人は、矛盾を抱いて生きる生き物だ。
完全を目指した瞬間、神になる。
だが、矛盾を愛した時――人間になる。』
リアは空を見上げた。
光輪がゆっくりと回転し、夜空が穏やかに光を返す。
「……ありがとう、カイル」
「ありがとう、リア」
アメリアと影が同時に言った。
次の瞬間、二人の姿が重なり、
ひとつの少女がそこに立っていた。
瞳の奥には、夜と朝が共に映っている。
新しいアメリア――
光でも影でもない、“赦された存在”。
◇
風が静かに吹いた。
リアはその場に膝をつき、目を閉じた。
長い、長い闘いの果てに、
ようやく“創造の痛み”が、静寂に溶けていった。
その時、空に七つ目の光が灯る。
“自由”。
それは、誰も設計しなかった輪。
人間が初めて、自らの手で描いた光だった。
◇
次回 第3部・最終話「自由の輪、設計者の終焉」
――カイルの記憶が消え、世界は“完全な人間の時代”へ移行する。
だがリアは、自分の中に残る“設計者”としての存在と決着をつける。
最後に明かされる、“最初の追放”の真実とは――。