第3部 第5話 アメリアの微笑み、そして予兆
夜明けの光が、草原を金色に染めた。
鳥の声が響く。
風が吹き、花々が揺れる。
――それは、この世界が初めて「朝」を迎えた瞬間だった。
リアは焚き火の灰を払いながら、微笑んだ。
隣ではアメリアが、小さな花を摘んでいる。
彼女の手の中で、白い花が淡く光った。
「アメリア、それは?」
「うん、“見た夢の花”。
昨日の夜、リアが笑ってた夢を見たから、
その形を思い出して作ったの」
リアは息を呑んだ。
その花は、彼女が創ったどの植物とも違っていた。
まるで、“感情”そのものが形をとったような輝き。
◇
昼。
二人は崩壊した街跡に立っていた。
アメリアが摘んだ花を地面に置くと、
土が柔らかく光り、瓦礫が静かに消えていく。
「……再構築してる」
リアが囁く。
アメリアの作った花が、街そのものを癒していた。
崩れた建物に色が戻り、
倒れた塔に生命の蔦が絡む。
「アメリア……あなた、それをどうやって?」
「分からない。
“悲しみ”を見つけると、自然に花が咲くの」
リアは震える指でその花を掬い上げた。
確かに温かい。
けれど、その奥には――微かなざらつきがあった。
◇
夜。
焚き火の前で、リアは手帳を開いていた。
書きかけの設計図の上に、アメリアの花を置く。
紙が光り、未知の記号が浮かび上がる。
『第六輪:創造の逆相』
「逆相……?」
手帳の余白が自動的に書き換わる。
そこには、かつて存在しなかった新しい理論が記されていた。
『感情から生まれる創造は、必ず“反感情”を生む。
愛は恐怖を、喜びは虚無を、慈しみは支配を呼ぶ。』
「……そんな。
この子の優しさが、世界を壊すっていうの?」
リアの胸が締めつけられる。
アメリアは何も知らず、眠っている。
穏やかな寝息。
夢の中でも、微笑んでいる。
◇
翌朝。
風が重かった。
空の光輪が、わずかに歪んでいる。
五つの輪のうち、一番新しい“存在の輪”が濁っていた。
「アメリア……昨日、どんな夢を見たの?」
「うーん……“悲しい夢”かな。
リアがいなくなる夢」
リアは一瞬、言葉を失った。
空を見上げると、黒い雲が渦を巻いていた。
その中心から、低い音が響く。
〈感情反転値:上昇〉
〈存在領域の安定指数、低下中〉
「やっぱり……逆相が始まってる」
◇
風の中に、声が混じった。
アーク・カイル――いや、カイルの残響。
『リア。
創造には、必ず“影”が生まれる。
アメリアは、お前が創った光そのもの。
だから、世界は彼女の影を欲する。』
「影……? まさか、もう一人のアメリアが……」
『まだ“存在”してはいない。
だが、このままでは近い。
お前がこの子を愛するほど、その影は深くなる。』
「……そんなの、止められない」
『止めなくていい。
だが、受け入れろ。
“創造の痛み”を。』
◇
アメリアが空を見上げた。
彼女の瞳が、淡い二重の虹色に揺れている。
「リア……空、泣いてる」
その声に、リアの背筋が震えた。
空の裂け目が光を放つ。
そこに、人影が一つ――アメリアと同じ姿をした“黒い影”。
「やっぱり……来たのね」
リアは立ち上がり、胸の奥にカイルの声を感じた。
『リア、これは“お前の影”でもある。
恐れるな。抱きしめてやれ。』
風が叫び、光と闇がぶつかり合う。
アメリアが泣き出す。
リアは彼女の手を握り、前を見据えた。
「大丈夫。
あなたの影ごと、私は愛する。
――それが、“人間の再構築”だから。」
その言葉に応えるように、空の光輪が揺らぎ、
六つ目の光が誕生した。
それは、誰も知らない新しい輪――“赦し”。
◇
次回 第3部・第6話「赦しの輪、影の微笑」
――アメリアの“影”が実体化し、リアと対峙する。
世界は光と闇、創造と破壊の均衡を求めて揺れ、
カイルの最終記憶が再生される――“設計者の遺言”。