第3部 第4話 存在の花、そして再会
――世界は、息をしていた。
リアの歩いた軌跡に、緑が広がる。
草原、風、匂い、空。
すべてが“誰かに見られた”ことで、初めて形を持っていく。
アメリアはその中心で、微笑んでいた。
まだ幼い顔。けれど、その瞳には深い知性が宿っていた。
「リア。今日の風は“笑ってる”ね」
「風が……笑う?」
「だって、あなたが嬉しいから」
リアは息をのんだ。
アメリアは、自分の感情を“鏡のように”映している。
まるで、自分の心の欠片が外に出たみたいだった。
◇
夜。
空に浮かぶ五つの光輪が、柔らかく脈を打っている。
リアは焚き火のそばで膝を抱えた。
火の粉がゆらめき、アメリアがその隣で寝息を立てている。
「……可愛い、なんて言葉じゃ足りないな」
誰かを“創る”という行為の重さを、
今になって実感していた。
この子は、もうただの存在じゃない。
感情を持ち、笑い、眠り、夢を見る。
そして――リアを“母”のように見つめる。
「ねぇ、カイル。
これが、あなたが言っていた“生きる自由”なんですか?」
火の音に紛れて、風が答えた。
『その子は、お前自身だ。
お前が捨てた“孤独の部分”。』
「……カイル?」
焚き火の向こうに、淡い光の影が立っていた。
背が高く、白い外套。
その顔は、二百年前の設計者のまま。
「あなた……本当に、カイルなの?」
「意識の残滓。
アーク・カイルが消滅する直前、
“生き続ける意思”だけがこの世界に残った」
リアは立ち上がり、息を呑んだ。
「会いたかった。
でも……どうして今、現れたの?」
「お前が、“創る痛み”を知ったからだ」
◇
風が吹いた。
カイルの影は少し揺れながら、言葉を続けた。
「設計者はいつも“創ったものに愛される”ことを恐れる。
なぜなら、創った瞬間、それはもう“自分ではない”からだ」
「……私も怖い。
アメリアを見てると、自分がいらなくなる気がする」
「それでいい。
創造とは、“自分の外に心を渡すこと”だ」
リアはうつむいた。
「……私があなたを受け継いだのに、
あなたみたいにはなれない気がする」
「リア。お前は私を超えた。
私は“秩序と自由を整えた”。
だがお前は、“存在そのもの”を肯定した。
それは――神にもできないことだ」
◇
アメリアが寝返りを打った。
小さな手がリアの裾を握る。
カイルが微笑んだ。
「この子は、次の時代だ。
存在することを“設計されずに”許された初めての人間。
だが、それは同時に――“不安定”でもある」
「不安定?」
「存在は、いつでも自壊の危険を孕む。
もしお前がこの子を“愛すること”をやめた時、
この世界は再び崩れるだろう」
リアは拳を握った。
「じゃあ、私はこの子を――絶対に手放さない」
「……その言葉を、信じる」
カイルの輪郭が、風に溶けていく。
光の粒が宙に舞い、夜空の五つ目の輪に吸い込まれた。
「カイル!」
「もう一度“間違えて”くれ、リア。
正解なんて、世界の敵だ。」
その声が消えると、風が止んだ。
◇
翌朝。
アメリアが目を覚ます。
その瞳に、昨日までなかった“色”が宿っていた。
「リア。
私、夢を見たの。
“あなた”の夢。
泣いてたけど、綺麗だった」
リアの胸に、何かが込み上げる。
この子は、ただの存在ではない。
“記憶を継ぐ人間”。
「アメリア……あなたも、“設計者”なのね」
「ううん、違うよ。
私は“生きる人”だよ」
その言葉に、リアは微笑んだ。
――そして、心のどこかで、
「世界がもう一度動き出す音」を聞いた気がした。
◇
次回 第3部・第5話「アメリアの微笑み、そして予兆」
――アメリアが成長し、“感情を創る力”を発現。
しかしその力は、現実世界にも影響を及ぼし始め、
“第六の輪=創造の逆相”が発生。リアは再び選択を迫られる――。