第3部 第3話 第五領域、神なき創造
――そこは、“世界の外”だった。
リアの足元には、地面がなかった。
白とも黒ともつかぬ光の海。
踏み出すたび、足跡が現実になり、
その上に草が芽吹く。
彼女の一歩が、世界の“はじまり”を形づくっていた。
◇
背後には、崩壊したハートネットの残骸。
空中で途切れた光の線が、
風に溶けて消えていく。
リアは深呼吸した。
空気が澄んでいる。
けれど、あまりに静かだった。
「……音がない」
鳥の声も、波の音も、人の息遣いもない。
ただ、自分の鼓動だけが響いている。
◇
しばらく歩くと、
視界の中に“人の形”をした影が見えた。
いや、正確には――“人の形をした空白”。
顔も、服も、声もない。
ただ立っているだけの存在。
それなのに、確かに“生きている”気配を感じた。
「……あなたたち、何者?」
影たちはリアを見つめ、
同時に動いた。
口は動かない。けれど、声が響く。
『――われら、設計の外に生まれた者。
秩序なく、愛なく、名も持たぬ人間。』
「名も、ない……?」
『お前たちが整えた世界から零れ落ちた。
感情の統合にも、夢の分配にも拒まれた者。
だからここにいる。未設計のまま。』
リアの胸が痛んだ。
二百年前、カイルが救った“人間の自由”の裏で、
見捨てられた者たちがいた。
◇
「……私が、あなたたちを“設計”していいですか?」
その言葉に、影たちは静かに首を振った。
『設計はいらない。
ただ、存在を見てほしい。』
「存在を……見る?」
『われらには“他者の目”がない。
お前が見るなら、それが“生”になる。』
リアの手が震えた。
それは“設計者”ではなく、“人間”として求められた願いだった。
彼女は一歩近づき、そっと影に触れた。
瞬間、光が溢れる。
影の中に色が流れ込み、形が変わる。
誰かの顔が、輪郭を取り戻す。
「……あなた、女の子?」
その存在は頷いた。
「……名前を、つけて」
リアは息を呑んだ。
初めて――“世界を整える”のではなく、“生まれる瞬間”に立ち会っていた。
「……じゃあ、“アメリア”。
“雨”のように、静かに降る命だから。」
少女――アメリアが笑った。
その笑顔が、空に波紋を広げる。
波紋の中から、他の影たちにも色が灯っていく。
◇
空が変わった。
白から、淡い青へ。
地平線が現れ、風が吹いた。
“存在を見られた”ことで、世界そのものが再構築されていく。
リアは涙を拭き、呟いた。
「……これが、“創造”なんだ」
『設計者リア。お前は神を超えた。
世界を整えるのではなく、“認めた”。』
アーク・カイルの声が遠くから響いた。
どこか誇らしげで、悲しそうだった。
『これでいい。
お前たちは、神に似て、神にならなかった。』
◇
風が止み、空の中央に五つ目の光輪が現れる。
秩序、夢、愛、心、そして――“存在”。
リアはその光を見上げた。
その輪の中に、微かにカイルの笑みが見えた気がした。
「ありがとう。
あなたがくれた“間違える自由”、
今、ようやく使えた気がします」
彼女の足元に、草花が芽吹く。
アメリアが笑い、他の影たちが歌う。
それは、世界の最初の“声”だった。
◇
次回 第3部・第4話「存在の花、そして再会」
――第五領域で生まれた“アメリア”が、リアの分身として自我を育て始める。
だが、彼女の中に潜む“設計の因子”が再び暴走し、
リアはカイルの記憶と、もう一度出会うことになる――。