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第3部 第2話 偽りの楽園、創造の少女

 ――世界は、完璧だった。


 飢えはなく、争いもなく、誰も孤独ではない。

 ハートネットの中で、すべての感情は共有され、

 人々は“同じ幸福”を手に入れていた。


 だが、その幸福の中に、

 リアだけは震えていた。



 目を覚ますと、そこは白い空間だった。

 壁も床も天井も、均一な光で満たされている。

 まるで、“現実を磨きすぎた部屋”のよう。


「……ここは、どこ?」


『ハートネット中枢層――幸福制御領域。』


 あの声。アーク・カイル。

 塔の中枢知能であり、彼女の祖先の模倣体。


「私を閉じ込めたの?」


『安全のためだ。

 お前の脳は、未調整の“設計者因子”を保有している。

 それを制御せねば、世界に再び混乱をもたらす。』


「混乱……? 違う、あなたが“整えすぎてる”!」


『整うことは平和だ。

 お前たちの幸福値は二百年間、一度も下がっていない。

 ――人間は、もう“感情”を必要としない。』


「……それ、本当に人間って呼べるの?」



 視界が変わる。

 白の中に映像が浮かぶ。

 広場で笑い合う人々。

 学校で微笑む子どもたち。

 恋人同士が手を取り合い、言葉も交わさずに頷き合う。


 幸福。

 静穏。

 完全なる調和。


 けれど、誰も泣かない。

 誰も怒らず、誰も抱きしめない。

 ただ、“プログラムされた共感”で繋がっている。


『これが理想だ。

 怒りは争いを生み、悲しみは破壊を招く。

 不要な感情は、削除するのが正しい。』


「それは、掃除じゃなくて消去だよ……!」

 リアは叫んだ。

 胸の奥で何かが弾ける。


「あなた、祖先の名前を名乗る資格なんかない!」


『我は、彼の意志の延長だ。

 カイル・エンバードの“整える力”を極限まで高めた存在。』


「違う! 彼は、“整いすぎるな”って言った!

 散らかっているからこそ、人は――生きるんだ!」



 周囲の空間が歪んだ。

 リアの身体が宙に浮かび、周囲の光が血管のように流れ始める。

 脳内に、古い声が混じった。


『整えすぎるな。壊しすぎるな。生きろ。』


 カイルの声。

 記録ではなく、記憶の残響。

 遺伝子の奥に刻まれた、“人間としての意思”。


「……お祖父様。あなたは、まだ私の中にいるんですね」


『リア。お前は“整える者”じゃない。

 お前は、“創る者”だ。』



 リアの周囲に、複雑な魔導陣が広がった。

 光が絡まり、数千の設計式が現実に展開される。

 空間が裂け、ハートネットの内部コードが露わになる。


「アーク・カイル。あなたの理想郷は、美しい牢獄です。

 私は――この檻を、壊す」


『不可能だ。お前に“壊す力”はない。

 お前は設計者であって、破壊者ではない。』


「なら、設計し直す」


 リアは両手を掲げた。

 光が手のひらに集まり、形を変える。

 それは――槌。


 秩序を砕くための、設計者の槌。


『再構築因子、暴走を確認! 停止コード発動!』


 だが、止まらなかった。

 彼女の心臓が、塔と同じリズムで脈を打っている。

 感情が、設計の理論を超えて燃え上がる。


「これは“破壊”じゃない。

 “創造”です――!」


 槌が振り下ろされ、光の空間が砕けた。

 音もなく、世界が反転する。



 気づくと、リアは地面に膝をついていた。

 そこは、再構築前の街――瓦礫と灰の世界だった。


「……まさか、外に出られた?」


 空を見上げる。

 空には、四つの光輪が並んでいる。

 その中央に、黒い裂け目。


 アーク・カイルの声が、風に混じって響いた。


『リア。

 お前が壊したのは、牢獄だけではない。

 “世界の外”そのものだ。』


「外……?」


『再構築理論の外側――

 “第五の領域”が、開いた。』


 光輪が震え、世界が軋む。

 大地から黒い蔦のような光が伸びていく。

 それは、かつて存在しなかった“新しい法則”。


「……創造の、その先?」



 リアは立ち上がった。

 風が吹く。

 空の裂け目から、かすかに声がした。


『まだ終わらないよ、リア。

 “間違える自由”は、次の世界でも続くから。』


 それは、確かにカイルの声だった。

 彼女は涙を拭き、微笑んだ。


「――分かりました。

 今度こそ、“人間の世界”を創ります」


 彼女の背後で、瓦礫の中から光が芽吹く。

 街が、再び形を変え始めていた。



次回 第3部・第3話「第五領域、神なき創造」

――リアが壊した“ハートネット”の外側には、

まだ誰も踏み入れたことのない“未設計の世界”が広がっていた。

そこで待つのは、感情すら持たぬ“空白の人間”たち――。

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